第40話 2人きりの再会
な、何で……。
衝動的に東京まで行って、散々探し回って会えなかった瑞樹が、俺の部屋の前でしゃがみ込んでるんだ?
余りの驚きに、間宮の思考が追い付かない。
現実味を感じられない間宮は、漫画のように目をゴシゴシと擦って、再度部屋の前に視線を向けてみたが、やはり何度見ても瑞樹がいる。
しかもよく見てみると、眠っているようだ。
「お、おい! 瑞樹?」
しゃがみ込んでいる瑞樹にそう声をかけてみたが、彼女から何も反応がない。
再び何度か呼びかけてみたが、結果は変わらずだ。
しかし、早く起こさないと風邪を引かせてしまうと、今度は声を少し大きくして呼びかけてみた。
すると、しゃがみ込んでいる瑞樹の肩がビクッと跳ねたかと思うと、勢いよく顔を上げて、こちらに振り向いた。
「……ま、間宮……さん」
お互い目を見開いて見つめ合っていると、瑞樹は慌てて立ち上がろうとした。
「痛っ!」
だが、立ち上がろうとした瑞樹は、急によろめき通路の手すりにしがみ付き、倒れそうになった体を支えた。
「お、おい! どうしたんだ?」
「あ、はは……長い時間しゃがみ込んでたから、足が痺れちゃって」
よく見ると春物のロングスカートから覗かせている白い肌の足が、プルプルと震えているのが分かった。
「一体、いつからここに?」
あの痺れ方は、ちょっとやそっとじゃならない状態のはずだ。
一体瑞樹はいつからここにいたんだ?
「しゃがみ込んだのは8時位だったと思うけど、ここに着いたのは5時過ぎだったかな」
と言う事はと、間宮が腕時計で時間を確認すると、10時をかなり過ぎていた。
2時間以上しゃがみ込んでいた事になる。
あの痺れ方を見ると、納得出来る時間だった。
それに、こいつはここで5時間以上も俺を待っていたのか?
何でそこまでして……。
「あ、そうだ! これ!」
瑞樹は痺れる足を無理矢理踏ん張りながら、足元に転がった黒い大きな巾着袋を拾い上げて、そのまま袋を間宮に投げ渡した。
袋を受け取った間宮は、中身の形で何が入っているのはすぐに分かった。
袋から取り出した物を床に勢いよく落として、ドンドンといい音を響かせた。
「これって俺のボールじゃん」
「そうだよ。持ち主に置いてかれて寂しそうだったから、持ってきたの」
「バタバタと東京を離れたから、すっかり忘れてた。ありがとな……って! そうじゃなくて!」
聞きたい事が山ほどある。
間宮は質問攻めを開始しようとした時、瑞樹の表情が僅かに歪んだ事に気が付いた。
本人は平静を保とうしているようだが、時折痛みがあるようだ。
とりあえず中にと誘う場面なのかもしれない。
だが、岸田と付き合っている女の子を一人暮らしの男の部屋に入れるのには、流石に抵抗があった。
しかも、瑞樹と岸田の仲を邪魔しようとしていた間宮にとって、複雑な思いが入れ交じる。
手すりに掴まっている瑞樹の足は、相変わらず小刻みに震えている。
間宮は頭をガシガシと掻き、溜息をついて迷っていた言葉を口にする。
「とりあえず足の痺れ辛そうだし、こんな時間にこんな場所で立ち話もなんだから、散らかってるけど中に入るか?」
「……いいの?」
「岸田には黙っとけよ」
間宮はばつが悪そうな顔で、玄関の鍵を開錠してドアを開けた。
ドアの側に置いてあった瑞樹の荷物らしきバッグと、その脇に置いてある可愛らしい箱を拾い上げようと、間宮が前かがみになった時「ちょっと待って!」と慌てたような瑞樹の声が飛んできた。
「え? なに?」
「その箱は私が持つからいい!」
「いや、でも」
「いいから! 悪いけどバッグだけ運んでくれると嬉しい」
間宮は必死になる瑞樹に釈然としなかったが、言われた通りバッグだけ持ち上げた。
その後、瑞樹は辛そうな表情で、箱をゆっくりを慎重に拾い上げた。
瑞樹は呟くように「お邪魔します」と言いながら玄関に入り、下駄箱に掴まりながらゆっくりと靴を脱いだ。
靴を脱ぎ終わるのを待っていた間宮は、瑞樹に掴まれと手を差し伸べる。
「う、うん。あ、ありがと」
差し伸べられた手に瑞樹の手が重なった事を確認した間宮は、力強く瑞樹を引き上げるように、リビングへ誘導を始めた。
ゆっくりとリビングに誘導した間宮は、部屋の電気をつけた時「なに……これ」と瑞樹はリビングを見て目を見開いた。
シンプルイズベストという言葉がある。
それは無駄を省いた状態が良いという意味なのだが、確かに間宮が以前シンプルな物を好むという話を聞いた事があった。
だが、この部屋はシンプルを通り越して、物が極端に少ない殺風景なリビングだった。
まず、リビングの真ん中にスプリングレスのベッドが鎮座しているだけで、テーブルすら見当たらない。
テレビはあるようだが、テレビ台が無くてテレビはフローリングに直置きしている。
リビングにあるのは、それが全てだった。
対面式になっているカウンターキッチンには、かろうじて冷蔵庫はあるものの、生活感がまるで感じられない。
引き戸式になってるドアが開かれたままになっていた為、寝室らしき部屋の中が見えたのだが、そこには封が明けられた段ボールが数個あるだけで、他には何もなかった。
「その足じゃ、床に座るのはキツイだろ」
間宮は瑞樹の足を気遣って、カウンターテーブルに設置している専用の椅子を勧めた。
瑞樹は「ありがとう」と礼を言いながら椅子に座ると、足がかなり楽になったのか、表情が和らいだように見えた。
「珈琲でいいよな」
間宮は瑞樹が座ったのを確認してから、カウンターのキッチン側に移動して、いつものサイフォンで珈琲を淹れだした。
殺風景で生活感がない部屋だったが、珈琲だけはちゃんと淹れているのは、それだけ珈琲好きな証拠だった。
「早速、色々と聞きたい事があるんだけど、取り急ぎ二つ質問していいか?」
「え? あぁ、うん」
「まず、瑞樹はどうしてここの住所を知っていたんだ? 俺は松崎にすらまだ教えてなかったはずなんだが」
「……涼子おばさんに教えて貰ったの」
「りょう……こ……オカンか!?」
そういえば入院中に、オカンから瑞樹の番号が入っている携帯を渡された事があったな。
てことは、逆に瑞樹がおかんの番号を知っているのは当然か。
それに退院してから実家から新潟に向かう時、荷物を持っていくのが面倒だったから郵送で送ってくれって頼んだんだった。
その時、ここの住所教えた事をすっかり忘れてた。
そうか……そこまで頭が回らなかったな。
「ストーカーみたいな事して……ごめんなさい」
「いや、連絡しなかったのは俺なんだし、気にしなくていいよ」
間宮がそう話すと、瑞樹は安心したのか痺れがとれてきて楽になってきた足を、パタパタと前後に振り出した。
「じゃあ二つ目の質問だけど、瑞樹はここへ何しに来たんだ?」
二つ目の質問をすると、パタパタと動かしていた足がピタリと止まり、カウンターを挟んで間宮に背を向けていた瑞樹は、椅子を回して体ごと間宮と向かい合った。
「それは、間宮さんのお誕生日をお祝いする為だよ」
「俺の……誕生日を?」
この子は何を言っているのか分かっているのか?
岸田と付き合っている彼女が、他の男の誕生日を祝う為に、一人暮らしの男の部屋に来る事がどれだけ馬鹿な事をしているのかを……。
「な、何言ってんだよ……。岸田は? 岸田はこの事を知ってるのか?」
瑞樹は間宮の質問に、黙って首を横に振った。
「何やってんだよ! 岸田がこの事を知ったらどうなるか、瑞樹にだって分かるだろ!」
「違うよ……そうじゃなくて、岸田君とはその……駄目になったの」
「え?」
駄目になった?
別れたって事か?
岸田が瑞樹にとってどういう存在かは、中学時代の話を聞いて知ってる。
岸田も瑞樹をどれだけ想っているかも、名古屋で話をして知っている。
その2人が付き合いだしたんだぞ?
こんなに早く別れてしまう事なんてあるのか?
どう見たってお似合いのカップルだっただろう。
……俺が嫉妬して、東京まで行ってしまう程に。
瑞樹は真っ直ぐ間宮を見つめたまま「でもね」と続ける。
「別れたからここへ来たわけじゃないよ」
「いや、だって……」
「岸田君と別れていなくても、今日だけは絶対にここへ来て、間宮さんのお誕生日を祝ってたよ」
「ばっか! そんな事したら岸田とケンカになるだろ! それが原因で瑞樹達の関係に亀裂が入る事だって!」
そうだ。岸田は瑞樹のそんな行動を許すタイプではないはずだ。
わざわざ瑞樹と付き合う事になったと、病室にいる俺に報告しに来たくらいなんだ。
今思えば、岸田は俺にもう瑞樹に近づくなと、釘を刺しに来たのかもしれない。
「例えそうなっても、私は絶対に来てました」
どうして、そこまでして……。
瑞樹の強い意志が籠った目を見せられると、間宮は言葉が出なくなった。
「というわけで、早速お誕生日会を始めようよ!」
「は? いやいや! そんな事してたら、今日中に東京に帰れなくなるだろ」
「あのね間宮さん。今何時だと思ってるの?」
間宮は腕時計に視線を落とすと、23時前を指していた。
「もうこんな時間だったのか!」
「今からどうやって東京に帰るのよ」
確かに電車はもう絶望的だ。
かといって、まだ実家から車を引き取っていない為、間宮が運転して送る事も出来ない。
タクシーという手段はあるにはあるが、東京までも距離を考えると現実的ではない。
「こんな時間になったのは、間宮さんが帰ってくるのが遅かったからなんだからね! どこ行ってたの?」
瑞樹の心配をしていたら、思わぬ反撃を食らった間宮は動揺を隠せない。
「どこって……まぁ、その……色々だよ」
この状況でとてもじゃないが、東京に目の前にいる瑞樹に会いに行ったなんて言えるはずがなかった。
「間宮さんのせいってのは冗談だけどね。夕方にここに来るって決めた時点で、日帰りなんて無理なのは分かってたし」
「じゃあ、どうするつもりなんだ?」
「事前に調べておいたんだけど、駅前にネカフェがあるから、そこで朝まで時間を潰して始発で帰るつもり。だから間宮さんに迷惑かけないから安心してね」
そのプランのどこに安心できる要素があるのだろうか。
まず、ここから駅まで歩くと結構な距離がある事。
こんな時間に瑞樹の様な若い女性が、一人歩きしていい距離ではない。
それにネカフェだって問題がある。
昨今、ネカフェ絡みの事件が相次いでいると聞く。
そんな場所に朝までいるなんて、心配の種しか存在しないではないか。
「仕方がないから、今晩はウチに泊っていけよ」
「……え!?」
「い、いや! 違うからな! 変な誤解するなよ! 瑞樹がウチに泊って俺がネカフェに行くって事だからな!」
「泊めてくれるのなら、間宮さんも一緒にいたらいいじゃん。初めてってわけじゃないんだしさ」
「バッ! 変な言い方するなよ! 大体あれだ! この前もそうだけど、瑞樹は俺を安全だと思い込み過ぎなんだよ!」
「どういうこと?」
「だから俺だって男だって事だよ! 安心なんてされても困るって事だ!」
間宮は焦っているわけでもなく、少し怒っている口調になった。
「……別に、今まで一度も間宮さんは安心だなんて思った事ないよ」
瑞樹は、ボソボソとそうこぼす。
「え? なんだって?」
「別になんでもないで~す! 冷蔵庫開けるね」
瑞樹はそう誤魔化して、キッチンに向かって冷蔵庫を開けた。
「うわ~!冷蔵庫も生活感があんまりないじゃん! ビールばっかり入ってるし!」
「男の1人暮らしなんて、そんなもんだろ」
「普段何食べてるんだか……まったくもう!」
瑞樹は簡単に冷蔵庫の中身と、キッチン周りにある食材を確認してから、何やらメモをとり始めた。
「ねぇ! この辺でまだ営業してるスーパーってある?」
「ある事はあるけど、ここからだと結構距離あるぞ」
瑞樹は営業しているスーパーがあると知って、良かったと安堵した。
鞄から手帳を取り出して、間宮にそこまでの簡単な地図を書いて欲しいと言い出した瑞樹は、手帳とペンを間宮に差し出した。
「瑞樹が今から行くつもりなのか!?」
「え? 勿論だよ! 間宮さんは主役なんだから、ゆっくりしててよ。あ! でも自転車貸してくれると嬉しいかな」
「こんな時間に何言ってんだよ! 買い物なら俺が行ってくるから、そのメモ貸してくれ」
「でも!」
「いいから!」
間宮は半ば強引に、瑞樹が手に持っていたメモを奪うように手に取った。
メモの内容を確認した間宮は、自転車の鍵を取り出して玄関に戻っていく。
瑞樹もまだ少し違和感がある足を気にしながら、玄関先までついてきた。
「あの、ごめんね間宮さん。お祝いなのに、お買い物させてしまって」
「元々の原因は俺なんだから、気にしなくていい」
「そんな事ないよ!やっぱり私が……」
「携帯の充電器は持ってるのか?」
「え? う、うん。持ってるけど」
瑞樹が言おうとした事を遮った間宮は、宿泊先はまだ決まっていないが、帰れなくなった事は間違いない。
だから、今のうちに携帯を充電して親御さんに連絡しておけと告げて、瑞樹の提案を放棄するように部屋を出て行った。
そういえば、希の電話も途中で切れてしまった事を思い出した瑞樹は、言われた通りリビングのコンセントに充電器を差し込み、電源が入らなくなったスマホの充電を開始した。
ん?あれ?何で間宮さんが、私の携帯の充電が切れてるの知ってるの?
不思議に思った瑞樹だったが、とりあえずその事は後にして、スマホの充電がある程度済むまで、米を研いで炊飯器を早焚きでセットしてから、皿や調理器具を蓋が空いている段ボールから漁る事にした。
必要な調理器具と使う食器を取り出して、キッチンへ戻るとスマホが立ち上がった音が聞こえてきた。
準備を中断してスマホのホーム画面を立ち上げて、母親の番号をタップして耳にスマホを当てた。
「もしもし、お母さん? うん。あ、あのね、今日……ね。帰れなくなっちゃたから……その、泊めて貰おうと思うんだけど……いいかな」
今朝、母親には間宮に会いに行く事を話してしまっていた為、変な作り話をせずに正直に事情を話した。
応援してくれているとはいえ、多少は叱られる事を覚悟していたのだが、母親は奇妙な事を話し出した。
『そう、大学のお友達の家に泊めてもらう事になったのね。もう大学生だもんね! いいじゃない』
え?何言っているの?と思っていると、電話越しに『志乃からなのか?』と父親の声が聞こえた時、母親が咄嗟に父親に気付かれないように、一芝居打ってくれた事に気付いた。
……お母さん、ありがとう。
母の粋な計らいに感謝していた瑞樹だったが、この後予想もしていない衝撃的な事実を知る事になる。
「それじゃ、明日帰るから」
瑞樹がそう話して電話を切ろうとした時、電話越しからもハッキリと分かる程、自宅のリビングが騒がしくなった。
『その電話! お姉ちゃんからなんでしょ!?』
リビングのドアが激しく開く音が聞こえたかと思うと、希の必死な声が聞こえてきた。
『ちょ! 希! アンタなんて格好してるのよ!』
慌てる母の声と、ブッ!っと吹き出すような音が聞こえた。
この音と声で、大体の想像が瑞樹にはついた。
恐らく、母が私と電話している声が、お風呂からあがり脱衣所で体を拭いていた希に聞こえたのだろう。
そして、私に用があった希はパンツだけ履いた状態で、リビングに駆け込んだのではないだろうか。
その姿を見た父が、飲んでいたお酒を吹き出したのだろう。
寝る前だからブラを付けないのはいつもの事で、母の驚き様を聞くと恐らく間違っていないと思う。
はぁ……あの子はいくら家族だからって、女の子なんだからもう少し恥じらいを持ちなさいって、いつも言ってるのに……。
『お母さん! 電話代わって!』
希の声が大きいくなったと思ったら、耳に当てていたスマホからガサゴソと煩い音が聞こえた。
そういえば、希の電話が途中で切れたんだったっけ。
ついでにあの時の要件を聞こうとして「希?」と電話の向こうに話しかけた時、衝撃の事実を希の口から知らされる。
「お姉ちゃん!? 友達とパジャマパーティーなんてやってる場合じゃないよ!」
「と、突然、どうしたのよ」
「いい!? 落ち着いて聞いてね!」
「希が落ち着きなさい」
「間宮さん!!」
「え?」
「間宮さんがウチに来たんたよ!!」
「え!? ちょ! え? え? い、いつ!?」
「今日!! お姉ちゃんを探してた!」
「……う、うそ」
「ホントだよ! 大事な話があったって言ってた! あの様子だとあちこち探し回ってたんだと思う!」
遅くまでどこへ行っていたのか間宮に聞いた時、言い辛そうにしていたのは、もしかして恥ずかしかったからなのかもしれないと、あの時の間宮の様子を思い出す。
「お姉ちゃん! 聞いてる!? 間宮さん携帯持ってないから、連絡するの難しいかもしれないけど、どんな手を使ってでも連絡して! もう時間がないような気がするから!」
うん……あの人がそんな行動をとった理由は分からないけど、私もそんな気がするよ。
「分かった。ありがとう。希」
「うん! 頑張って! お姉ちゃん!」
瑞樹は希との電話を切り、床に全身の力が抜け落ちたように座り込んだ。
――間宮……さんが……私に会いに……来てくれた――
――私を……探して……くれていた。大事な……話が……あるって――
うっ……うう……ヒッ……アァ……ま……間宮……さんが……私を。
嫌われたと思っていた。
あんな別れ方をしたんだから……。
他の人と付き合ったりしたんだから。
だから、連絡先を教えてくれないのだと思っていた。
でも、違うんだって否定していいの?
どのくらいの時間、泣いていただろう。
私は嬉しくて、嬉しくて、流れ落ちる涙を止める気が全く起きなかった。
瑞樹が想像もしなかった事実に、嬉し涙を流している時、玄関の鍵がカチンと開錠される音が部屋に響いた。
玄関が開けられ奥から「ただいま」と間宮の声が聞こえる。
廊下を歩く音が聞こえる。
もうすぐ間宮さんがここに来る。
でも、やっぱり私は泣くことを止める気が起きない。
「ただいまぁ! なぁ、メモにあった人参一本なんだけど、バラ売りが売り切れててさ、三本詰めしかなかったんだけど……って! ど、どうしたんだ!?」
間宮さんが私を見て驚いている。
帰ったら泣き崩れてるのだから、当然だよね。
でも、安心してね。嬉しくて仕方がないだけだから……。
心配しないでと、伝えないといけないのに。
会いに来てくれて嬉しかったのだと、伝えないといけないのに。
大事な話ってなに?って、伝えないといけないのに。
こんなふうに感じたのは、生まれて初めてだ。
言葉が……言葉の存在が……今は、今だけは……煩わしい!
慌てている間宮の問いかけに、瑞樹は何も返す事なく震える足に力を込めて、文字通り飛びつく様に間宮に抱き着いた。
「うおっ!!」
衝撃と共に、床にドスンと尻餅を着いた音が聞こえる。
間宮さんの匂いがする。
心がどうしようもなく締め付けられる。
何が何だか分からない間宮は、尻餅を着いた状態で固まっている。
そんな間宮の背中に両手を回した瑞樹は、力いっぱい間宮の体を引き付ける様に抱きしめる。
「お願い……何も言わずに……少しでいいから……このままでいさせて」