第3話 戦友との酒盛り
最悪な誕生日から4日が過ぎていた。
でもあの事をまだ忘れられずにいた俺だったけれど、
昨日までは幸いにと言うのも変だが、仕事が忙しく時間に追われていた為か、その事をあまり考える時間がなかった。
だが今日は比較的落ち着いていた為、余計な事を考えてしまって、調子がでない。
会社の周りには気付かれない様に注意していたつもりだったが、集中出来ていなかった為か、細かい凡ミスを連発してしまっていた。
周りにも散々迷惑をかけてしまった。
こんな日に無理に仕事をしたって、また迷惑をかけてしまうだけだと思い、今日は定時で帰宅する事にした。
会社のロビーを抜けて、外に出た時にロビーから俺を呼ぶ声がした。
「間宮!今帰りか?」
振り返ると一人の男がこちらに向かってくる。
同期入社の松崎だった。
「あぁ、たまには定時で終わっても罰はあたんないだろ?」
「はは!まぁな!」
「松崎も帰りか?」
「まぁ、そんな感じだ」
そんな事を話しながら駅へ向かって歩いていると、松崎が思いついたように切り出す。
「そうだ!珍しく2人揃って、こんな時間に仕事終わったんだ!どうだ?久しぶりに2人で飲みにでもいかないか?」
松崎はそう言って誘ってきた。正直このまま部屋に一人でいても悶々と考え込んでしまうだけだったろうし、気心が知れたこいつと飲むのは気が紛れて助かる。
なにより単純に俺も久しぶりにこいつと飲みたいと思った。
「それいいな!いこうぜ!どこの店で飲む?」
「そうだな~ あっ!駅前にこの前オープンした店でどうだ?隠れ家的な店構えらしくて、落ち着いて飲める店だったってウチの部署の若い連中が言ってたんだよ」
「へえ、そんな店が出来てたのか。しばらく駅まで直行の生活だったから気付かなかったな」
「ははは!この仕事人間が!よし!そこで決定だな!」
「ああ」
とすでに飲む前から盛り上がって駅前の店へ向かった。
店に入り店員に席へ通され腰を下ろした。
2人だったからか、カウンター席へ通されたが左右は壁で区切られていて、個室風になっている。
店内の照明も薄暗く落とされていて、確かに落ち着ける空間になっていた。
「へえ!確かに落ち着いて飲めそうな店だな」
「だろ?俺のお勧めに間違いはないんだよ!」
とドヤ顔を間宮に見せる。、
「松崎も初めてのくせに、偉そうに言ってんなよ」
「はは!まぁな!」
そんなやり取りをしていると、スタッフがドリンクの注文をとりにきた。
「とりあえずビール二つね!」
「かしこまりました。ありがとうございます」
と注文しているのを聞いて、俺は思わず「フフ」と笑ってしまった。
「なんだよ!何かおかしな事言ったか?俺」
と松崎が不思議そうにこちらを見る。
「いや!何だかさ、とりあえずビールって台詞が、昔は親父臭いとか思ってたのに、いつも間にかこの台詞が似合うようになっちまったんだなって思ってさ」
笑った理由を話すと、松崎がすかさず反論してきた。
「何言ってんだよ!俺達まだ20代だぜ?こんな台詞が似合うようになるのは、まだまだ何年も先だっての!」
「そうか?でもシックリきてたぜ?」
「うるせーよ!」
「はははははは!」
親父予備軍トークに花を咲かせていると、注文していたビールがテーブルに並んだ。
ついでに何品か当たり障りない料理を注文して、2人は運ばれてきたジョッキを構える。
「んじゃまぁ!お疲れ!」
「あぁ!お疲れさん!」
お互いのジョッキを突き合わせて、そのままビールを喉に流し込んだ。
「ップハァ!!やっぱ仕事終わりからの一口目のビールは最高だよな!」
なんて松崎が言うもんだから、
「やっぱ親父じゃん!似合い過ぎだって!」
「うっせ!美味いものは美味いんだから、しょうがねえだろ!」
笑いながら話していると、松崎が切り出してきた。
「で?何があったんだ?」
「えっ?」
「気付いてないと思ってたのか?何年の付き合いだと思ってんだよ」
そう言われて何の事を言っているのか理解した。
「……そんなバレバレだったか?気付かれないように注意してたつもりだったんだけどな」
そう話すと松崎は軽くため息をついた。
「あのなぁ!この俺様をナメんじゃねえっての!お互い競ってきた仲じゃねえか!お前があんなくだらないミス連発するなんて、普段からじゃ考えられねーよ!」
「ん、そうだな……そうだよな……心配かけて悪かったな」
そう詫びた間宮の顔は元気がなかった。
「謝る必要なんてないっての!ただ俺は誰かに話したら少しは楽になるじゃないかって思っただけだ」
あいつは照れ臭そうに言った。
「はは、そっか!じゃあちょっと聞いてもらおうかな。つってもそんな大した事じゃないと思うんだけどな……実はさ」
誕生日の出来事を出来るだけ詳細に松崎に話した。
すると松崎は「プッ!」と吹き出した。
「ぷぁはははははは!じゃあ!あれか!落とし物を親切に届けようとしたら、泥棒扱いされるは、最低呼ばわりされるは、とどめにウザがられて、オッサンって切り捨てられたってわけか!クックックックック!」
とウケまくっていた。
「あぁ!そうですよ!笑いのネタになって良かったですよ!」
少し自虐スイッチが入った。
松崎は少し落ち着いてから、
「わりい!で!どうなったんだよ?」
「別にどうもなってないよ。そう言い切ってから逃げるように駐輪所から出て行ったからな」
それから続けて、俺はこう話した。
「なぁ、最近のガキはどうしてあんなのばっかりなんだ?どうして、あんな事をサラッと言えたりすんだよ……理解出来ないって」
すると松崎はこう返してきた。
「まぁな!全員とは言わないけど、そんなガキ共が多いよな。俺達だって真面目に生きてきたつもりはないけど、やっていい事とダメな事、言っていい事、ダメな事って各個人で線引きしてたりしてたもんな。最近のガキってその線が薄いのかもな」
「なるほどな」と一旦は頷いて納得してみたが、
……でも あの子の場合ちょっと違う気がすんだよなと考え込んでいると、松崎がニヤニヤしながら聞いてきた。
「で!その子ってどうだったんだ?」
「??何がだよ」
「決まってんだろ?見た目だよ!見た目!可愛かったのか?」
何だよ!そこかよ!と苦笑いして思い出しながら答えた。
「……まぁ、可愛かったんじゃないか?てゆうか綺麗な女の子だったんじゃないかな……多分だけど」
するとあいつは首を傾げて
「なんだよ、随分曖昧な言い方だな」
「実はその日、仕事中ずっとコンタクトに違和感があってさ、仕事が終わってから会社でコンタクト外して帰ったんだよ。
裸眼でも日常生活に支障を来す程、視力が悪いわけじゃないから気にしてなかったんだけど、駐輪所が薄暗い照明だったからさ」
「その子の顔見えてなかったって事か?」
「ハッキリとはな……制服きてたから、高校生ってのはすぐに分かったんだけど、薄暗い場所で顔をしっかり認識しようと思ったら、ちょっと見つめないとぼやけるんだよな」
「なるほどな!そんな睨みつける様な子をガン見なんてしてたら、何言われるかわかったもんじゃないもんな」
そう松崎は笑った。
でも綺麗だと思えたのは理由がある。
確かに正面からはハッキリ見えなかったが、自転車で横切って帰ろうとした時、横顔だけは見えたんだ。
スッと通った鼻先、まつ毛が長くて目も大きかったし、サラサラのストレートの髪が耳元辺りを隠してしまっていたから、そこしか見えなかったが、恐らくかなりの美形だったはずだ。
そんな事を思い出していると、松崎が腕時計で時間を確認していた。
「おっ?もうこんな時間か!まだまだ話し足りないけど、今日はこの辺で帰るか」
「そうだな、明日も仕事だしな」
そう言うと松崎は会計をする為にスタッフを呼んだ。
どうやらこの店は席で会計を済ませる事になっているらしい。
スタッフが代金の計算を終えて
「いつもありがとうございます!税込みで8652円になります。」というので5000円札を松崎に渡そうとした。
だが、俺の手を制止して1万円札をスタッフに渡してから、俺の方を見る。
「今日は俺が出しとくから、その金仕舞っとけ」
「えっ?何でだよ!払うって!」
「いいから!いいから!誘ったの俺だしな!最初からゴチるつもりだったんだ。ここは払わせてくれよ!な!」
これはいくら言っても受け取って貰えそうにないと観念する。
「……わかった、じゃ!次、飲む時は必ず俺に払わせろよ!」
「おぅ!楽しみにしてる!」
2人は会計を済ませて店を出た。
駅へ向かって歩いてる時、不思議と会話がなかった。
でもこの無言が心地よく感じた。
駅に到着して改札を抜けた後、松崎は上り線、間宮は下り線なので、そこで別れる事になった。
「今日はありがとな!楽しかったよ!ご馳走様」
「あぁ!やっぱ間宮と飲むの楽しかったわ!今度は週末にガッツリ飲もうぜ!」
「そうだな!その時は会計の事は心配しなくていいからな!楽しみにしてろよ!」
「はは、アテにしてるわ!」
「じゃあ!また明日な!」
「おう!おつかれ!」
挨拶をして松崎に背を向けて歩き出した。
でも2.3歩歩き出したところで立ち止まり振り返ると、背中を見せて歩いている松崎を呼んだ。
「松崎!」
「ん?なんだ?」
「お前本当は仕事片付いてなかったんだろ!?俺の事心配して暇なふりまでして誘ってくれたんだよな?……わるかったな」
「ははは、バレてたか!俺様を誰だと思ってんだ?あの程度の仕事遅れなんて、余裕で追いつけるっての!」
「お前のおかげで楽になった!サンキュな!」
「おう!気にすんな!じゃあな!」
そう言い残して松崎はエスカレーターへ消えた。
それを見届けてから、間宮も下り線のホームへ向かい電車が来るまでベンチに座った。
もう6月で梅雨入り間近だとゆうのに、今夜は湿った感じが少ない気持ちいい風が、酔った体を冷ましてくれる。
目を閉じてホームを吹き抜ける爽やかな風を感じながら、また明日から切り替えて頑張ろうと思えた。
……ありがとうな……戦友