第17話 Cultural festival act9~抑えられない怒り~
「ふざけやがって!クソッ!!」
撤収を余儀なくされた平田達は大荒れな感情を表に出してE駅前を歩いていた。歩道の幅を埋め尽くす様に仲間達が続いていた為、他の歩行者は端に寄ってやり過ごす者ばかりで、誰も平田達に苦情を言えずにいる。そんな空気を一切読んでいない2人の男が平田達に向かって歩き出す。他の歩行者のように端に避けるでもなく、立ち止まるわけでもない。文字通り一直線に平田に歩み寄り、すれ違いざまに2人の男は平田の両肩にぶつかった。
「おい!てめ・・・・」
平田は即スイッチが入り、ぶつかった男の1人の肩を掴んで、怒鳴りだした瞬間・・・
ゴッパアァァァッッッン!!!!!!!!!!!
「ヘグップアァァ!!!!」
2人の男の一人が、肩を掴まれたと同時に渾身の右を平田の顔面に炸裂させた。
平田は言葉にならない悲鳴のような声を上げて、吹き飛ばされる。
男は間髪入れずに髪の毛を鷲掴みして、すぐ側にある路地裏へ引きずり込んでいった。一瞬の出来事で何が起こったのか、理解が追いつかずに呆然と立ち尽くす平田の仲間達に残っていた男が話しかける。
「おい!ボクちゃん達!お前らのボスが連れて行かれたぞ?ボケっとしてないで、加勢しなくていいのか?」
男にそう言われて、我に返った仲間達は慌てて、引きずり込まれた路地裏へ駆け込みだした。その様子を確認した後、ゆっくりと男も路地裏へ後を追い始める。
路地裏へ入って平田達に追いつく道中に、男達の痛みと苦しむ悲鳴がビルの谷間でこだまする。
仲間達に嗾けた男が、やり合っている路地裏の奥へ到着した時には、仲間達は地面に這いつくばっており、すでに動けない程打ちのめされていた。
立っているのは、ボロボロになった平田と、その平田を無言でここへ引きずり込んだ男だけだった。男はやり合った痕跡が僅かにあったが、とても6人を相手にしたようには見えない。
完全に追い込まれた平田は、もう1人の男が入ってきたのに気が付き、視線をその男の方に向けた。平田の視線を対峙していた男も目で追った。
その瞬間、平田は視線を外した男の顎先目掛けて、渾身のパンチを放つ。
ゴンッ!!!
拳は狙い通り男の顎にヒットした。手応えはあった!今までの経験上この手応えなら相手は脳震盪を起こし崩れる場面だと確信した。
だが……
男は顔を殴られた方向に向けただけで、崩れる様子がない。口の中を切ったのか、口元から僅かに血が流れているが、ただ、それだけであった。
渾身の一撃で殆どダメージを与えられなかった事実が、平田の戦意を根こそぎ削いだ。
「な、なんなんだよ!お前ら!俺達が何したってんだよ!」
もうこの場を逃げ去るしか選択枠がない平田は、男にそう言いながら逃げる隙を窺う。
そんな平田に詰め寄り男は左手を胸に押し当て力を込めて押した。逃げ腰だった平田は、押されるがまま上半身を反る態勢になり後方へ倒れ出し、男との距離が少し開いた。
その距離を男は一瞬で詰めて倒れかかっている平田の頭上で右手で拳を作り、上半身を捻り込み、その捻りの反動を利用して握った拳を上から下へ振り下ろすように右のパンチを、平田の鼻面に直撃させた。
「ギャアァァァァッッ!!!!」
上半身ごと激しく地面に叩きつけられ、叩きつけられた直後に平田は悲鳴を上げた。鼻は完全にへし折られ鼻血が止まらない。
歯が数本折れて残った歯は血まみれになっている。顔の形も変形されて無残な姿に変えられた。
完膚なきまでの完勝で勝負アリとゆう場面のはずが、男はまだ攻撃を終える気配がなく叩きつけられて倒れている平田の上に跨り、マウントポジションから左手で胸倉を掴んで首から上を持ち上げ、右腕を振り上げ力を込めて打ち放とうとする。
「その辺でやめておけ!間宮!」
振り下ろそうとした拳を止めて、やめろと叫んだ主の方を睨んだ。
「まだ終わってねえよ!邪魔をするな!松崎……」
平田達を完全に潰したのは間宮と松崎だった。
校内の事は茜に3-Aの連中を動かすように依頼して、先回りして平田達がここまで戻ってくるのを待ち伏せていたのだ。
瑞樹達の様子の一部始終を茜から報告を受けて、間宮は恐ろしい程にキレて平田達を無言で潰しにかかったのだ。
睨みつける間宮に松崎が歩み寄る。
「こんなカス共のせいでお前を殺人犯にするわけにはいかないからな!」
「元々お前には関係ない事なんだから、ほっとけよ!」
「関係あったんだなぁ!これが!」
松崎はギリギリ原型をとどめている平田に視線を移し、ため息混じりでそう告げた。
何を言っているのか解らないとゆう表情で、立っている松崎を見上げる間宮にゆっくりと膝をついて提案を始めた。
「そこで提案なんだが、この喧嘩ここから先は俺に預けてくれないか?」
「何言ってんだ!?こいつは俺が徹底的に潰して、二度と瑞樹に関わりたくなくなる程、体に恐怖を植え付ける必要があるんだ!邪魔するならお前でも容赦しねえぞ!」
間宮は松崎の提案を、バッサリと拒否した。
しかしそんな間宮を見ても想定内といった感じで、笑みを崩さずに提案の続きを話しだす。
「そうゆう方法もいいけどさ!俺ならもっと瑞樹ちゃんにとって良い結末を迎えさせる事が出来る!だから俺を信じて預けてくれ!頼む!」
そう提案を続けた後に、松崎は真剣な表情で間宮に頭を下げた。
松崎とはもうかなり長い付き合いになるが、こんな風に頭を下げて、頼まれるなんて事今までになかった。
そんな松崎を見てキレていたはずの頭の中が、冷静さを取り戻していくのがわかる。気が付くと掴んでいた平田の胸倉を離していた。
「お前がそこまで言うなら・・・わかったよ・・・ただし!こいつがまた瑞樹に何かしでかしたら、今度はお前も潰すからな!」
そう言って馬乗りになっていた平田の体から降りる様に立ち上がった。
「ああ!約束する!安心してくれ!」
松崎は間宮にそう言うと、持っていた水が入ったペットボトルのキャップを外して、勢いよく平田の顔に水をかけ流しだした。
気を失いかけていた平田は、水が鼻や口から大量に入り込み、苦しくなって意識が覚醒して入ってきた水を咳き込みながら吐き出した。
「よう!久しぶりだな!浩二!」
「ゲホゲホ!アァ!?誰だてめえ!」
松崎は平田を浩二と呼んで、平田の顔に近づいた。だが、平田は松崎の事を知らない風に叫んだ。
「おいおい!まだ気が付かないのかよ!俺だよ!俺!」
そう言った松崎は、間宮に散々言われても脱がなかったサマーニットとコウモリを外して、平田に自分の顔が良く見える位置に移動した。
「ア……兄貴……」
平田が松崎の事を兄貴と呼ぶのが聞こえて、間宮は動揺を隠せなかった。
「は?兄貴!?お前ら兄弟だったのか!?でも苗字が違うよな……」
混乱する間宮を苦笑いしながら見て、松崎は説明を始めた。
「兄弟っていっても、親の再婚同士の連れ子ってやつだ。再婚後も別姓を名乗っているから、俺とこいつも苗字が違うんだよ。」
そう説明してまた平田に視線を戻した。
「兄貴が何でここに……」
「こいつが瑞樹ちゃんのガードを頼まれたらしくて、詳しく話を聞いていたら平田って名前が出てきたからだ!まさかと思いながらついてきたら、本当にお前だったとはな……何くだらない事やってんだよ!お前!」
ここへ来た経緯を話した後、松崎は平田の胸倉を掴んで怒鳴った。
「う、うるせえ!兄貴には関係ないだろうが!」
松崎の怒鳴り声に対して、平田は怒鳴り返した。
「俺が止めなかったら、どうなっていたかわかってんのか!?!お前なんかの為に、こいつを殺人者にするわけにはいかねぇんだよ!」
松崎は間宮を指差して、平田に怒鳴った。
平田が黙り込んで、暫く経ってから
「間宮!ここは俺が処理するから、もう行ってくれ!」
松崎は間宮の方を見ずにそう告げた。それを聞いた間宮は無言で路地裏を立ち去り、表通りに戻る頃に松崎達がいる方向から平田の悲鳴が響き渡った。
悲鳴が聞こえた方を振り返らずに、間宮はとりあえず学校へ戻る事にした。
メインのライブが終わり、各クラスのイベントや店も終了して文化祭の閉会時間が迫っていた為、来場していた客達がゾロゾロと正門から出てきて、間宮がいた方角にある駅へ向かい出していた。
その人の流れに逆走するように、間宮は正門から校内へ入ろうとする。
受付で間もなく文化祭は終わると告げられたが、忘れ物があると誤魔化し、再入場して辺りを見渡した。
正門前のベンチで加藤達がいるのに気が付いて歩み寄った。間宮が声をかける前に希がこちらに気が付き、指差しながら叫びだした。
「あぁ!間宮さん!もうどこに行ってたんですか!?」
希がそう叫びだしたのをきっかけに、他の連中も間宮の方を見て、一斉に間宮に駆け寄ってきた。
「瑞樹は?」
「志乃ならカフェの終始を出しに行ったよ。そのまま打ち上げに参加するみたい。」
「それより間宮さん!瑞樹達の居場所を連絡したのに、どうして来てくれなかったんですか!?」
佐竹が間宮に詰め寄ってそう問いただした。
「それを言うなら、佐竹は何で間宮さんにだけ居場所を伝えたのよ!おかげで走り回って大変だったんだから!」
間宮に詰め寄った佐竹に加藤がそう言いながら、佐竹に詰め寄った。
「だ、だって……それは」
佐竹がタジタジになっていると、間宮が加藤達に口を開きだした。
「佐竹君の判断が正解で、加藤達の行動が間違ってる!」
そう言い切った間宮に加藤が、驚いた表情を向けた。
「な、なんでよ!私達は志乃を助けようとしたんだよ!?」
そう、加藤達は瑞樹を助ける一心で平田達に突っ込んでいった。
ここだけ見れば美しい友情劇のようだが、現実はそんな簡単ではない。
「今回はたまたま大した怪我もなく切り抜けられたが、もし襲われて取り返しのつかない事になったら、どうするつもりだったんだ!?」
「べ、別に!そうなったら仕方がないって覚悟があったから、助けに入ったんだし!」
覚悟は出来ていたと、間宮を睨むようにそう言い切った加藤に、間宮の怒鳴り声が飛ぶ!
「バカ野郎!お前達はそれでいいかもしれないが、瑞樹の気持ちは考えなかったのか!?」
「・・・・・・・・・!!」
そう怒鳴られて、加藤は言葉に詰まった。
「あの子の性格なら、もしお前達に何かあったら、責任を感じて最悪な事態になってしまうかもって考えなかったのかよ!!」
「そ・・・・・それは・・・・」
加藤達は言葉が続かずに俯いてしまった。
重い空気が辺りを支配する。間宮の言ってる事はまさに正論だ。
自分達は瑞樹の気持ちなんて考えないで、助けに来た自分に酔っていただけかもしれない・・・・そんな擬似暗示にかかったまま暫く沈黙が続いた。
「お前達は瑞樹にクラスの連中が到着するまで、待っているべきだったんだ。」
!!!!
「あれ?何で間宮さんがその事知ってるの?それに私達が平田達に突っ込んで行った事も知ってたよね?」
希が状況を正確に把握していた間宮に疑問をもった。
「そうだよ!私は瑞樹のクラスメイトをここへ連れてきたのが、間宮さんだと思ったけど、話をしに来たのは女の人だったって聞いたよ?」
加藤は希に続いて疑問を間宮にぶつけた。
つい頭に血が上っってしまって口走ってしまった。加藤達にも知られる事なくミッションを完遂するつもりだったが、気持ちがたかぶってしまった。
「それは・・・俺がその人に頼んで動いてもらったんだ・・・」
「どうしてそんな回りくどい事をしたのか聞いていい?」
「大した理由はない・・・ただ今回の事に俺は関わっていないって思わせてやりたかっただけだ。」
「それって・・・」
「ああ!どうも今回の事は俺を頼らずに、自分で何とかしようとしていたみたいだったからな。」
加藤の質問に、間宮は簡略的に説明した。
「だから触接的に関わらなかったって言うの?だって!絶対大丈夫だって保証なんてなかったんだよ?」
「わかってる。だから隠れて見ていたんだ。どうにもならないと判断した時は、瑞樹の想いを壊す事になってしまっても、介入して助けるつもりだった。」
間宮は全て見ていたのだ。だから茜に状況の報告受けるまでもなく、どんな酷い事を平田達がしたのか知っていた。あの場でブチ切れたのは加藤だけではなかった。だからあの無言の暴力にでたのだ。
「そ、そっか・・・そうだったんだ・・・・じゃあ私達がした事は無意味だったって事なんだね・・・」
希がそう言うと空気がさらに重くなった。
「いや!そうでもない。」
「え?」
俯いていた加藤が、顔を上げて間宮の方を見た。
「行動の質はともかく、自分をどれだけ想ってくれているのかは伝わったはずだからな。それに加藤達が乱入したのが原因で、瑞樹の壊れかけていた心を奮い立たせたのも事実だったんだし!まぁ、あそこでお前達が乱入してこなかったら、俺が飛び込んでいたんだけどな・・・」
「ほ、本当にそうなのかな・・・・私、自信ないよ・・・」
「加藤達の気持ちが伝わったからこそ、最後まであいつは逃げなかったし、壊れずに歯を食いしばって守ろうとしたんだから、自信もっていいと思うぜ!」
希が加藤と神山の肩に手を置いて、2人に笑顔を向けた。
その笑顔に瞳に溜めていた涙が、零れ落ちる程の笑顔で応えた加藤は、本当に嬉しそうだった。
「あ!それと肝心の平田の事なんだけど、今後一切瑞樹はもちろん、お前達にも関わらないようにと話をつけたから安心してくれ。」
そう間宮に報告されて、間宮の顔や体が傷ついて、服も汚れている事に加藤は初めて気が付いた。
「まさか!学校にいなかったのは、平田達を痛めつける為だったの!?ろ、6人相手に1人で!?」
「まあ・・・話し合う前に手が出てしまったんだ・・・俺もまだまだ子供だったって事だ!はははは」
加藤達は最後の最後で間宮が何故、私達みたいな子供相手でも、真剣に向き合ってくれる理由を垣間見た気がした。