第3話 サプライズ!
8月7日 AM、6時
ジュージュー・・・・
カタン・・カチャカチャ・・
コトッ!コト
「よし!こんな感じかな!」
瑞樹はテーブルに並べた朝食を眺めて、満足そうに頷いた。
今朝の朝食メニューは、アジの開きに卵焼き、サラダと豆腐の味噌汁にご飯の和食を用意した。
リビングを出て同じ1階にある両親の寝室へ向かって、一応ノックしたが、予想通り返答がなかったので、ドアを開けて寝室へ入り、カーテンを開けながら2人を起こした。
「お父さん!お母さん!朝だよ。朝ごはん冷めないうちに一緒に食べよ!」
寝起きの良い両親はすぐにベッドから降りた。
「おはよう、志乃。」
「おはよ!お父さん。」
「志乃、おはよ!いつもごめんね。」
「おはよ!ううん、好きでやってるんだから、気にしないで。それじゃ、お茶入れて待ってるね。」
そう言って瑞樹はリビングへ戻った。
リビングへ戻るとチョコンと希がテーブルに着いて、目をキラキラさせながら、朝食を眺めていた。
「あれ?いつの間に起きたのよ。休みなのに珍しいじゃない。」
「おはよ!お姉ちゃん。何か凄くいい匂いがしたから起きちゃったよ。」
「全くこの子は・・・そうだ!後片付け希に頼んでいい?」
「いいけど、どっか行くの?」
「今日登校日なのよ。まだ全然支度してなくて。」
「そっか!そっか!了解!」
そんな話をしていると両親もリビングに入ってきて、家族4人席につき、手を合わせて声を揃えた。
「いただきます。」
「今朝は和食か!美味そうだな!」
「ほんとね!ありがとうね!志乃。」
色々は会話をしながら、朝食を済ませた瑞樹は支度する為に、自室へ戻った。
久しぶりに制服に腕を通すと、何故だか緊張した。
髪を整えて、軽く化粧を済ませると、すぐに玄関に向かいローファーを履きながら、「いってきます!」とリビングにいる家族に言った。
「いってらっしゃい!気をつけてね!」
母親の声を聞きながら、家を出た。
単なる登校日なのに、瑞樹は少し急いでいた。
駅前の駐輪所へ到着して、自分の自転車を所定の場所へ停めてから、そこから少し離れた駐輪スペースを見渡した。
急いでいたのは、間宮がもう来ているかどうかを確認する為だった。
まだ来ていないのなら、ホームで少し待っていれば、会えるかもしれないと期待していた。
のだが・・・
もうすでに間宮の自転車は停められていた。
とゆう事はもう出勤してしまっている事になる。
「え~!?もう会社に行ってるの?早過ぎるよ・・・」
ションボリしながら、そう呟いた。
最寄駅が同じだし、間宮の会社とゼミが同じ並びにあるから、バッタリ会ったりするかもと期待していたが、
ドラマや映画のようにいかない現実を痛感せざる負えなかった。
このままここにいても、仕方がないから、まだ登校するには少し早い時間だったが、学校へ向かう事にした。
学校へ到着して校門をくぐり、教室へ向かう。
廊下や他の教室から元気な笑い声や、楽しそうな話し声が聞こえてくる。
相変わらず皆元気そうだ。
教室へ着くと自分に気が付いた麻美が声をかけてきた。
「おはよ!志乃!久しぶりだね!」
「おはよう!久しぶりって・・・」
「ん?どしたん?」
「おいおい!麻美さん!夏を制す者は受験を制すって受験生の有名なスローガンって知ってる?」
「勿論!知ってるけど?」
「じゃあ聞くけど・・・受験生のはずの麻美さんが、何故、夏を満喫してますって感じに真っ黒に日焼けしているのかな?」
「あ~~いや~~~・・・これはその~~・・」
「これは?なに?」
麻美は鞄から何やら取り出して、それを瑞樹に差し出した。
「これ!お土産であります!志乃さん!」
「ちんすこう?沖縄?」
「う、うん・・・私はね!今年は受験だからって断ったんだよ!でも親が息抜きも必要だってきかなくてさ・・」
「さすがは麻美の親だね・・言ってること同じじゃん!
で!沖縄はどうだったの?」
「もうね!超楽しかったよ!時間がゆっくり流れてる感じがして、もう受験生だって事完全に忘れてたね!」
「いやいや!忘れちゃ駄目でしょ!」
あははははは!
笑いながら荷物の整理をしている瑞樹を見つめて麻美は違和感を覚えて聞いてみた。
「ねえ!志乃!」
「ん~~?」
「何かあった?」
「うん?何かって?」
瑞樹はキョトンとした顔で荷物の整理を中断して麻美の方を向いた。
「う~ん・・うまく言えないんだけど、遠慮がなくなったって言うか、前は言葉を選んでるとこあったじゃん?それが無くなってきてるみたいな?」
「そ、そっかな・・・」
照れ顔で笑って誤魔化そうとした瑞樹に,麻美が更に追い打ちをかける。
「ふふ~ん!何かあったでしょ?」
「べ、別に何もないし・・・」
麻美の観察眼が光る!
「合宿だな?」
ピクッ・・・
思わずその単語で肩が僅かに反応してしまった。
麻美はその反応で確信を得て、ニヤリと笑みを浮かべた。
「やっぱり合宿で何かあったんだ。いい感じの出会いがあったんでしょ!」
「そ、そんなのないってば!ただ受験勉強しただけだもん!」
必死に否定しているが、もうすでに確信を得ている麻美には無駄な抵抗でしかなかった。
「で?どこの学校の奴なの?ウチのアイドルを落としたイケメンは!ウチの学校じゃないよね?」
「だ!だから生徒じゃないんだって!」
「え?生徒じゃないって事は・・・」
「え?」
「え?なになに!?もしかして講師といい感じになったの!?」
「ち、違うって!誰とも何もなかったんだってば!」
しまった!と内心心臓が飛び跳ねる思いだったが、
とにかく最後までシラを切り通そうと、必死に否定し続けた。
そんな攻防戦を繰り広げていると、担任が教室へ入ってきたので、麻美は一時休戦を宣告して、放課後必ずランチに付き合うようにと、決定事項を言い渡して席に戻った。
ホームルームが始まり、簡単な連絡事項を済ませて、早速主題の文化祭の決議に入った。
クラスの委員長、副委員長、書記が壇上に立ち議題の進行を務める。
討議が始まり、クラスメイト達は熱心に議論を展開していたが、瑞樹だけは上の空で全然文化祭に関係ない事を頭の中で1人会議していた。。
ヤバイな・・・つい焦って変な事口走っちゃったな・・
ランチに行ったら摩耶達にも問い詰められるだろうしな~
と、とにかく可能な限り誤魔化すしかないよね。
そんな会議を頭の中で繰り広げながら、シャーペンをノックして芯を出しては、戻す仕草を繰り返していたが、黒板に書かれていた文化祭の決定事項を見て、脳内会議は緊急中止され意識が現実に戻り思わず出した芯をへし折ってしまった。
うちのクラスはカフェをやる事になったようだが、
名前が少しおかしい・・・
猫カフェ?違う!猫耳カフェ?
・・・・・耳?・・・・猫耳?
猫耳ってあの耳?・・
マズイ!そんなの付けるなんて恥ずかしくて死んでしまう!
そう確信した瑞樹は分担はこれから決めるようだったので、率先して厨房を希望しようと、慌てて席を立って進行役の委員長に伝えようとした。
確かに役割分担はこれから話し合う事で間違いではなかった。
だが・・・
何も話し合いなどされていないのに、ホール担当が1名だけ決定している事に気付いて瑞樹は目を疑った。
役割分担は10種類あり、どの分担も白紙だったにも関わらず、ホール担当の欄にポツンと瑞樹 志乃とだけ書かれていたのだ。
瑞樹は勢いよく立ち上がって、委員長に抗議した。
「ち、ちょっと!何でまだ何も話し合いしていないのに、私だけ分担がもう決まってるのよ!しかもホールて・・・私あんな耳付けて接客なんて絶対に嫌だからね!」
そう抗議すると委員長が首を傾げながら返してきた。
「何言ってんだ?さっき話しただろ?」
「え?」
委員長の言い分は、最後の文化祭は皆で豪華な打ち上げを行いたい。その為には激戦区だが、当たれば一番利益がでるカフェにするしかない。ただカフェをやってもカフェをやる他のクラスに勝てる保証はない。事前に仕入れた情報だと下級生のカフェをやるクラスは夏休み前から動いているとの情報もあり、想像以上の激戦区だと言う。
しかしその激戦区に敢えて飛び込むのは勝算があったからだ。その根拠はうちのクラスはレベルが高い女子が多い事、特に瑞樹をホールのエースとしておけば、必ず集客が見込めると確信しているらしい。
それでも一応本人の了解を得ようと、本人に打診したが、何回呼んでもボケッっとしてて、返答がなかった為、他のクラスメイトからは満場一致で可決したらしく、強制的に瑞樹の配置が決まったと説明を受けた。
勝手に決めたわけではなく、その場にいながら会議に参加していなかった自分が悪いと言われたら、二の句が継げずに渋々上げた抗議の手を下ろすしかなかった。
それから会議は続いて各持ち場が次々と決まっていき、次はメニューの話になった。
とりあえずカフェの定番メニューは一通り提供する事は決まったが、他クラスにはないメニューが欲しいとゆう話になり、ここで会議は行き詰った。
奇抜なアイディアは多々出たのだが、どれも学校の文化祭で出すには現実的ではない物ばかりで、会議は益々難航していく中で、瑞樹はピンッ!と閃いた。
瑞樹は再度立ち上がって、皆にある提案を投げかける。
「パンを提供するのはどうかな?」
「パン?それは確かに面白そうだが、パンを焼く設備を準備するのは無理があるだろう。」
委員長はアイディアは評価した。だが設備問題で却下しようとしたが、瑞樹がさらに提案を投げかけた。
「手作りは無理だろうけど、外部から仕入れるのは可能だよね?一気に大量に仕入れるのを条件にすれば、仕入れの値段交渉も可能だと思うし、他のクラスがやっていなければ、ウチのクラスにしかない武器になるはずよ。」
委員長は瑞樹のプレゼンにかなり興味をもったようだ。
「なるほど!確かにこの作戦はいけるかもしれないな!
じゃあ定番のサンドイッチ辺りを仕入れて・・・」
委員長が具体的な仕入れるパンの種類を検討しだしたが、瑞樹はその案を却下して、さらにプレゼンを続行した。
「サンドイッチのような調理パンは日持ちしないから、毎日仕入れる必要がある。それじゃ値段交渉も難しくなって、コストがかかってしまうと思うの。」
「それじゃ、どんなパンがいいと思うんだ?」
プレゼンを熱心に聞いていた、クラスメイトの男子が質問してきた。
委員長以外のクラスメイトもこのプレゼンに食いついてきた事を確認しながら、瑞樹は最後の提案をした。
「菓子パンなんてどうかな?菓子パンなら文化祭期間中でもラップして保管していれば、最後まで賞味期限の問題もないし、それに菓子パンだと、お茶をしてもスイーツ的な扱いにできるし、ランチメニューにだって対応出来るんじゃないかな?」
おおおぉぉぉ!!
そう説明するとクラスから声があがった。
委員長もすっかりこの提案に乗ってきた。
「うん!いいな!それでいこう!他に何かアドバイスはないか?瑞樹。」
「そうね。仕入れるパンの種類はあまり増やさずに5種類くらいにした方がいいんじゃないかな?あまり多いと売れ方が偏ってしまって、売れ残りがかなり出てきそうだしね。
それと店内で食べる用の他に持ち帰り用なんてあったら、他のクラスから買った食べ物と合わせて、買って食べるお客さんもいるんじゃないかって思う。」
「うん!それだ!瑞樹の提案を採用しようと思うんだが、皆はどうだ?」
委員長はクラスメイトにこの提案の賛否を投げかけた。
「それいいじゃん!絶対うちのカフェの武器になるよな!」
「うん!菓子パンってのが可愛くていいかも。」
そんな意見が飛び交って全員一致で可決された。
次にどの菓子パンを仕入れるか検討に入ったところで、
瑞樹はここからが本番と言わんばかりに、仕入れるパンの種類について提案した。
「5種類の1つにどうしてもメニューに入れたいパンがあるんだけど!」
「聞こうか!」
「メロンパンを取り扱って欲しいの!もし取り扱ってくれたら、さっきのホールスタッフの件、猫耳だろうが、メイド服だろうが、何でも着て接客する事を約束するから!」
「な、何でメロンパンなんだ?」
「そこはノーコメントでよろしく!」
「皆はどう思う?俺は特に問題ないし、気持ちよくホールのエースを引き受けてもらえるのなら、願ったり叶ったりだと思うんだけど。」
「うん!いいんじゃね?俺もメロンパンは嫌いじゃないしな。」
「うんうん!たまに無性に食べたくなる時があるもんね!」
メロンパンをラインアップに加える事に異議を唱える生徒はいなかった為、瑞樹の要望はあっさり通った。
瑞樹は席について心の中でガッツポーズをした。
表向きはクラスのカフェが大成功する為にアイディアを出した事になっているが、瑞樹の本当の狙いは全然違うところにあった。
メロンパンを売りにした店を作り出して、それを出汁に間宮を文化祭に呼ぶ為に、このアイディアを提案したのだ。
間宮と文化祭を回れるなら、猫耳ウエイトレスなんてお安い御用だ。
今回の文化祭に向けての会議はここで終了。
次回は21日の登校日でカフェの出店に向けてのスケジュールを詰めて、その際パンを候補店から集めた物で試食会を開いて、仕入れ店を決定する事になった。
最後に校内放送で今年の文化祭での目玉イベントの告知がされた。
目玉イベントとは毎年、外部からゲストを招いてメインイベントとして行っていた名物企画なのだが、今年は物凄いイベントになると以前から噂が尽きない状況だった。
その噂のベールがいよいよ明かされる瞬間だ。
全学年が固唾を飲んで告知に集中した。
「今年の目玉イベントはなんと!我が校のOGでもある、あの神楽優希さんが単独ライブを行う事が決定して、現在調整にはいりました!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・
放送に耳を傾けていた全生徒が一瞬固まって、学校中に静寂が生まれた。
「え?」1人の生徒が小さく呟いた。
エーーーーーーーーッ!??!?!!?!?!?!?!?!
その呟きがまるで合図だったように、地響きの様な歓声があがった。
「うそだろ!あの神楽 優希がウチの学校で単独ライブ!?」
「ありえねえだろ!あのカリスマがウチの体育館なんかでライブなんて!」
「きゃーーーーー!?私!大ファンなの!!もう今から楽しみ過ぎて眠れないって!」
蹲って泣き出す生徒もいた。
生徒達が大歓声をあげて驚くのも無理はなかった。
神楽 優希
約2年前突如メジャーデビューを果たし、独創的な音楽と若い世代を中心に感銘を受ける歌詞、女性も憧れる美貌、何より今までにないロックへの切り口が話題になり、破竹の勢いでのし上がり、去年超メガ大ヒットした映画の主題歌に抜擢され、爆発的に売れまくり、出す曲、出す曲ミリオン連発している、超人気ロックシンガー。今や武道館だろうがアリーナだろうが、ツアーを組めば、チケットが発売前からプレミア化してしまう程の、まさにロック界の若きカリスマ的存在。
そんな彼女が文化祭のイベントでライブをやると言うのだ。
耳を疑う生徒がいてもなんらおかしくはなかった。
スーパーサプライズ告知が終わってかなりの時間が経っても、生徒達の歓喜は止まらない。
各担任達は落ち着かせるのを諦めて、歓喜の渦が収まらないままホームルームを終えた。
すぐに帰宅しようとした瑞樹達も例外ではなく、神楽のライブの話で盛り上がりながら、ランチの約束をしていた摩耶達と合流して、いつものカフェに向かおうと靴を履き替え校舎の外に出た。
「あの、すみません。」
「はい。」
その時来客用の駐車場の方から、声をかけられた。
声をかけられた事に瑞樹だけが気付いて、足を止めて呼び止められた方を振り向いた。
そこにはいかにも仕事が出来そうな雰囲気を醸し出した、スーツ姿の綺麗な女性が立っていた。
「この学校の理事長にお会いしたいのですが、理事長室へはどう行けば良いのか、教えて頂けませんか?」
「理事長室ですか?それなら・・」
瑞樹は指を校舎の方を指しながら、口頭で案内しようとしたが、途中でやめた。
「?」
道を聞いた女性は首を傾げた。
瑞樹は指していた指を下ろして、その女性の方に向き直り
「理事長室は結構入り組んだ所にあるので、よかったら案内しましょうか?」
笑顔で瑞樹はそう提案した。
「本当?それはすごく助かるわ。ありがとう!是非お願いします。」
その女性は柔らかい笑顔で感謝して、瑞樹の提案を受け入れた。
「では!こちらです。」
そう言って瑞樹は案内する為に歩きだした。
そんな瑞樹に気が付いた麻美達が呼び止める。
「志乃!?なにしてんの?」
瑞樹を待っている3人がこちらを見ながら待っている。
「ごめん!ちょっと理事長室まで案内してくるから、先に行っててくれる?後で追いかけるから!」
麻美達の呼びかけにそう返事した。
「わかった!それじゃあとでね!」
3人は手を振りながら、そう言って瑞樹と別れた。
女性を案内する為に校舎内へ入り、理事長室へ向けて歩いている。
「ごめんなさいね、お友達と約束があったんじゃないの?」
道案内を頼んだ女性は申し訳なさそうに瑞樹に話しかけた。
「いえ!お昼ご飯を皆で食べようってだけですから、気にしないで下さい。」
「そう、ありがとう。
それにしても随分と賑やかな学校なのね。」
「ああ!さっき校内放送で今年の文化祭で神楽 優希がライブをするって発表があって、それで皆盛り上がっちゃって、こんな感じになっちゃったんですよ。」
フフフフフ・・
女性は手を口元に当てながら笑った。
「そっか!そんなに皆、喜んでくれているのね。」
そんな女性を見て瑞樹は質問した。
「あ、やっぱり芸能関係の方ですか?」
「ええ、私は神楽のマネージメントをしている者です。
今回のライブの打ち合わせの為に、理事長と会うことになってるのよ。」
「そうなんですね!生徒達全員本当に楽しみにしているので、宜しくお願いします。あ!私達に出来る事があったら、言ってくださいね!可能な限りお手伝いしますから!」
「ありがとう、頼りにしてるね。生徒さん達に最高の思い出が作れるように頑張るから期待しててね!」
「はい!」
そう話していると、目的の理事長室へ到着した。
「ここが理事長室になります。」
「ありがとう、ほんと助かったわ。」
「いえ!それでは失礼します。」
瑞樹は軽く会釈して、女性と別れて、麻美達が待っているカフェへ急いだ。
カフェへ向かっている道中で瑞樹は気になった事を考えていた。
「あのマネージャーさん・・どこかで会ったような気がするんだけど・・・」
そう呟いて少し考え込んだが、思い出せそうにないので諦めた。
約1時間後、神楽のマネージャーは打ち合わせを終えて、運転してきたミニバンに乗り込んだ。
「おかえり!お疲れ様!」
乗り込むと後部座席から話しかけられた。
その声の主にマネージャーは応えた。
「ただいま、お待たせ!優希。」
後部座席にいたのは、今この学校中の生徒達の話題の中心人物、神楽 優希 本人だった。
「別に待ってないよ。それよりどうだったの?」
「うん、こちらの要望は全て了承してくれたわ。
後は当日までに予定通りに準備するだけね。」
「そっか!了解!」
神楽は笑顔で了承した。
車を発進させ、学校を出たところで、ルームミラー越しに写っている優希に話しかけだした。
「ねえ!優希。今更こんな事言うのも変なんだけれど、その、やっぱりどうしてもやるのよね?文化祭ライブ。」
その問いかけに神楽はミラー越しに写っている、マネージャーを見ながら
「もちろんやるよ!これだけは、いくら信頼しているマネージャーが反対しても、受け入れられないからね!」
そうマネージャーに忠告した。
そう言われたマネージャーは苦笑いを浮かべながら呟いた。
「そうよね。デビュー前から私のマネージメントに文句どころか、嫌な顔すら一切しないで、ついて来てくれたんだものね。そんな優希の頼みだから、社長を説得したのは私なんだし、今更何言ってるのって感じだよね。」
「その事は本当に感謝してるんだよ。」
神楽は感謝しながら笑みを浮かべた。
「でもね!これだけは覚えておいてね。今あなたの周りには大勢の人間が関わっているの。本来なら番組出演のオファーも厳選しながら、受けている状況で、事務所的にはあなたを安売りしない方向で動いている。だからこんな文化祭でライブをするなんて問題外なのが本音なの。こんなわがままはこれっきりにして欲しい!いいわね?」
マネージャーはミラー越しに真剣な表情で、神楽にそう宣告した。
「わかってる!でもあの学校には本当に感謝していて、あの環境がなかったら、今の自分は存在しなかったと思うから、恩返しが出来る機会を待ってた。だから私があそこで歌う事が、恩返しになるのなら応えたいの!私にしか出来ない凱旋ライブで恩返ししてくるつもり!」
神楽は自信に満ちた表情でそう応えた。
「そうね!水を差すような事を言ってごめんね。とはいえ!折角の今後行う事はない激レアライブだもの!しっかりと準備を整えているから、思いっきり楽しんで来なさい!バックアップは任せてくれていいから!」
マネージャーは神楽に片目を閉じて、親指を立てながらそう言った。
神楽はそんなマネージャーに心から感謝した。
「うん!ありがとう!間宮さん!」