第14話 Cultural festival act6 ~追跡~
つい数秒前まであった楽しさや、充実感が一瞬で凍りついた。
覚悟はしていたつもりだが、やはり直面してしまうと体が硬直し、足が震える。
中学時代、この男のせいで楽しかった学校生活が一変した。
心を砕かれた様々な出来事が鮮明にフラッシュバックして息苦しくなり、吐き気さえ覚える程だった。
「お前の学校てすげえ広いのな。ここ見つけるのに苦労したぞ。」
平田が店内を見渡してから、強ばった表情をしている瑞樹を見た。
「そう?そのままずっと迷ってればよかったのにね!」
だが、瑞樹は平田に対して虚勢を張った。足の震えを懸命に止めて逃げ腰になりそうな気持ちを奮い立たせて、平田を睨みつける。
「おいおい!ここ猫コス女が男に尻尾振る店なんだろ?睨んでないで、さっさと俺達にも尻尾振ってご機嫌とったらどうだ?」
ぎゃははははは!
平田が瑞樹にそう言うと、周りにいた平田の仲間がバカ笑いした。
パンッッッ!!!!!!
「ふざけるな!!!」
瑞樹の目つきが更に鋭くなり、怒鳴りながら平田の頬を力いっぱいひっぱたいた。
尻尾を振って機嫌をとれと自分が馬鹿にされたから、怒ったんじゃない。
貴重な受験勉強をする時間を削って、この日の為に皆で頑張ってきた事を、馬鹿にされた事が我慢出来なかった。
怒鳴り声と怒りに満ちたビンタの音が響き渡る。
店内にいた全員の視線が瑞樹と平田に集まった。
ひっぱたかれた平田はたまたま視界に入った杉山を睨みつけて声を荒らげた。
「おう!兄ちゃん!ここはMキャラ喜ばす為のドSカフェだったか!?今の見てたよな!?面をいきなり叩きやがったぞ!どうしてくれんだよ!おい!」
カフェの責任者である杉山がすぐに平田達に駆け寄った。
「うちのスタッフがすみません。お怪我はありませんか?」
杉山は平謝りして、騒動を収めようとしたが、
「ふざけんな!怪我したに決まってんだろ!どう責任とってくれんだよ!アァッ!?」
平田の怒鳴り声が響き渡る。その声を聞いた客達は足早に店を出始めた。
そんな客達を横目に平田を睨み続けた瑞樹が口を開いた。
「あんた達の目的は私なんでしょ!?どこにでも行ってやるから、それでいいわよね!」
それを聞いた平田達はニヤリと笑みを浮かべた。
「杉山君!ごめん、休憩までまだ少しあるけど、早めの休憩もらっていいかな?」
瑞樹は杉山の方に振り返ってそう言い出した。
「それは構わないけど、でもお前・・・・」
杉山は瑞樹をこのまま行かせてしまったら、大変な事になると危惧して言葉を詰まらせた。
「このままこいつらが、ここにいたら皆に迷惑かけちゃうから、場所を変えて話をつけてくるだけよ。だから私は大丈夫!心配しないで。」
瑞樹はにっこりと笑って杉山に心配ないと促した。
杉山はそれ以上何も言えなかった。大丈夫なわけがない!それがわかっているのに、平田達の圧力に足が動かない、言葉が出ない・・・ただ下を向いて黙り込むしか出来なかった。
「話がまとまってよかったぜ!じゃ!ついてこいよ!瑞樹!」
平田の言葉に黙ったまま瑞樹はついていってしまった。
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校内を色々とチェックしながら、歩き回っていた加藤は腕時計を見て時間を確認した。あと30分程で瑞樹が休憩にはいる時間だった為、一緒にいた希と瑞樹のクラスへ向かって歩き出した。神山との雰囲気が悪くなってから、加藤の口数が極端に減った。そんな空気を読んで希も加藤の心中を察して言葉を発しないように努めている。
「変に気を使わせてちゃって、ごめんね!希ちゃん。」
苦笑いしながら希に謝った。
「いえ!そんな事よりお姉ちゃんの事で神山さんと雰囲気が悪くなったのが申し訳なくて・・・」
希はしょんぼりして俯いた。
「希ちゃんがそんな事気にしなくていいんだよ!それに神ちゃんと本気で喧嘩したわけじゃないし、わかってくれると思ってるしね!」
片目を閉じてにっこりと笑って白い歯を見せて希にそう言った。
殆どのクラスが片付けを始めている廊下を歩きながら、そんな話をしてる間に瑞樹のクラスに到着した。ここも客が完全にいなくなったようで、片付けを始めかけているところだった。後ろのドアから中の様子を覗くと違和感がある光景がそこにあった。瑞樹の姿がなかったのだ。まだ休憩まで時間があるはずでいないわけがないはずなのだが・・・
加藤は胸騒ぎがして、近くにいた瑞樹のクラスメイトに話しかけた。
「あの!瑞樹さんの姿が見えないんですけど・・・?」
話しかけられたクラスメイトの女子は、瑞樹の居場所を聞かれた途端、暗い表情で俯きながら、加藤に説明をした。
少し前にガラの悪い連中がここへ来て、瑞樹と口論になりその男に手を出してしまって、怪我を負わせた責任をとる形でその連中に連れて行かれた事を聞かされた。
しまった!油断した!!
加藤は平田が瑞樹を狙うとしたら、休憩時に接触するはずだから、カフェの仕事中は安全だと決めつけていた。だがその仕事中に狙われてしまった事を知って、自分の考えが甘かった事に愕然とした。
色んな人を巻き込んで、自分が志乃を守るって息巻いていたくせに最悪な結果になってしまった。口だけだった自分に心底腹が立つ。
だが、今は自分を責めている暇なんてない。そう考えを切り替えて顔色が真っ青になっている希に語尾を荒げて指示をだした。
「希ちゃん!あっちの方から志乃を探して!私は間宮さんに連絡してから、反対側から探すから!」
「わかりました!」
希は加藤の指示に言葉短かにそう言い残して、走り去った。
すぐにスマホを取り出して間宮に電話をかけた。
「もしもし!間宮さん!瑞樹が平田に連れ去られたらしいの!これから私達も探しに行くんだけど、間宮さんも探して欲しいの!お願い!」
言葉早くそう伝えて、すぐに電話を切って廊下を走り出した。
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平田達に連れられて歩いていた瑞樹の右隣が凄く騒がしかった。
神楽優希のライブが始まる時間が間近に迫って、ライブに参加しようと学園の生徒達や来客者が続々と集まってきているのが原因だった。
その光景を見て瑞樹は理解した。
すぐに平田達が自分に接触してこなかったのが解せなかったのだが、理由がはっきりわかったのだ。この時間からライブ目的で殆どの人間がライブ会場の体育館へ集まり、他の場所に人気が殆どなくなってしまう事を計算していたのだと・・・・この状況なら騒ぎになったとしても、誰も気がつかない可能性が高い・・・・完全に確信犯だ・・・・
しかも今向かっている方向は、昨日自分が大谷さんへパンの追加発注をした場所に向かっている気がする。あの場所は普段から人通りが極端に少ないうえに、ライブ開催時間中は人が通りかかる可能性が限りなくゼロに近い・・・無用心にも程があった行動だったかもしれない。でももう後には引けない!いざとなったら声が枯れる程の大声で助けを呼ぶしかない!そう決意している瑞樹の前を歩いている平田の仲間が平田に話しかけた。
「なぁ!校内じゃなくて連れ出したほうがいいんじゃねえか?」
「ダメだ!門の所は先公がいるから、もしそこで声でもあげられたらヤバいだろ。」
平田は仲間の提案をそう言って却下した。
「でもよ!確かに超いい女だけど、気が強そうだから暴れだしたら厄介だぞ。」
「心配すんな!一発で瑞樹を抜け殻みたいにする、魔法の呪文があるんだよ。まぁ!見てろって!クックック!」
後ろから自分を睨みつけている瑞樹をチラリと見ながら、不敵な笑みを浮かべた。
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同時刻
神山と佐竹はライブ会場の体育館へ入る為に並んでいた。
楽しみにしていたライブだったが、神山の表情は冴えない。
加藤に手助けを拒否された事が原因だった。
佐竹はあの口論の後、神山を残して加藤の元へ行く事が出来なくて、神山と行動を共にしていた。
そんな佐竹を横目に見ながら神山は口を開いた。
「ねぇ、カトちゃんの側にいなくていいの?」
「ん?あいつには希ちゃんがついているからな。それに神山さんを1人になんて出来ないよ。」
「気を使わせてしまってごめんね・・・」
「気にしなくていいよ。」
苦笑いしながら、神山は佐竹に続けて話した。
「佐竹君、私なにか間違った事カトちゃんに言ったのかな?」
そう言いながら、自信なさげに目線を落とした。
そんな神山を見て、クスリと笑みを浮かべて神山の質問にこう答えた。
「いや!間違ってなんかいないよ。友達を助ける為に行動しようとした神山さんは間違ってなんかない!でも・・・・」
「でも?」
「加藤が断ったのも間違っていないと思うんだ。神山さんの事を心配して言った事なんだしさ!だからお互いの事を心配しての事だったんだから、すぐに元に戻れるよ!きっとね!」
「私さ、今日の文化祭とその後のお泊まり会で、2人ともっと仲良くなりたかったんだよね。瑞樹さんとカトちゃんみたいに何でも話せる関係になりたかったんだよ。」
力ない笑みを浮かべて、自分の想いを佐竹に話しだした。
「神山さんも同じくらい仲いいじゃん!」
「ううん・・・僅かなんだけど2人の間に壁を感じるんだよね。2人が長い付き合いだったら、話は別なんだけどお互い合宿の時が初見だったじゃん?だから気になっちゃってさ・・・」
佐竹のフォローをそう言って否定した。
佐竹はこれ以上自分が何を言っても意味がないと感じて、言葉を紡ぐのをやめて、2人が並びだした方を何となく見渡した。
ライブ会場へ入る為の行列の最後尾の、その後方の通路を歩いている連中が目に入った。よく見るとその複数の男達の真ん中に瑞樹が連れられて行くように歩いているのに気が付いて、佐竹は目を見開いた。その後方を見ても間宮や加藤がいるようには見えなかった。何故、瑞樹が単独で移動しているのかは、考えたくなかったがすぐに理解できた。
あの男達が加藤が言っていた平田達なんだと確信した。
「神山さん!ごめん!急用が出来たから、一緒にライブに参加出来なくなった!僕はもう行かなきゃだけど、神山さんはライブ楽しんで来てね!」
「あ!佐竹君!!」
神山が呼び止めようとしたのは聞こえていたが、立ち止まらずに瑞樹達を追った。
少し距離をとって瑞樹達を尾行していると、体育館から少し離れた校舎裏で止まって、平田と思われる男と瑞樹が向いあっていた。
少し離れた物陰からでも、瑞樹の睨みつける表情ハッキリと確認出来た。
あんなに怒りを表面に出した瑞樹は初めて見た。
佐竹はすぐにスマホを取り出して、間宮に瑞樹達の居場所を伝えたが、加藤達には連絡しなかった。どう考えてもこの場に女の子が割り込んでもどうにかなるとは思えなかったからだ。加藤の瑞樹を思う気持ちを考えると心苦しかったが、それよりも彼女の身の安全を優先した。
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「一応聞くけど、私に何の用?」
校舎裏で平田と対峙している瑞樹が腕を組みながら、睨みつけてそう言った。
「何の用って決まってんだろ?あの時の再現だ!もう一度だけチャンスをやろうと思ってな。」
「再現?チャンス?」
「ああ!改めて言うぞ!俺の女になれよ、瑞樹!」
平田は不敵な笑みを浮べて、瑞樹に顔をかなり近づけて命令口調で付き合えと要求した。
「は?」
「返事はよく考えてからの方がいいぞ。返答次第ではこれからお前に起こる、死にたくなる事態を回避できるんだからな!」
OKせざる負えない脅しを瑞樹に突きつけきた。
「正気?ここどこだか解って言ってる?いくら人気がない場所とはいえ、騒ぎ方を選ばなければ誰か気付くと思うんだけど?」
「通常ならその可能性があったかもしれねえが、今から神楽のライブが始まるんだぜ?大声出しても誰も気が付いたりしねえよ。」
ドン!ドン!ドン!
体育館の方からライブが始まる直前でオーディエンス達のテンションを上げる為に、ドラムがリズムを取り出す音が聞こえてきた。その音が鳴り出して、会場入りしている客達のボルテージが上がり大歓声が響きわたっている。
その歓声が聞こえる会場の方を指さしながら、平田は悪人面でニヤリと笑いながら、瑞樹の希望を砕くようにそう言った。
「で?俺の女になる決心はついたか?瑞樹よ!」
パンッ!!!
「誰がお前の物になんかになるか!」
瑞樹はまた平田の顔をひっぱたいた。
「おい!いい加減にしろよ!この女!!」
平田の周りに居た仲間の1人が、瑞樹に怒鳴りながら近づこうとしたが、平田が手を伸ばして仲間を静止させて、再び瑞樹をニヤリと笑みを浮かべながら、瑞樹にとってあまりにも想定外な事を聞いてきた。
「なぁ、瑞樹よ、あのキーホルダーまだ大事に持ってんのか?」