第11話 Cultural festival act3 ~開催~
23日午前7時前
通い慣れてきたメイン通りを小走りで走っていた。
目的地である小洒落な佇まいの建物が見えてきた。
店に到着したが、正面のドアの前を通過して勝手知ったる何とやらと裏口へ通じる通路を迷いなく走り抜けた。
道が開けて広い場所へ出ると、店の裏口に車が横付けされていた。
「おはようございます!大谷さん!」
「うわっ!?ビックリした!って・・・あれ?瑞樹ちゃん!?何やってんの!こんな所で!文化祭は!?」
「勿論!行きますよ!でもその前に我がカフェ一押しメインメニューのパンを積み込むのを手伝いにきました!」
瑞樹はそう言って工房の中へ入ろうとした。
「いやいや!昨日だって遅くまで手伝ってもらったのに、こんな事までしなくていいって。あまり寝てないんだろ?」
工房へ入ろうとする瑞樹をそう言って止めた大谷の方に振り向いて
「大丈夫ですよ!まだまだ若いですからね!」
そう言って瑞樹は両腕にグッと力を入れて、力こぶを作るポーズを作って笑った。
そんな瑞樹を見て観念した大谷は瑞樹と積み込みを始めた。
暫くして積み込みが終わり車のリアゲートを閉めた大谷が話しだした。
「瑞樹ちゃんってここまで電車で来たんだろ?」
「はい、そうですよ。」
汗をハンカチで拭いながらそう答えた。
「じゃ!このまま一緒に乗っていきな!配達先は同じ学校なんだし!」
「あ!はい!ありがとうございます。」
2人は準備を済ませて、車に乗り込み英城学園に向けて出発した。
車が走り出してすぐに大谷がなにやらゴソゴソと取り出し始めた。
その取り出した物をそのまま瑞樹へ差し出す。
「どうせ、朝飯食ってないんだろ。朝はちゃんと食べないと頭も体もしっかり働かないぞ!学校に着くまでまだ時間あるから食っとけ。」そう言って渡そうとしたのは、店で使っている紙袋だった。
瑞樹はその紙袋を黙って受け取って中身を覗き込んだ。
袋の中身はサンドイッチと焼きたてのメロンパンだった。
「うわぁ!美味しそう!このパン頂いていいんですか?」
「ああ!積み込み手伝ってくれた賄いってやつだな!はは!あと、これもな!」そう言って瑞樹に缶コーヒーを手渡した。
袋の中から焼きたてメロンパンの甘い香りが漂ってきた。
その香りを目を閉じてゆっくり心呼吸をするように吸い込むと、幸せそうな顔をしてメロンパンを食べる間宮がハッキリと頭の中に浮かんだ。
目を開くと自然と笑みが溢れる。
「やっと元気になってきたな。」
そんな瑞樹の表情を見て大谷は、にっこりと微笑みながらそう言った。
「え?ここに来た時から元気だったじゃないですか。」
瑞樹は大谷が言った事を否定した。
「ああ!笑顔で元気に積み込み手伝ってくれたよな!でも・・・・目が笑ってなかったんだよ。」
「・・・・・・・・!!」
大谷に心配させたくなかったから、完璧に隠せてると思っていた事を見抜かれていた。
「ははは・・・バレてましたか・・・」
図星だった。
帰宅して眠ろうとしたが殆ど眠れなかった。
どうしても平田の事が気になり不安でたまらなかったからだ。
何かしていないと不安に押しつぶされそうだったから、眠るのを諦めて大谷の元へ向かっただけだ。
「何があったかなんて詮索するつもりはないけど、1人で抱え込まないで周りを頼るのは恥ずかしい事なんかじゃないって事だけは忘れるなよ!」
そう言って大谷は瑞樹の頭を優しく撫でた。
その大きな手で撫でられると、泣きじゃくる私の頭を優しく撫でてくれた間宮の事を思い出す。
大谷の優しさに触れて、瞬く間に瑞樹の目に輝きが戻ってきた。
「はい!ありがとうございます!パンいただきます!」
「おう!しっかり食べて今日もカフェ頑張れよ!」
紙袋からメロンパンを取り出して頬張った。
食べながら改めて今日とゆう日を迎えるまでに、自分で決めた事を再確認しながらパンを噛み締めた。
昔の事を乗り越えないとやはり先がないと思った。いや!思えるようになれたから・・・・もう逃げないで戦う事を決意した。私はもう1人なんかじゃないから・・・・
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英城学園があるE駅前で松崎と待ち合わせて、学園へ向かって2人は歩き出していた。
「なあ!松崎さんや・・・」
「何だい?間宮さんや・・・」
「お前、高校の文化祭に行くなんて、年考えろって言ってたよな?」
「ああ!言ったな!それがどうした?」
歩きながらチラチラと松崎を見ながら、我慢できそうにないから口を開いた。
「高校の文化祭へ行くからって、若い連中の格好を無理して真似しなくていいんじゃないかって思うんだが・・・」
「は?別に無理なんかしてないぞ。」
「だったら・・・その無理してるのが見え見えのサマーニットなんとかしろよ!見てるこっちが暑苦しいわ!つかその上、コウモリとかどんなセンスしてんだよ!」
「俺は全然暑くなんてないし!無理なんてしてねえ・・・」
「じゃあ・・・・その吹き出るような汗は何なんだよ!」
顔の毛穴とゆう毛穴から、ボタボタと滴り落ちている汗が間宮には気持ち悪くて仕方が無かった。
「もういいよ・・・すきにしろ・・・」
「言われなくても好きにするし!」
いくら言っても、どんなに汗をかいても脱ぎそうな気配がないから、間宮は諦めて歩を進めた。
学校へ到着すると、会場へ入る為の受付に長蛇の列が出来ていた。
「うわ!なんだよ!この行列は!?」
松崎は行列に目眩を起こしながら吐き捨てた。
「文化祭でこの行列はありえないよな。神楽優希効果は絶大って事だ!」
「ライブ会場へ入るのは大変なのは覚悟していたけど、学校へ入るだけでこれだもんな・・・先が思いやられるよ・・・」
「そうだな。」
2人は大人しく長蛇の列に並びながら、そんな事を話していた。
30分程並んでようやく間宮達の順番が回ってきて、受付にチケットを手渡した。
「はい!3-Aの瑞樹 志乃さんのご招待ですね!」
誰から渡されたかを確認して、そのチケットにスタンプを押してから、半分にして半券を間宮に戻した。
「この半券で今日一日何度でも再入場出来ますので、紛失しないように保管して下さい。」
英城学園の文化祭は再入場が可能な珍しい体制をとっていた。
「わかりました、ありがとうございます。」
そう言って受け付けしていた女子に柔らかい笑顔を向けて、校内へ入っていった。
「ちょっと!誰?あのいい感じのお兄さんは!」
「うん!うん!あの笑顔はヤバいよね!」
「その隣にいた人、暑いならサマーニット脱いだらいいのに・・・」
受付の女子達は仕事を放棄して、間宮の姿が見えなくなるまでキャッキャッ!と盛り上がり、間宮が気にした通りやっぱり松崎のサマーニットを指摘されていた。
2人は案内パンフを凝視しながら、暫く歩いてベンチに座った。
「さて!まずはどうしますか?松崎さんや。」
「ん~・・・お前って朝飯食ってきた?」
「いや!今朝は寝坊してしまって、バタバタと支度して出てきたから、飯食べてる時間なかったんだよな。」
「そっか!俺も食べてなくて腹減ったから、まずは何か食いに行こうぜ。」
「そうだな!ボディーガードするにしても、腹が減ってはってやつだもんな。じゃあ!そのガードする女の子のクラスがカフェやってるらしいから、様子見がてら軽く何か食べに行くか!」
「よし!決まりだ!」
行き先が決定して、ベンチを立った2人に声がかかる
「間宮さ~~~ん!!」
間宮は呼ばれた方を見渡すと、大きく手を振る加藤がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
「おっはよ!間宮さん!」
挨拶した加藤の後ろをついてくる姿に気が付いて
「おはよう!加藤、希ちゃん、神山さん、佐竹君!今日は集団なんだな。」
「そうなの!神ちゃんが神楽 優希の大ファンなの志乃は知ってたから、チケット2枚くれたんだよ!佐竹はいつものように何故かついてきただけなんだけどね。」
加藤はそう言って、佐竹にジトっとした目線を送った。
「何故かって・・・・ひどくね?」
「ははは!相変わらず仲が良いんだな。」
間宮はありきたりな、ラブコメのワンシーンを見ているような感覚でそう言った。
「別に仲が良くて一緒にいるわけじゃないし!」
これもお約束の台詞だなと思ったが、口にすると面倒なので伏せておいた。
「あれ?」
そんなやり取りをしていた間宮の後ろに立っているサングラスのコウモリを取って、ハンカチで顔の汗を拭っていた男の存在に加藤が気づいた。そんな反応をする加藤を見て、松崎も同じ事に気が付いた。
「あれ?確か駐車場で、俺が話しかけた子だよな?」
「あ!やっぱり!そうです!お久しぶりです。確か松崎さんですよね?」
「そう!名前覚えてくれてたんだな。え~と・・・」
「あ!私は名前言ってなかったですよね。加藤 愛菜って言います。」
「そっか!愛菜ちゃんか!よろしくな!」
ま、愛菜ちゃ・・・ん・・いきなり名前で呼ばれて加藤はドキッとした。
初対面って感じではない2人を見て、驚きながら間宮が会話に割り込んだ。
「あれ?2人って知り合いだったのか?」
「ん?ほら!前に話しただろ?お前が合宿から帰ってきた日、駐車場まで荷物を受け取りに行ったら、間宮が見当たらなくて近くにいた女の子に間宮の行き先を聞いたって!その女の子が愛菜ちゃんだったんだよ。」
「ああ!あの時にお前が話しかけた子って加藤だったのか。」
そう言ってようやく納得した間宮に、希達が話しかけてきた。
「間宮さん、おはようございます。今日は姉の事宜しくお願いします。」
希は間宮に顔を近づけて、小声で挨拶した。
「おはよ!希ちゃん。お姉ちゃんの事は心配しないで、希ちゃんは文化祭楽しんでね。」
「おはようございます!間宮先生!おひさしぶりです。」
「おはようございます。神山さん!久しぶりですね。」
まだ先生と呼ぶ子がいたのを忘れていた間宮は苦笑いした。
「おはようございます、間宮先生。あの・・・松崎って人とはどうゆう関係なんですか?」
佐竹は挨拶もそこそこに、今でも楽しそうに話している加藤と松崎を不愉快そうな表情で見つめながら聞いてきた。
「松崎はウチの会社の同期入社の同僚なんですよ。」
「へ~、そうなんですか・・・」
佐竹が松崎の存在が面白くないのは一発でわかった。
そうやって軽い挨拶を済ませると、間宮は加藤達に今から瑞樹のクラスがやっているカフェに向かう事を告げると、一緒に行く事になり3ーAを目指して6人は歩き出した。
3-Aに到着すると、まだ文化祭が始まったばかりで学校の生徒達は自分のクラスの活動で忙しく、一般の客にはまだこのクラスの人気ぶりが知られていなかった為か、昨日と違って待っている客は3組ほどだった。
その最後尾に並んだ間宮は加藤達や松崎に話しかけた。
「カフェなのにこんなに並んでるなんて、ここって人気があるカフェなんだな。」
そう言って驚く間宮に加藤が反応した。
「いやいや!志乃に聞いた話だと、昨日のプレオープンの時はオープン早々に、この廊下一本以上の行列が出来たらしいよ!」
「マジか!?そんなに行列ができるカフェってどんなだよ。」
そこまで行列が出来るカフェと聞いて、間宮は楽しみで仕方が無かった。
暫くして間宮達が店内に案内された。
間宮が教室のドアを横にスライドさせて店内へ足を踏み入れると・・・・
「いらっしゃいだにゃ!ようこそ!カフェ猫娘へ!何名様ですかにゃあ??」
偶然に間宮達の接客担当になった瑞樹は、入ってきた客が間宮だと知らずに昨日のプレオープンの時より、さらに可愛らしい猫を演じながら、笑顔で間宮達の前に現れた。
「・・・・・・・え?瑞樹か?」
聴き慣れた声が聞こえて瑞樹が猫のポーズをとったまま固まった。
「え?」
恐る恐る目の前にいる男の顔を見上げると、驚いた表情をした間宮が立っていた。
「うにゃっ!!!???ま、間宮さん!?」
その瞬間、顔だけではなく全身隅々まで真っ赤なゆでダコ瑞樹が完成した。
「にゃ、にゃんでここに!?私は厨房担当で会えないって言ったにゃん!」
「何でって、腹が減って何か食べようって事になって、瑞樹のクラスがカフェをやってるって言ってたから、どうせなら瑞樹の店の売上に貢献しようと思って・・・」
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まずはこんな先制パンチ的なイベントから、いよいよ瑞樹にとって長い長い一日が始まった。