第11話 告白
あれ以来、ずっと一人で抱え込んできた事を初めて人に話す。
それも私の事を親友と呼んでくれる女の子に話した。
「・・・・・・とゆう事なんだ・・・・。」
愛菜に視線を外したまま、昔あった事を全部話し終えた。
暫く沈黙が続いた。
この沈黙が加藤の自分を見る目が変わったんじゃないかと不安で怖かった。
「なんで?」
加藤がそう呟くのを聞いて視線を加藤へ向けると、
大粒の涙をボロボロと流していた。
「なんでよ!なんで志乃がそんな目に合わないといけないの!?」
涙を拭わずに悔しそうな表情で訴える。
「愛菜・・・」
自分の事のように悔しがる加藤を見て、瑞樹は俯きながら続けた。
「今でも時々考えるんだ。何がいけなかったんだろう、どうすれば良かったんだろうって。でもやっぱり何度考えても分からなくて・・」
「当たり前じゃん!だって志乃は全然悪くないんだから!」
加藤が涙でボロボロの顔を隠そうともせずに、瑞樹の瞳を真っ直ぐ見つめて強く言い切った。
「志乃・・私・・悔しい・・その時に側にいられなかった事がすごく悔しいよ!」
「ありがとう・・・愛菜・・その気持ちだけですごく救われてるよ。」
(チリン)
昔の事を話し出す前に、勉強道具が入ったトートバッグの中から取り出して、気を落ち着かせる為 話している最中ずっと握っていたキーホルダーに付いてある小さな鈴の音が鳴った。
キーホルダーに気付いた加藤が
「そのキーホルダーがその時の?岸田君だっけ。」
「うん。そうだよ。このキーホルダーの思い出があったから、逃げなかったし腐らず投げ出さずに済んだんだ。」
「そっか。でもこれをくれた人って・・」
「うん。家の都合で2学期入ってしばらくして転校しちゃった。
でも彼がいなくなっても、これがあったから頑張れたと思ってる。」
「ねぇ、聞いていい?」
「ん?」
「その人の事好きだったの?」
「どうかな・・唯一助けてくれた人だったから、心の拠り所になってたのは事実だけど、それが好きな気持ちだったのかは、よくわからないんだ。」
「そっか。それは確かに難しいところだよね。」
「うん、でも私にとっては恩人なのは間違いないから、大切な人には変わりはないよ。」
加藤はやっと涙を乱暴に拭って、深呼吸をして呼吸を整えてから、
瑞樹の両肩に両手を勢いよく乗せて、真剣そのものといった感じの表情で
「志乃!私は何があっても志乃の味方だから!絶対何があっても側を離れない!だから信じて!これから一緒に少しづつでもいいから、本当の自分を出していけるようにがんばろ!」
加藤の瞳が強く自分を見つめている。
こんなに安心出来た事なんていつ以来だろう・・
また涙が溢れる。嬉し涙が止まらない。
瑞樹は思わず俯いて
「うん。ありがと・・」
加藤は俯いた瑞樹をそのまま抱き寄せた。
強く、強く抱きしめて
志乃は私が絶対守るんだ!強くそう誓った。
抱きしめられて瑞樹が少し落ちついて
「あは!今日は泣いてばっかだね私・・こんな泣き虫じゃなかったハズなんだけどな・・」
そう言われて加藤は思い出した。瑞樹が部屋へ戻ってきた時もう既に泣いていたのを・・・
瑞樹の抱擁を解いて何も言わずに瑞樹を見つめた。
すると瑞樹は頷いて
「うん、昔の事を話した愛菜にはもう隠す必要ないね。
さっき泣いてた理由だよね?」
加藤は静かに頷き
「うん。話してくれる?」
「わかった。」
そう言って瑞樹はずっと握り締めていたキーホルダーを加藤の目の前に差し出して
「これをO駅のホームで落としちゃって、落とした事を気付いたのがA駅の駐輪所だったんだ。」
「え?でも今持ってるよね?そんな所でこんな小さなキーホルダーなんて落としたら、ほぼ手元に戻ってこなくない?」
腑に落ちない表情で加藤は言った。
「そうだね、だから私も落とした事を信じたくなくて鞄の中身を全部ひっくり返して探していたんだけど、
でもやっぱり見つからなくて呆然としていたら、その駐輪所で声をかけられた。
探しているのはこれですか?って落としたキーホルダーを差し出されたの。」
「えっ?ちょっと待って!それ落としたのO駅のホームだったんだよね?で!気付いたのがA駅の駐輪所だった・・でいいのよね?」
加藤はキーホルダーの落とした経緯を思わず確認した。
それは当然と言えば当然だろう。O駅で落とした物がA駅で届けられたなんて、思わず確認してしまうのも無理はなかった。
「本当に驚いたし、嬉しかったし、感謝したの。でも・・」
「でも?」
「私はその届けてくれた人にお礼を言うどころか、凄く酷い事言ったんだ。手渡してくれたキーホルダーをひったくる様に、その人から取ったり、最低だとか、頼んでないとか、おっさんだとか・・・もう本当に最低な事ばっかり言った・・んだ・・」
言い終わる前に、また後悔の涙が押し寄せてきた。
「どうしてその人にそんな事言ったの?」
「そこへ来る前にO駅で強引なナンパにあっちゃって、いつもみたいに振り払おうとしたら、キレだしたから電車に飛び乗って逃げてきた後だったし、それに時間と場所が0時前の私達以外誰もいない薄暗い駐輪所だったから、過剰に警戒してしまったの・・」
瑞樹の過去話を聞く前だったら、それでもやりすぎだって瑞樹の事を怒ったかもしれない。
でも昔の事を聞いた後では、やりすぎだって簡単に割り切れなかった。
「そっか・・その拾ってくれた人は怒っただろうけど、仕方がなかったかもね・・」
瑞樹は強く首を横に振って
「ううん!仕方がないわけない!どんな理由があろうとその人には全く関係ない事なんだから。本当に申し訳ないって思ってるし、すごく後悔してる・・」
肩が小さく震えている。そんな瑞樹を見ていると下手な慰めは逆効果だと加藤は思った。
「そうだよね・・でもさ、今の話とさっきの志乃の泣いていた事とどう関係があるの?」
そう加藤が言うと瑞樹は本当に辛そうな表情で答えた
「落し物をわざわざ手渡してくれた親切な人とゆうのが・・・」
ここまで言うと瞳をギュッと閉じて
「間宮先生だったの・・・」
「・・・・・・・・・・・・・え?」
加藤の思考は一瞬止まった・・・
全く状況が理解出来ない・・・
「ちょ、ちょっと待って・・・」
加藤はたまらず瑞樹の話を中断させて考えをまとめた。
・・・・・・・・・・・
落し物を届けてくれたのが間宮先生って事は・・・
「志乃と間宮先生って合宿が初対面じゃなかったの?」
「うん。だから初日に中央ホールで挨拶してる間宮先生を見た時は体の力が抜けて崩れそうになった。」
「そっか、だから急にホールから出て行ったんだ。」
「そう。でも間宮先生はこの合宿が初対面だと思ってるんだよ。」
そう言って瑞樹は寂しそうに笑った。
「え?それってどうゆう事?」
「間宮先生ってずっと眼鏡してるでしょ?
でもあの時は眼鏡をしてなかったんだよ。最初はコンタクトだと思ってたんだけど、初日の出席を取った時に違うって思って、間宮先生が待機当番の日に確認したら、そんなに視力が悪いわけじゃないから、仕事してる時以外は裸眼の時の方が多いんだって。でも薄暗い時だと少し凝視しないとボヤける時があるらしいの。だから・・・」
その説明で加藤は納得して
「じゃあ!駐輪場では志乃の顔を認識出来てなかったって事?」
「ん・・・多分ね」
瑞樹は苦笑いして答えた。
「それが解ってから、凄く迷ったんだ。このまま正体を隠してやり過ごすか、これ以上後悔しない為にも、正直に明かして謝るか・・」
「そうだよね・・・
あ!じゃあさっき泣いてたのは、正体明かして謝ったけど許して貰えなかったからって事?」
「あっ!違くて!泣いてしまったのは間宮先生がこの合宿に講師として、同行する事になった時の本音とそうなってしまった原因を聞いてしまったからなの・・」
瑞樹は慌てて両手をブンブンと振りながら否定してそう言った。
「間宮先生の本音と原因?」
「う、うん・・」
瑞樹は視線を落として今日待機室で起こった出来事を話した。
「間宮先生は今の高校生の印象が最悪だったから、その高校生に対して講義を行うことが憂鬱だったんだって。」
「えっ?それって・・」
加藤はすぐに何故印象が悪いのか気付いたが、途中で言葉を切った。
「うん・・そう・・私のせいだよ・・。
私があの時あんな事したから、間宮先生を傷つけてしまったから・・」
・・・・・・・・・
暫く二人の間に無言の時間が流れる・・
もう午前2時を回っていた。こんな高原でこの時間だと本当に静かな空間だった。
時折2階の寝室から寝返りを打つ物音が聞こえるだけだった。
「でもさ!」
加藤が無言の時間を壊す。
「間宮先生って初めはどうだったか分かんないけど、今は凄く楽しそうに講師をやってる様に思うんだけど?」
「うん。今は凄く楽しいって言ってた。楽しくなった原因も私なんだって。」
「志乃何かしたの?」
加藤は首を傾げながら聞いた。
「私はそんなつもりでやったわけじゃないんだけど、初日の講義で出席をとった時にわざわざ立って返事したじゃない?間宮先生はそれをしっかり顔を見せて返事する事で礼儀を尽くしたって捉えてたみたいなんだ。それが嬉しかったみたいで、憂鬱な気分が晴れたってお礼まで言われちゃった・・・
本当はそんな事が目的で立ち上がったわけじゃないのにね・・。」
「そっか。あれが原因だったのか。でもさ!勘違いだったかもだけど、それならそれで、そうゆう事にしといて憂鬱にしてしまった相手と憂鬱を晴らした相手が同一人物だったって告白した上で誠意を込めて謝れば上手くいくんじゃない?」
「そんな嘘ついて誠意ってどんな誠意なのよ!」
瑞樹は思わず声を荒らげた。
加藤は少し驚いた顔をしたが、すぐに冷静な表情に戻って
「じゃあ!志乃はどうしたいの?」
「それが分からなくなったから、悔しくて、怖くて、自分に腹が立って涙が止まらなくなったんじゃない!」
肩を震わせて俯いて想いを吐き出した。
「志乃・・・・」
それから暫く出窓から外を見つめながら、考え込んでいた加藤は何か決心したように立ち上がって
「わかった。この件は少し私に預けてくれないかな?」
そう言って二階へ向かいだした。
「え?ど、どうゆう事?何をするつもりなの?」
瑞樹は不安を隠せない表情で加藤へ訴えかける。
「ん?大丈夫!私が勝手に間宮先生に余計な事を話に行ったりするわけじゃないよ。ただ志乃の本当の気持ちを気付かせてあげる。その為の状況と時間を用意するだけだよ。」
「状況と時間を?」
何がなんだか解らないと言わんばかりの表情で加藤を見つめる。
「そ!だから最後は瑞樹がどうするか決めて思うように行動すればいいよ。
私はどうゆう結論を出しても志乃が出した答えを支持するからね。」
そう言って瑞樹に笑顔でウインクしながら寝室へ上がった。
「そうと決まれば朝から色々忙しいから、そろそろ寝るね。
志乃ももう寝ないと明日も講義あるんだよ!おやすみ。」
「お、おやすみ・・」
何が起こるのか考えたら益々目が冴えてしまった。
でも初めて昔の事を話した・・
何だか気持ちが楽になった気がする。
愛菜ありがとう。
でも
明日の事を考えると眠れないんだけど、どうしてくれるのよ・・