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29  作者: 葵 しずく
3章 過去との決別
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第7話 藤崎の未来

夏休みが終わり制服を着た学生達が溢れ出した9月初旬、

瑞樹達は毎日大忙しのフル稼働状態だった。

9月に入り、本格的にセンター試験対策に取り組みだすなか、

文化祭開催まで日にちに余裕がなく、そちらも準備に追われる日々を送っていた。


間宮はとゆうと、仕事が比較的落ち着いている時期で、毎日殆ど残業もなく平和な日々を送っていた。


「あ!約束・・・・」

会社帰りO駅へ向かっている途中で、合宿中の夏祭りをドタキャンして、許してもらう条件で食事に付き合うと藤崎との約束を思い出した。


思い出すまでは特に催促はなかったが、なかったのが逆に怖いと感じながら、とりあえず藤崎に電話をかけた。


5回ほどコールされた後に藤崎が不機嫌な声色で電話にでた。

「もしもし・・・藤崎です・・」

「あ、間宮です。こんばんわ・・・」

間宮の嫌な予感は的中していたらしい・・・


「ようやく電話くれましたね・・・・ずっと待ってたんですけど・・・」

「す、すみません。中々時間が作れなくて・・・9月に入ってようやく仕事が落ち着いたんですよ。」

忘れていたとはとても言い出せない雰囲気だった為、間宮はとっさに誤魔化した。

「ほんとに?忘れてただけじゃありませんか?」


ギクッ!

「そ、そんな事ありませんよ・・・はははは」

「まぁ、こうして電話くれたんだから、別にいいですけどね!」

少しとげを感じる言い回しだったが、少しは機嫌が回復したような気がした。


「藤崎先生は、今日はお仕事だったんですか?」

「いえ、今日はお休みだったんですよ。特にやる事なくて部屋にいましたけど・・・」


「ははは・・それじゃ、ちょっと急で申し訳ないのですが、約束していた食事の件、今晩なんてどうですか?」


「ええ!大丈夫ですよ。どこで食事しましょうか?」

食事とだけ約束を取り付けていただけだったので、どこでまでは全く決めていなかった。


すると間宮は以前sceneで藤崎とばったり会った事を思い出して

「それじゃ、前に会ったsceneにしませんか?17時からバータイムになっているので、合宿の時みたいにゆっくり飲めると思いますけど。」


「sceneですか!いいですね!じゃあ、これから支度するので、19時にO駅で待ち合わせでいいですか?」


「19時ですね、わかりました!僕は仕事帰りで、今O駅にいるので、駅前のカフェで時間を潰して待っていますね。」

「はい、わかりました。駅へ着いいたら連絡します。それじゃ、後ほど!」

そこで電話を切った藤崎はスマホをポイっと投げて、思いっきり側にあったベッドへダイブした。


余程、間宮との食事が嬉しかったのだろう。

仮想間宮と命名している、愛用の抱き枕を力いっぱい抱きしめた。

落ち着いてから自分の部屋を見渡して、今日は特に予定がなかったから、何となく始めた掃除に段々と熱が入り大掃除に近い事までしてしまったのだが、やっておいて良かったと思った。

2人共いい大人なんだし、何が起きるか分からない。

飲みすぎてしまって、ウチまで送ってもらう事だって想定される。当然そうなったら、そのまま帰すつもりなんて毛頭ない。間宮さんをウチにいれても恥ずかしくない位には綺麗にしている。この部屋で間宮さんと・・・・そのまま・・・


ボンッ!!


顔面中真っ赤に茹で上がって、我に返った・・・・


「暑さで脳みそ溶けかけてるのかしら・・・私・・・」

もはや欲望のおもむくまま妄想を膨らました藤崎は自己嫌悪に陥った。


「馬鹿な事考えてないで、急いで支度しないと!」

藤崎はよこしまな考えをかき消すように、そう言ってシャワールームへ消えていった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

19時10分前にO駅に到着した藤崎は間宮にlineを送って、待っているであろう駅前のカフェへ移動した。

カフェの前に到着するのと同時に会計を済ませた間宮が店から出てきた。

藤崎に気が付いた間宮はいつもの柔らかい笑顔を藤崎に向けた。

「お疲れ様です、藤崎先生。急に呼び出してしまってすみません。」

「間宮さんこそお仕事お疲れ様です。いえ、気にしないで下さい。誘ってくれて嬉しかったです。」

ここへ着くまでは妙な緊張感があり、肩に変な力が入っていたのだが、間宮の笑顔を見て急に力が入っていた肩からスっと力が抜けてホッとする感じがした。


「それじゃ行きましょうか。」

「はい!」


2人は並んでsceneへ向かった。

道中で合宿に参加して間宮と関わった生徒達の経過報告をすると、

間宮は嬉しそうな表情で、生徒達にエールを送っているのが印象に残っている。


暫く歩いて店へ到着した。

間宮はエスコートをするようにドアを開けて店内へ案内する。

店内は平日にも関わらず結構な客で賑わっていた。


グラスを磨いていたマスターの関が間宮に気が付いて声をかける。

「間宮君!久しぶりだね。妻から昼間に来てくれたとは聞いてはいたんだけどさ!」

関はそう言って、自分の目の前のカウンター席へ招いた。

誘われた席に座りながら、間宮も関に挨拶する。

「関さん、お久しぶりです。中々顔を出せずにすみません。」

「ほんとだよ。何かあったんじゃないかって妻と話してたくらいだったんだから。」

「ははは、僕も関さんと杏さんの元気な顔が見れて安心しました。」

「お連れさんは?」

関は間宮と一緒にいる藤崎の方を見て面識がない為、間宮に紹介を求めた。


「あぁ、彼女は天谷さんのゼミで講師をしている、藤崎先生です。」

間宮は藤崎の方へ手を差し伸べて、関に紹介した。

「はじめまして。藤崎と申します。今日は宜しくお願いします。」

「あぁ!あなたが藤崎先生ですか!杏からあなたの事は聞いていますよ。凄く美人なのに気取ったところがなくて、自然な感じですごく素直で素敵な女性と言ってましたが、その通りの方ですね。はじめまして!オーナーの関です。今後共宜しくお願いしますね。」


「いえ、そんな、美人だなんて・・・杏さんはお口がお上手ですね。もちろん関さんも。」

胸の前で両手を小さく振りながら、藤崎は否定した。


「ははは!いやいや、お世辞は夫婦揃って、昔から下手で有名だったんですよ。」


すぐに関と藤崎は馴染んだようで、安心した間宮はこの店のおすすめメニューを紹介して、一通りメニューを注文してから、まずは2人とも大好きなビールで乾杯した。


久しぶりに間宮の顔を見ながらお酒が飲めている。

少し前は連日そうしていたのに、今夜は何だか酔い方が違う気がした。

それはきっと以前は講師仲間としてであって、今は1人の女として間宮の隣にいるからだろう。

勿論、男性と食事をしたり、お酒を飲んだりするのは初めてではない。

むしろ、一般平均から比べたら、場数的には圧倒的に多い方だと思う。

でも、ドキドキ感と安心感がこんなに仲よく同居した状態になったのは初めてだ。

それがきっと自分の心を捉えて離さない間宮の魅力なのだろう。


心地よいジャズが流れる店内で、色々な話をした。

でも何故か先の将来の話をしていない事に気が付いたのは、店に入って2時間程経った時だった。

今思えば意図的にその場では話さないようにしていたのだと思う。

話してしまうと、その場で2人の関係を進めたくて、関と3人で楽しんでいる場の空気を壊してしまうのを恐れたからだろう。


今は先の話はいい・・・

その前に自分の事をもっと知ってもらう為に、殆ど周りに話した事がない事を聞いてもらおうと、少し会話が途切れたタイミングで口を開いた。


「あの、間宮さん。実は私本当は教師だったんです。」

「え?そうなんですか?」

「はい、地元の中学校で教鞭をとっていたんですが、目指していた世界とは違う気がして、すぐに辞めてしまったんですが。」


「そうですか・・・どんな感じだったんですか?」


「私は生徒達と真剣に向き合って、一緒に悩んで導いていく的な熱血教師に憧れていたのですが、現実は生徒ではなくて親御さんの視線ばかり気にする毎日だったんです。モンスター化して親が騒ぎを起こさないようにだけ注意するようにと、毎日そればかり言われてきました。・・・」

藤崎は無念を滲ませながら俯いた。


「最近はそんな親が増えてきて、教師は顔色ばかり伺ってしまって、生徒に言いたい事が言えない環境らしいですね。」


「ええ、そんな生活が本当に嫌になって、辞表を出して辞めたんですが、それを知った父親を凄く怒らせてしまって、売り言葉に買い言葉で勢いで家を出てきてしまったんです。」


「それで家を出ちゃったんですか!?大変だったでしょう。」

親子喧嘩で家を飛び出すなんて、現実にあるのだと驚いた。


「はい、幸い私の友達は殆ど家を出て一人暮らしをしていたので、その友達を頼って転々としてて、その間にバイトでお金を貯めてアパートを借りたんですけど、それからもずっとバイトで生活してました。普通にOLをしようと思ったんですが、どうしてもピンとこなくて、そんな時にたまたま始めた塾講のバイトが凄くシックリきたんです。ここには皆目標があって、それに向かって頑張っている子達ばかりで、その空気が自分にもいい刺激を貰えた気がしたんです。」


「それで天谷さんの所に?」


「はい、勿論、雇用条件が凄く良かったのもあるんですが、個人的に天谷さんに憧れていたのが、一番の理由なんですけどね。」

天谷に憧れていると聞いて、間宮は何となくその気持ちは理解出来た。

恐らく天谷のサクセスストーリーをどこかで耳にしたのだろう。


当時このゼミは弱小塾で、生徒数も少なく講師のギャラも安いものだった。

当然、有能な講師達はより条件のいい塾へ移っていって、残ったのは他に行くところがない講師達のふきだまりになってしまっていた。

そんな時アルバイトで入って来た天谷が革命を起こしたと聞いている。

まだstory magicのような確立した講義法はなかったが、それでも当時としては革新的な講義を積極的に展開し、半年後には生徒達の目の色を変えたと言う。

そんな天谷はその後も、次々とゼミの空気を変えていき、2年後には上から数えた方が早いランクのゼミへ成長させていたのだ。

経営陣はこぞって天谷の正規雇用を打診した。

当時としては超異例の好条件でのオファーを迷うことなく快諾した。


それからさらに2年後には都内でトップ3まで成長を遂げたゼミは毎年多くの生徒を抱える程まで急成長を遂げた。

そこで社長から、経営側への移動を求められて、現場を離れるのは心残りだったが、現場にいた時から気になっていた事が多々あった為、現場は天谷が育てた講師達に任せて、経営の業務についてここでも革命を起こし、気が付けば全国展開する程の有名進学塾へ成長させた。

当然その功績は大きく当時の役員満場一致でトップ経営者へと上り詰めた。

「天谷社長は経営者としても超一流ですし、現場の講師としては僕の師匠にあたる方ですからね。憧れるのは当然ですよ。ただ・・・・」

そこまで言うと間宮は口を止めた。


「ただ・・・なんですか?」


「あそこまで上り詰めるのに、他の全てを犠牲にしたのも事実としてあるんです。例えば結婚して家庭を持つ事も諦めないといけませんでしたしね。」


「そうなんですか。そうですよね!あれだけの事を成し遂げようとしたら、他を擲つ覚悟がないと無理だったんでしょうね。」


「はい、楽な道のりではなかったのは間違いないでしょうね。」

「そこまでの覚悟は流石にありませんが、少なくとも現場は藤崎に任せておけば安心って思って頂けるようになるのが、当面の目標ですね!」


「その目標なら藤崎先生なら必ず成し遂げれますよ!」


「そうだね!僕もそう思うよ。だって若い頃の天谷さんと同じ目をしているからね。」

2人の会話をグラスを磨きながら聞いていた関が会話に入ってきた。

「そう言われると、確かにそうかもしれませんね。」

間宮はそう言って藤崎の目をじっと見つめた。


間宮の優しい目が、自分の目線から離れない。こんなに見つめられた事は初めてだ。何だか間宮の目を見つめていると、吸い込まれそうな感覚に陥る。


そして・・・何故か・・・


無意識に涙が溢れた・・・


「え?藤崎先生?どうしたんですか?」

焦る間宮を見て、ようやく自分が涙を流している事に気が付いて、慌てて鞄からハンカチを取り出して涙を拭いた。


「あはは、どうしたんでしょうね・・・私・・・すみません。」

「いえ、大丈夫ですか?僕、何か気に障る事言ってしまいましたか?」

「違うんです。間宮さんは何も悪くないですよ。ただ、こんな事言ったら怒られるかもですが、間宮さんに見つめられたら、何だかお父さんを思い出してしまって・・・」


「お、お父さんですか!?」

カウンターに頬杖をついていた顔がガクッと落ちた。

「はははは!間宮君がお父さんか!それはいいねぇ!」

関が大笑いして間宮の肩を叩く。

「関さん!!」

拗ねたように関を見上げる間宮を見て、藤崎は慌ててフォローした。

「ご、ごめんなさい!決して間宮さんが老けてるって意味じゃなくて・・・・

さっきの間宮さんの表情が凄く優しくて、優しすぎて何だかお父さんに守られてる様な気がして・・・」

顔を赤らめながら、必死に身振り手振りを繰り返して説明した。


「うん、うん、藤崎先生の言ってる事分かるよ。間宮君は若いのに凄く安心感を与えてくれる所があるよね。」

関はそう間宮の事を評価した。


「そうなんです。私の事をそんな風に見てくれる人って初めてだったから、何だか混乱してしまって、変な事言ってしまってすみませんでした。」


そう言って藤崎は間宮に軽く頭を下げた。


「ははは、別に気にしてませんから、謝る必要なないですよ。

それより・・・藤崎先生・・・」


「はい。」


「近いうちに一度実家へ戻って、ご両親に顔を見せてきたらどうですか?」

少し真剣な表情で藤崎にそう提案した。


「実家にですか?そんな事しても、また父と喧嘩するだけですから・・・」

藤崎は少し寂しそうな表情でそう言って、間宮の提案に否定的だった。


そんな藤崎に間宮は語りだした。

「表面上は色んな父親がいると思いますが、娘を持った父親なんて根っこは皆同じですよ。」


「根っこは同じ?」


「ええ、根っこの部分は皆、娘が心配で心配で堪らないんです。世界中の父親は娘の幸せだけを願っているものだと思いますよ。」


「どうしてそう思えるんですか?」


「僕の父がそうだからです。心配だからこそ、レールを引いて導きたがるんです。心配だからそのレールを外れようとすると怒るんです。決して娘を自分の所有物として扱っているから怒るわけではないんです。心配だからこそ信じきれない愚かな生き物なんですよ、父親ってのは・・・」


「心配だからこそ、娘を信じきれない・・・」

間宮の語り部を聞いて、藤崎は呪文のようにその台詞を呟いた。


「はは、耳が痛い話だね。僕も高校生の娘を持つ父親として、その父親の心理は間違っているとは言えないね。子供にしてみれば迷惑な考えかもしれないが、父親ってのはそうゆう生き物だと僕も思うよ。」


「関さん・・・・・」

藤崎は間宮の考えに賛同した関を見上げた。


「間宮君もたまにはいい事言うようになったもんだね。」

関はそう悪戯っぽく間宮に言った。


「たまにはって・・・僕だって色々思うところがあったりする年頃なんですよ・・・」

間宮は不満顔で関に空いたグラスを渡して、同じカクテルを注文しながらそう言った。


そんな2人の会話を聞いていた藤崎は表情を引き締めた。

「そうですね、そうかもしれません。分かりました!近いうちに実家へ戻ってみます。」


「ええ、戻ってご両親にこれまでの事とこれからの事を報告するべきです。

腹を割って話し合えば、きっと応援して下さるはずですから。」


「はい!わかりました。」

そう話し合った2人はお互いの顔を見つめ合いながら笑った。


そんな藤崎の前に注文した覚えのない綺麗なカクテルが運ばれた。

「え?こんなカクテル頼んでいませんよ?」

藤崎は関に首を傾げながら、出されたカクテルを見つめた。


「うん、それは僕のオリジナルカクテルでね、名前は{エール}ってゆうカクテルなんだよ。」


「エール?」


「そう!僕がエールを送りたいって思った人にだけ作るカクテルでね、藤崎先生のこれからの未来を応援したくなったから、作ってみたんだよ。勿論これは僕からのサービスだ。」


「関さん・・・ありがとうございます・・・」

藤崎は嬉しくて少し目を潤ませながら、関の気持ちに感謝した。


「これを飲んで頑張って!仕事の事もご両親の事も、そして彼の事もね!」

関はそう言って藤崎にウインクした。


「は、はは・・・」

藤崎は関に間宮への気持ちがバレている事を知って、顔を赤らめながら俯いて笑った。


「ん?彼って誰の事ですか?関さん。」


この話の流れで自分の事を言われてる自覚がない、鈍感な間宮は関にそう質問した。


間宮にそう聞かれて、ため息を付きながら

「全く・・・もう30歳になろうとしているのに、そんな事も分からないなんてまだまだ子供だねぇ・・・」

苦笑いしながら、関はそう言っておかわりしたテキーラ系のカクテルを間宮の前に置いて他の客に呼ばれた為、間宮達の前から席を外した。


目の前のカクテルが入ったグラスを手に持って

「この年で子供扱いされるとは・・・」

そう呟いてカクテルを喉に流し込んだ。


そんな間宮の横顔を眺めて藤崎はクスクスと照れくさそうに笑みを浮かべた。


それからも暫く話し込んで、何げに付けていた腕時計を見ると23時を回っていた事に気が付いた。


「あ、もうこんな時間か。藤崎先生そろそろ帰らないと電車がなくなってしまいますよ。」


「え?もうそんな時間ですか!?何だかあっとゆう間でしたね。」

「そうですね、楽しい時間は、いつもあっとゆう間に終わっちゃいますね。」


そんな事を話しながら会計をする為に関を呼んだ。


合計金額を聞いて、半分出そうと藤崎は財布を出したが、その前に間宮が全額支払っていた。


すぐに半額を間宮に手渡そうとしたが、お金を握った手を間宮は優しく押し戻して、

「今日は僕がドタキャンしたお詫びなんですから、ここは僕が支払います。」

「いえ!ドタキャンのお詫びは食事に付き合う事であって、ご馳走する事ではないので、そうゆうわけにはいきません。今日は絶対受け取ってもらいますからね!」

この間のランチの事を引き合いにだして、今回は絶対に譲らない姿勢を見せた。

そんな藤崎を見て苦笑いして観念するように口を開いた。

「わかりました。それじゃ、今日は割り勘とゆう事で受け取っておきますね。」

そう言って藤崎が差し出したお金を受け取った。

そんなやり取りを関は微笑ましそうに眺めていた。

「ははは、間宮君も藤崎先生が相手だと形無しだねえ。」

「そうなんですよ。知り合った時から彼女には勝てる気がしません。」

そう言って間宮は降参のポーズをとってみせた。


「え?そんな・・・私なんて・・」

2人の会話を聞いて我に返った藤崎は顔を赤くして俯いてしまった。


それから店を出て2人は駅へ向かった。

「そういえば藤崎先生はどこにお住まいなんですか?」


キタッ!


藤崎は作戦実行モードへスイッチを切り替えた。


「最寄駅はW駅なんですよ。駅から歩いて15分くらいですね。」

「歩いて15分か・・・・。」

そう言って間宮は少し考えてから、話を続けた。

「もうこんな時間ですし、迷惑でなければ家まで送りましょうか?」

完全に藤崎のシュミレーション通りの展開になってきた。

間宮に気づかれない位置で思わず小さくガッツポーズをする藤崎。

「迷惑だなんて!そうですね、それじゃお言葉に甘えてお願いしてもいいですか?」

「ええ!もちろんです。それじゃ行きましょうか。」

「はい!」

藤崎は満面の笑顔でそう返事して、2人の間に出来た空間を少し詰めるように寄り添って駅へ向かった。


O駅へ到着して電車に乗り込んだ。

平日の夜遅い時間だから、当然車内はガラガラで2人はロングシートの端に並んで座った。

その間、色々な世間話をしていたが、藤崎の頭の中は自宅前へ到着してからの事でいっぱいだった。


そんな事を悶々と考えているうちにW駅へ到着し、駅を出て藤崎の自宅へ向かって歩き出していた。


「こんな遅くまで連れ回してしまってすみません。明日の仕事大丈夫ですか?」

歩きながら間宮は申し訳なさそうに言った。

「いえ!凄く楽しかったですよ。もちろん!目標に向かって明日もバリバリ働きます!」

藤崎はそう言って力こぶを作る仕草をして、片目を閉じて得意げな表情を間宮に向けた。


あははははは!


心地よく酔った2人は顔を蒸気させて楽しそうに笑いあった。


「間宮さんこそ、明日お仕事大丈夫なんですか?」

藤崎も家まで送ってもらっている分、帰りが遅くなる間宮を心配した。

「ええ、仕事での接待で慣れてます。年末年始なんて連日のように午前様の生活になってしまいますから。」

そう言って間宮は苦笑いした。

「そうなんですか!大変なんですね・・・身体を壊さないように気をつけて下さいね!私に出来る事があれば、何でもしますから遠慮なく言って下さい。」


「ははは、ありがとうございます。でも大丈夫です!営業の辛いところですが、それも仕事なので泣き言なんて言ってられませんからね。」


そんな事を話していると、藤崎が住んでいるハイツの前の到着した。


「あ!ここなんです、私の部屋があるのは。」

藤崎がそう言って紹介したハイツは年数はそこそこ経っているようだが、古さをあまり感じさせない、綺麗な外装を保たれている3階建ての小洒落たハイツだった。


「そうですか、それじゃあ、僕は帰りますね。おやすみなさい。」

間宮は笑顔でそう挨拶をして、駅の方へ向おうとして靴を反対側へ向けようとした時に、藤崎の声で呼び止められた。

「あ、あの!もしよかったら私の部屋でお茶でもどうですか?少し酔を覚ましてからの方がいいかなって思って・・・その・・・」


もはや大昔から使い古されている、送り狼にさせる典型的な台詞で間宮を部屋へ誘った。

格好よく決めるつもりだったのだが、顔を真っ赤にしてモジモジと俯きながら誘った事が納得いかなかったが、勇気をだして言いたかった事は何とか言えた。


「あ・・・嬉しいんですが、あまりゆっくりしていると本当に電車がなくなってしまうので、今日はこれで帰ります。」


そうなのだ。イメージ通りここまできたのだが、店にいた時間が想像していたより、随分と長居してしまってもう帰りの終電まであまり時間的に余裕がない状況だったのだ。

いきなり泊まっていけとは流石に言えるわけもなく、部屋へ誘うのは諦めざる負えない事を理解した藤崎は、ある決心をして間宮に向き合った。


「そうですね、残念ですけど仕方がありませんね。」

「ええ、お気持ちだけで十分です。ありがとございました。それじゃ、」

と間宮は振り返ろうとした。

「待ってください。ここで結構ですから、少しだけ話を聞いてもらえませんか?」

そう言って藤崎は帰ろうとする間宮を呼び止めた。


「はい。構いませんよ。」

振り返るのを止めて藤崎の方へ向き直り、話し出すのを待った。


「さっきお店で実家へ戻って親に顔を見せるって話をしましたが、私個人の望みとして、その時に間宮さんも一緒にいて欲しいって思っています。」

顔をさらに赤らめて、瞳を潤ませながら藤崎は真剣な表情で間宮にそう告げた。


「え?それってどうゆう・・・・」

言われた事の意味を理解出来ずに、間宮は返答に詰まってしまった。


「実家に一緒に来てもらって、親に紹介したいんです。この人が真剣に交際している恋人だって!」


「・・・・・・・・」

間宮はようやく実家に一緒に来て欲しいと言われた意味を理解した。

だが、鈍い間宮は藤崎がそんな風に自分を見ていたなんて、考えた事もなく驚いて言葉を失ってしまい、立ち尽くしていた。


少し沈黙が2人の間に流れた・・・


その沈黙を破るように間宮がゆっくりと口を開く。


「藤崎先生・・・お気持ちは嬉しいのですが、僕は・・・」

そこまで話しだしたところで、藤崎がその先の台詞を切るように割り込んできた。


「わかっています。間宮さんの気持ちが私に向いていない事は!でも諦めたくないんです!まだ誰かとお付き合いしている訳ではないんですよね?」

断られるのは分かっていた。でも誰かのものになっていないのなら、先の事はどうなるかわからない!だから諦めないと間宮に最後まで断られる前に、そう宣言した。


宣言された間宮は少し驚いたようだったが、すぐに表情を戻して藤崎に言葉を発した。


「そうですね。僕は誰とも付き合っていませんよ・・・」

そこまで言うと間宮は少し俯いて話を続けた。

「確かに藤崎先生に気持ちは向いていません。とゆうより誰にも気持ちを向けてはいません。」


その言葉を聞いて藤崎は驚きを隠せなかった。てっきり瑞樹に気持ちを向けていると思い込んでいたからだ。


しかし間宮の返事はこれで終わりではなかった。


「僕には人を好きになる資格がないんです。ですから藤崎先生の気持ちに応える事は出来ません。本当にすみません・・・」

今まで見た事がない、物凄く寂しそうな笑みを浮かべて藤崎にそう返答した。


「え?」

自分の気持ちを打ち明けた後の、間宮の返答を色々なパターンで想定していた藤崎だったが、そんな返事が返ってくるなんて想定外だった為、何も言えずに呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。


そんな藤崎を見て少し困った表情をした間宮だったが、

「それじゃ、僕はこれで失礼します。今日はありがとうございました、おやすみなさい。」

藤崎からは何も返答がなかったが、間宮は軽く頭を下げてから、駅を向かって歩き出した。


背中を向ける間宮を呆然と見つめて、何となく空を見上げた。

分厚い雲が夜空を隠してしまっている。

泣きたい気分のはずなのに、泣けなかった。

フられる以前に間宮の心の扉が閉まっている事を知り、間宮にしかないミステリアスな部分に少し触れる事が出来て、フられたはずなのにその事で妙に喜んでいる自分がそこにいた。


その扉を自分が開く事が出来れば、間宮の気持ちを自分に向ける事が出来るかもしれない・・・・

そう考えるとフられて落ち込んでる暇はないと、立ち去る間宮の背中を見送りながら決意した藤崎だった。



















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