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29  作者: 葵 しずく
2章 導かれて
29/155

第22話 仲間達との誓い・・そして自分へのけじめ・・act 4

 パチパチパチパチ!!!


 藤崎は全力で拍手した!

 だが、拍手の音が小さい・・・とゆうより自分の拍手の音が、やたらと響いいている。


 周りを見渡すと、皆自分の方を呆気にとられた顔で見ていた。

 誰ひとりとして拍手する者がいない事に気付く。


 いや!あと1人だけ拍手している音が聞こえていた。


 その拍手は自分の後ろから聞こえてくる。


 藤崎は後ろを振り向くと、間宮が自分の方を優しい笑顔で見つめながら、拍手を送っていた。


 藤崎は拍手を止めて、間宮を見つめていると、間宮の口が動いた。

 何が何だかわからないまま、藤崎は間宮の口の動きだけを見つめる。


「おめでとう!藤崎先生!」


 そう言っているような口の動きだった。


「・・・・・・え??」


 おめでとう?何を言ってるんですか?・・・・


 間宮先生じゃなくて、私が採用された・・・?


 藤崎は思わずカッとなって拍手をやめない間宮に噛み付いた。


「何故、私がおめでとうなんて言われないといけないんですか!

 この結果はおかしいですよね!間宮先生だってそう思うでしょ!?

 どう考えたって採用者は間宮先生一択だったはずです!

 これは一体どうゆう事なんですか!」


 藤崎は間宮に語尾を荒げながら、問いただした。


 藤崎が取り乱すのも無理はなかった。

 藤崎だけではなく、ここにいる講師達全員が満場一致で英語担当は間宮だと疑わなかった事からみても、あまりにも不自然な結果だと言えた。


 そんな藤崎を見て、間宮は笑みを浮かべて話しだした。

「藤崎先生。この結果はどこもおかしいところなんてありませんよ。

 当然の結果だと思います。」


「どこが当然なんですか!まさか!私に同情して採用を辞退されたなんて事はありませんよね!そんな事をして私が喜ぶとでも思っているんですか?」

 藤崎は間宮に詰め寄って人差し指を間宮の胸に押し当てた。


 その藤崎の指を優しく握って下ろし、藤崎の手を両手で包むように握った。


 握られた藤崎は顔を赤らめ恥ずかしそうに身を縮めて、大人しくなったところで、間宮は天谷の方を向いて口を開く。

「社長!もう話していいですよね?」

 それを受けた天谷は軽く頷いて

「ええ!勿論です。もう隠しておく理由はありませんから。」

 問題ないと許可がおり、間宮は再び藤崎と向き合った。


「藤崎先生、僕はあなたに同情して辞退なんてしていません。

 この結果は合宿の内容から見ても当然の結果なのです。

 何故、僕が採用されなかったのか、その理由は簡単な事ですよ。」


「簡単な理由?」


「ええ、それは僕が最初から採用試験の対象者ではなかったからです。」


 ええええええぇぇぇっっ!!!????


 当事者の藤崎を含めた講師達全員が一斉に驚きの声をあげた。


「ど、どうゆう事なんですか?間宮先生も1次面接をパスして、最終採用試験の為に、合宿に参加したんじゃないんですか?」

 藤崎はこれ以上ない程、大きく目を見開いて詳しい説明を求めた。


「僕は違いますよ。僕は天谷社長に、合宿の間だけ講師として同行してくれと頼まれただけです。

 僕の本当の肩書きは、IT機器の開発から販売まで手がけているRAIZUとゆう企業の営業担当なんです。


「え???」


「天谷社長は僕の大切なお得意様なんですよ。」


「は?」

 藤崎の頭が現実に追いつけないでいる。


 そんな藤崎を眺めながら天谷が間宮の説明に付け加えた。


「藤崎先生。間宮先生から・・・もう先生はいらないわね。間宮君から今ウチで使用しているタブレット端末やOS、テキストや電子ボードに至るまで、電子関係全てを購入したのよ。それで近いうちにIT関係の機材を総入れ替えする計画があって、その売り込みに来ていたから、間宮君からまた購入を検討する条件として、今回の講師を引き受けて頂いたんです。」


「そ、そうだったんですか・・・」


 色々と理解が追いついてきた藤崎は、まだ疑問点があるのに気が付き


「じゃあ!何故、その事を隠していたんですが?

 秘密にする理由が解らないんですが・・・」


 その質問の回答を間宮に求めた。


「隠していたのは、社長に合宿が終わるまで、秘密にしておくようにと指示されてたんですよ。僕も理由が気になって確認したんですが、初日から僕が採用試験対象外の人間だと、藤崎先生と村田先生が知れば、2人はどうされますか?他の科目の競争率より楽だと考えませんか?」


「あ!そうか・・・変な余裕が出て・・油断してしまうかもしれませんね・・」

 村田が隠していた理由に納得した。


「そうです。2人の本気が見れなければ、試験を行う理由がなくなってしまいますからね。」


「何だか最初から最後まで、天谷社長と間宮先生の掌で踊らされてた気分です・・・」

 藤崎は少し悔しそうな表情だった。


「いえ、それは少し違いますよ、藤崎先生。

 掌で踊らされてたのは、僕も同じですから。」


「え?」

 意外そうな表情で藤崎は間宮を見た。


「そうですよね?社長。

 僕を同行させたのは、面接で2人しか合格基準をクリアした候補者がいなかったわけではありませんよね?初めから2名だけしか合格させる気がなかったんじゃないですか?」

 間宮はそう言って天谷の方を向いた。

 他の講師達も間宮の視線を追って天谷へ向き直り、天谷の返事を待った。



「フフフ、そうですね。その通りです。」

 天谷は目を閉じて笑みを浮かべながら答えた。


「どうしてそんな事をしたのか・・・聞いていいですか?」

 藤崎が天谷に説明を求めた。


「わかりませんか?先ほど順番に廻って感想を聞いていたら、殆どの方々が間宮君の名前をあげていましたが?」



 !!!!


 そう問われた講師達全員が気が付いた。


「もしかして私達講師の為って事ですか!?」

 藤崎は目を大きくて驚きを隠せなかった。

 いや、藤崎だけではない。

 他の講師達も同じ表情で天谷を見つめながら固まっていた。



「そうです。1次面接の時から感じていました。皆さん優秀な講師の素質を感じましたが、それを取り繕った在り来たりな言葉で隠していましたね。

 私はそれが不快でしかなかったのです。

 当社へ正規社員として希望される皆さんの狙いは理解しています。

 他社と比べて好条件だからですよね?

 勿論それが悪いなんて思っていません。

 ですが、入社してしまえば他社と同じ考え方、やり方で収入が得られると、勘違いされては困るのです。

 ウチは高額なギャラを支払う条件として、必ずウチが定めた合格ラインを常に超えていただかないと、問答無用に解雇させて頂くシステムです。

 他社も同システムを採用しているところもあるのでしょうが、ウチの合格ラインは高レベルなところで線引きしています。

 クリア出来なかった場合、どんな言い訳をしても必ず解雇しています。」


 講師達は厳しい表情を並べて天谷の説明を黙って聞いている。


 その講師達の表情を見渡してから、天谷は説明を続けだした。


「ここまで話せば理解できましたか?

 正規採用だけを目的にすると、このテストは選挙のようなものでしかない。

 選挙に例えると、あなた達が立候補者で生徒達は投票者とゆう事になりますね。

 それだと瞬間的な支持でも手に入れておけば当選する事は出来ますが、

 その場合、あなた達から見た生徒はただの投票用紙に見えてしまっていたのではないですか?

 そして一票でも多く獲得する為に、生徒達の事を考える前に、ご自身のパフォーマンスアピールばかりに意識がいっていませんでしたか?

 そんな方法でうちへ来ても、半年もせずに解雇されるのが目に見えています。

 ハッキリ言って時間と、労力の無駄です。」



「その為の間宮先生だったと?」

 奥寺は思い当たる節が多くあり、理解は出来たが天谷の口から最後まで理由を聞きたくて、確かめるように言った。


「はい!一応説明すると、間宮君は講師をするのは素人ではないんですよ。

 昔学生時代に2年程ウチでアルバイトとして、講師をやって頂いてたんです。

 当時私は専務とゆう立場でしたが、現場上がりだったので、よく現場サイドにも関わっていたんです。そこで間宮君と知り合って、色々と相談にのるようになり、今はこうして間宮君の得意先になっているんですよ。」


 間宮は天谷が昔の事に触れたのをきっかけに口を開いた。

「そうです。当時から本当に社長のお世話になってきました。

 本当は天谷さんが社長になってから、合宿が行われる度に歯がゆい思いだったはずです。

 だから僕を合宿に同行を依頼された時に考えました。

 その歯がゆさを解消出来るのは、現状では僕しかいない。

 それが社長への恩返しになればと、講師として同行するのを引き受けたんです。」


「何故,解消出来るのは自分しかいないって思ったのですか?」

 藤崎が疑問を投げかけた。


「それは生徒達が名前をつけてくれたstory magicが使えるのが、僕だけだからです。現場に立てる人間ではって意味ですがね。」


「どうゆう事ですか?」


「本当はもう1人いるんですよ。story magicが使える方がね。

 いや、ちょっと違いますね。僕の方がコピーであって、もう1人の方がこのstory magicの発案者なんです。だからその方は、本当は自分が教壇に立って講義を行いたいはずなんです。でも立場が変わってしまってそれが出来なくなってしまった・・・だから僕に託す事にしたんでしょう。」


 それを聞いて益々驚いた表情になった講師達は、その発案者が誰なのかすぐに気が付いて、一斉に天谷の方を見て、代表するように藤崎が口を開いた。


「それではstory magicの発案者ってゆうのは・・・」


 間宮も天谷の方を見ながら

「そうです。皆さんがstory magicと呼んでいる講義方法の発案者は天谷社長です。僕は学生時代に天谷社長からこの講義方法を教わったに過ぎません。」


 ええええええええぇぇぇぇぇっっっ!!!!!?????


 本日2度目の驚きの声があがった。


「あはは、なんだか照れますね。そうね!本音を言えば、今でも自分で教壇に立って講義を行いたい気持ちでいっぱいなんです。でも仮に私が教壇に立って講義を行ったとしても、間宮君程の成果を上げる事は出来なかったでしょね。」


「僕に気を使って謙遜なんてしなくていいんですよ。」

 苦笑いしながら間宮は天谷にそう言ったが、天谷は首を横に振って

「いいえ、謙遜などではありませんよ。

 確かに私があなたにあの講義方法を教えましたが、間宮君はその後にかなり改良しましたね?先ほどの最終講義を見て、それを実感しました。殆ど別物と言っていい位によく作り込まれた物語でしたよ。」


「ありがとうございます。」

 間宮はそう礼を言って頭を下げた。



 天谷はニッコリと微笑んで、藤崎の方へ向き直った。

「話が逸れてしまいましたね。

 間宮先生が同情で辞退したって疑いはこれで晴れましたか?藤崎先生。」


「はい、くだらない疑いをかけてしまって、申し訳ありませんでした。」

 藤崎は間宮に頭を下げた。

「いえいえ!事情を何も知らなかったのですから、そう考えても仕方がないですよ。」


「それでは藤崎先生!この採用結果を了承して頂けますか?」

 天谷はにこやかに了承を促した。


「・・・・はい、私でよければ全力で期待に応えれるように努力しますので、宜しくお願い致します。」


 藤崎は天谷に向かって、深く頭を下げて感謝の気持ちを表した。


 パチパチパチパチ!

 間宮は改めて藤崎の採用に拍手を送った。


 その拍手に周りの講師達も祝福の拍手と歓声を送った。


「ありがとうございます。」


 その拍手を聞いて藤崎は笑顔で感謝した。


 その後、天谷から、正規雇用者のみに配布されるバッジを、1人、1人手渡して採用者発表が終了した。



 早速バッジを付けて藤崎は間宮の元へ嬉しそうに駆け寄った。


「どうですか?間宮先生!似合いますか?」


 藤崎のサマージャケットの襟元にバッジが光る。


「ええ!とても似合ってますよ。これで明日から念願の正規社員の講師ですね。頑張って下さいね。」


「はい!間宮先生に教わった事を忘れずに全力で務めさせて頂きます!」

 敬礼のポーズをとって満面の笑みでそう応えた。


 結果発表を終えて、参加者はまたリラックスして談笑を再開させた時、マイクを持ったままの天谷が再び言葉を発した。


「もう1つ!大事な話があります。」


 天谷の声掛けに反応した講師達が再び天谷の方へ向き直った。


「間宮君!」


「はい」


「貴方さえよければ、うちへ正規講師としての席を用意できるのだけれど、当社へ正式な講師として来てくれないかしら?」


「え?」

 藤崎は真っ先に隣にいた間宮の顔を見た。


「英語の新しい看板として藤崎先生とのコンビを売り出したいと考えています。勿論、雇用条件は今の会社より必ず上回る条件を掲示させて頂きます。どう?悪い話ではないと思うのだけれど。」


「間宮先生とコンビで仕事が出来る・・・?」

 藤崎は今後の講師としての仕事を、間宮と組んで、取り組んで行く様子を想像した。


「間宮先生!!!」

 想像した藤崎は本当に嬉しそうな笑顔で間宮の腕を掴んで呼びかけた。


 間宮は表情を崩す事なく天谷を見つめた。

「社長!良いお話ありがとうございます。社長にそんな期待を寄せて頂いて光栄です。」


 藤崎は目を輝かせた。


「ですが、お断りさせて頂きます。申し訳ありません。」


「え?ど、どうして・・・」

 間宮の腕を掴んだまま、断ると言う間宮の返事を聞いて体が固まった。


「理由を聞かせてもらって構わない?」

 天谷も表情を崩さないまま、誘いを断られた理由を求めた。


「社長の下でまた仕事が出来るのは、正直嬉しいですし、やり甲斐もあると感じています。ですが、僕にもやりたい事があって今の会社に就職したんです。

 いまは会社事情で営業の仕事をしていますが、仕事をこなしながら日々勉強を重ねて、堂々と異動願いが出せるところまできて、現在異動の希望を申請しているところなんです。今、社長の誘いを受けたら、僕は目標から逃げた事になります。生徒達に偉そうに散々言ってきた僕がそれでは示しがつきませんし、まだ諦めるつもりはありません。」


 間宮は真っ直ぐ天谷の目を見てそう話した。



「ふふ・・そうですか。少しでも迷った感じがしたら、無理矢理にでも獲得してやろうって考えていたのですが、そこまでブレずに断られたら、私からは何も言えませんね。」

 天谷は間宮の真っ直ぐな返答に諦め顔で白旗を振った。


「申し訳ありません。折角のお誘いをお断りする事になってしまって・・・」

 間宮は申し訳なさそうに頭を下げた。


「いいのよ!気にしないで。そんな立派な目標を持っている人に、無理強いは出来ないもの。」



 スルスルと掴んでいた腕を下ろした藤崎に間宮が気が付いた。

「どうしたんですか?藤崎先生。さっきまで笑顔だったのに俯いたりして・・・」



「だって・・・これからも間宮先生と一緒に仕事が出来るって喜んでたのに・・・」


 俯いてブスっとした顔で間宮に愚痴った。

「はは、そうでしたか・・僕も藤崎先生とこれからも仕事が出来るのは楽しそうだとは思うのですが・・・すみません。」

 藤崎は黙ったまま膨れっ面で頷いた。


 膨れた藤崎も可愛いなぁと、遠目で見ていた奥寺が悶えていたのは言うまでもない。



 その後1時間程また笑い声が絶えない打ち上げが続き、スタッフがマイク越しに打ち上げ終了を告げだした。


「そろそろお開きの時間が近づいてきましたので、最後に社長の挨拶で締めさせて頂きます。」

 スタッフはそう告げて、マイクを天谷へ差し出した。


「皆さんお疲れ様でした。不採用になってしまった方々でまた来年挑戦するぞ!という方がいらっしゃいましたら、楽しみにお待ちしていますね。

 それと採用された講師の皆さんは、これからが本当の勝負です!気を引き締めて出社して下さい!期待しています!それでは、これまで参加して頂いた講師の皆さん、裏方のスタッフの皆さん!ありがとうございました。」

 挨拶を済ませた天谷は深く頭を下げて感謝を述べてた。


 パチパチパチパチ!!!


 拍手が沸き起こり打ち上げは惜しまれるなか終了した。


 続いてスタッフが連絡事項を述べる。

「正規採用された講師の皆さんは、正式な手続きにはいりますので、明日10時に当社の事務局までお越し下さい。」


「はい!わかりました。宜しくお願いします。」

 代表して奥寺が返答した。


 打ち上げ会場の店から、参加者が続々と出てくる中、奥寺達は採用者だけを集めて2次会へ行こうと間宮が出てくるのを、店の外で待っていた。

 間宮は採用者ではないが、講師達の恩人のような立場で、ぜひお礼が言いたいと全員一致で決まり誘う事にしたのだ。


 待ってる藤崎は店の奥の方へ目を凝らすと、天谷と握手を交わしながら、何やら話し込んでいるようだった。


「では1週間後の8月10日にお伺いさせて頂きます。」


「ええ!本当はもう少し早くプレゼンさせてあげたかったんだけど、こちらも色々と予定が詰まっててね・・ごめんなさいね。」


「いえ!気にしないで下さい。それにこれだけ時間があれば、プレゼンの内容も詰めれますし、ご期待に添える資料お持ちしますね。」


「そう言ってくれたら私も助かるわ。それじゃ、今回は無理を言ってごめんなさい。すごく助かったわ。ありがとう、間宮君。」


「こちらこそ貴重な経験が出来ました。お疲れ様でした。」

 2人は最後に握手を交わして、間宮は店の外に出た。



 店を出ると藤崎がピョンピョンと跳ねながら、大きく手を振っていた。

「間宮せんせ~~い!こっちです!」


 何だろうと藤崎達の集まっている場所へ向かった。


「お疲れ様でした。間宮先生!」

 そう言って奥寺は間宮に握手を求めた。

「お疲れ様でした。採用おめでとうございます。」

 間宮はそう言って握手に応えた。


「これから採用者だけで集まって2次会へ行こうって話になったんですが、間宮先生も一緒に行きませんか?」


「え?僕は採用者ではありませんよ?」

 そう立場を否定すると、今度は藤崎が話しかける。


「間宮先生は私達を合格へ導いてくれた恩人なんですよ!だから採用された皆が満場一致で改めてお礼が言いたいって事になったんです。

 是非!私達にお礼させて下さい!」


 藤崎がそう言うと採用者全委員が間宮を笑顔で見つめた。


「そうですか、それは嬉しいお誘いなのですが、先ほど話した通り僕はただの会社員でして、明日から通常通り出社しなければなりませんし、会社から離れてる間に、仕事も山積みでしょうから、早朝から出勤しなければなりませんので、今日はこれで失礼させて頂きます。」


 間宮は後頭部を掻きながら、申し訳なさそうに誘いを断った。


「そうですか・・そういえばそうでしたね。

 何だか間宮先生は理想の講師って感じがしてて忘れてしまうんですが、会社員だったんですよね・・・まだ実感がないのですが・・・

 それは無理には誘えませんね・・・わかりました。」


「すみません。また機会があったら宜しくお願いします。」


 間宮不参加を受けて分かりやすい程、落ち込んだ者がいた。


 藤崎だ。


 藤崎は俯いて肩の力も抜けてダラッと立っている。

 まるで身近な人間のお通夜にでも行くかの様な暗いオーラが滲み出していた。


「いや!でもさ!もう会えなくなるわけじゃないんですから・・・ね!」

 奥寺が必死に慰めている。


 不参加といっても皆移動する駅は同じだから、そこまで一緒に歩きだした。


 駅へ向かう道中も終始思いつめた表情で、間宮を見つめながら歩いた。


 駅へ到着して改札を通過したところで、皆足を止めて向かい合った。


「それじゃ、皆さんお疲れ様でした。合宿期間皆さんのおかげで色々と本当に楽しい7泊8日でした。ありがとうございました。」


「こちらこそ!間宮先生のおかげで、色々間違いに気付く事ができました。

 先生がいなかったら、不採用だったと思います。感謝しかないです!本当にありがとうございました。僕も楽しい合宿でした。」

 奥寺が代表して挨拶をして、間宮に握手を求めた。


 間宮が握手に応えると、他の講師達も握手を求めてきたので、順番に握手を交わしていくと、最後に藤崎の前に立った間宮は、握手をしようと藤崎の目の前に手を差し出した。


 しかし藤崎は手を出しかけたが、途中でその手の動きが止まった。

 そして手でグッと握りこぶしを作って、手を引き戻した藤崎は、間宮に背を向けて「お疲れ様でした。」それだけ言い残して、1人で上り線のホームへ歩き出した。



「アレ?何だか嫌われてしまったみたいですね。」

 人差し指で顔をポリポリと掻きながら、苦笑いした。


「いやいや!あれは嫌われたと言うか、拗ねてしまったみたですね。」

 奥寺は慌てて間宮をフォローした。



「まぁ!後で藤崎先生にも宜しくお伝えください。それじゃ、失礼します。」


「はい!お疲れ様でした。お気をつけて!」

 奥寺が挨拶すると、藤崎以外の講師も同じ台詞を言いながら会釈して、間宮と別れた。



 先にホームへ着いていた藤崎の元に奥寺達が追いついた。

「藤崎先生!あの態度はマズイですよ!」

 奥寺は藤崎に注意したが、藤崎はそっぽを向いて

「いいんですよ!あんな奴!」


 素直じゃないなぁ・・と奥寺は内心で思ったが、口に出すと面倒なので黙っていた。



 俯いている間、この合宿での出来事を、藤崎は思い出していた。

 初日から間宮に勝負を挑んだ事、その夜に叱られた事、

 いつの間にか間宮が自分の目標になっていた事、

 誰の前でも動じずにマイペースを貫いて、周囲を巻き込んでいった事、

 そして、日を重ねる度に心が間宮に惹かれていった事・・・


 クスッと口元に笑みが浮かぶ。


 ふと下り線のホームを見渡すと、まだ間宮はホームへ上がってきていない事に気付く。


 まだ間に合う?そう頭の中で考えた瞬間、奥寺に話しかけた。

「あの!奥寺先生!2次会のお店ってどこですか?」

「え?ああ!M駅前の海王って店ですけど?」

「海王ですね!了解しました!あの!私忘れ物をしたみたいなので、先に行ってて下さい!後で必ず追いかけますから!」

 藤崎は切羽詰まった表情で奥寺にそう訴えかけた。


 その訴えを聞いて奥寺は色々と察しがついて苦笑いをしながら

「わかりました!では先に店に行って席を温めておきますね。」

「すみません!必ず行くので宜しくお願いします!」


 そう言って藤崎はスーツケースを勢いよく引っ張りながら、ホームを降りていった。


 同時刻


 ホームへ向かっていた間宮は何気なくスマホの画面を見た。


「あ!充電切れてる!いつから切れてたんだ?」

 と慌てて一応持ってきていた、携帯用の充電器にスマホを繋いで、電源を立ち上げた。


 立ち上がったホーム画面を見ると、凄い件数の不在着信とlineの未既読メッセージが届いていた。


 内容をザクッと確認したら、殆どが同僚の松崎からだった。

 恐らく出張中の仕事の進捗具合の連絡だろうと、エスカレーター手前で通路の端に寄って、壁にもたれる格好で電話を折り返した。



 やはり要件は松崎が駐車場へ出向いた事以外は仕事の進捗状況報告だった。間宮は松崎と暫く話し込む。



「うん、そうだな。大体掴めたよ。サンキュな!詳しい事は明日会社で話すわ。てかその女子高生に変な事言ってないだろうな!?」


 はぁ!はぁ!遠くから息を切らせる音が聞こえたような気がした。


「ははは!わかったよ!あぁ、じゃあ明日会社で・・・」

「間宮先生!!」

 松崎との通話を終える直前に大きな声で呼ばれて振り向いた。

 そこには息を切らせ両膝に両手をついて、苦しそうな表情をしている藤崎がいた。


 間宮は唖然としながらスマホを持っていた腕を下ろした。

 下ろしている最中電話越しに、何か女の声がしなかったか?おい!誰か来たのか!?間宮!無視する・・・・ブチ!

 松崎が何か訴えかけている気がしたが、無視して途中で通話を切った。



 改めて藤崎の方を向いて

「どうしたんですか?藤崎先生。そんなに息を切らしてまで・・」

 間宮は息苦しそうな藤崎を心配そうな顔で話した。


「す、すみません・・・お酒を飲んでいた事を忘れてて、走ったから息があがってしまって・・・あ、あと30秒待って下さい。」


「わかりました。」

 オロオロとしながら、間宮は待つ事を了承した。


 暫く待っていると、藤崎の呼吸が段々落ち着いてきた事がわかった。


 最後に大きく深呼吸をして、呼吸を完全に整えた藤崎は間宮の顔を真っ直ぐに見つめた。


「あの、先程は失礼な態度をとってしまってすみませんでした。」

 そう言って藤崎は頭を下げた。


「い、いえ!気にしないで下さい。えっと・・・まさかその事を謝る為に、わざわざ走ってきたんですか?」


「え、ええ!それもありますけど、まだちゃんとお礼が言えてなかったので・・・」

 そう言うと藤崎は真剣な表情で間宮の目を見た。


「間宮先生には本当にお世話になりました。講師として大切な事を教わり、大変有意義な合宿生活を送れたのは間宮先生のおかげです。これからも私の目標は間宮先生に追いついて、追い越す事です。」


「いえいえ、藤崎先生が人一倍努力した結果なので、僕は何もしていませんよ。

 それに僕が目標では小さいですね!藤崎先生ならもっと大きな目標をもっても、必ず達成出来ますよ!これからも頑張って下さいね!応援しています。」



「ありがとうございます。間宮先生の期待に応える為にも頑張ります!

 それから間宮先生の目標が達成出来るように、私も応援してますからね!

 短い間でしたが、すごく楽しかったです。ありがとうございました。」


 そう言って藤崎はさっき拒否してしまった握手を求めて、右手を差し出した。


 間宮は拒否された事など、全く気にする素振りもなく、いつもの柔らかい笑顔で握手に応えた。


 握手を交わして数秒後、間宮の繋いでいる手が自分の手を握る力が緩んだ瞬間、藤崎は腰を引いて自分の体重を乗せるような体制を作り、力いっぱい繋いだ間宮の手を引っ張った。

 大の男でも不意にそれだけの力で引っ張られれば、大抵は上半身が引っ張られて前傾姿勢になる。


 そのまま引っ張り続けて、間宮の顔の高さが、藤崎の丁度いい高さまで下がったところで、左手を間宮の右肩に添えて、繋いでいた右手を離して、間宮の右頬へ当てて目標がブレないように固定して、間宮の左頬に・・・・・



 チュッ。


 左頬に柔らかくて温かいものが落ちてきた。

 その柔らかいものは、少し湿り気を帯びていて、重なった頬が少し濡れた感覚がある。


 藤崎は僅か数秒のキスを間宮に落とした後、添えていた左手と頬に当てていた右手を肩に移して、前傾姿勢になっていた間宮の体の動きを止めた。


 上目遣いで間宮を見つめて、右の人差し指を自分の唇に当てながら、そのまま3歩後退して置いてあったスーツケースの取っ手を握り締めた。


 僅かに沈黙が流れた後、藤崎は体を翻そうとした時に笑顔を間宮に向けて


「またね!間宮さん!」


 それだけを言い残して振り返り、走ってきた上り線へ続く通路を恥ずかしそうにかけていった。





 ・・・・・・・・・・・まだ頭が現実に追いつけないでいる間宮は、キスされた左頬を手で軽く押さえて、藤崎に止められた体制のまま固まって


「へ?」


 何とも間抜けな声をあげた。



 その後、ボ~っとした状態で下り線のホームへ繋がっているエスカレーターを昇った。


 ホームへ着くと、上り線のホームに藤崎がいるのが見えた。


 藤崎も間宮に気付いて照れくさそうに、視線を間宮から外して俯いた。

 その状態で2人は立ち尽くしていると、上り線の電車がホームへ滑り込んできた。


 藤崎はすぐに電車へ乗り込み、ホームと反対側のドア付近で移動して、電車の窓から間宮を見つめる。


 そして電車が動き出した時、藤崎は笑顔で小さく手を振って、バイバイと言っている口の動きをした。


 その電車を見送っていると、すぐに下り線の電車が到着して、間宮は帰路についた。



 A駅へ到着してもまだ微かにキスを落とされた頬に熱を帯びている感覚があった。


 何も考えられないまま、改札を抜けて駅前の広場に出た。


 そこで視界の端に僅かな違和感を覚える。

 視界の片隅に黄色い物体が見えた気がしたからだ。


 ぼ~っしていた間宮は我に返って、慌ててその黄色い物体が見えた方を向いた。


 だが顔を向けた瞬間、目の前が黄色一色で覆い尽くされた。


 ボフンッ!!!!


「うぷ!!」


 その黄色い物体は避ける間もなく、間宮の顔面に直撃した。


 顔に勢いよくめり込んだ物体は勢いを失って、思わず腰の辺りで構えていた両手に落ちてきた。


 間宮はその物体を確認すると、人を小馬鹿にしているような、つぶらな瞳をしたぬいぐるみだった。

「ぴよ助?」

 見覚えのあるぬいぐるみが手元にあるのに気付いた間宮は、ぬいぐるみが飛んできた方向に視線を向けた。


「あったり~~~!!!」


 その方向から元気な声が聞こえてきた。


 ズレたメガネを戻して、改めてその方向を見ると、両手で何かを投げ終えた格好をしている瑞樹がいた。


「瑞樹・・・・」


 瑞樹はぬいぐるみを返せと言わんばかりに、両手を広げてこちらに歩み寄ってくる。


 間宮はその両手に収まるように、優しくぬいぐるみを瑞樹に投げた。

 ぬいぐるみをキャッチした瑞樹はギュッと抱きしめながら


「おかえり!ぴよ助!痛かったねぇ!可哀想に。」

 自分で投げつけておいて、何をふざけた事言ってやがる。

 と思ったが、口には出さずに黙ったまま瑞樹を見ていた。


 そんな瑞樹は人差し指を間宮に向けて

「遅い!どれだけ待たせれば気が済むのよ!」

 ブスっと膨れながら文句を垂れた。


 状況が飲み込めなかった間宮は、ようやく我に返り反撃に出る。


「はぁ!?別に待ち合わせの約束なんかしてないだろ!そもそもこんな時間まで、こんな所でなにしてたんだよ!危ないだろうが!」


「だからずっとあそこの物陰に隠れてたから平気だったもん!」


「隠れてたって・・・え?ずっと?」

 合宿が解散してから、そのままここへ隠れていたとしたら、軽く4時間は待っていた計算になる。


「瑞樹・・お前・・合宿が終わってからずっとここに隠れてたのか?」

「そうだよ!おかげであちこち蚊に刺されて痒いんだからね!」


「何の為にそんな事してたんだよ。」

 間宮は半分呆れたような声で聞いた。


「運命の神様に期待するのを、やっぱりやめたんだよ!」


「は?何の話だよ・・それ・・」


「こっちの話だよ!」

 プイっとそっぽを向いて答えた。


「わけわかんねぇ・・・」


「私の要件はさっき駐車じょ・・・・・」

 瑞樹は要件を話そうとしたが、何かに気付いて話を途中で切り、

 間宮の顔に近づいて左の頬を指さした。

「なに?これ?」

「は?何が?・・」

 間宮は瑞樹が何を聞いているのか解らなかった。


 瑞樹は指していた指を頬にめり込ませながら


「これって口紅の跡だよね?」


 ギクッ!?


 間宮は口紅の跡なんて全く頭になかった。それを瑞樹に指摘されて動揺を隠せなかった。

 そもそも、こんな跡をぶら下げながら、電車で帰ってきたのか俺は・・・

 その状況を想像して恥ずかし過ぎて顔を真っ赤にした。


「こ、これは!」

 慌てて手で口紅の跡を拭き取ろうとした間宮に


「ストップ!手で取り除こうとしたら、跡が伸びてもっと酷くなるよ!」


 そう言って瑞樹は鞄の中からハンカチを取り出して、間宮に背を向けて見えないように、そのハンカチに唇を押し当てた。押し当てた時に少しだけ、舌でハンカチを舐めて湿らせた。


 それから間宮の方へ向き直り、ハンカチで口紅の跡を拭き取りだした。


 拭いている時に瑞樹は気付いていた。

 こんな事をするのは藤崎先生しかいない。

 私に対して先制攻撃のつもり!?

 どうせ私は18にもなって恋愛経験がありませんよ!

 こんな事恥ずかしくて出来ないお子様ですよ!


 くっそ~~!!消毒してやる!


 念入りに口紅の跡を拭き取り終えた瑞樹は、努めて冷静な態度をとって

「はい、綺麗に拭き取れたよ。」

 そう言ってハンカチを鞄に仕舞った。


 本当は凄くムカついていた。

 でも彼女でもない私が、ここでいちいち腹を立てている姿を見せたら、

 益々子供扱いされてしまうのが、我慢出来ないから必死で怒りを態度に出すのを堪えた。内心は腸が煮えくり返る思いだったのだが・・・


「サ、サンキュ・・・」

 間宮はバツの悪そうな表情をしながら礼を述べた。


 そのバツの悪さもあり、こんな時間まで自分を待っていた瑞樹の頑張りを目の当たりにして、瑞樹とは距離をとるつもりだったが、今回はそれを諦めて瑞樹の要件を聞く事にした。


「そ、それでこんな時間まで俺を待って、何の要件だったんだ?」


「だから駐車場で頼んだ事だよ!どうしても話したい事あるからって言ったじゃん!」


 そういえばそんな事言ってたな。あの時はもう瑞樹とは関わらないって決めてたから、聞き流して突っぱねてしまったんだっけ・・・


「あ、ああ!あの時の事な!わかった!ちゃんと話を聞かせてもらうよ。」


 そう言って間宮は瑞樹が話し出すのを待った。


 改めてそうやって待たれると、話した後に嫌われるんじゃないかって不安が急に押し寄せてきて、中々口が動いてくれなかった。


 そこで大きくゆっくりと深呼吸して気持ちを落ち着けてから、

 鞄にしまってあった、あのキーホルダーを取り出して、間宮の目の前に差し出した。


 チリン・・・


「このキーホルダーに見覚えないですか?」

 キーホルダーを暫く眺めていた間宮は

「それって駅のホームで拾った・・・・」



「・・・・・・・・・・・・・・えっ!?」


「そうです。私が親切にこれを届けてくれたのに、お礼を言うどころか酷い事ばかり言った馬鹿でどうしようもない、最低最悪な女です。」


「瑞樹があの時の女子高生・・・?」


 暫く沈黙が流れた。

 この沈黙が瑞樹の心を折ろうと襲いかかる。

 今この場から逃げ出したい感情を、必死に押さえ込んで間宮の目から視線を離さずに、間宮の次の言葉を待った。


「そっか・・・瑞樹があの時の女子高生だったのか・・・それで?」


 間宮は怒るでなく、ショックを受けるでもない、冷静な表情を崩さずに瑞樹の話の続きを促した。


「あの時これを届けてくれて本当に嬉しかったんです。私にとって凄く大切な物だったから・・・でも本心とは逆にあんな態度をとってしまった事を、帰ってから・・・ううん!駐輪所を出た時から凄く後悔していました。

 実は昔色々あって男性に対してトラウマがあって、その事があってから、必要以上に男性を近づけさせないようにしてたんです。

 でも!見ず知らずの私にあんなに親切にしてくれた、あなたにまでこんな事する必要なんて全くなかった!ずっと、ずっと後悔していました。

 そんな時合宿で間宮先生と再会してしまったんです。

 驚いたし、怖かった・・・逃げたい気持ちも正直ありました。

 でも心のどこかで嬉しかったんだと思います。

 再会した時、気付いたのは私だけで、間宮先生は私に気付かないで、他の生徒と同じように接してくれました。それが嬉しくて、情けなくもありました。」


 その話を聞いて疑問が生まれたから、瑞樹の話を切って、間宮は質問した。


「どうして本当の事を話す気になった?俺は瑞樹の正体に気付いてなかったんだ。黙っていればやり過ごせたはずなのに・・」


「はい。本当は最後の最後まで迷いました。隠しておいても問題はなかったので・・・

 それでも話す気になったのは、この合宿で間宮先生がどんな人なのか知ってしまったから!私にとって凄い影響力を持っている人だったから!

 そして、合宿が終わってもお別れしたくない人だったから・・・

 その為に全部精算してけじめをつけようと思ったんです。」



 それから瑞樹は再び深呼吸をしてから


「あの時は、失礼な事ばかり言って、間宮先生の事をたくさん傷つけてしまって、本当にすみませんでした!」


 瑞樹は必死に頭を深く、深く下げて謝罪した。


 頭を下げたままの体制で間宮の返答を待った。


 間宮はそんな瑞樹を見ながら、少し考えていた。

 本当はもう気にしていなかった。

 忘れかけてさえいた。

 大人になればこれくらいのトラブルなんて、勝手に自己解決してしまって、忘れてしまうものだ。


 でもこの子はまだ子供だ。勿論子供でもこんな事なんて一切気にしないで、ヘラヘラしている人間もたくさんいるだろう。

 だがこの女の子はそれが出来ない人間なんだ。

 普段は生意気な子だが、本当は心の優しい女の子なのだろう。

 受験生で大変な時期のはずなのに、この事から逃げないで悩んで苦しみながら、今日まで頑張ってきたんだ。

 だったら俺がこの子にしてあげられる事は一つしかない。


 でも気にしていなかった事は内緒にしておこう。

 気にしてなかった事を伝えてしまったら、ずっと苦しんでいた事が無駄だったとショックを受けてしまう恐れがあるから・・・・



 間宮は軽く息を吐いて頭を下げたままの瑞樹に話しかける

「顔をあげてくれないかな・・」


 そう言われても瑞樹は断固それを拒否した。

「いえ!間宮先生の判断を聞かせてくれるまでは、顔を上げるわけにはいきません!どんな罵倒だって受け止める覚悟は出来ています。だから・・・」


 そう言い切った瑞樹の肩が小さく震えているのに気付かない間宮ではなかった。


「そっか・・・わかった。」

 瑞樹はその言葉を聞いて目をギュッと瞑った。


「よく話してくれたな。隠し通す事だって出来たはずなのにな・・・

 嬉しかったよ。俺の心を心配してくれたんだよな。

 もういいよ。俺から瑞樹に言う事はもう何もないよ。ありがとう・・

 だから顔を上げてくれないか?」


 下げている頭の上から優しい言葉が降ってきた。

 それを聞いた瑞樹は慌てて顔を上げて、目を見開いた表情で間宮を見つめた。


「本当?本当に許してくれるの?私あんなに酷い事したのに・・・」

「ああ!もういいって!何回も言わせるなよ。もう忘れたよ。だから安心しな。」

 そう言って間宮は瑞樹の頭を優しく撫でた。

「よく頑張ったな!もういいんだ、もういいんだよ・・・」



 瑞樹は撫でられた事でずっと間宮に嫌われる恐怖と、その現実から逃げ出したい気持ちを抑えていた感情が涙と一緒に溢れ出した。


 すると間宮はあの祭りの時のように、優しく抱きしめてくれた。

 いよいよ涙腺は本格的に決壊を起こした。

 心の底から安心出来た事、そして許してくれた事が本当に嬉しかった。


 もう恥ずかしいなんて感情は全くどこかへ消え去ったかのように、またあの時と違った涙を大声で泣きながら流した。


 暫くしてようやく涙が枯れ果てた。

 間宮の腕の中から出てきた瑞樹は涙で目が腫れて、鼻水まで垂らした顔だった。


 でも間宮はどんな綺麗な表情より綺麗だと感じた。


 瑞樹は慌てて鞄からハンカチを取り出して、グシャグシャになった顔を整える。


「もう0時前か!瑞樹の家ってどの辺りなんだ?」

「えっと4丁目だけど・・」

「ここから結構距離あるな。んじゃ、家まで送っていってやるよ。」

「え?いいよ!先生だって疲れてるのに・・」

「ばっか!このまま1人で帰したりなんかしたら、心配で眠れるかっての!ほら!いいから行くぞ!」


 そう言って瑞樹の家の方角へ歩き出す。

「うん!」

 瑞樹は嬉しそうに間宮の後を追いかける。


 家までの道中に色々な話をした。


 間宮はどこに住んでいる事や。瑞樹の夏休みの予定の事、

 間宮は何故メロンパン好きになった理由とか、瑞樹には妹がいる事とか、

 間宮は一人暮らしをしている事とか、料理なら自炊している間宮より上手だと自信がある事とか、どうでもいいような事を2人で笑いながら話した。


 楽しく話していたら、あっとゆう間に瑞樹の自宅へ到着した。


 無事に送り届けれた事に安堵した間宮は

「じゃ!俺も帰るな!ゆっくり休んでまた明日から受験勉強頑張れよ!」

「わかってるってば!先生みたいにうるさいなあ!」

「おいおい!俺はせんせ・・・」

「私、知ってるんだよ!先生は本当は講師じゃないって事!」

「誰から聞いたんだ?」

 間宮はそう聞いたが、バラした犯人の顔はすぐに浮かんでいた。

「えへへ!内緒!」

 舌を出して悪戯っぽく笑う瑞樹をみて、いつもの元気な瑞樹に戻った事に安心した。


「まあ!大体想像つくからいいや!じゃあな!おやすみ。」

「うん!送ってく入れてありがとう。おやすみなさい!・・・」



「間宮さん!」


 瑞樹は間宮の事をそう呼んで照れくさそうに、慌てて家へ入っていった。


 間宮も何故か瑞樹にそう呼ばれて照れて、後頭部を掻いた。


 ゆっくりと自宅へ向かう間宮を東京の月明かりが優しく照らす。


 色々あった7泊8日の妙な旅は無事に終わりを告げた。













































































これで2章が完結になります。

ここまでお付き合い下さった皆さんに感謝しています。


さて!この後書きの枠を使って、連絡させて頂きます。

現在 3章を書き出したところでストックがありません。


ここまで何とか3日毎の更新を維持してきましたが、

年末で仕事が多忙になってしまって、まとまった時間が作れなくて、執筆活動に支障をきたしているのが現状です。

なので誠に勝手ではありますが、ストックをある程度作る為に、暫く連載を休載する事にしました。


このまま無理に連載を続けても、ただでさえ拙い文章で誤字多々あるのに、さらに質を落としてしまう恐れがあるからです。


連載再開日時は設定しませんが、一日も早く再開出来るように頑張りますので、暫く時間を頂きます。

再開日時が確定次第、活動報告で事前に告知させて頂きますので、宜しくお願いします


葵 しずく

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