第35話 ホントの気持ち
「ねぇ! 志乃!」
岸田と会わなくなってから5日目の午前の講義が終わり、テキストを片付けていると、学部が同じで専攻も一緒だったのがきっかけで仲良くなった2人の友達が声をかけてきた。
「由美、陽子、お疲れ様。どうしたの?」
「どうしたのじゃないよ! ねえ! キッシーと別れたってマジ!?」
「もう学内で超噂になってるんだよ! あの二人が別れたとか破談したとか!」
「破談て、お見合いしたわけじゃないんだから」
瑞樹は鼻息荒く詰め寄る2人に、苦笑いを浮かべて冗談交じりに対応する。
「何呑気なツッコみしてるのよ! もう学内一のベストカップルが別れたって騒動になってるんだからね!」
「……何で皆そんな事気にするんだろうね。関わりのない人間の色恋沙汰なんてどうでもよくない?」
学内の熱と本人の熱の差があまりにあるのを感じて、由美と陽子は二の句が継げなくなった。
「よいしょっと! じゃあね! 由美、陽子」
鞄を手に持ち講義室から出ようと、立ち上がりながら2人にそう告げると、由美達は我に返り慌てて瑞樹を呼び止めた。
「ねぇ! 今日もキッシーとランチしないんだよね?」
「え? うん」
「じゃさ! 久しぶりに私達と一緒しようよ!」
「えぇ!? 2人の目が怖いからヤダ!」
由美達の目がまるで取調官の様に見えた瑞樹は、「暫く一人で考えたい事があるから」と添えて逃げるように2人の前から立ち去った。
瑞樹は比較的人通りの少ない場所にあるベンチを見つけて、大学に向かう途中に以前、文化祭の時にお世話になったベーカリーOOTANIで買っておいたメロンパンと大谷のお薦めのパンが入った紙袋を取り出した。
実はあの文化祭が終わった後も、大谷との付き合いは続いている。
時折、無性にあのメロンパンが食べたくなる時があり、その度に足を運び店が落ち着いている時は、店主の大谷と大谷の奥さんの三人でショップ兼自宅の中庭に招待してもらい、三人で談笑しながら珈琲を楽しんでいた。
「うん! 今日も美味しい!」
気持ちが沈んでいる時でも、大谷のメロンパンは元気をくれる。
そういえば早紀さんのお父さんが焼いたメロンパンも、間宮さんは凹んだ時によく食べたって言っていた。
もしかして、メロンパンには人を元気にする効果があるのかもね。
そんな何の根拠もない事を考えながら、パンを食べ終えた瑞樹は鞄から本を取り出して読書を始める。
都会の中にある大学とは思えないほど、周りの騒がしさを感じさせない静かな空間に爽やかな風が吹き抜ける。
瑞樹の前髪が風がふわりと揺らす。
ベンチに静かに佇むその姿は、まるで周りの花木と同化した一凛の美しい花のようだった。
だが、そんな美しい花を揺らす風が遮られる。
読書をしている瑞樹の前に、誰かが立ち止まったからだ。
「また読書中に悪いんだけどさ……」
そう声をかけられて、自分の前に立っている人に視線を上げると、そこにはまたしても津田が立っていた。
またかと溜息をつきながら、読んでいた本を閉じる。
「何か御用ですか? 津田先輩」
本当に何の用だろうと、瑞樹の視線は自然と鋭くなる。
「いや、はは……歓迎されるわけないよ……ね」
津田は頬をポリポリと掻き、気まずそうに眉を顰めている。
以前会った時の様な威圧的な雰囲気は影を潜めている津田に、瑞樹は首を傾げてとりあえず自分の隣に手を添えて勧めた。
「ありがとう。でも、今日はこのままでいいよ」
「そうですか。それで? 今日は何か?」
「う、うん……あのね、岸田君と瑞樹さんって何かあったの? ほら、学内でも噂になっているみたいだし」
「……そんな事聞いてどうするんですか? 津田さんの方が岸田君の傍にいるんですから、色々とご存じじゃないんですか?」
「いや、何度も聞いたんだけど、私には全然話してくれなくて……さ」
「そうですか。でも、それは私には関係ない事ですよね? 結局私に何が言いたいのか端的に言って欲しいんですが」
瑞樹の前に現れた時はデジャブのように感じたが、お互い話を始めると前回とは全く逆で、瑞樹が津田を責めるように主導権を握っていた。
ただ津田の顔がとても不安気で、少し顔色も悪く見えた瑞樹には突き放す事が出来ずに、自分の前に現れた本当の理由を端的に話せと促した。
「最近、岸田君の調子が凄く悪くて、毎日コーチにも怒鳴られてて……凄く辛そうにしてるんだ」
「それで? 私にどうしろって言うんですか?」
「岸田君を元気付けてあげてくれないかな? こんな事態にしてしまった私が頼める事じゃないのは分かってるんだけど……」
本当に自分勝手な事を言っていると思う。
私達をかき乱す事をしておいて、何て言い草だ。
腹が立つのを通り越して、気を抜くと笑ってしまいそうになる。
でも、私はこの人を非難する資格がない。
確かに彼との関係がおかしくなったのは、この人が原因なんだけど、もっと根本的な原因を追究すると、結局私が彼に甘えてしまった事だと思うからだ。
「津田さんの頼みは、すみませんが私には無理です」
「ど、どうして!? 私が悪かったって言ってるじゃない! 勿論、これからはもう岸田君には近づかないって約束するから!」
「……そういう事ではなくて、何とかしたくても岸田君が私と会ってくれないどころか、連絡も繋がらない状況なんです」
「……え? 一体貴方達に何があったの? 私が岸田君にアプローチしたからって、彼が貴方にそんな態度をとる事にはならないよね?」
「そこまで津田先輩に話す必要性を感じませんが、兎に角話す事すら出来ない状況で私に出来る事はありません」
手に持っていた本を鞄に仕舞って、ベンチから立ち上がる瑞樹を何も言葉が出てこない津田は目を合わす事も出来なかった。
津田は津田なりに悩んで、責任を感じたからこそプライドをかなぐり捨ててでも、瑞樹に頭を下げに来た事は理解している。
以前話していたような、大学生の恋愛事情とは大きく異なる行動をしている津田は、きっと本気で岸田の事が好きなのだろう。
勿論、瑞樹だって気が気ではないのが本音だ。
しかし、ここまで徹底的に距離をとられてしまっては、出来る事なんて何もないと諦めるしかなかった。
「もういいですよね? 失礼します」
「……ま、待って! い、一度だけでいいから、岸田君が練習しているプールに来てくれない? 直接会えばきっと彼も元気になると思うんだ」
「それは逆ですよ。私が会いに行ったら余計に岸田君を苦しめる事になります」
「そ、そんな事……」
「ありますよ。それじゃ」
まだ何か言おうとしている津田から視線を外して、講堂に戻ろうと歩を進め始めた。
背中越しに、津田がまだ呆然と立ち尽くしているのが分かる。
津田の自分を見る目が、縋るような目から責めるような目に変わったように見えた。
人間という生き物は、きっと身勝手に出来ているのだろう。
でも、その身勝手な言動が自分に対してではなく、他の誰かの為だとしたら、それは愛だと言っても過言ではないのかしれない。
今の津田がまさにそれだと思う。
自覚しているかは計りかねるが、自分がどれだけヒールになっても、助けたい人の為に行動できる彼女を羨ましく思う。
それに引き換え、私は自分の弱さを棚に上げて津田に偉そうな事を述べているだけだ。
だから、津田と初めて会った時にもった印象は強ち間違っていないのかもしれない。
『どっちが付き合っている彼女か分からない』
彼の傍に私がいたら、きっと彼を駄目にしてしまう。
少なくとも今の私じゃ、駄目なんだ。
「今度の週末に大会があって、岸田君も出場するの! 特待生として凄く大切な大会で結果次第では、大学側から見切りを付けられてしまうかもしれないの!」
津田は悲壮な声を上げて、立ち去ろうとしている瑞樹にそう訴えかける。
その津田の言葉に、瑞樹は足を止めた。
「だから! お願い! 当日会場に来て欲しいの! 会場に来て彼に声をかけて欲しい! 貴方がそうしてくれたら、絶対に岸田君は頑張ってくれるはずだから!」
何を言っているのだろう。
私では駄目だと言っているのに。
この人は私の事を買い被り過ぎだ。
「今週末の土曜日、都心にある総合体育館で開催されるから! 彼の出番は午前10時からだから! 待ってるから! 来てくれるって信じてるから!」
津田の叫びに似た頼みを聞かされた瑞樹は、振り返る事もなく無言で再び足を動かして講堂へ入って行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
岸田が出場する大会当日早朝。
瑞樹は日課のジョギングを、今朝も行っていた。
いつもの時間に家を出て、いつものルートをなぞる様に走っていた瑞樹は、充電ポイントに掲げている元間宮のマンション前に到着した。
いつもなら、体を冷まさないように軽く足踏みをして動きを止める事をしなかった瑞樹だったのだが、今朝は両足を止めて両手を膝に落とした。
「はぁ! はぁ! はぁ! あ、あれ? ペースを間違えちゃったかな」
走り始めた頃は、この辺りで息が上がる事は珍しい事ではなかったが、今朝は完全に瑞樹のペース配分のミスだった。
らしくないミスをした原因は、自分でも分かっている。
一刻も早くここに来たいという気持ちが強すぎたからだ。
瑞樹は簡単には呼吸が整わないと諦めて、ガードレールに寄りかかり角部屋にある間宮が住んでいた部屋を見上げながら、小刻みだった呼吸をなるべく大きく吸うように努めた。
やがて呼吸が落ち着きだした時、ずっと上を見上げていた瑞樹が小さく呟く。
「……間宮さん……私はどうしたらいい?」
当然、返事など返ってくるわけがないのだが、瑞樹はまるで間宮から返事を待っているかのように、ずっと間宮の部屋を見上げていた。
津田と別れてからずっと考えていた。
自分はどうしたいのだろうと。
津田に頼まれた通り、会場へ出向き岸田に声をかけても、状況が好転するとは思えない。
少なくとも、今の自分では無理だと思う。
多分、私はまた選択を迫られているのかもしれない。
立ち向かうか、また逃げるのかを……。
――間宮さん。
事あるごとに泣いてきた。
何かに立ち向かう度に、あの人の腕の中で泣いてきた。
そんな私だけど、頑張ってきた自負はあるんだ。
頑張ってきた事まで、否定したくなんてない。
……だから。
認めるんだ!逃げた事を!後悔している事を!
そして、逃げた事を誰かのせいにして、正当化しようとしていた事を!
私の為に、岸田君の為に!
凭れかかっていたガードレールから立ち上がり、大きく息を吸い込む。
「んっ!!!」
パンッ!!
息を最大限に吸い込んだ後で、瑞樹は両手を自分の両頬に力いっぱい叩きつけた。
「いった~~!!ちょっとやり過ぎたかも……いや! これでいい!」
元々透き通るような白い肌という表現がピッタリな肌をしていた為、叩きつけた手を離すと、瑞樹の両頬にくっきりと手形が浮き出ている。
「私ってこんなに体育会系だったっけ? まぁ、いいか!」
瑞樹は何か吹っ切れたような顔つきで、ジョギングを再開させた。
いつもの距離を走り切った瑞樹は、帰宅してそのままシャワーで汗を流して、朝食の準備に取り掛かった。
「おはよ、志乃」
「おはよ! お父さん、お母さん! ってあれ? どこか出かけるの?」
休日の朝は、2人共パジャマのままでリビングに姿を見せるのだが、今朝はきちんとした服装で現れた。
「ん~! 今日は得意先の呼ばれててね。簡単な打ち合わせだけだから、昼には終われるんだけど」
「お休みじゃなくなったんだ」
「そうなんだ。まいったよ」
両親は疲れた顔をして、食卓に着いた。
あまり時間がないからと、2人は先に食事を済ませて瑞樹に見送られて出掛けて行った。
あ!もうこんな時間か。都心の体育館だとどう考えても1時間はかかっちゃうから、私も支度しないと!
瑞樹は自分の分と希の朝食を用意して、二階へ上がった。
「希? 私そろそろ出かけたいから、起きてご飯食べてくれない?」
希の部屋をノックしてそう呼びかけるが、中から返事が返ってこなかった。
痺れを切らした瑞樹は「入るよ」とだけ告げて、希の部屋のドアを開ける。
やはりまだ寝ていたようで、カーテンも閉めたまま、布団を頭まで被っている。
「ほら! 希起きてってば!」
「……」
瑞樹はそう声をかけながら、部屋のカーテンを開く。
部屋の窓から、明るい光が差し込み部屋の雰囲気を変えた。
「早く起きて、ご飯食べて!」
「……う」
「希?」
希の様子がおかしい。
瑞樹は慌てて、頭までスッポリと被っていた布団を捲ると、顔を赤くした希の姿があった。
呼吸も苦しそうに、浅く小刻みに肩で息をしていた。
「ちょ、ちょっと!希!?」
「お、おはよ……」
瑞樹はすぐに赤くなった希の額に手を当てる。
「おはよじゃないよ! 熱あるじゃない!」
「はは……窓を開けっ放しで寝たからかな……」
すぐさま部屋を出た瑞樹は、体温計と解熱シートとグラス一杯の水を用意して、再び希の元へ戻る。
「38度3分……やっぱり熱高いじゃん」
「……あ、そんなにあったかぁ」
「取り敢えず、汗かいたでしょ?」
瑞樹はバスタオルを用意して、手早く寝汗をかいた希の体を拭いて着替えさせた。
「……ごめんね」
「何言ってんのよ」
着替え終わった希の額に解熱シートを貼り付けて、再びベッドに寝かせた。
「おかゆ作ってくるね」
「……食欲ないよ」
「分かるけど、少しでも食べないと駄目だよ」
瑞樹はキッチンに戻り、手早くおかゆを作る準備に取り掛かかった。
時計を見ると午前9時30分を少し回ったところで、今からじゃどう考えても間に合わない時間になっていた。
仕方ない。あんな希を置いてなんていけるわけない。
一人用の土鍋でおかゆを作り、希の部屋に持ち込んだ。
「希、おかゆ出来たよ」
瑞樹の呼び声に、希がベッドからモゾモゾと這い出てくる。
部屋にある小ぶりなテーブルに鍋とお茶を並べて、希を誘導する。
テーブルの前に座った希は、「いただきます」と手を合わせおかゆをふぅ、ふぅと息を吹きかけながら食べ始めた。
食べ始めは気だるそうにしていたが、一口、二口と食べ進めるにつれ、おかゆを口に運ぶ早さが増していき、あっという間に綺麗に完食した。
「ふぅ! 御馳走様」
「はい、お粗末様。食欲あるじゃん」
「なかったはずだったんだけど、おかゆが凄く美味しかったから」
「そう? ふふ。よかった」
食べ終えた希に市販の薬を飲ませて、解熱シートを貼り変えた。
「お姉ちゃん」
「んー?」
食べ終えた食器を片付けていると、少し掠れた声で希が話しかけてくる。
「このあいだ……ごめんね」
「何よ、急に」
「余計なお世話だったよね……なのにムキになっちゃって」
「ううん! 私の方こそ怒ったりしてごめんね」
お互い謝りあった2人は、照れ臭そうに笑い合った。
「じゃあ、食器片づけて洗濯でもしてるから、何かあったら呼ぶように」
そう言って重ね合わせた食器を持って、部屋を出ようとした瑞樹は「お姉ちゃん」と希に呼び止められたか思うと、気が付けば希に手首を握られていた。
「どうしたの?」
「……あっ! ご、ごめん! おやすみ!」
どうやら無意識に瑞樹の手首を掴んでいた事に気が付いた希は、恥ずかしそうに布団に潜り込んだ。
瑞樹は何かを察したのか、食器を片付けるのを中断して、希の肩回りを布団越しにトントンと優しく叩いた。
いくつになっても、人は体調を崩すと心が弱くなる。
1人だと不安で仕方がなくなる。
私も経験があるから、よくわかる。
きっと、希はそれを認めるのが恥ずかしいのだろう。
親元で暮らしている私達でさえこれなんだ。
高校を卒業して、見知らぬ土地で一人暮らしを始めた間宮さんは、大変だったんじゃないかな。
そういえばXmasLIVEの日、間宮さんが風邪を引いて茜さんとマンションに行った時、ベッドで苦しそうに倒れてる間宮さんを見て、胸が凄く痛かったな。
その後、茜さんに無理矢理着替えさせられてたのは、子供みたいで可笑しかったけど。
……間宮さん。今頃どうしてるのかな。
少しだけでいいから顔が見たい。
少しだけでいいから声が聞きたいよ。
「久しぶりに見た」
明るい陽射しが差している、部屋の窓を眺めて間宮の事を考えていると、希にそう声をかけられて意識を現実に引き戻された。
「え?」
「何ていうか、今のお姉ちゃん凄く優しい顔してたよ」
「……そうかな。いつもこんな感じじゃん?」
「全然違うよ。昨日までのお姉ちゃんって本当に辛そうな顔してたんだよ?」
希は毎日顔を合わしてて気が付かないわけがないと言い切った。
「家族なんだもん! それくらいの事ならすぐに分かるよ」
「……希」
そう言って微笑む希の顔が、心を温めてくれる。
そんな希を見ていると、こんな事を言いたくなった。
「ねぇ! 希。何かして欲しい事ってない?」
「して欲しい事? う~ん……二つあるかな」
「そこで遠慮しないで、欲張るところが希だね」
2人は顔を合わせて笑い合う。
「えっとね、一つ目は風邪が治ったら勉強を教えて欲しいんだ」
「勉強? アンタ専門学校に行くから、成績はそこそこでいいとか言ってなかった?」
「うん、そうだったんだけど、お姉ちゃんが高3になってから受験勉強を頑張ってきたのを見てて、私も大学に進学したいって思ったんだよね」
希は瑞樹が3年に進級してから、いや、正確にはゼミの合宿に参加して帰ってきてからの姉の姿を見て、目標を持って頑張る事に憧れを抱いたのだと話す。
「愛菜さんもそうだし、結衣さんもそう! 皆格好良かった」
そう話す希の目は高熱をだしている病人だとは思えない程、眩しく輝いているように見えた。
「そっか! 希にやる気があるのなら、私は全然かまわないよ! でも、そのかわり、私の講義は厳しいから覚悟するように!」
「いいの!? うん! 今までずっとサボってきたから厳しくしてもらわないと、皆に追いつけないから望むところだよ!」
他力本願で生きていくと、本気で言っていたあの希がそんな事を言うなんて。
これから希がどう変わっていくのか楽しみだけど、姉としては微妙かな。
だって、変わろうとした原因が私達だと言うけれど、格好良く見えた私達は間宮さんの影響が大きかったからなんだもん。
「それで二つ目のお願いは?」
「二つ目はね、お姉ちゃんが行こうとしていた所に、今から向かって欲しい!」
「え? それはもういいんだよ? 別に今日じゃなくてもいい用事だったし」
「それ、嘘だよね」
「どうして?」
「今日のお姉ちゃんの優しい顔と、今日出掛けようとした事って繋がってるんじゃない?」
「……」
完全に図星を突かれて、何も返せなくなった。
希の人を見る洞察力には、昔から驚かされてきたが、今回程驚いた事はない。
希は私なんかと違って、コミュニケーション能力に長けている。
それに本当は頭の回転もかなり速いのだが、この事に気が付いている人間は少ない。
希が何か一つの事に集中したら、本当に凄い事が出来てしまいそうな気がする。
「お姉ちゃん?」
おっと、希の解析をしている場合ではなかったね。
でも、この子には何を言っても誤魔化せないだろうな。
「……うん。でも、もう間に合わないかもしれないから」
「その言い方だと、間に合うかもしれないって事だよね?」
遅らせてしまった自分が言うのも変かもしれないが、間に合う可能性があるのなら、今すぐにでも向かって欲しいというのが、希の二つ目の頼みだと話した。
「それに、お昼にはお父さん達が帰ってくるって言ってたし、私はもう心配ないから」
「希……分かった! アンタがそう言うのなら、今からでも行ってみるよ!」
「うん! いってらっしゃい! 頑張ってね! お姉ちゃん!」
「うん! いってきます!」
希の部屋を出て、自室へ戻り身支度を始める。
希はどこまで気が付いているのだろうと気にはなったが、今更そんな事を考えても仕方がないと、準備に集中する事にした。
昨日、寝る前に用意していた服をクローゼットに戻す。
本当はスカートにヒールで向かうつもりだったのだが、急慮、パンツにスニーカーというカジュアル系に変更する事にした。
理由はシンプルなものだった。
体育館の最寄り駅から、現地までを調べてみると、わりと距離がある事は分かっていた。
電車を降りてから、タクシーやバスを使いたいところだったが、都心の交通量を考えると、あまり期待出来そうにない。
だったら、駅から走った方が速いと結論を出したから、動きやすいカジュアルスタイルだのだ。
ジョギングの成果を見せてやるんだから!
靴ひもをキツく結び直して、瑞樹は誰に聞かせるわけでもなく「いってきます!」と玄関を飛び出した行く。
以前、岸田に教えてもらった事がるある。
確か水泳の大会は予選が2回行われ、その順位で決勝に進出できるのだと。
それならば、もし岸田が予選を勝ち進められていれば、まだ間に合うかもしれない。
よし! 岸田君! 今行くから待ってて!