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29  作者: 葵 しずく
1章 最低な出会い
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第2話  可愛げのない生意気な女の後悔

 5月27日 21時過ぎ O駅のホームに設置しているベンチにて



「ふぅ……遅くなっちゃったな」


 予備校帰りの女子高生が電車待ちの為に、ベンチへ座り鞄からスマホを取り出しながらそう呟いた。


 母親に予備校が終わって、今駅で電車待ちという内容のメッセージをLineで送り既読が付いたの確認してから、鞄にスマホを仕舞う。

 そして、仕舞ったスマホと引き換えるように、チリンと小さいけれど、落ち着く音が鳴る鈴と綺麗なガラス細工が施されている薄い青色の球状の飾りが付いているキーホルダーを取り出した。


 まったくもう!解らなかった箇所があったから、講義が終わった後に個人的に質問しに行ったのは私だけどさ!

 そもそも因数とはって根本的なところから説明しださくてもいいじゃない!おかげでいつもよりかなり遅くなっちゃった……

 そう心の中で愚痴をこぼしながら、取り出したキーホルダーの球状の飾りを親指と人差し指で軽く挟んでコロコロと転がす。


 いつからかその転がして遊ぶのがお気に入りで、何だかこれをしていると落ち着く気がして、暇があればよく転がす様になっていた。


 キーホルダーの飾りを転がしながら、電車が入ってくる方向をぼんやりと眺めている。

 そこに、その逆方向から「ねえ!」と不意に声をかけられた。

 少し驚きながら、その方向へ顔を向けると、私服だけど同じ高校生と思われる2人組の男が目の前に立っていた。


 睨む様にその男達を見上げてから、すぐに元の方向へ顔を向き直して無視しようとしたが、男達はお構いなしに話しかけてきた。

「ねえってば!メッチャ可愛いね!何してんの?結構暇だったりする?これから俺らと遊びにいかね?勿論おごるからさ!行こうよ!な!」

 馴れ馴れしく典型的なナンパ台詞をマシンガンの様に浴びせてくる。


 鬱陶しくてしょうがなかった瑞樹は、男達に聞こえる様に反対方向を向いたまま「チッ!」と舌打ちをした。


 その舌打ちを聞かされても男達は怯まずに話しかけてきたが、

 それとほぼ同時に待っていた電車がホームへ滑り込んできた。

「おいおい!こんな可愛い顔して舌打ちとかなくね?いいじゃん!そんな睨まないでさ!遊びにいこうよ!」

 そう言いながら男達の一人が私の肩に手を置いて握るように掴んできた。


 私はとっさに「気安く触んないでよ!キモいって!!」と掴んできた手を思いっきり振り払った。

 その行動と言い放った台詞が気に障ったのか、男達の表情が急変した。

「アァ!?何調子に乗ってんだよ!お前!」と捲し立ててきたので怖くなった瑞樹は、慌ててベンチの足元に置いてあった荷物を拾い上げて、電車の車両へ逃げ込む様に走った。


 当然の様に男達は追いかけてきたが、車両のドア付近まできて慌てて足を止める。

 追いかけるのをやめたのは、瑞樹が乗り込んだ車両が女性専用車両だったからだ。

 専用車両の時間帯ではなかったが、全体的に混んでいなかった為か、偶然だったかは解らないが、この車両には女性ばかり乗っていたのを逃げ出す直前に確認していたのだ。


 流石にこの車両に男達も乗り込んで強引に連れ出そうとしたら、他の乗客が騒ぎだすと気付いたのだろう。

 バツの悪い顔しながら、その電車が走り出すのを見送るしかなかった。


 完全に振り切った事を確認してから、空いているシートに腰を下ろしてホッと安堵した。

 だが、あんな強引な事をされた事を思い出していると、段々ムカムカと腹が立ってきて、軽い吐き気まで覚える程、気分が悪くなった。


 自宅があるA駅へ到着すると足早に降りて改札を抜けて、こんな気分の悪い日は早く帰って眠りたい一心で月極で契約している駐輪所まで急いだ。


 駐輪所へ到着して自分の自転車を停めてある2階へ緩やかな傾斜のスロープを登り、自転車の前まで到着していつも指で転がして遊んでいるキーホルダーを取り出す為に、いつも入れてある鞄のポケットへ手を伸ばした時、違和感があった。


 無い……鍵が無い??えっ?何で?と暫く体が固まる。


 そうだ!あの男達に絡まれた時、手に持ってたっけ!と思い出し逃げる時にポケットに入れたのだろうと思い、制服のポケットを全部探った。

 しかし……


 無い……もしかしてあの時落とした?

 もう一度O駅へ戻る事も考えたが、まだあの男達がいる可能性もある為、怖くて戻れない。


 とにかく僅かな可能性に縋る思いで、鞄を徹底的に調べる事にした。

 教科書や参考書に筆記用具から生徒手帳まで引っ張り出して探していると、チリンと音が聞こえた。


 もしかして本当にこの鞄にあるのかと期待してさらに探し込もうとした時、音が聞こえた方向が鞄の方向ではない事に気付いて、鈴の音が聞こえた方向に顔を向ける。


 そこには柱の陰に隠れるようにスーツ姿の20代半ば辺りに見える男が気まずそうに立っていた。


 私は「またか」とため息を吐き睨みながら威嚇のつもりで「何?」とその男に言った。

 その威嚇は効果があったらしく、男は慌てるように「いや、別に」とだけ答えた。


 これで寄ってこないだろうと判断して探し物を続行していると、帰ろうとしていたそのスーツ姿の男が押していた自転車を私の横を横切った直後に止めて、再度、私に話しかけてきた。


「あ あのさ、もしかして探してる物ってこれだったりするかな?」

 その男は手の平を私の目の前に差し出してきた。

 その手の上に乗せてある物を見ると見慣れたガラス細工が施されている球状の飾りと小さな鈴が付いているキーホルダーで、その先に自転車の鍵がぶら下がっている。


「あった!!」


 嬉しさと、驚きと、安堵感が一斉に溢れ出してきて、自分でもハッキリとわかる程、顔の筋肉が一瞬、緩んでしまった。


 その事に気付いた私は慌てて睨みつける表情に戻した途端、今度は無くしてしまった喪失感と駅で絡まれた苛立ちが溢れだして、自分でもよく解らない行動にでる。


 目の前に出されたキーホルダーを引っ手繰る様に奪い、さらに

「何でアンタが持ってるのよ!そもそも自分が持ってるのに探してる私を眺めて内心で笑ってたわけ!?信じらんない!ほんとサイテー!」

 などと馬鹿な事を言ってしまったのだ。


 男は物凄く驚いているようだ。

 それはそうだろう!

 落とし物を拾って、自分に睨みつけてくる様な女に、落とし主かどうかも分からない状況だった。

 こんな所で女子高生に声なんてかけたら、変質者と間違えられる恐れもあったのに、この人は覚悟をきめて声をかけてくれたんだ。

 なのに返ってきた台詞がこれじゃショックを受けるのは当然で……


 そう頭では分かっていても、もう暴走は止まりそうにない。

 これ以上この人に酷い事を言ってしまう前に、この場を立ち去ろうと急いで荷物を鞄に放り込み、自転車を押して駐輪所を出ようとした。

 その時、1階へ降りるスロープの手前で大きな声が飛んできた。


「おい!なんだよ!それ!困っているみたいだったから、親切で声をかけてやったのに!」


 その声の持ち主の方を見ると、スーツ姿の男が私を睨みつけている。

 物凄く怒っているのは一目でわかる。

 両目が充血して真っ赤になっていて、両肩が微かに震えているのが見えた。


 私は本当は謝りたかったのに、口からでた言葉は酷い内容だった。

「ハァ?つか頼んでないし、ウザいっての!オッサン!!」


 ……またやってしまった。


 もうこれ以上は本当に大変な事を言ってしまいそうな自分が怖くなり、逃げるようにスロープを駆け足で降りた。

 一階へ降り切った直後に二階から「ふざけんな!!!くそっ!!!!」と大声が聞こえて、その直後に金属を叩きつけたような音が響き渡った。

 思わず体がビクッ!っと飛び跳ねる。


 怖くなり必死で自転車を漕いで帰宅した。


 玄関を開けて家に入り、リビングでくつろいでいる両親と目が合った。


「ただいま」


「おかえり」と父がテレビを見ながら言うと、母がソファーから立ち上がりながら「おかえり!志乃。今ご飯温めなおすね」と話しかけてくる。

「ごねん お母さん。 今日食欲無くて晩御飯はいらない」

「あら!そうなの?」と言いながら俯いている私の顔を覗き込んできた。

「どうしたの?顔色が悪いわよ?」

 母親は心配そうな顔をしている。

「ん、大丈夫だよ!最近遅くまで勉強して寝不足なんだと思う。今日は早く寝るから、心配かけてごめんね」

 心配いらないとだけ伝えて自室へ向かった。


 部屋へ入ると鞄をフローリングへ落とすように手放し、そのままベッドへ倒れこんだ。


 何であんな酷い事しか言えなかったんだろう。

 あの人は私の落とし物を拾ってくれて、親切に届けてくれただけじゃない。

 何で素直にお礼が言えなかったの?


 馬鹿なの?……私


 あんなのただの八つ当たりじゃない!

 その前に私にどんな事があっても、あの人には全く関係ない事じゃない!

 ううん!違う!あの駅での出来事が無かったとしても、素直にお礼を言えたと思えない。

 どうしちゃったの!私……

 いつからこんな可愛げのない女になってしまったの


 そんなに自分を守る事が大切なの?

 そこまでして守る意味が本当にあるの?

 私は本当はどうしたいの?


 ……誰か教えてよ

 ……誰か助けてよ


 私は色んな事があり過ぎてそのまま眠ってしまった。


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