第20話 瑞樹 志乃 act1 ~孤立~
約3年前、中学3年生のG・W直前の月曜日
瑞樹は放課後の掃除当番で、1年の時から仲が良かった友達の眞鍋沙織と談笑をしながら教室を掃除していた時に、瑞樹のスマホが震えたところから始まった。
瑞樹は届いたlineのメッセを確認した。送り主は同じクラスの平田からで、送信内容は掃除が終わったら、話があるから体育館裏まで来て欲しいとの事だった。
平田とは3年になって始めて同じクラスになったのだが、始業式から妙に絡んできていて仲は良い方の友達だった。
「line?誰から?」
画面を見ながら少し困った表情をしていた瑞樹に気が付いた眞鍋が、そう聞いてきた。
「うん・・・何か平田君が話があるから来てくれって・・・」
「平田?あぁ・・・平田って志乃狙いって噂になってたもんね。」
やはり体育館裏に話があると呼び出した内容で、眞鍋も平田が告白するつもりなんだと察知して、噂になっていた事を瑞樹に話した。
「で?本当に告ってきたらどうするの?」
「うん・・・平田君がどうって事より・・・」
「だよねぇ・・・志乃ってまだ恋愛とかに興味ないんだもんね。」
「う、うん。」
恋愛に興味がない事は眞鍋も周知していたので、どう返事をするかは予測はついていたが、一応確認してみるとやはり予想通りだった。
「でもすごいよね!3年になってもう3人目じゃん!志乃に告ってきた男子ってさ!」
「全然そんなんじゃないよ。G・Wが近いから遊ぶ相手が欲しいだけだって。」
告白ラッシュに驚いていた眞鍋に対して、そう言って否定した。
確かに大型連休や修学旅行前には、妙にカップルが増える傾向があった為、瑞樹は自分もその相手として誘われているだけだと思っていた。
「いやいや!確かにそんな流れはあるけど、志乃に告ってきた男子はそんなんじゃないって!絶対!」
「そうなのかな・・・てかその方が困るんだけどなぁ・・・」
困った表情で掃除を終えた瑞樹は、帰り支度を済ませて眞鍋と下駄箱まで移動した。
「じゃあ、体育館裏へ行ってくるから先に帰ってて。」
「OK!じゃあ、明日結果報告よろしく!バイバイ!」
眞鍋に平田の話を聞きに行くからと、先に帰らせて呼び出されている体育館裏へ向かった。
体育館裏へ到着すると、すでに平田は到着していて体育館の裏口にある階段に座って瑞樹を待っていた。自分の元へ近づいてくる瑞樹に気が付いて慌てて立ち上がった平田は、少し茶色に染まっていた瑞樹のサラサラしたセミロングの髪が夕日を浴びてキラキラと綺麗な色を放っていて、まるで妖精でも見ているような表情で立ち尽くした。
「ごめん、平田君。待たせちゃった?」
「え?あ、いや!全然!」
申し訳なさそうな表情で、両手を合わせて声をかけてきた瑞樹の、そんな可愛い仕草にドギマギした平田は、慌ててそう返事するのが精一杯だった。
それから少し白々しい空気が流れて、2人は言葉が続かずに沈黙してしまった。春先の優しい風邪が吹き抜けて瑞樹の肩にかかった髪が揺れた。
俯いている瑞樹はその髪を耳元へかける仕草が、平田には凄く可憐に写りその衝動で沈黙を破った。
「あ、あのさ!前からずっと瑞樹の事が好きだったんだ。俺と付き合ってくれ!」
平田は少し乱暴な言葉で瑞樹に想いを伝えた。その想いを伝えられた瑞樹は少し間を置いてから、俯いていた顔を上げ平田の目を真っ直ぐに見つめた。
「ごめんね、平田君の気持ちは凄く嬉しいんだけど、今の私って恋愛とか興味が持てなくて、平田君と付き合えないよ・・・ごめんなさい。」
瑞樹はそう言って深く頭を下げて、気持ちを伝えてくれた平田に対して誠意を見せて、気持ちに応えられない事を謝った。
「いや!興味がないだけで、好きな奴とか付き合ってる奴っていないんだよな?」
「う、うん・・・そんな人なんていないけど・・・」
「じゃあ、まだ可能性がないって訳じゃないんだよな?それならまだ諦めずに待っててもいいって事だよな?」
平田は瑞樹に断られても、諦めて引くどころか待っていると話しだした。
平田を傷付けない様に言葉を選んで返事をしたのが、曖昧な返事に取られてしまい諦めてもらうはずが、告白する前より強引な理由をつけて詰め寄られる結果になってしまった。このままでは不毛な話し合いに発展してしまう恐れを感じた瑞樹は、
「ごめん!いくら待たれても平田君とは付き合う事はないから!」
ハッキリと気持ちを伝える為に、さっきより少し強めの口調で、改めて平田と付き合うのは無理だと言い切った。その断りの台詞を聞かされた平田の、押しの一手だった口が止まり、ショックを受けた表情で瑞樹を見た。
その表情が心にチクリと痛みを残した。
また沈黙が少し流れたが、平田がズボンのポケットに両手を突っ込んで、瑞樹の横を横切ろうと歩き出した。
「チッ!そうかよ!わかった!じゃあな・・・」
横切る瞬間、瑞樹に舌打ちをし、そう言い捨ててその場から姿を消した。
帰宅してシャワーを浴びている時、去り際に平田が言い捨てた台詞にまた心がチクッと痛み出して、もっと傷付けない返事がなかったのかと考え込んでしまっていた。だが傷付けない方法などやはり存在せず、ごめんね、平田君・・・シャワーを頭から浴び続けて、もう一度謝った・・・・
翌日、登校してきた瑞樹は教室に入って「おはよう。」といつものように挨拶した。
「お、おはよう・・・」
「おはよ・・・」
何だかクラスメイトの様子がいつもと違う。通り過ぎた後にこちらを横目で見ながら、コソコソと小声で話しているのがわかる。
「ん?」
そんなクラスメイトが気になったが、立ち止まらずに自分の席についた。すると後ろの席から声をかけられた。
「志乃、おはよ!」
「おはよう、沙織。」
「ね!沙織、皆何かあったの?いつもと違う気がするんだけど・・・」
今朝のクラスメイトの態度が気になって、何か知らないかと眞鍋に聞いた。
すると気まずそうに自分のスマホを瑞樹に見せた。
「多分これが原因だと思う・・・・」
眞鍋のスマホを覗き込んだ瑞樹は愕然とした。見せられたのは送り主が表示されていない、不特定多数に送られたメールで所謂チェーンメールだった。
そのメールの内容が酷かった。
=3-3の瑞樹志乃は学校では大人しくしているが、他校の男2人、高校生1人の三股かけている女だ。他にも小遣い稼ぎに援交していて、金持ちのオヤジと不倫までしている下衆なビッチ女だ。=
「なっ!?なによ!これ!」
瑞樹はそのメールを見て思わず声を荒げて立ち上がった。
そんな瑞樹を相変わらず横目で見ながら、耳打ちしながらコソコソと話しているクラスメイトにショックを受けた。何がショックと言えば、こんな根も葉もない事を、間に受けているクラスメイトにだ。こんな有り得ないメールを見ても、皆、笑ってスルーしてくれると思っていたから、周りの反応に呆然とした。
「誰がこんなでたらめメールを撒き散らしたんだろうね!」
怒り心頭でそう呟く眞鍋に、瑞樹はすぐに席に座って眞鍋の手をとった。
「沙織は信じてくれるの?」
「ハァ!?そんなの当たり前じゃん!全く、あいつら馬鹿なんじゃないの?」
信じてるなんて当然だと言い切った眞鍋は、周りのクラスメイトを睨んでそう言い捨てた。
「ありがとう!沙織だけでも信じてくれて嬉しいよ。」
眞鍋の手を握りながら、嬉しそうにそう言った。
「何でお礼なんて言うかなぁ!1年の時からの付き合いなんだよ?志乃の事はよく知ってるんだから!当然だよ!」
そう力強く言い切った眞鍋の笑顔に救われた。
「まぁ、明日からG・Wにはいるし、休みの間にこんな根も葉もない噂なんて消えてなくなってるよ!きっと!」
握られた手に力を込めて握り返しながら、眞鍋はそう言って微笑んだ。
「う、うん!そうだよね。沙織がそう言ってくれて嬉しかった。ありがとう!」
その日はなるべく周りの反応を気にしない様に努めてやり過ごした。
でも帰宅して部屋に1人でいると落ち込んでいる自分がいた。一体誰があんなメールをばら撒いたのか・・・その犯人がクラスの中にいたとしたらと思うと、無意識に涙が零れ落ちそうになった。とても受験勉強なんて手につかなかった瑞樹は、今日はもう眠ってしまおうとベッドに入った。
G・Wに入っても基本的には受験勉強をする事に決めていたが、2度程、眞鍋と出かける予定があり、楽しい連休を過ごせてリフレッシュ出来た。
だが・・・・
連休明けにはいつも通りに戻っている事を期待していたが、瑞樹に降りかかった負の連鎖は断ち切れていなかった事を、登校してきた瑞樹はすぐにそれを知らされる事になる。
「お、おはよう・・・」
少し不安な気持ちで教室に入った瑞樹は、声のトーンを下げてクラスメイトに挨拶した。そこで驚愕な現実を目の当たりにした。誰1人として挨拶をした瑞樹に視線すら合わせようとしないのだ。
「えっ?」
クラスメイトの対応は無視なんてものじゃなかった。まるでこの場に自分は存在しないかのような態度だったのだ。そうまさに空気のように・・・・
青ざめた顔で席についた瑞樹は、まだ眞鍋が席についていない事を確認して戻ってくるのを待っていた。暫くして眞鍋が教室へ入ってきて瑞樹の横を通って席につこうと歩いてきた。瑞樹は助けを求めるかのように無理矢理笑顔を作って「沙織、おはよう。」と挨拶をした時、自分の目を疑う光景を見せつけられた。挨拶された眞鍋は他のクラスメイト同様に視線すら合わさずに、瑞樹の事を無視してそのまま自分の席についたのだ。
「え?さ・・・お・・り?」
後ろの席に座った眞鍋の方を振り返り、絞り出した様な声で眞鍋を呼びかけたが、変わらず自分が空気であるかのように何のリアクションも返ってこなかった。
うそ・・・・沙織までそんな・・・・どうして・・・・
直ぐに担任の教師が教室へ入ってきてホームルームが始まった。冗談を交えながらホームルームを行なう担任だったので、教室は少し賑やかな雰囲気でホームルームが進行していた。そのざわめきに紛れて後ろから小さな声が瑞樹の耳に入った
「ごめんね、志乃・・・こうしないと私も・・・ほんとごめん・・・私も志乃を無視なんてしたくないから、もうこっちを振り向かないで欲しい・・・」
その言葉を背中越しに聞いた瑞樹は目を見開いて愕然とした。
机の上に視線を落として体が小刻みに震える。ずっと仲の良かった友達だったのだ。親友と言っても差し支えない程に・・・・その親友と思っていた眞鍋にすら裏切られた・・・
どうしてこんな事になった・・どうして私がこんな目に合わないといけない・・・何が悪かった・・・・
どうして・・・・
心で自問自答を繰り返すが、心当たりが全くなく困惑するしかなかった。
「瑞樹どうした?顔色が悪そうだが。」
顔色が優れない瑞樹に気が付いた担任が声をかけた。担任に声をかけられてもクラスメイト達は、瑞樹に声をかけるどころか視線すら向ける事がなかった。
「い、いえ・・・・大丈夫です・・・」
涙が溢れてくる。何がなんだか解らず、ただ、ただ、悔しかった・・・




