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29  作者: 葵 しずく
1章 最低な出会い
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第4話  意気地なしの葛藤

 6月下旬の水曜日  あの日から約1カ月が過ぎた。


 梅雨真っ最中で、今もシトシトと雨が降っている。


 通っているゼミの期末テスト対策を受講して、帰宅する為駅へ向かっている。

 受験だからだと思われがちだが、私は高校に入学してから、すぐにこのゼミに通っている。


 中学3年生当時の私レベルの偏差値だと、この高校を受験するって流れが出来ている「上野高校」があったのだが、諸事情により、その高校ではなく偏差値的にキツいこの「英城学園」を希望した。


 もちろん担任の先生や進路指導の先生に反対された。

 両親も遠まわしに考え直すように言われてきたのだが、私は強引に押し切って英城学園を受験した。


 必死で受験勉強に取り組み、何とか合格は出来た。

 だがここからある程度は予想していた事ではあったが、有名な進学校だけに、授業レベルが高い。


 無理をして入学した私にとっては死活問題である。

 そこで両親に頼み今のゼミへ通わせてもらっているというわけだ。

 私のわがままで入った学校なのに、結局授業についていけず、ゼミに通わせてもらっているのだ……何て親不孝な娘だと自覚はしている。

 でもそのおかげで2年に上がる頃には少し余裕をもって授業についていけるようになった。

 3年生になった今では、しっかり受験を見据えて勉強出来ている。

 人間必死になれば、何とかなるもんだなと実感した。



 そんな通い慣れた駅までの帰り道、傘をさして歩いていると、後ろから私の名前を呼ぶ声がした。


「瑞樹さん!」

 振り返ると学生服を着た男が近づいてきた。

「なんですか?」とだけ答えて相手の反応を待った。


「僕ゼミで同じクラスの佐竹って言うんだけど、知ってるかな?知らないよね」

 いつものように睨みを利かせて突き放したっかったのだが、

 親に無理を言って通わせてもらっているゼミなので、そこの生徒とトラブルにでもなったら、申し訳が立たないと思い直して

「ごめんなさい、知りません」

 我慢しながら、表情を変えずに冷たい口調で答えるにとどめた。


 そんな返答を聞いても、彼は苦笑いするだけで引こうとはせず、続けて話し出しす。

「だ、だよね!話した事とかないもんね」

「……」

「ぼ、僕さ!前から君と話してみたいなって思っててさ!聞きたい事もあったから、声かけてみたんだけど……ちょっといいかな?」

 正直さっさと解放されたかったので、質問には答える気が起きなかった。

「あの」

「な、なに?」

「いつからあのゼミは勉強をする場所ではなく、ナンパ相手を探す場所になったんですか?」

 と嫌味たっぷりに言ってやった。


「い、いや!ナンパなんてしてるつもり全くないよ!ただ話をしたかっただけで」

 と語尾の方は掠れる様な声で話した。


 その後は二人共無言で歩き駅へ着いて改札を潜り、ホームへ向かった。

 後ろを歩いている彼の様子をチラッと見ると、俯きながらトボトボとついてきている。


 ……ハァ と私は溜息を吐いてから重い口を開いた。

「あの、佐竹さんでしたっけ?」

「えっ?う、うん!そう!」

「こっち下り線ですけど、佐竹さんもこっちなんですか?」

「あぁ、うん!そう!下り方面だよ」

「……そうですか」

「……うん」

 また無言のままホームへ到着した。


 また俯いて困った顔をしていて、何だか少し可愛そうになってきて、自分からから話しかけてみた。

「聞きたい事ってなんですか?」

 そう質問すると、彼の表情が一瞬で明るくなった。

「うん!この事を聞きたかったんだった!」

 そう言いながらなにやら鞄をあさりだした。


 私の横に立った彼の鞄を見ていると、その私の視界の端に体が固まってしまいそうになる人物が飛び込んできた。

 あっ!あの時の!その人物の正体に気付いた瞬間、

 思わず隣にいた佐竹の背後に回り込んだ。

 そして彼が着ている制服の背中と腕の裾をキュッと握りしめながら、体を小さくするように丸めて隠れた。


 隠れてからすぐに彼の肩越しから、その人物を目で追う。

 やっぱり間違いない!あの時キーホルダーを届けてくれた人だ!

 そう確信すると、あの時の目を真っ赤に充血させた表情が、私の頭の中を支配した。

 もちろん今はそんな表情ではなかったが、何だか困ってるような表情に見える。


 ……どうしたんだろ 何だか困ってるみたい……何かあったのかな

 何故か彼の事が気になり、隠れながら考え込んでいると


「あ、あの!瑞樹さん?ど、どうしたの?」

 そう頭の上から声がした。

「えっ?」

 声に気が付いて、上を見上げると真っ赤になった佐竹の顔があった。


 それで自分の態勢に気付いて、慌てて握っていた裾から手を離す。

 顔を真っ赤にして両手をブンブン振りながら

「ご ごめんなさい!私なにやってるんだろ」

 そう佐竹に慌てながら謝った。


「う、ううん!大丈夫だよ!気にしないで!」

「ほんと!ごめんなさい」


 彼の顔を見ると嬉しそうな表情で、なんだか優しい目で私を見ている。

 ……ヤバイ 何か変な空気つくっちゃったかも。

 とその場の空気を気にしたが、とっさに隠れたおかげで、あの人に気付かれずに済んだので、今はそれで良し!とした。


 それからすぐに電車がホームに滑り込んできた。


 あの人が隣の車両へ乗り込むのを確認してから、電車に乗り込んだ。

 電車内は割りと空いていて、どこにでも座れたのだが、私は車両の端にあるBOX席へ座った。


 隣の車両に乗り込んだあの人を見張る為である。


 座ってる私の前に立っていた佐竹が

「あの、隣座ってもいいかな?」

 あちこち空いてるんだから、わざわざ隣に座る事ないじゃん!とて言いたかったのだが、さっきの背後に隠れた事もあり、断りにくく座っている体を少し詰めて、「どうぞ」とだけ答えた。


 ニコニコと嬉しそうに隣に座った佐竹は

「あ!さっきの事なんだけど」と鞄からプリントを取り出した。


 そのプリントは私達が通っているゼミで毎年恒例になっている、7泊8日で行われる夏の勉強合宿の案内だった。

 その合宿の事はもちろん私も知っていて、参加費がかなりの金額だった為、1,2年の時は参加しなかった。

 しかし今年は受験とゆう事もあり、親に頼んで許可を貰い、先日参加申し込みを終えたばかりだった。


「この合宿って瑞樹さんは参加するの?」

「はい、この前参加の申し込みを済ませたところです」

 佐竹はさらに嬉しそうな表情になり、声も張りが出てきた。

「そうなんだ!僕も参加するんだけど、知り合いとかいなくて、ちょっと寂しかったんだよね」

「そうなんですか」と淡々と答えていると

「だから合宿の前に瑞樹さんと話がしたくてさ!思い切って話しかけ……」


 そこまでは話を聞いていたのだが、隣の車両のあの人の事が気になり過ぎて、その後の話は殆ど頭に入ってこない。

 悪いとは思ったが、一方的に話をしているだけなのだからと、適当に返事返しながら、隣の車両にいる男の監視を続けた。


 そうしていると、私が降りるA駅の一駅手前のM駅に到着した。

 ここで佐竹が立ち上がり、そっぽを向いている瑞樹に話しかける。

「あ!僕この駅で降りるね」

「お疲れさまでした」

「うん!お疲れさま!またね!合宿の時楽しみにしてるよ!」

 そう言い残し佐竹は電車を降りて行った。


 電車が再び走り出してから、

「ん?何が楽しみなんだろう……勉強が楽しみなのか?まさか変な約束とかしてないね……私」

 心配になったが、今はそんな事より、あの人に見つからずに帰宅する事を考えるのが先決だとすぐに佐竹の事は後回して、引き続き隣の車両を見張った。


 あの人はまだ困った顔をしている。

 そういえば駐輪所で初めて顔を見た時も、あんな顔してたな


 そう物思いに耽っていると、すぐにA駅へ到着した。

 彼の動きを観察しながら、慎重に電車を降りた。

 その後も適度な距離をとり、改札を抜け駐輪場へ向かう。

 今日は雨が降ってて助かった。

 傘をさしていれば、顔が見にくくなるから、バレる心配が少ないからだ。


 傘の間から彼の後ろ姿を眺めていた。

 この前は、イライラしてたし気が動転してたから、しっかり相手の背格好なんて見てなかった。

 だが、こうして改めて見ると、肩幅があり背中から腰へかけて綺麗なラインを描いている。

 スーツの上からそれが想像出来るのだから、かなり鍛えてある細マッチョ体系なのだろう。

 脚もスラっとしててわりと長い脚だと思う。


 ……なんだよスーツが似合うスタイルのいいお兄さんではないか

 それを私はオッサン!と罵ったのか……はぁと溜息をつき俯いた。


 ブツブツと呟きながら歩いていると、いつも間にか駐輪場の前まで到着していた。

 慌てて出入り口が見える物陰に隠れて、彼が出てくるのを待つ。


 待っている間、

 いつまでも本当に逃げ隠れしていくつもりなのか?

(だって怖いんだもん)

 ちゃんと謝ればいいじゃないか!

(出来るならとっくに謝ってる!)

 自分が悪いのだから、謝るのは当然なのに、隠れるような卑怯な事をして逃げているんだ!

(そんな事わかってる!……でも、いまさら)

 そう自問自答を繰り返してるうちに、彼が出てきた。


 その姿を見た時、彼の方へ2歩、3歩と歩き出した。

 でもそこで足が止まる。


 彼は町の中へ姿を消した


 ……私の意気地なし!私は私が大嫌いだ


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