第8話 ニアミス
文化祭開催3日前の9月19日
「は?カメラが入る?」
「ええ、社長がどうしてもこの条件でないと、文化祭ライブは認めないって譲らないのよ・・・ごめんなさい。」
「ちょっと待ってよ!昨日までそんな事言ってなかったよね?何で急にそんな事になったのよ!」
「いえ、実は以前からそれは言われてたのよ。昨日まで何とか押さえ込んでたんだけど、オファー主のプロデューサーが余計な事を社長に吹き込んだみたいで、また暴れだしてしまって・・・私も油断していたの・・・本当にごめんなさい。」
今回の英城学園での文化祭ライブに余計な横槍が入ってしまった。
当初、卒業した学校への恩返しの為に、会場へ来てくれた人と学校の生徒や教師達の為だけにライブを行う予定だったが、ここへきてテレビカメラが現地へ入り、その模様を放送する事になったのだ。
楽屋に沈黙の時間だけが流れる。
暫く経って神楽が静かに問う。
「どうしても無理なの?」
「・・・・・ええ、もうこれ以上話を戻す事は無理ね・・・」
ガタッ!
神楽は勢いよく立ち上がり楽屋を出ようとする。
「どこへ行くの?優希!」
「決まってるじゃん!社長と話をつけにいくんだよ!」
神楽は楽屋のドアノブを握りながら答えた。
「駄目よ!そんな事をしたら、あなたの立場が危うくなってしまうわ!」
「そんな事はどうでもいいよ。首を切るなら好きにしたらいい。」
「馬鹿な事言わないで!ようやくここまで来たのよ?それをこんな事で棒に振るなんて有り得ない!」
「こんな事?文化祭ライブがこんな事だって言うの?」
ドアノブを握る手が震える。
「そうよ!何もライブ自体をやるなって言ってる訳じゃない!どうしてそこまでカメラが入るのを嫌がるのよ!」
「私は私に夢を与えてくれたあの学校に恩返しがしたかったの!カメラが入って放送なんてされたら、好感度稼ぎの為にライブをやったと思う奴らが出てくる!私はそれが我慢出来ないのよ!」
「優希!あなたはプロの世界をなんだと思ってるの?あなたの夢は1人でも多くの人にあなたの音楽を届ける事じゃなかったの?」
「そうだよ!だからインディーズでは限界を感じたから、メジャーへあがったんだよ!」
「だったら今の自分の立場をもっと大事にしなさい!応援してくれるファンや優希の音楽を最大限に広めてくれるメディアがいないと、その夢は叶わないのよ?その為に好感度は絶対に必要なステータスなの!」
「ステータス・・・・ね。わかった!納得はしてないけど、ライブをやらせてもらえるなら我慢するよ。そっちはそっちで勝手にやってて!私は私で貫く物を貫かせてもらうから。」
そう言い放って神楽は楽屋のドアを開けて出ていこうした。
「待って!どこへ行くの?」
「どこって、別に社長の所じゃないよ。もう今日のスケジュールは消化したんだから、家へ帰るだけだよ。」
「じゃあ、すぐに車をまわすわね!」
そう言って立ち上がった彼女を神楽は静止させた。
「いいよ!今日はもう1人でいたいから、タクシー捕まえて帰るよ。」
「な、何言ってるの!そんな事したら危険よ!」
「大丈夫だよ。変装グッズも持ってるし、それにスイッチを切った私って影が薄いみたいで、案外気付かれないんだよ。それに・・・」
「それに?」
「今日はもうマネージャーの顔を見たくないんだ。これ以上喧嘩したくないしね!明日までに気持ちを切り替えて、いつもの私に戻るから今夜はもうほっといて・・・ごめんね・・」
「・・・・・・わかった。でもこれだけは言わせて!優希は私にとって最良のパートナーだって本気で思ってる。だから信じて欲しいの!私は優希の味方なんだって!」
「ん・・・・わかってるよ。ありがと!・・・・じゃあね。」
そう言って神楽は楽屋を出て、変装用のキャップと伊達めがねを装着して正面ロビーから出て行った。
ドンっ!!!!!
楽屋に残された彼女は力いっぱい壁を叩いた。
「クソッ!!どうせ過度なタイアップを持ち込まれて金に目がくらんだだけでしょ!あのハゲ社長!!」
神楽の希望通りのライブをさせてあげたかった。
それが出来なかった自分の不甲斐なさを悔やんだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
今日は少し残業になったが、滞りなく仕事を片付けて会社を出た間宮だったが、帰宅途中で週末に迫った瑞樹の学校で行われる文化祭の事を考えていた。
当日、瑞樹を守る方法を模索しながら歩いていると、真っ直ぐに帰宅しないで瑞樹が通う英城学園に足が向いていた。学校の正門前に到着して見える範囲で学校全体を眺める。時間は22時を回ったところで当然照明は殆ど落とされていて、所々設置されてある外灯だけが周りを照らしている状態だった。
思っていたより大きな学校なんだなと、初めて見た瑞樹の学校の広さに驚いた。
どうやら学校を歩いて外周を回れる歩道があるみたいなので、間宮は一回りしてみる事にした。
半周ほど歩くとそれまでは高い壁が立ち聳えていた為に中の様子が解らなかったが、グラウンド周辺だけは金網で仕切ってあるだけだった。そこで立ち止まって辺りを見渡してみる。
立派なグラウンドがありその奥に体育館が建っている。
「あそこで神楽 優希がライブをするんだな。」
通常ならこんなビッグイベントだ。大勢の人でごった返すところなのだろうが、完全チケット制をとっているこの文化祭に限っていえば、来場者数の上限は決まっていて、更にこの広さの学校だから比較的ボディーガードしやすい環境だと確認出来た。
問題は文化祭中ずっと瑞樹の側にいるわけにはいかない事だけだった。
どうやら俺と文化祭を回る気はないようだから、友達と文化祭を回ったり、自分のクラス役割分担だってあるだろう。その時にどうやって守ってやれるかがポイントになる。
「さてさて・・・どうしたものかな・・・」
そう呟きながら残り半周を歩き出した。
一周歩いてもうすぐで正門へ戻る所まで歩いていると、その正門前にタクシーを横付けさせて、学校をじっと見つめる女性が立っていた。
特に気にせず女性の方へ歩を進めた。キャップを深かぶりしてその上からパーカーのフードを被り、メガネをかけていたから顔は殆ど分からなかったが、デニムのショートパンツからスラッと伸びた長くて綺麗な足に何かスポーツをやっていたような、くびれたウエストでそのくびれで胸が一層強調されていて、その脇から綺麗な長い手が伸びていた。所謂モデル体型の女性だった。
その女性が立っている場所の手前まで歩いてきた時に、思わす間宮は足を止めて息を飲んだ。
女性は両手を腰の辺りで組み、深々と頭を下げたのだ。
悔しそうに歯を食いしばって肩も小さく震えている。
足を止めてこちらを見ている気配に気が付いた女性は、慌てて顔を上げて恥ずかしそうに待たせていたタクシーに乗り込んだ。
彼女は一体学校に向かって何故頭を下げていたのだろう。
あんなに悔しそうな表情まで浮かべて・・・・
顔すらまともに見る事が出来なかったのに、何故かタクシーに乗り込んで走り去って行っても彼女から目が離せなかった。
何故かはわからない。でも何かを感じた気がした・・・
胸の奥がチクチク痛む・・・
「なんだよ・・・これ・・・」
それから暫くその場で立ち尽くしていたが、これ以上考えても当然答えが出るわけでもなく、今は文化祭での瑞樹のボディガードに集中しようと切り替えて、駅に向かって歩き出した。
今年も残暑が厳しいなか夜だったとはいえ、歩き回ったせいでかなり汗をかいた。
早く帰宅してシャワーを浴びて汗を流したい。
叶うなら汗と一緒にこの胸の痛みも洗い流したいと割と本気で思った間宮だった・・・