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29  作者: 葵 しずく
3章 過去との決別
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第21話 瑞樹 志乃  act2 ~出会い~

 完全空気化した生活が始まった。よく報道で見る虐めによる自殺のニュース、まさか自分がその対象になるなんて・・・いや、虐めにあった人達は全員そんな気持ちだったのだろう。恐らく皆、大した理由もなくその対象になってしまった人達ばかりで、虐める側、虐められる側はいつも紙一重なんだと知った。もちろん自分は虐めなんてした事がないし、そんなのは許せないと思っている。だが虐められる側になった今、自分の無力感に苛まれる他ないのが現実だった。

 幸いと言うのも変だが、暴力を振るわれた訳でもなく、私物を傷つけられた訳でもなかったのが救いだと思わないと壊れてしまいそうだ。

 学校がこんなに辛いなんて初めて知った。つい最近まで皆と笑って過ごした教室は、もはや地獄でしかない。

 そんな生活が一週間程過ぎた。心を無にして感情を殺して何とかギリギリのところで生活していたのだが、事態はさらに悪化の一途を辿ってしまう。

 朝、家を出る時は家族に心配かけまいと気丈に振る舞って玄関を出る。

 家を出て曲がり角を曲がった直後に表情が消え失せて、足取り重く学校へ向かう。そんな瑞樹にも僅かだが、気の休まる時間があった。

 それは教室じごくへ入るまでと教室じごくから家までの登下校の時間だった。他のクラスで元クラスメイト達、3年になるまで所属していたクラブの仲間達との挨拶や軽く交わす会話が、瑞樹にとって残された僅かな楽しみであった。

 今朝も校門をくぐった所で2年の時に仲が良かった友達が自分の前を歩いているのに気が付いて、嬉しそうに声をかけた。

「おはよう!優子!」

 元クラスメイトの優子に、挨拶をしてたのだが、瑞樹だと確認すると、視線を元に戻して挨拶に応える事なく歩き去った。

 その目が合った瞬間、優子の表情が強ばっているのが見えた。

 挨拶を無視された瑞樹はその場に立ち尽くす。

 ま、まさか・・・・

 嫌な予感、絶望的な想像が頭の中を駆け巡り、足に力が入らなくなり街灯のポールにしがみついて倒れそうになった体を支えた。

 もう逃げ出したい・・・それが本音だった。

 でもそれを実行すると、もう戻ってこれなくなる気がして、覚悟を決めて校舎に入った。3年のクラスがある4階に上がると、悪い予感が的中してしまう。

 廊下に出ている生徒はもちろん、窓際に座っている生徒や出入り口で話している生徒等、全員が自分の存在に気が付いていないように、すれ違っていく。

 もう悲しいとか悔しいとか飛び越えて、いっそ笑ってしまいそうになる。

 それからはいつもより授業に集中して、受験勉強の事だけを考えるようにした。そうすれば辛さを少しだが忘れる事が出来るから・・・

 そんな日々が数日過ぎたある昼休み。

 瑞樹は天気が良い日は、なるべく教室にいたくないから、外で昼食をとるようになっていた。今日も天気が良くて気持ちの良い日だったので、中庭の花壇の側にあるベンチに座って、弁当を広げて1人でランチしていた。

 元々瑞樹は学食で食べる事が多かったのだが、賑やかな学食で1人で食べるのは流石に耐えれなくて、早起きして自分で弁当を作るようになった。

 会話をする必要がないから、イヤホンを耳に指して音楽を聞きながら弁当を黙々と食べていると、

「瑞樹さん!今日も1人で昼飯食べてるの?」

 そう声をかける人影が、瑞樹の前に立っていた。

 だが、音楽を聴いていて話しかけられている事に気が付けなかった。それどころか俯く癖がついて、今も膝に置いた弁当だけを見ていたから、目の前に立っている人間の存在すら気付く事なく昼食を進めていた。

 声をかけた人物はイヤホンを見て、自分に気が付いていない事を理解し、瑞樹の肩を優しく叩いて再度呼びかけた。

 肩を叩かれた事に気が付いた瑞樹は、慌ててイヤホンを外して驚いた表情で、自分の前に立っている人影の方に顔を上げた。

「オ、オス!今日はここで昼飯食べてたんだな!」

「え、えっと・・・あの・・・」

 改めてそう声をかけられた事に対して、気が動転してしまっている瑞樹はまともな返事が出来なかった。

 家族以外でまともに話す事、事態が久しぶりな瑞樹は、落ち着かない態度でオズオズとゆっくり話しだした。

「こ、こんにちわ・・・えっと・・・」

「ん?あぁ!そっか!俺の事知らないよな。俺は2組の岸田っての!宜しくな!瑞樹さん!」

 岸田と名乗ったその男子は、ニッコリと笑顔を向けた。

 その表情が瑞樹には眩しく見えた。話すどころか相手の目をしっかり見る事すら久しぶりで、何だか別世界の人間に見えた。

「えっと・・・瑞樹です。よろしく・・・でも、あの・・・私と一緒にいたら・・・その・・・」

 言いにくそうに寂しそうな表情を浮べ、岸田の事を巻き込んでしまう事を恐れて、今の自分の立場を説明しようとした。

「知ってるよ。でも、そんなの気にしないから大丈夫!てことで隣いい?」

 事情は承知の上で声をかけてくれた事に驚きながら、慌ててベンチの隣を手で払って綺麗にしてから、手を自分の隣に向けた。

「ど、どうぞ・・・」

「サンキュ!」

 岸田は嬉しそうに隣に座った。恥ずかしそうに俯く瑞樹を見て、顔を赤らめながら、持ってきたパンが入った紙袋を開いて岸田も食事を始めた。

「あ、あの・・・どうして私に声かけたのか聞いていい?」

 瑞樹はもう疑心暗鬼になっていて、怖い物を見ているような眼差しで聞いた。

「い、いつも1人だと気が滅入るかなって思ってさ!」

 岸田はそう言ったが、半分は嘘ではないが、これを気に瑞樹に近づきたかったとゆうのが本音だった。中学に入学してすぐに瑞樹の存在を知って以来、ずっと憧れていた。本当に眩しくて優しい空気を持っている女の子だったが、近寄りがたく感じる雲の上のような存在だった。近寄りがたかったのは多分、自分に自信がなかったから・・・はっきり言って外見は中の下、勉強もパッとしないし運動神経は皆無な自分では、相手にされるわけがないと諦めていた。

 そんな瑞樹が今はかつての輝きを失って、まるで怯える子犬のようだ。

 人が弱っている所を狙うなんて、卑怯なのは重々承知している。だが、そうでもしないと近づけないんだから仕方が無いと、自分に言い聞かせて声をかけたのだ。

 学校で断トツ人気NO.1の瑞樹と並んで座ってランチをしている。もう誰でもいいから見せびらかしたい気持ちでいっぱいだった。

 どさくさに紛れてでも、何でもいいからこのまま自分の彼女にしたい!これは神様がくれた最初で最後のチャンスなんだから、必ず瑞樹をGETすると、1人意気込んでいた。

 しかし、今まで女の子に縁がなかった岸田に、沈み込んでいる瑞樹を元気づけるような話術などあるわけがなく、ドギマギしながら手当たり次第に話題をふってみるが、相槌のような返事が返ってくるばかりで、空気がどんどん重くなっていた。そんな重い空気のなか昼休みが終わる予鈴が鳴り、瑞樹はベンチから立ち上がった。

「あ、ああ、あのさ!」

 吃りながら教室へ戻ろうとする瑞樹を呼び止めた。

「よ、よよ、よかったら携帯の番号とか交換しない?」

 思い切って瑞樹に番号の交換を申し出た。

「・・・・・・・・」

 瑞樹は少し黙り込んでから、岸田の方を神妙な眼差しで見た。

「もうこれ以上、私に関わらない方がいいよ・・・関わると私みたいになっちゃうから・・・今日はありがとう!さよなら・・・」

 そう言って岸田を振り切る様に校舎へ駆けていく瑞樹に、

「あ、明日もここで待ってるから!」

 岸田はそう叫んだが、走り去る瑞樹は何も返事をせずに校舎へ消えていった。

 翌日、岸田は昼休みになると一目散に、昨日のベンチへ向かい予鈴が鳴るまで待っていたが、結局最後まで瑞樹は現れなかった。

 しかし、岸田はめげずに次の日も、その次の日も待ち続けた。

 そんな日が10日程過ぎたある日、懲りずに昼休みが始まってすぐにベンチへ向かい、1人で座って買ってきたパンを食べている岸田の前に気配を感じた、俯きながらパンを食べていた岸田は、顔を上げて気配がする方を見上げた。

「み、瑞樹・・・さん・・」

 そこにはずっと姿を見せなかった瑞樹の姿があった。

「隣いいかな・・・」

 少し照れながらそう言うと、岸田は晴やかな表情になり自分の隣のベンチの汚れや埃を凄い勢いで払い、手を綺麗にしたスペースに向けた。

「も、もちろん!どうぞ!」

「ありがとう。」

 お礼を言って瑞樹は岸田の隣にチョコンと座った。

「来てくれて・・・その・・・ありがとう・・」

 岸田がぎこちなく礼を言うと、瑞樹は軽く首を横に振った。

「ううん・・・聞きたい事もあったしね。」

「聞きたい事?な、なに?」

 いつも相槌ばかりだった瑞樹がそんな事を言い出した為、岸田は思わず身構えた。

「あのね、知っていたら教えて欲しいんだけど、今回の皆が私にしている嫌がらせの発端者って誰なのか知ってるかな?」

 岸田にそう質問した瑞樹の顔は、不自然な程に穏やかな表情をしていた。

 こんな虐めを始めた張本人を知りたがっている人間の顔ではない。

 だから逆にその表情が、岸田には恐ろしく見えた。

「それを知ってどうするの?」

 復讐なんて考えているとしたら、とんでもないことだ。そんな事をしたら瑞樹の身が危険に晒されるのは確実だ。だから、どうするつもりなのか教える前にどうしても確認したかった。

「別にどうもしないよ。文句とか言いに行っても返り討ちに遭うだけだしね。」

「じゃ、じゃあ知らなくてもよくない?知っても辛い思いするだけかもだしさ・・・」

 自分の口から、瑞樹を傷つけてしまう事なんて話したくなかった。

「ううん、知ってるのなら教えて欲しいの。もしかしたら、私に非があってその人を怒らせてしまったかもしれないし、もしそうなら謝らないとね。」

 確かに犯人は知っているが、虐め始めた原因までは知らされていなかった。その原因を調べて、自分に非があるのなら謝りたいと言った瑞樹。あんな酷い目にあっているのに、傷つけたのなら謝りたいと言う。どんな環境で育てばそんな台詞が出るようになるのだと本気で思った。

 真剣な眼差しを向ける瑞樹から、一旦視線を外し俯きながら口を開いて犯人の名前だけを話した。

「平田だよ。」

 岸田から犯人の名前を聞いた瑞樹は、視線を岸田から外して暫く考え込んだ。その様子を見てもショックを受けた感じには見えなかった。恐らく予想通りだったのだろう。

「そっか・・・やっぱりそうだったんだね・・・」

「原因って心当たりあるの?」

 やっぱりと言うからには、原因も解っているはずだから聞いてみた。

「うん、えっと・・・G・W前に平田君に告られたんだ・・」

「え?平田が瑞樹さんに!?」

「う、うん・・・でも気持ちは嬉しかったんだけど、応えられる気がしなかったから、変な期待を持たせちゃうと悪いと思って、ハッキリと断ったの・・・そしたら舌打ちしながら立ち去って行ったから・・・」

「そうか・・・断られた腹いせに、こんな事を始めたのか・・・マジかよ!あの馬鹿!」

「傷つけないように、もっと言葉を選べばよかったのかな・・・」

「告白を断るのに傷付けない言葉なんてあるもんか!単に平田のケツの穴がナノレベル並に小さかったってだけじゃん!瑞樹さんは何も悪くないよ!気にする事なんて全くないから!」

 心が弱っている隙を付いて、近づこうとしている自分も大概小さい人間なのに、よく言えたもんだと自分で自分に呆れながらそう言った。

「ナノレベル!?・・・フフフフ・・・」

 岸田の例えがツボったらしく、瑞樹が小さい声で少し笑った。そんな僅かな笑みを見た岸田は心から嬉しかった。

「やっと笑ってくれたね。」

「べ、別に笑ってなんかないよ。それじゃ!」

 笑った事を否定して、ベンチから立ち上がり、その場から立ち去ろうとした瑞樹に、岸田は初めてここで会った時と同じ言葉を投げかけた。

「明日もここで待ってるから!」

 そう呼びかけられた瑞樹は、立ち止まったが岸田の方を向かずに小さく頷いて、また歩き出して校舎の中へ消えていった。

「よし!!一歩前進だ!!」

 頷いた瑞樹を見て、岸田は両手でガッツポーズをして叫んだ。

 翌日から約束した通り、瑞樹は弁当をもって中庭のベンチへ姿を現すようになった。それから会う度、岸田なりに必死に色々な話題を振りまいて、瑞樹を楽しませようと努力した。決して上手い会話ではなかったが、岸田の懸命さが伝わったのか、少しずつ、本当に少しずつだが、瑞樹が笑顔になる回数が増えていき、回数が増える度に岸田の心は初めて話をした時より、瑞樹に惹かれていった。

 そんな関係が1ヶ月程過ぎたある日・・・・また事件が起こったのである・・・



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