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29  作者: 葵 しずく
2章 導かれて
25/155

第18話 想い act 2

 集中・・・いや、夢中になってキーボードを叩く間宮。

 少し離れた所から、打ち上げ花火の音や生徒達の声が聞こえる。


 その声がこの合宿での記憶を鮮明に思い出させてくれた。


 そんな中庭に下駄の音を響かせながら出てくる女性がいた。

 その女性は間宮に何も話しかけずに、楽しそうに物語を作っている間宮が座っている、隣のデッキチェアの淵に腰を下ろして、黙って間宮を見つめていた。


 それから暫くして、間宮のキーボードを叩く指が止まった。


 間宮はここでようやく隣からの視線と気配に気付いた。

 気配の方へ顔を向けると、そこには足を組んで、少し拗ねた顔をした藤崎がいた。


「うわっ!?ふ、藤崎先生?いつからそこに?」

 驚いた間宮は、顔を引きつらせながら質問した。

「そうですね・・15分位前からでしょうか。」

 呆れた様な顔で答えた。


「そ、そんなに前からいらしたんですか・・・

 声をかけてくれれば良かったのに・・・」

 苦笑いで間宮はそう言うと

「そうしようと思ったのですが、凄く楽しそうに、キーボードを打ち込んでたのでやめたんです。私、今までこんな風に見事にスルーされたのは初めてですよ。私ってそんなに存在感ありませんか?」


 ムスっとした表情で藤崎は間宮に訴えた。


「い、いや!そんなわけないじゃないですか。藤崎先生のような綺麗な女性が存在感ないわけないですよ。ただ、僕の意識が完全に違うところへ行ってしまってたもので・・・」


 間宮の口から自分の事を綺麗と言われて、藤崎は少し赤くなって

「そ、そうですか。それならいいのですけど・・・」

 機嫌も良くなり、照れながらそう言った。


 ふと藤崎は間宮のチェアに付いているサイドテーブルに目をやると、

 飲みかけの缶ビールに気が付いた。


「あ、もう飲んでたんですね。付き合って貰おうと、間宮先生の分まで買ってきちゃいました。」

 苦笑いしながらそう言うと

「いつもすみません。いえ!いただきますよ。」

 そう言って藤崎から缶ビールを受け取った。


 そのビールを一口飲んでから

「そういえば、ここに来てから藤崎先生にビールをご馳走になってばかりですね。」

 間宮は申し訳なさそうに言うと

「気にしないでください。私が間宮先生に付き合ってもらうと、買ってきた物なんですから。」


 サバサバとそう言って、藤崎はスマホを手に持ち軽く振りながら

「そんな事より、間宮先生、今スマホお持ちですか?」

「スマホですか?いえ、部屋に置きっぱなしですが・・・」

「そうですか、番号とアドレスの交換をして貰おうと思ったんですが・・・」

 それを聞いて、間宮はキョトンとして

「それは構いませんが、どうしてですか?」


「どうして?」

 藤崎は顔を引きつらせ、間宮を睨むように見て

「しょ・く・じ!

 付き合って頂けるんですよね!?」

 人差し指を間宮の胸に当てて、怒った顔で確認した。


「あ、あぁ!食事ですよね、勿論、お付き合いしますよ。」

 苦笑いして誤魔化そうとしたが

「嘘ですね!絶対忘れてました!」

 藤崎が膨れた顔をして否定した。


 間宮は誤魔化すのを諦めて口を開いた。

「嘘ではないですよ。忘れたわけでもありません。

 ただ置いてきただけなんです。」


「置いてきた・・・ですか?」

 藤崎は難しい顔で説明を求めた。

「はい、昔からなのですが、この物語を作っている時は、他の事を一旦置いてきて作らないと色々とブレてしまって、方向性が定まっていない幼稚な話になってしまうんですよ。

 勿論、書き終わったら全部戻すので、食事の件も忘れたりなんてしませんから、安心してください。」


 そう間宮はニッコリと微笑みながら説明した。


「そうですか、そんなに集中力が必要だったんですね。

 それなのに拗ねたりなんかしてしまって、すみません。」

 藤崎は恥ずかしそうに謝った


「いえ、僕がもっと器用なら、こうして藤崎先生とお話しながらでも書けたんでしょうけど、僕はあまり器用な方ではなくて・・・」



 指で顔を掻きながら、間宮がそう言うと

「あんな特殊な講義をされる方に、自分は不器用とか言われてもねぇ・・・嫌味ですか?」


 ジトっとした視線を間宮に向けてそう言うと

「いえ!嫌味なんかじゃなくてですね・・」

 慌てて弁解しようとする間宮が、可笑しくて、藤崎は笑った。

 そんな藤崎を見て冗談だと気付いて

 あははははは!

 2人で顔を合わせて笑った。


 藤崎は落ち着いたところで、間宮に話しだした。


「話を戻しますが、食事の件で日時を決めるのに、連絡が取れないと困るので・・」

 そこまで話して藤崎は間宮の側へ近づいてきて

「このPC使わせてもらって構いませんか?」


「えぇ、どうぞ。」

 間宮は物語を書いていたWordのページを閉じて、新しいページを用意した。


 間宮の太ももに乗せたままのPCを、藤崎は膝をついて書き込みだした。


「あ、あの・・・」

 間宮は体を硬直させながら、声を絞り出した。

「はい?」

「近くないですか?」

「そうですか?私は間宮先生だから、気になりませんけど?」

「そ、そうですか・・・」


 近くで見る浴衣姿の藤崎は、瑞樹とはまた違う美しさがあった。

 何と言うか・・・男ならこのまま後ろからガバッと抱きしめたくなる色気があり、その甘い香りに惹きつけられそうになる。


「よし!できた!」

 威勢良く藤崎がそう声を上げた。

 その声に驚いて正気に戻った間宮はPCのモニターを覗き込んだ。


「モニターには藤崎の名前、携帯番号、アドレス等が書き込まれていたが、

 その内容に疑問が生じたから、藤崎に確認した。

「あの・・藤崎先生・・・名前がフルネームなのはいいのですが、名前の横にカッコで囲んで24とありますけど、これって・・・」


「はい!私の年齢ですよ。」

「いります?その情報・・・」

「まぁ!シークレット情報ですから、漏洩に気をつけて下さいね!」

(じゃあ、書き込まなければいいじゃん)


「そうだ!スリーサイズもいります?

 あ!これは間宮先生だけのサービスですからね!」

(どんなサービスだよ!)


「いやいや!そんなのいりませんから!」

 焦る間宮を視線だけで追って

「なぁんだ!残念です!結構自慢できる数字なんですけどね。」


 プッ!



 あはははははは!

 結構な量のアルコールが入った藤崎は

「冗談ですよ!すみません、フザケ過ぎましたね。」

 一応謝罪してきたが、そのまま間宮の太ももをパンパン叩きながら、明るく笑う藤崎を見て、

 今日の彼女には勝てる気がしないなと間宮は白旗を振った。


 そんな2人を瞳を大きく見開いて見つめる女がいた。


 スマホを片手に、反対の左手は、ひよこのぬいぐるみをギュッと抱きしめていた。


 瑞樹だ。


 瑞樹は親への定期連絡の為に、後輩達から一旦離れ、花火や周りが賑やか過ぎて、通話がしにくいから施設へ戻ってきており、その光景を目撃してしまったのだ。


 しかも瑞樹の視点からだと、藤崎が間宮の太ももで寝そべっているように見えていた。


 まるで通路と中庭を仕切っている、ガラス製の壁が、瑞樹と藤崎の現在の立ち位置を示しているように思えた。


 藤崎は間宮がいる壁の向こうへ、瑞樹は間宮相手でも最後の見えない壁を壊しきれなくて、その壁が立ちはだかって、間宮が見えているのに向こう側へ行けない現実を見せられた気がした。


 2人を見ているのが辛くて、すぐに間宮達から背を向けて、通ってきた通路を戻りだした。


 唇が微かに震える、抱いていたぬいぐるみを力いっぱい体に押し当てた。


 初めて男性を想った瑞樹は、

 今まで気付かなかった自分を知った。


 私ってこんなに嫉妬深い女だったんだ・・・・


 心の中が黒くドロっとした感情に支配されていく。

 軽い吐き気まで覚える程、瑞樹は自分に対してショックを受けた。



 施設のロビーまで戻った所でスマホが震えた。


 画面を確認すると母親からだ。


 約束の時間を過ぎていたから、向こうからかけてきたようだ。

 出ないわけにはいかないので、深く深呼吸をして、気持ちを落ち着かせてから電話にでた。

「もしもし、お母さん?いま電話しようとしていたとこだったの。

 連絡遅くなってごめんね。」


「うん、うん、大丈夫だよ。今日は最後の夜だから、お祭りへ連れて行ってくれたりしてたんだ。それでね!ここで友達になった子達がね、私の為に浴衣をレンタルしてくれたんだよ。凄く可愛いの!後で画像送るね。」


「あはは!そんなことないもん!でね、今広場で凄い量の花火を用意してくれてて、全員で花火大会してるとこなの。」


 瑞樹はいつもの様子で、楽しそうに母親に今日の出来事を話して聞かせていた。


 だが・・・


 時折笑顔を作りながら、楽しそうに電話をしているのに、その瞳からは涙が溢れてだしていた。


「ねぇ、お母さん。この合宿に参加させてくれて、

 本当に感謝しています、ありがとう。」


「えへへ!そんなんじゃないよ、講師の藤崎先生って人がね、こんないい環境で受検勉強に打ち込めるなんて幸せよって、両親に感謝しなさいって言われたんだ。」


「うん、そうだね。明日帰る途中で大きなお土産屋さんに寄るらしいから、お土産沢山買って行くからね!うん!じゃあ、明日帰るね。うん、おやすみなさい。」



 瑞樹は電話を切った。

 切った途端に表情が曇り、ため息をついた。


 少しだけだが期待していた。


 この合宿の参加者の中では、唯一、自分だけしか知らない間宮を見せてくれた事、自分の身を挺して私を守ってくれた事、そして怖がっている私を優しく抱きしめてくれた事・・・・


 間宮先生も私の事を好きなんじゃないかって・・・・


 でも勘違いだったのかも・・・


 先生にとって私は妹みたいな感じだったんじゃないかって思えてきた。

 こんな子供なんて、初めから恋愛対象外だったんじゃないかって・・・


 {ごめんね、先生の事好きになってしまって。

 諦めないといけないのかもしれないけど、まだ無理そうなんだ。

 まだ先生を諦めれそうにないんだよ。体全体が先生を求めるのをやめてくれないんだ。ごめんね、諦めの悪い女で・・・}


 そう心で呟いてから、流していた涙をハンカチで拭って、花火大会の広場へ戻っていった。



 そんな事になっているとは知らずに、間宮達の会話が続いていた。



 藤崎は立ち上がって切り出した。

「間宮先生、明日の投票講義の結果見ましたか?」


「いや、まだ見てませんよ。もう結果出てたんですね。」


「はい、先ほど配信されたみたいで、奥寺先生のタブレットで見せて頂いたんです。」

「そうなんですか。」

 間宮はそう返事して、飲みかけのビールを一気に飲み干した。


 そういえば、奥寺先生の告白ってどうなったんんだろうと、頭を過ぎったが、立ち聞きしてしまった事を知られたら、怒られそうなので結果を聞くのをやめた。


「私も3年生の英語の結果しかまだ見てないんですが、

 結果はお気の毒ですが、村田先生を希望した生徒はいませんでした。

 私を希望したのは32名で残りの生徒全てが間宮先生を希望しています。」


 間宮は物語の最終調整をしながら、あまり結果に興味なさそうに

「そうなんですね。まあ、何人希望されても、僕の講義方法は変わらないので、いつもと同じようにするだけなんですけどね。」


「そう言うと思ってました。ただ私の講義を希望している生徒の中に、意外な名前があったんです。」


「意外?誰なんですか?その意外な生徒って・・」


「瑞樹 志乃さんです。」


 その名前を聞いて一瞬、間宮のキーボードを叩く指が止まった。


 だが再び指を動かしながら、間宮は嬉しそうに微笑んでいた。


 その表情を見て藤崎は少し驚いた表情で

「驚きました。てっきりショックを受けたり、寂しそうなリアクションを期待していたんですが・・・」


 間宮は藤崎をチラっと見てから

「何を言ってるんですか?ここは喜ぶところでしょう!

 もう瑞樹さんのレベルでは、この講義方法では役不足になっています。

 それでも最後は記念にと僕の講義を受講するのではなく、さらに上を目指すために藤崎先生の講義を指名したんですよ?

 これって苦手だった英語にすっかりハマった証拠じゃないですか!」


「そうですね!本当にその通りだと思います。

 瑞樹さん、この合宿の短い期間で変わりましたよね。

 以前は遠慮がちで、周りに合わせる様な感じだったのに、

 今は自分の意思で物事を判断するようになってきましたね。」

 藤崎は瑞樹の事を思い出しながらそう答えた。


「ええ、何か1つでも自信が持てれば、人って単純な生き物だから、そこからガラっと変わるのは珍しい事ではありません。

 それがいい方向に変わる時って本人が努力した結果だと思っています。」


「確かに私もそう思います。」

 

「さてと!」


 藤崎は施設へ入る出入り口の方を向いた。

「それじゃ、あまり長居すると先生のお仕事の邪魔になってしまうので、この辺で失礼します。瑞樹さんの事はお任せ下さい。」


「はい、それでは宜しくお願いします。

 お疲れ様でした。」


「間宮先生もお疲れ様でした。おやすみなさい。」


 藤崎はそう言って施設の中へ戻っていった。


 間宮は藤崎を見送ってから残っていた最初のビールを飲み干して、

 物語の最後の詰めに取り掛かった。


 すると広場の方から大きな歓声が聞こえてきた。

 恐らく最後の打ち上げ花火の連発ショーが始まったのだろう。


 そろそろ花火大会が終わって、皆、施設へ戻ってくる頃だ。

 それまでに仕上げてしまおうと、急いで制作ペースを上げた。






 最後のとっておきにとっておいた、打ち上げ花火を一気に連発で打ち上げ終わって、大盛り上がりで花火大会は終了した。


 あれだけあった大量の花火が線香花火が少し残った位で、あとは全部使い果たした。


 スタッフが終了と同時に片付けに入いる。


 生徒達はそれぞれに施設へ戻り出したが、瑞樹は片付けをしているスタッフの元へ向かい

「あの、後片付け手伝わせて下さい。」

 片付けの手伝いを名乗り出た。


 するとスタッフの女性が少し驚いた顔をしたが、すぐに笑顔で

「ありがとう!でもその浴衣姿じゃ無理なんじゃないかな?汚しちゃったら大変だしね。」


 瑞樹は自分が浴衣を着ている事をすっかり忘れていた。

「あ!本当だ!じゃあすぐに着替えてきますから、少し待っててもらえますか?」

 慌ててそうスタッフに告げたが

「いいわよ、着替えてる間に終わっちゃうから、

 気持ちだけで十分よ。優しいのね、ありがとう。」


 ニッコリと優しい笑顔を瑞樹に向けてスタッフはお礼を言った。


「役に立てなくて、すみません。」


「何言ってるの!そんな事ないよ!片付けを手伝うなんて言ってくれた生徒なんて、今まで一人もいなかったんだから!本当にありがとうね!嬉しかったわ。」



 そう言われて、瑞樹は会釈だけして立ち去ろうとした時

「あ~~!!志乃に先越されてた!!」

 元気な声が響いてきた。


 声の主の方へ向くと、加藤が小走りでこっちに向かって来ていた。


 瑞樹の元に到着した加藤は、瑞樹にニッコリを微笑むと、スタッフに

「お疲れ様です!私も後片付け手伝います!」

 そう言って笑顔で敬礼のポーズをとった。


「ふふふ、元気なお友達ね。今あなたのお友達にも言ったんだけれど、

 浴衣だと汚れたら大変だから、気持ちだけ頂いたところなのよ。」


 スタッフは手を口元に当てながら、そう言った。


「ありゃ!そういえばそうだった。じゃあ!すみません。お先に失礼します。」

 加藤は会釈して、手伝うのを諦めて、瑞樹の方へ向き直り

「じゃ!戻ろう!志乃。」


「あ、うん。」

 2人は施設へ戻りだした。


 歩きながら加藤は、はしゃいで、

「いや~!楽しかったね!志乃!ずっと勉強漬けだったから、いい気分転換になったよね!」


「そうだね。本当に楽しい時間だったよ。」

 加藤に微笑みながらそう言うと、加藤が瑞樹の肩を組んで


「でもね、本当に楽しい夜はこれからなのだよ?

 部屋に戻ったら最後の夜なんだし、女子会やろうよ!

 そこでじっくりと聞かせてもらうじゃないか!ねぇ?」


「じ、じっくり聞かせるって何を?」

 嫌な予感がして、思わず顔が引きつった。

「決まってるじゃん!志乃と間宮先生の浴衣デートの事だよ!」


「デ、デートじゃないってば!それに恥ずかしいから、話したくないんだけど・・・」

 顔を真っ赤にして、断ろうとしたが、

「え?恥ずかしくなるような事があったの?チューとかしちゃった?」

 ニヤニヤしながら食いついてきて困った瑞樹は

「そ、そんな事するわけないじゃん!じゃ、じゃあ、私が話したら愛菜も佐竹君とのお祭りデートの報告してくれるんだよね?」


 ニヤリとしながら瑞樹も負けずに反撃した。


「え?な、なにもないよ。ほ、ほんとよ・・」

 加藤も瑞樹に負けない位に顔を真っ赤にして否定した。


「本当かな~!愛菜こそチューしちゃったんじゃないの?」

 悪戯っぽくニヤリとしながら、加藤に本当の事を促すと


「ば!ち、チュ~とかあ、ありえないって!ただあいつが、私を振り向かせる為に、頑張るって宣言してきただけで・・・・アッ!!」

 慌てて口を両手で塞いだ加藤だったが、もう時すでに遅しだった。


「ふ~ん、それってほぼ告られてますよね?愛菜さん?

 どうやら今夜は、その辺を詳しく話して頂かないとですね!」

 瑞樹がいつも誂われていた事を、今回は見事にやり返した。


 瑞樹の攻撃にタジタジになり、反撃出来いない程、恥ずかしがっている加藤を、


「ほら!早く戻らないと怒られちゃうよ。」

 そう言って瑞樹は加藤の手を引いて、小走りで施設へ戻っていった。



 加藤の手を引いて前を走ったのは、自分の表情を見せない為、

 これ以上加藤に心配かけたくなかったから・・・・



 施設内へ到着して着替えの受付に向かうと

「うわ~!混んでるね!スタッフさん達、花火の後片付けに回ってるから、回転が悪いんだね。」

 加藤は苦笑いしながらそう言った。


「ほんとだね!あっ!愛菜、私着替え部屋に取りに行ってくるから、先に着替えてて。」


「あ!うん!わかった。」


 加藤と一旦別れて、コテージへ向かう。


 ロビー付近は浴衣組がいた為、賑やかだったが、

 私服組はもう一応就寝時間を過ぎているからか、

 皆自室へ戻っていた為、通路は静まり返っていた。


 中庭へ差し掛かった時、あの2人の光景が蘇って、少し辛さが戻ってきてしまったが、中庭を見るともう誰もいないようだったので、ホッと胸をなでおろした。


 だが、間宮が座っていたデッキチェアをよく見ると、チェアの端の方に僅かだが、光っているように見えた。


 瑞樹は気になって、恐る恐る中庭へ出てデッキチェアの方へ向かっていくと・・・・・・



 間宮がまだいた。



 PCを立ち上げたまま、眠ってしまったようだ。

 あの光はPCのモニターの明かりだと判断した。


 慌てて間宮を起こそうとしたが、PCの画面を見ると最後に{fin}と書かれていた為、書きかけで眠ってしまったのではないと分かって安堵した。


 なんだか先生とここで会った時っていつも眠ってる気がするよ。

 そんな事を考えてクスっと笑った。


 PCをチェアの下へ置いて、間宮を起こそうと肩に腕を伸ばした時、

 さっきの藤崎が寝そべっている光景を思い出した。


 瑞樹は少し考えてから、伸ばしかけていた腕を戻して、

 膝を折ってチェアの横に座った。


 そのまま静かに、ゆっくりと間宮の太ももに顔を寄せた。

 太ももと顔の間に組んだ両手を挟んで、寝そべってみた。


 間宮の顔の方を向いて寝そべって、寝顔を眺めていた。

 寝そべった瞬間はもの凄くドキドキして少し震えたりしていたが、間宮の寝顔を眺めていると、何だかすごく安心して、さらにゆっくりと自分の体重を太ももに預けて、居心地が良かったのか、思わず瑞樹も眠ってしまった。



 優しい月明かりが眠っている2人を照らす。

 虫達の鳴き声が2人の静かな寝息を消し去る。



 いまこの瞬間だけは、余計な事は一切考える事なく、あの透明のガラスで出来た壁の存在すらなくなり、本当の素直な瑞樹が間宮に寄り添えた時間だった。



 それから約5分後、間宮が目を覚ました。


 瞼を開くと視界に見覚えのある女性がいる。

 驚いて思わず声をあげそうになったが、自分の膝枕で寝ている女性があまりにも気持ちよさそうな寝顔をしているから、柔らかい表情で微笑み、優しく頭を撫でた。







「しょうがない奴だな・・・お前は・・」


 夢の中で間宮先生にそう言われて、優しく髪を撫でられた。

 その撫でられる感覚が心地よくて、まるで子犬の様に、嬉しそうに尻尾を振って間宮に抱きついている自分がいた。


 そこで遠くからスマホが震える振動が伝わってきた。




 フッと意識が覚醒する。

 いつの間にか眠ってしまって、状況がまだ理解出来ない。

 寝そべったまま視線を上にあげた。


 そこには間宮の寝顔があった・・・・・



 うわっ!?え?あ!そ、そうだ、私あのまま寝ちゃったんだ!

 じゃあ、あれは夢だったのか・・・

 何て夢見てるのよ私は・・・


 顔を真っ赤にしながら、スマホが震えていたのを思い出して、

 慌てて電話にでた。


「も、もしもし?」

「あ!やっとでた!何してんの?もうすぐ順番回ってきちゃうよ?」

「あ、あぁ、ごめん!待っててくれたんだ。すぐに行くね。」


 電話を切って、そっと立ち上がって間宮を見た。

 間宮はまだ気持ちよさそうに寝息をたてている。


 気付かれなくて良かったと安堵して、中庭を離れた。


 瑞樹が中庭から施設内へ入って行ってから、

 間宮は寝息をたてたまま、片目をそっと開いて瑞樹を見送った。


 眠ったふりってのも楽じゃないな。

 そう呟きながら立ち上がり、体を伸ばして深く深呼吸をする。


 無防備に自分の膝下で眠る瑞樹の寝顔を見て、心拍数が急激に上がったのが分かった。


 正直、高校生の子供だと思っていた。

 妹に近い感情だったかもしれない。


 でも、あの寝顔を見てから、いや、浴衣姿を初めて見た時から、

 何だか変な気持ちだ・・・


 あの時から一人の女性として見てしまっている。


 恐らく彼女は俺の事を兄の様な感覚で慕ってくれているのだろう。

 そんな彼女に対して、妹ではなく女として見てしまっているなんて、

 彼女の信頼を裏切っている事になるんじゃないのか・・・



 この合宿も明日で最後だ。

 戻ったらもう会う事もないだろ。

 それまでは少し距離をおいた方がいいな。


 そう決めて間宮は自室へ戻った。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 結局、最後に着替えることになった瑞樹は、スタッフに待たせた事を謝って、加藤とコテージへ向かった。


 コテージに入ると、他のメンバーが準備万端と言わんばかりに、食べ物と飲み物を並べて、全員リビングへ集まっていた。


「あ!帰ってきた!おかえり!みっちゃん!カトちゃん!」

 元気な声で南が迎える。


「おう!出迎えご苦労!南!わはっはっは!」

 どっかの胡散臭い社長みたいに、迎えに応える加藤。


「ただいま。遅くなってごめんね、南。あとさっきはありがとう。」

 瑞樹は改めてヘアメイクをしてくれた南にお礼を言った。


 皆揃ってリビングのソファーに座ったところで、瑞樹が立ち上がって、

「あの、改めてになるけど、浴衣本当にありがとう。私は何もしてあげれてないのに、ヘアメイクや写真を撮る為に、頑張って場所取りとかして貰って、ごめんなさい。」


 そう言って瑞樹は深く頭を下げた。


 それを聞いて皆はそれぞれに話しだした。


「何言ってんの!みっちゃんに内緒で動いてたんだから、何も出来なくて当然じゃん!」


「ほんとそれ!私達こそ、みっちゃんに嘘までついてコソコソとごめんね。」


「ほんとだよね。あんな嘘臭い言い訳を、素直に信じて謝られた時は、思わず懺悔しそうになったもん。」


 あはははははは!

 皆、大笑いした。



「それにさ!受験一色だった生活に、こんなにワクワクする事が出来るなんて思ってなかったから、楽しかったもん!マジでさ!」


「だよね!私達がプロデュースした、みっちゃんの浴衣姿を、皆に公開した時の、あのギャラリーの大歓声!もう痛快だった!」


「間宮先生まで浴衣GETしたって知った時は、鳥肌ものだったもんね!

 あの倍率をピンポイントで当てちゃうんだから、神様いい仕事したなって感じだった。」


 あははは!


「そうゆう事なんだよ!志乃!確かに初めは私が皆に頼んでやってもらった事だったけど、皆、本当に楽しんでたんだ!だからさ!申し訳ないって思う必要なんてどこにもないんだよ!」


 最後に加藤が笑顔で瑞樹にそう言った。


「ありがと!ほんとにいい思い出になったよ。」

 皆の気持ちを聞いて、もう一度頭を下げてお礼を述べた。



「さあ!合宿最後の夜だ!今夜はガッツリ女子会やるぞ!」

 加藤が音頭をとって、女子会が始まった。


「それにしても、凄い量の食べ物だよね!」

 南が改めて驚いた。


「あ!そうだ!私からもあったんだった。はいこれ!」

 瑞樹はそう言ってビニール袋を加藤に渡した。


「さんきゅ!で!中身は何かなぁ?」


 袋の中身を確認しようと加藤が覗こうとした。

「中身はメロンパンカステラだよ。ほら!お祭りで売ってたでしょ?」


「あぁ!あれか!えっ?8個も入ってるよ?お金持ちなの?志乃って」

 加藤が中身を見ながら、驚いた顔でそう言った。


「え?何で?」

 瑞樹がキョトンとした顔で返した。

「だってあのメロンパン1個600円もするんだよ?

 私も美味しそうだったから、食べてみたかったんだけど、メロンパンに600円は流石に厳しくて諦めたんだ。」


 苦笑いしながら加藤がそう言うと

「1個600円?そんなにするの?このパン!

 じゃあこの袋に入ってるだけで4800円!?」

 瑞樹はビックリして金額を計算した。


「そうだけど、何で今その金額に驚いてるの?みっちゃんが買ってきてくれたんでしょ?」

 寺坂が首を傾げながら聞いてきたから


「ううん、これ間宮先生に買って貰ったパンなんだ。

 今晩は遅くまで女子会だろうから、お腹が減ったら皆で食べてって、渡してくれたの。」


「え?これ全部間宮先生の差し入れって事!?」

 寺坂が袋の中身を覗き込みながら、驚いた口調で言った。


「うん!これ以外にも、飲み歩きドタキャンしてしまったからって、お詫びに講師分のパンも買ってたよ・・・」


「アチャ~!それってこのパンだけで1万円超えてるじゃん!」

 苦笑いしながら加藤は呆れ口調でそう言った。


「そうだよね・・・何かまた気を使わせちゃったな・・・」

 瑞樹は申し訳なさそうな表情で呟いた。


「まぁ!いいんじゃないの?志乃が悪いって思う必要はないじゃん!

 わがまま言って買ってもらったわけじゃないんだしさ。

 間宮先生の大人の優しさってやつだよ!」

 加藤はサバサバした口調でそう言ってくれた。


「それはそうかもだけど・・・」

 でも、そうは言ってもやっぱり気にしてしまう瑞樹に

「いいよねぇ!大人の彼氏はこうゆう事をサラっと出来ちゃうんだもんなぁ。高校生の彼氏とかだったら、絶対無理だよね!」

 神山が羨ましそうにそう言った。


「え?違くて!彼氏とかじゃないってば!」

 慌てて否定していると


「鉄壁JKの志乃もついに落ちるのも、時間の問題かねぇ!」

 加藤がそう言って追い打ちをかけてきた。



「人をロボットみたいに言わないでよ・・・」


 あはははははは!


 賑やかに笑われていると


「うお!何このメロンパン!超美味いんですけど!」

 川上が早速一口食べて驚いていた。


「マジ!?どれどれ・・・うまっ!!これヤバイやつじゃん!」

「私こんなに美味しいメロンパン食べたの初めてかも!」


 皆、川上につられて一斉に食べだして、メロンパンんを絶賛していた。


「でしょ!私もお祭りで食べたんだけど、超美味しいよね!」


 美味しい物を皆で一緒に食べて、さらに美味しさが増した。


 そのメロンパンの感想を皮切りに、本格的に女子会が始まった。


 色んな話をした。受験の事、行きたい大学の事、大学の先の目標や夢の話、家族や友人の事、そして恋ばな・・・


 取り留めない会話が深夜遅くまで続いた。

 本当に楽しい時間だった。


 このまま時間が止まればいいのにって思う程に・・・


 いつもは静かな高原だったが、今夜だけはいつまでも楽しい笑い声が響き続ける夜になった。


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