第12話 Cultural festival act4 ~分裂~
カフェの入口でお互い固まってしまった。
クラスの為に全力で猫娘スタイルで接客した相手が間宮だと知って、全身の血が沸騰したように赤く染まった瑞樹。
対して間宮は厨房担当だから、来ても会えないと言われていたから、全く瑞樹を意識しないで店内へ入ったが、今まで見た事がない笑顔で完全猫娘化していて、更に語尾に「にゃん」なんて付けて話しかけてくる瑞樹なんて想像もした事がなかった為、その姿で現れた瞬間思考が停止している・・・・
立ち止まって中々店内に入ろうとしない間宮に苛立ちを覚えた松崎は、間宮の肩ごしから顔を覗かせて
「おい、何立ち止まってんだよ!さっさと入れよ・・・・って・・・・おぉ!!メッチャ可愛い猫がいる!!」
間宮に文句を言いながら、固まっている間宮と向かい合って同じように固まっている瑞樹が目に入って、松崎のテンションがあがった。
はしゃぐ松崎を見て加藤達も立ち尽くしている間宮の横を抜けて真っ赤になって固まっている瑞樹を目撃した。
「うわっ!!志乃にゃんこだ!超可愛い!!これヤバいって!」
加藤が目をキラキラさせながら叫んだ。
その叫びを聞いて希達も店内に入って猫娘姿の瑞樹を見た。
「わあ!お姉ちゃんが猫とかウケる!」
希は誂うように言いながら、ケタケタと笑った。
「瑞樹さん!マジ!?ハンパなく可愛いんだけど!」
神山は頬を赤らめて、興奮して瑞樹を褒めちぎった。
佐竹に至っては、もはや言葉なんて全く出てこず、顔を赤らめて固まるしかない。
一気にそんな声が聞こえてきて、瑞樹は我に返り俯いていた顔を上げた。
「ま、まま、愛菜!希!神山さん!佐竹君もいらっしゃい!」
真っ赤な顔は隠しようがなかったが、慌てながらも4人を歓迎した。
そんな瑞樹の声に間宮も我に返り、改めて瑞樹を見て話しかけた。
「お、おはよ。そんな可愛い猫に出迎えられたら、眠気も吹っ飛んだよ。」
そう言って柔らかい笑顔を瑞樹に向けた。
またサラッと心にもない事言って!と思ったが、同時に笑われるかもと不安な気持ちだったからか、お世辞でも嘘でも可愛いと言ってくれたのが、今の瑞樹には嬉しかった。可愛いと言ってくれた間宮の方に向き直り、両手で猫ポーズをして笑顔で応える。
「ありがとうにゃん!それではお席に案内するにゃ~~ん!」
嬉しそうに間宮達を空いている席へ案内した。
「ご注文は何にしますかにゃ?」
ご機嫌な瑞樹はノリノリで間宮達の接客を始めた。
間宮達は先にドリンクを注文してから、軽食をとる為間宮と松崎がフードメニューを眺めていると、隣に座っていた加藤がメニューに勢いよく指をさして、
「間宮さんは絶対このメロンパンね!超おすすめだから!」
そういえばボディーガードを頼んできた時に加藤がメロンパンの事を話していたのを思い出した。
「じゃあ、俺はメロンパンとクリームパンを。」
「俺はエビピラフとホットドッグね!」
どんな組み合わせだよ!と席についている皆が思っていたが、松崎は全く気にしていなかった。
注文を伝票に書き込んで、注文内容を繰り返して確認をとった瑞樹は、少し照れくさそうにポーズをとった。
「ご注文ありがとにゃ!心を込めて作ってくるから、少し待ってて欲しいにゃ!」やはり若干照れを隠しきれない笑顔でそう言うと、軽く咳払いしながら厨房へオーダーを通しに向かった。
注文した物が運ばれてくるまで、それぞれ談笑していると、松崎が少し声を下げて間宮に話しだした。
「あの子なのか?ガードする子って。」
「ああ、そうだ。」
「なるほどな!確かに目を引く女の子だよな。くだらない連中とのトラブルに巻き込まれる事もあるかも・・・」
「まあな・・・」
「で?具体的なガード方とやらは考えているのか?」
「いや、色々考えてはいたんだが、どれも完璧に守れる作戦ってのがなくてな・・・・」
「だろうな・・・この敷地にこの人間の数、おまけにずっと一緒にいるわけじゃない人間を完璧に守る方法なんて皆無だろうよ。」
「正直悔しいが、正論だな。松崎ならどうする?」
間宮は素直に松崎の分析の結果を認めて、アドバイスを求めた。
アドバイスを求められた松崎は少し考え込んで、間宮の視線を戻して提案した。
「思い切って、彼女の側でガードするのを完全に止めてしまったらどうだ?」
「言ってる意味が解らないんだが・・・」
「中途半端に側にいたり、いなかったりなんてしていたら、お前の存在を平田が気付いて、彼女に接触するのを止めてしまって日を改められたら?」
「完全にアウトだな・・・」
確かに松崎の指摘は的を得ている。この日に必ず瑞樹に接触するのが、事前に分かっているからこそ、瑞樹のガードが可能なわけで、日を改められると間宮には手も足も出なくなってしまう。
だが、この松崎の提案には一つ引っかかる事があった。
「でもその作戦だと・・・・瑞樹を囮にするって事になるんじゃないか?」
「まあ、そうなるな。不服か?」
「かなりな・・・」
不満顔全開でそう答えながら、腕を組んで考え込んだ。
「そこはしょうがないだろ。あの子と平田って奴が昔何かあったって件は時効みたいなものだし、かといって平田を見つけて瑞樹ちゃんに接触する前に拉致るってのも、まだ何もやってないんじゃ悪者は俺達って事になってしまうんだしよ!それじゃ筋が通ってないじゃん!ただの輩と変わらないんだぜ?」
「筋とか言ってる場合じゃないだろ・・・」
そう言って正論を唱える松崎から目線を外して黙り込んだ。
「ほ~~~~~・・・・」
そんな間宮を見て、松崎はまるで激レアシーンでも見たかのようなリアクションをした。
「んだよ!」
「んにゃ!らしくない事言うんだなって思ってな!筋とかブチって実力行使とか・・・・それ程大切な存在って事か・・・」
松崎はニヤニヤしながら、間宮を眺めた。
「そんなんじゃないって!ただ、彼女が心配なだけで!」
ムキになって松崎にそう反論していると、後ろから弾んだ声が聞こえてきた。
「おまたせにゃ!ご注文のドリンクとエビピラフとホットドッグ、それとメロンパンにクリームパンにゃ!」
瑞樹を含む3人の猫娘達が、注文していた物を一気にテーブルへ運んできた。
それぞれテーブルへ並べ終えると、瑞樹がトレイを胸元で抱くように持って
「熱いものは冷めないうちにどうぞにゃ!」
そう言われて松崎はピラフに口をつけた。
間宮も大好物のメロンパンを一口かじる。
「・・・・・・・・」
無言でパンを食べる間宮を見て、瑞樹は不安そうに素に戻って話しかけた。
「あ。あれ?そのメロンパン美味しくない?間宮さん・・・」
「え?何で?」
「だって、メロンパンを食べてる時の間宮さんって、本当に幸せそうな顔をして食べてるのを見てきたから・・・」
恐らくめちゃくちゃ美味いメロンパンなのだろう・・・しかし今の間宮は瑞樹を守る事での不確定要素が消せなくて、その事が頭から離せずにいた為、何を食べてもイマイチ味が解らない状態だった。
「そ、そんな事ないって!美味いよ!このメロンパン!」
そう言って美味そうに食べる芝居をして、そのまま一気に全部食べきった。
瑞樹は寂しそうな表情を浮かべながら、間宮達のテーブルから離れようとした時に間宮が呼び止めた。
「瑞樹!このパンって持ち帰りもあるんだよな?メロンパン3つ包んで貰えるか?」
間宮に背を向けたまま、視線だけ間宮に向けて
「うん、わかった。包んで持ってくる・・・」
落ち込んだ雰囲気を隠さずに、間宮にそう言って厨房へ向かい暫くして、メロンパンを3つ紙袋に包んだ物を間宮に手渡した。
「どうぞ・・・」
「うん、ありがとう。」
笑顔でパンが入った紙袋を受け取って礼を言うと、瑞樹は「いえ、ありがとうございました。」沈んだ声でそう言って仕事へ戻っていった。
寂しそうに立ち去っていく瑞樹を見た加藤は、隣に座っている間宮の袖を引っ張り、
「ちょっと!間宮さん!人前に出るのが苦手な瑞樹が、間宮さんの為に頑張ってプレゼンまでして、メニューに加えたメロンパンだったのに!」
間宮に顔を近づけて、小声でそう訴えた。
「あ、あぁ・・・そうか・・・ごめん・・」
間宮は言い訳せずに反省した。
そんな2人の会話を聞いていた松崎が、加藤に少し厳しい表情を向けて
「愛菜ちゃん。間宮は今日のガードの事で神経尖らせてるんだから、そこまで気が回るわけないでしょ?愛菜ちゃんがガードを頼んだんだろ?それに応えようとしてるのに、それはないんじゃないかな?」
そうか、それで意識がここになかったのか。それなのにガードを頼んだ本人にそんな事言われたくないよね・・・・
加藤は両手を膝の上に乗せて、間宮を申し訳なさそうな表情で見て、
「間宮さん!ごめんなさい。私かなり勝手な事言ってた・・本当にごめんなさい。」
そう言って頭を下げた。
間宮はそう言って頭を下げている加藤に慌てた表情で
「いや!俺の不注意なんだから、加藤が謝る必要はないって!」
加藤にフォローしながら、松崎を睨んだが、本人は呑気にホットドッグを頬張っていた。
その後、急ぐように頼んだメニューを完食した間宮は、紙で出来たコースターに何やら書き込み始めた。
他のメンバーがその書き込んでいるコースターを覗き込もうとすると、間宮は加藤と希にそのコースターを手渡した。
「なに?これ。」
加藤と希は目を合わせてから、加藤が間宮に聞いた。
「俺の番号とlineのIDだ。俺が瑞樹の側にいない時に平田が現れたら、そこに連絡してくれないか?」
そういえば、間宮の番号を知らなかった事を忘れていた。
これは当然必要な事で間違いないが、この番号を教えてもらうのに随分と苦労して、スマホに間宮のデータが入ったと瑞樹が嬉しそうに話していたのを思い出すと、複雑な気分になった。
「そ、そうだね!了解!」
加藤はそう言って、自分のスマホを取り出して間宮のアドレスを登録し始めた。希も1字、1字打ち間違えていないか、慎重に確認しながら登録する。
登録し終わってから、2人は間宮のスマホにワンコールして、自分の携帯番号を間宮に伝えた。
表示された2つの番号を順に登録を済ませると、間宮は席を立った。
ホットドッグを頬張っていた松崎が、立ち上がった間宮に声をかける。
「どこ行くんだ?」
「今のうちに校内を回って、色々とチェックしようと思ってな。」
「そっか!俺もこれ食ったら回ってみるから、後で合流って事で!」
「OK!皆の支払いはこれで支払っておいてくれ。じゃあな!」
そう言って間宮はテーブルに5000円を置いて、足早にカフェを出て行った。
4人のやり取りを見ていた神山が、加藤の肩に手を置いて
「ねぇ!カトちゃん!これってどうゆう集まりなの?文化祭を楽しもうってノリじゃないよね?」
真剣な眼差しを加藤に向けた。
「う、うん・・・神ちゃんには言ってなかったけど、私達4人は志乃を平田って奴から守る為にここにいるの。」
「平田?守る?ねえ!それってどうゆう事なの?」
神山を巻き込みたくなかったが、神山の真剣な態度に誤魔化すのは無理だと判断して、これまでの経緯を瑞樹の過去にはなるべく触れないように、言葉を選びながら説明した。
「そうゆう事だったんだ。今朝会った時からいつもと空気が違うなとは思ってたんだけどね・・・・・それで?」
「ん?」
「まさか私だけ、その話からハブるつもりだったんじゃないでしょうね?」
少し怒った表情で神山は加藤に詰め寄った。
「いや、ハブるとかじゃなくて、神ちゃんを危険な事に巻き込みたくないから・・・」
「同じ事じゃん!」
「だって、私や希ちゃんは事情を知っているから、こうして瑞樹を守る為にいるけど、神ちゃんは訳がわからないのに、危険な事に巻き込めないよ!」
「事情ならさっき聞かせてもらったし、それに今晩、カトちゃん家でお泊りお疲れ会を3人でやるんでしょ?その時、私だけ話について行けないなんて嫌だよ!ねっ!だから私にも手伝わせてよ。」
引き下がろうとしない神山に加藤はカッとなって
「だから!駄目なものは駄目なのよ!!」
勢い良く立ち上がって、テーブルを強く叩きながら、加藤は神山に声を荒らげた。
周りの客や瑞樹のクラスメイト達も、一斉に大きな声がした加藤達を見ている。
加藤にそう言われた神山はショックの色を隠せないでいた。
「希ちゃん!行くよ!」
「あ!はい!」
神山の方を見ないで、希にそう伝えるとそのままカフェを出て行ってしまった。希は今、何を言っても火に油を注ぐだけだと判断して、慌てて支度をしてから、神山達に会釈だけして加藤を追いかけていった。
そんなやり取りを腕を組んで、目を閉じて聞いていた松崎は、片目だけ開き神山を見て口を開いた。
「神山ちゃんの気持ちは愛菜ちゃんだって嬉しいんだと思うよ。でも大切な友達だから危険な事に巻き込みたくないって気持ちも分かってあげて欲しいなってお兄さんは思うんだけど?」
松崎に宥められるように、そう言われた神山は
「そんな事わかってますよ。でも・・・私だって瑞樹さんの力になりたいって思うのはいけない事なんですか!?」
寂しそうな表情を浮かべて、松崎のそう聞き返した。
「とんでもない!凄く素敵な事だと思うよ。でもね?神山ちゃん。もし君と愛菜ちゃんの立場が逆だったら、同じ事したんじゃないかな?」
神山はそう言われて何も言い返せなかった。
その時、プレオープンに続いてすでに大行列が出来ていた廊下で、先行してオーダーをとっていた瑞樹が店に戻ってきた。
カフェへ入ると明らかに空気がおかしい・・・
店内を見渡してみると、間宮達が座っていた席に3人しかいない事に気が付いて、慌てて駆け寄って声をかけた。
「あれ?間宮さん達はどうしたの??」
そう聞かれて3人は一瞬黙り込んでしまったが、すぐに松崎が返答し始めた。
「間宮達は待ちきれなくて、先に文化祭巡りを始めちゃったんだよ。子供だよねぇ!」
「え?そうなんですか?」
なんだかピンとこなくて、すぐに神山の方を向いて聞き直した。
「本当なの?神山さん。」
そう聞いてきた瑞樹に対して、
「うん!ほんと子供だよね!あはははは!」
心配をかけないように、努めて笑顔を作ってそう答えた。
「さてと!そんじゃ俺達も行こうか!あ!瑞樹ちゃん、これ、全員分の飲食代ね。お釣りはとっておいて。」
そう言って間宮が置いていった5000円を瑞樹に支払った。
「え?いえ!すぐにおつり用意しますから、少し待ってて下さい。」
瑞樹は慌ててレジへ向かおうとしたが、松崎達は席から立ち上がって
「本当に気にしなくていいから、受け取っておいて!ごちそうさま!」
それだけ言い残して、3人はカフェを出て行った。
明らかに嘘をついているのは、チョロイ瑞樹にもすぐにわかって凄く気になり、3人を追いかけようとしたが、客から呼ばれてしまって足が止まった。
「はい!すぐ行くにゃん!」
すぐに猫娘のスイッチをいれて対応にあたった。
休憩にはいったら、すぐに愛菜に連絡する事にして、今は仕事に集中しようと猫娘はまた店内を走り出した。