第6話 4人の決意と覚悟
人のざわめきが遠くへ感じる。
下り線ホームの一番端のベンチ。
夏の虫の声がよく聞こえる。
虫の声を聞いていると、合宿を行った伊豆高原にある施設の中庭を思い出す。
始めはそこで会いたくなかった間宮と再会してしまって、逃げ出したかった。
でも気がついたら間宮を追いかける日々を送っていた。
楽しかったな・・・・素直に人を想う事が出来て・・・
なのに今は自分の気持ちを押し殺して、過去の出来事に怯えている。
いつまで私は過去に怯えながら生きていけばいいのだろう・・・
いつになったら、未来を見つめて歩き出せるのだろう・・・
いつか大切な人の隣で歩ける日が、私にも訪れるのだろうか・・・
ーーーーーーー間宮さんーーーーーーー
いつものキーホルダーをコロコロと転がしていた。
「あれ?瑞樹?どうしたんだ?こんなとこで俯いたりして。」
いつ聴いても、心地の良い低い声。
自分に安心を与えてくれる声。
そして・・・自分を弱くする優しい声・・・・
「間宮・・・さ・・・ん・・」
ついさっき自分の過去の事で、間宮を巻き込む訳にはいかないと決意したばかりなのに、間宮の声と顔を見た途端、泣きじゃくりながら、間宮の胸元へ飛び込みたくなる。
その衝動を転がしていたキーホルダーを、ギュッと握り締めて押し殺した。
間宮は静かに瑞樹の隣に座った。
「元気ないじゃん。何かあった?」
「ん~ん!別に何もないよ。ただ受験勉強であまり寝ていないのに、文化祭の準備が始まったから、少し疲れてるだけ・・」
瑞樹は隣に座っている間宮の顔を見ないでそう答えた。
「そっか!それは大変そうだな。そうだ!文化祭と言えばさ、瑞樹の学校って神楽 優希を招いてライブやるんだって?ネットで随分騒がれてるらしいな。」
「あぁ・・・うん・・・・」
間宮を文化祭へ誘う事を諦めていた瑞樹だったが、間宮の口から、その文化祭の話があがってウズウズと落ち着かなくなっていた。
そんな時に・・・・
「あのさ、その文化祭のチケット、もし余ってたら1枚貰えないかな?」
「え??」
間宮の口から発せられた言葉に驚いた表情で瑞樹は間宮の方を始めて向いた。
「え、えっと・・なんで?」
焦りながら瑞樹は、チケットを欲しがる理由を聞いた。
「ん~~・・・神楽 優希のファン・・・・だから?」
間宮はぎこちなく答えたが、大嘘だった。
ファンどころか、あまりテレビを見ない間宮は、名前くらいは知っている程度の知識しか持ち得ていなかった。
「そうなんだ。何か意外かな!間宮さんってそうゆうの興味ない人だと思ってたから。」
正解!と言いたいのを我慢しながら、話を続けた。
「そんな事ないって!でもライブなんて見た事なかったから、一度見てみたいって思ってたんだよ。」
それを聞いた瑞樹は黙って鞄の中から財布を取り出して、挟んであったチケットを1枚間宮に差し出した。
「どうぞ・・・」
あっさりとチケットを手渡そうとするので、
「いいのか?これって超レアチケットなんだろ?
頼んでおいてなんだけど、渡す予定だった人とかいないのか?」
そう間宮は確認すると、瑞樹はそっぽを向きながら返答した。
「いいよ!丁度余ってたし!」
「そ、そうか・・・ありがとう。」
そう言って顔を掻きながら、チケットを受け取ると、瑞樹が顔を赤くして、
「い、言っとくけど、これは誕生日プレゼントのお礼で渡すんだからね!別に一緒に回りたいからとかじゃないから!」
あくまでお礼だと主張して、間宮を自分の側に近づけさせないようにした。
全ては間宮の身の安全の為に、自分といると危険な事が起こる可能性がある限り、本心を押し殺してでも、間宮を守ると心の中で決意したのだ。
「はいはい、わかったよ。」
瑞樹のそんな気持ちも知らずに、間宮は言葉を流すように返事した。
「おぉ!チケット凝ってるな!持ち主の顔写真と名前とクラスまで印刷されてるんだな。」
「うん、去年まではそんな事なかったんだけど、今年は神楽
優希が来るからね!色々な防犯の為みたいなの。」
「へえ!学校側も大変だな。ところで瑞樹のクラスは何をやるんだ?」
ギクッ!
「か、カフェ的な事・・・・かな」
恥ずかしくてとっさに猫耳の事は伏せた。
「カフェか・・・瑞樹はウエイトレス担当とか?」
「え?違うよ!私は厨房担当だから、ウチに来ても会えないと思う・・・」
「そっか!それは残念だな。」
本当はホール担当で、間宮の為に凄く美味しいメロンパンを用意してるから、私のところへ来て!と心の底から言いたかった。
頑張って間宮に喜んでもらう為に、引っ込み思案な性格にムチを打ってまで頑張ってきたのに・・・・と瑞樹は悔しさを滲ませた。
その後、待っていた電車がホームへ入ってきた。
すぐに電車に乗り込むと、不人気車両の為、席は殆ど空いていたのでロングシートの一番端に並んで座った。
電車が次の駅を目指して走り出した。
車内では特に話す事はしなかった。
間宮はスマホを取り出し弄っていると、右肩に重みを感じる。
重みがある方を見ると、瑞樹が無防備に寝てしまっていた。
連日遅くまで受験勉強に取り組んでいて、寝不足だったのだろうと、間宮は瑞樹を起こさずに、そのまま肩を貸した。
気持ち良さそうに眠っている瑞樹だったが、よく見ると瞳が少し涙で濡れている事を間宮は見逃さなかった。向かい側のガラスに写っている自分の顔を、凄く険しい表情で睨むように、A駅へ到着するまで見ていた。
その表情は何か大きな決意をした男の表情のように見えた。
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数日後 会社の食堂にて。
「は?高校の文化祭?お前が?」
松崎は食堂の蕎麦をすすりながら、間宮の顔をキョトンとした表情で見てそう言った。
「あぁ、おかしいか?」
「そりゃおかしいだろ!年齢考えろよ!おっさん!」
「同い年のお前に、おっさん呼ばわりされる覚えはないんだけどな!」
「どこの高校の文化祭なんだ?」
そう聞かれて、学校名をど忘れした間宮は、財布に仕舞っていたチケットを取り出した。
「え~と・・・英城学園だな。」
間宮はそう学校名を伝えると、松崎は急に立ち上がった。
「はぁ!?英城だ!?英城って今ネットで話題になってる、神楽 優希がライブをやる事になってるあの英城か!?」
「ああ、そうらしいな。」
「そうか!お前はそのライブが目的でチケットを手に入れたんだな!」
「ん~・・・まぁ、表向きの目的はそうなってるけどな。」
妙な言い回しをする間宮に松崎は怪訝そうな表情をした。
「表向きは?じゃあ、本当の目的はなんなんだよ。」
「本当の目的はこのチケットをくれた、女の子のボディガードだ。」
そう言って間宮は鋭い目つきを松崎に向けた。
「は?ボディガードってなんだよそれ・・・」
困惑する松崎に間宮は事の経緯を話しだした。
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瑞樹のボディガードを引き受ける事になったのは、22日の夜までさかのぼる。
その日も通常業務をこなして、帰宅しようとO駅へ到着した時の事だった。
改札へ向かう途中で自分を呼び止める声が聞こえた。
「間宮先生!」
足を止めて呼ばれた方へ振り向くと、そこには加藤と希が立っていた。
呼び止めたのが、加藤だと気が付くと少し驚いた表情をした間宮に、2人は揃って駆け寄った。
「こんばんわ!間宮先生!」
「こんばんわ、加藤さん。」
そう挨拶して、間宮は加藤の隣にいる女の子を見た。
間宮と目があった希も間宮に挨拶を始めた。
「こんばんわ!初めまして!瑞樹 志乃の妹で希って言います。」
「あ!瑞樹さんの妹さん!そう言えば妹がいるって言ってましたね。初めまして、間宮です。」
そう言った間宮は希に柔らかい笑顔を見せた。
「ところでその妹さんと加藤さんが、こんなところでどうしたんですか?」
O駅周辺はオフィス街が多い為、高校生が遊び歩く様なショップ関連や施設は殆どなく、どちらかと言えば社交場が立ち並ぶ傾向が強い地域だった。だから、このミスマッチが間宮には不自然に思えたのだ。
「何って・・・間宮先生を待ってたんですよ。」
「僕を?」
「はい。実はお願いがあって2人で待ってたんです。」
「・・・・・・・・・・」
「なんですか?」
引きつった顔で黙り込む間宮を、加藤は首を傾げて問いかけた。
「いや、だって・・・加藤さんの頼みって意味が分からない事を言い出すイメージしかないものですから・・・」
間宮は未だに、あの夏祭りで頼まれた内容の意図が分からないままだったのを思い出していた。
「あ!なるほど!あの時はすみませんでした。」
加藤はあの時の謝罪をするのをすっかり忘れていた事を、思い出してようやく謝った。
間宮はそんな加藤を苦笑いしながら、駅前に設置されている自販機まで移動して、3人分の飲み物を買って2人に手渡して側にあったベンチに座った。
「で?頼みたい事って何ですか?」
缶コーヒーのプルタブを開けながら、改めて加藤達に用件を聞いた。
「はい。その前に間宮先生は志乃から文化祭のチケットを渡されましたか?」
「チケット?いえ、貰っていませんよ。」
それを聞いて加藤と希は予想通りといった感じの表情を見せた。
「少し前までは、一番に間宮先生にチケットを渡すつもりだったはずなんですが、状況が悪い方へ変わってしまって、恐らく間宮先生には志乃から渡す事はないと思うので、間宮先生からチケットを貰うように頼んでくれませんか?」
「どうして、そんな事をする必要があるんですか?」
「どうしても間宮先生には文化祭に来てもらって、志乃を平田って奴から守ってほしいからです。お願いと言うのは志乃のボディガードなんです。」
加藤と希は真剣な表情でそう訴えかけた。
冗談を言っているのではないとゆうのは、2人の表情を見れば分かる。
「その平田って人と瑞樹さんの関係は?」
「詳しくは私達からは話せないんです・・・すみません。」
「・・・・またですか。」
間宮はやっぱりなと苦笑いした。
「ただ、志乃が男子を拒否しだした原因を作った張本人が平田なんです。その平田が最近また、志乃と接触しだしたらしくて・・・その時に必ず文化祭へ出向いてやるって脅されてるそうなんです。」
「・・・・・・・・」
間宮は真剣な表情で黙って、加藤の話を聞いていた。
「折角、間宮先生に喜んで貰おうと、自分のクラスのカフェに美味しいって評判のショップと交渉して、メロンパンを取り扱うように準備とか頑張ってたのに・・・そんな頑張りを平田なんかに邪魔されたくないんです!お願いします!」
加藤とそして間宮と面識のない希まで頭を下げた。
相変わらず瑞樹の過去にはあまり触れないで、唐突な頼みになってしまっているが、少なくともその平田が瑞樹のトラウマを作った張本人で、そいつがまた酷い事をしようとしているのは、間違いなさそうだ。
「因みに、この文化祭のチケットって超プレミアがついているんですよね?そんなチケットをその平田って人が入手出来る可能性は低いんじゃないですか?」
間宮がそう疑問を投げかけると、頭を下げていた希が顔を上げた。
「いえ!私達もそう思っていたんですが、どうやら英城の生徒を脅してチケットを無理矢理に3枚奪ったらしいんです。
だから、恐らく平田達は6人で文化祭へ乗り込んでくるはずです。」
希は間宮に平田の状況を詳しく説明した。
「どうして、そんな事を希さんが知っているんですか?」
「平田は私の高校の先輩だから、以前からあちこちのパイプを使って平田の事を調べてたんです。それでチケットの入手方法と枚数の情報を手に入れられたんです。」
「何故、平田を希さんが調べていたのか聞いていいですか?」
「それはお姉ちゃんの事への復讐の為です!」
「復讐?」
「はい!あいつはお姉ちゃんを・・・」
「希ちゃん!!駄目だよ!!」
加藤は希の顔の前を手で塞ぎながら、希の話を中断させた。
「だって!こんな説明で引き受けて貰えるわけないよ!やっぱりちゃんと話さないと無理だって!愛菜さん!」
「私もそう思うけど、駄目だよ!これは志乃本人が話すか決める事だよ!外野の私達が気安く話していい事じゃないから!」
キツイ表情で希を見ながら、全てを話してしまおうとする希を加藤は静止させた。
「こんな中途半端な説明で納得してもらえるとは思っていません!無茶なお願いだとは分かっています!それでもお願いするしか方法がないんです!志乃を守って下さい!お願いします!」
加藤と希はまた深く頭を下げた。
「・・・・・・・」
間宮は少し考え込んでから、口を開いた。
「普通ならこんな説明の仕方で、そんな事を頼まれたら断るんでしょうね。」
頭を下げている2人はそれを聞いて、落胆の色を隠せなかった。
「・・・でも、加藤さんは自分の事を度外視して、友達の為に動ける人だって事は知っています。希ちゃんも今の加藤さんと同じ目をしている。そんな2人の懸命なお願いを無視するような薄情は、僕には出来そうもありませんね。それに瑞樹さんが困っていたら、助けたいって思うのは僕だって同じですからね。」
2人は驚いて一斉に顔を上げて間宮を見た。
「そ、それじゃ・・・引き受けてもらえるんですか?」
希は間宮にそう確認した。
「ええ、その代わり1つだけ条件があります。」
間宮は少し真剣な表情で条件を提示してきた。
条件があると言われて、加藤と希はお互いの顔を見合い頷きあってから、間宮に向き直った。
「わかりました!私達に出来る事なら何でもします!」
「そうですか。あの子は本当に幸せ者ですね・・・
条件と言うのは、僕の事を先生と呼ばないで貰えますか?もうとっくに先生ではないので・・・」
「えっ?それが条件なんですか?」
加藤が大きく目を見開きながらそう聞いた。
「はい。条件はそれだけですよ。」
もっと無理難題を言われるものだと覚悟していた2人は、呆気にとられた表情を浮かべた。
同時に加藤は、間宮は最初から条件なんて出す気などなく、2人の本気を試しただけだと気が付いた。
「じゃあ、その先生口調で話すのもやめて下さいね!志乃には普通に話してるんですから!」
加藤は間宮の気持ちを汲み取ったうえで、素直に感謝の言葉を口にする前に、悪戯っぽく笑みを浮かべて、反撃してきた。
「ははは!そうきましたか。でも、そうですね!分かりました。」
そこまでは先生口調で話してから、ニッコリと柔らかい笑顔を加藤達に向けて
「改めて、よろしくな!加藤、希ちゃん。」
通常の口調で話しだした。
「うん!本当にありがとう!間宮さん!こちらこそよろしく!」
「ありがとうございます!よろしくお願いします。」
加藤と希はそうお礼を言って、2人は間宮に握手を求めた。
「ああ!ボディガードは引き受けた!」
間宮はそう快諾して、両手を出して2人と握手を交わした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
というわけなんだ。
間宮は松崎に文化祭で瑞樹のボディガードを引き受けた経緯を説明し終えた。
「なるほどな、お前らしいっちゃお前らしい話だったな。」
そう反応した松崎は少し考え込んで、手を口元にあてて
「平田か・・・・まさかな・・・」
自分にしか聞こえない、小さな声で呟いた。
「ん?何か言ったか?」
何か言ったような気がした間宮は松崎にそう聞いたが、
松崎は首を軽く横に振った。
「いや!べつに!そんな事よりそのチケットって1枚で2人まで入れるんだよな?もう誰かと行く事になっているのか?」
「いや、1人で行くつもりだけど?」
「そうか!なら俺もその文化祭に連れて行け。」
「は?さっきまで高校生の文化祭なんてって馬鹿にしてただろ!」
「状況が変わったんだよ!俺も神楽 優希のライブ観たいしな。」
「まぁ!別に構わないけど・・・」
「よし!じゃあ決まりだな!文化祭はいつやるんだ?」
「え~と、9月22日と23日だな。一般開放は23日って書いてある。」
「了解!必ず空けておくから、待ち合わせ時間と場所が決まったら、また連絡くれよ。」
「わかった。」
松崎はそう言うとトレイを返却して、仕事に戻っていった。
松崎が本当にライブ目的で文化祭に参加するわけじゃない事は、何となく分かっていたが、あまり検索するのも気分がいいものではないから、何も言わずに松崎を見送ってから、自分も担当部署に戻っていった。