表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29  作者: 葵 しずく
最終章 卒業
143/155

第33話 間宮の残した形

「……という事なんだ」


 瑞樹は佐竹に今の状態になった経緯を、話して聞かせた。


「驚いたな」

「……はは、でしょ?」

「うん。瑞樹さんは絶対に、間宮さん以外の男と付き合うなんてないと思ってたから」

「前から気になってたんだけど、私の気持ちってバレバレだった?」

「え? うん。全然隠せてなんてなかったよ。気付いてないのは当事者の間宮さんだけだと思う」

「そ、そっか……何か恥ずかしいな」


 佐竹は窓から見えるモール内を歩く客を眺めて、何かボソボソと呟いく。


「え? なに?」

「ん? ああ、いや、何でもないよ」

「そう?」


 お互いのカップが空になりそうな時、佐竹が何かを思い出して鞄を漁りだした。


「そうだ! 丁度良かった。借りてたこの本返すよ」

「そういえば卒業旅行の打ち合わせの時に、読み終わったから貸してたんだったね」

「うん!いつ会えるか分からないから、ずっと鞄に入れて持ち歩いてたんだよ」


 瑞樹が差し出された本を受け取り、どんな物語だったか思い出そうと、パラパラとページを捲った。

「この本どうだった?」

「うん! 面白かったよ。でも……」

「でも?」

「借りた時はそんな状況じゃなかったんだけど、今の瑞樹さん達の状況とこの本に出てくる登場人物達って似てない?」


 この本は、私的にそこまでお薦めって感じじゃなかったんだよね。

 確か卒業旅行の打ち合わせで集まった時、私が来るのが早過ぎて時間潰しに、たまたま読みかけていた本だったんだ。

 その本を読み終えたタイミングで次に佐竹君が来て、本を読んでいる私を見て最近本を読んでないって話になって、読み終えたからってこの本を貸したんだっけ。


 この本を面白いからと貸せなかったのは、ラストの終わり方だった。

 三角関係にあった登場人物の女の子が、最終的に選んだのは離れてしまった本当に好きな相手ではなく、女の子の事が好きだって追いかけていた男の子と付き合う選択をした。

 離れてしまった人を忘れる為に、その男の子と付き合った女の子は、色様々な感情に押し潰されそうになったけど、彼と一つ一つ乗り越えていき次第に気持ちを通わせる事が出来た。

 そしてラストシーンは数年後、離れてしまった男の子と再会した時、お互いあの時の心境や、現在付き合っている人の事を笑顔で話し合っている場面で終わったんだ。


 私はそのラストシーンで、モヤモヤした気分になった。

 どうして、女の子は本当の気持ちを貫かなかったのか……。

 どうして、離れてしまった男の子は自分の気持ちを反してしまったのか。

 あの時の私は、私ならずっと追いかけるのにって感想を抱いたから、面白いってお薦めする事が出来なかったんだ。


 どこかで聞いた事があるストーリーだと、あの時はそう思いながら読んでた。


 でも確かに佐竹君の言う通り、このヒロインと同じ選択を選んだ今の私には、ありふれた物語だと思えなくなっている。

 もし、間宮さんと岸田君と私の今の関係が文章化されて、色んな読者に読まれているとしたら、私が選択した事をどう感じて読んでいるんだろう。

 この本を読んでいた頃の私みたいに、モヤモヤした気持ちになっているのだろうか。

 それとも、共感して応援してくれているのだろうか……。


 そして、私は岸田君の事を本当に好きになり、間宮さんと再会した時、あのヒロインと離れてしまった主人公の様に、笑顔で話す事が出来るんだろうか……。


「瑞樹さん?」

「あ、うん……。本当だね。確かに似てるかもしれないね」


 本の中の物語と今の自分の状況を重ねていると。佐竹の呼びかけに意識を現実に引き戻される。


 そして佐竹は少し迷っている顔つきで、重い口を開く。


「本の話ではこうなったけど、瑞樹さんの方はどう?」

「どうって?」

「本当にこれでいいと思ってる?」

「……お、思ってるよ」


 返事を聞いた佐竹は軽く息を吐き、伝票を持って席から立ち上がった。


「そう? それならいいんだけどね。そろそろ出ようか」

「あ、うん」


 会計を佐竹が済ませて、店を出てから自分の分を払おうと財布を手にしたが、誘ったのは自分だからと断られて渋々財布を鞄に戻した。


 モールを出て最寄り駅の改札で、2人は上り線と下り線で別れてしまう為、2人は一度足を止める。


「それじゃ、付き合ってくれてありがとう。楽しかったよ」

「ううん、私の方こそ話を聞いてくれてありがとう。お茶も御馳走様でした」

「あ~、えっと、その余計なお世話だとは思うんだけどさ」

「うん? なに?」

「瑞樹さんはあのヒロインの様には、なれないと思うよ」

「どうしてそう思うの?」

「あのヒロインは、本物になるまでは寂しいとか悲しいって感情を克服してきたんだと思うんだ」

「うん。それで?」

「今の瑞樹さんは、只々辛そうにしか見えない。それに少し痩せたでしょ」

「……」

「あ、ホントに余計なお世話だよね。ごめんね」

「ううん、大丈夫だよ。ありがと」


 2人はそこから言葉が出ずに、そのままお互いのホームへ向かい別れた。


 瑞樹は下りのホームから電車に乗り込み、車窓から流れる景色をぼんやりと眺める。


 あの本の物語は、最後に再会したシーンで終わっている。

 でも、私はその先が知りたいんだ。

 ……あの笑顔の先に2人にとって本当の幸せがあったのかを。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「というわけなんですよ!」

「いきなり呼び出してきたと思ったら……そう。それで? 私にどうしろっての? 希」


 瑞樹が佐竹と偶然に会った同日の夕方。


 希は学校帰りに加藤と連絡を取り、加藤の自宅がある最寄り駅前のカフェで待ち合わせて、昨日の夜に姉が浴室で泣いていた事を話した。


「どうって! 心配じゃないんですか!?」

「心配も何も、今の志乃の状況は希から聞かされてある程度の事は知ってるけど、私は未だに岸田ってのと付き合いだした事を志乃の口から聞いてないんだよ?」

「そ、それは……話し辛かったんだと思います」

「話し辛かった……ね。もしそうなら、あの子は私の事を勘違いしてる」

「勘違いって?」

「こっちの話だよ。そろそろバイトの時間だから、悪いけどもう行くね」

 加藤は伝票を摘まんで立ち上がる。

「あ、私が誘ったんですから、私が払いますよ」

「JDのお姉さんが、JKにゴチらせるわけにはいかないでしょ」


 そう言った加藤は希の頭を撫でて微笑んだ。


 まったく……こんなに可愛い妹に心配かけて、困ったお姉ちゃんだねぇ。


「希が優しい子って事は知ってるけど、お姉ちゃんの事ばっかりじゃなくて、自分の事を考えてなよ。そろそろ進路の事だってあるんだしね」

「べ、別にそんなんじゃないですよ。お姉ちゃんが上手くいってたら、ご機嫌で現役K大生にタダで勉強教えてもらえるからですよ」

「あははは! まぁ、そういう事にしとくよ! じゃね」


 何かは私には分からない。

 でも、何かが間違っている。

 人の気持ち自体が生き物みたいな物なんだと、最近になって思う事がある。

 以前、志乃から聞いた早紀さんの言葉。


『どちらを選んでも、どちらとも後悔する』


 志乃と間宮さんと岸田の話を聞けば聞くほど、この言葉が頭の中にうかんでくる。


 志乃。アンタは今どこに向かっているのか分かってる?

 進みたい道が見えていても、進めない時は力になれる。

 でも道が分からなくて迷子になっているのなら、私は力になれないよ。

 それは自分で見つけないと、絶対に駄目だと思うから。



 志乃は私が何が何でも、間宮さん推しだと思ってるんでしょ?

 それはアンタの勘違いだよ。

 私はぶっちゃけ志乃と付き合う相手なんて、誰でもいいと思ってるんだから。

 志乃がその人の傍にいて、本当に幸せだと思える相手ならね。


 バイト先に向かって移動していると、デニムのパンツに突っ込んでいたスマホが震えた。


「もしも~し! 佐竹が電話してくるなんて珍しいじゃん! どしたの?」

「実はさ、今日偶然瑞樹さんに会ってさ……」


 佐竹から、瑞樹と会って話した事を聞かされた。


 まったく、あの子の周りにはお節介な人間が多いな‥‥私もその中に含まれるんだけどね。

 でも、こればかりは……


「ねえ、佐竹ってそんなキャラだっけ?」

「似合わない事言ってるのは自覚してるよ。でも、あの人なら動くんだろうなって思ったらさ」

「あはは! アンタ、間宮さんに影響され過ぎでしょ!」

「うるさいよ! あの人は僕の目標なんだよ!」

「間宮さんが聞いたら、目標が低いって笑われるよ」

「いいんだよ!」


 ねえ志乃、分かってる?

 間宮さんは志乃だけじゃなくて、アンタの周りの仲間達にもこんなに影響を与える人なんだよ?

 だから志乃が好きになったのは、ホントによく分かるんだ。

 本当に今、志乃が幸せなら何も言う事なんてないけど、佐竹にそんな話をする時点でかなり悩んでるよね?


 ゆっくりと考える時間が必要だと思う。

 でも、そんなに時間をかけると、本当に取り返しがつかない気がするんだ。


「あのさ、志乃の事を心配してるのは分かったけど、今回の事は志乃が決めて行動すべきだと思うんだ」

「でもさ」

「さっき間宮さんなら動くとか言ってたけど、間宮さんならきっと何もしないと思う」

「そんな事ないだろ!」

「アンタは間宮さんの事分かってないよ。まぁ、私だって分かってるわけじゃなくて、普段から貴彦さんに色々と聞いてたからなんだけどね」

「……」

「ね! 私達が何もしない事が、志乃の為になる事だってあるんだよ」

「……分かった。この話は忘れてくれ」


 佐竹は声のトーンを落として、電話を切った。

 きっと納得はしていないだろう。


 ……志乃。

 ずっと自分を殺して、男を拒絶して生きてきたアンタが、今は私達の中心にいるんだよ。

 諦めていた大切な時間ってやつを、取り戻す事が出来るようになったんだ。


 別に岸田君を悪く思っているわけじゃない。

 志乃自身が本当は誰を必要としているのかを、考えて欲しいだけなんだ。


 きっと出来るよ。

 佐竹も、結衣も、そして私にだって出来たんだ。

 志乃が出来ないはずがないよね。


 そろそろ、強い親友の姿を私に見せてよ。


 私は何も力になる事はしない。


 私に出来る事は、ただ信じて志乃からの連絡を待つだけだ。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 数日が過ぎたある日の事。


「どうして駄目なのよ!」

「ど、どうしてって、俺には付き合ってる彼女がいるって言ってるでしょ?」

「遊びに行くくらいいいじゃん! そんなの普通だって!」

「いや、その普通がどうとかって事じゃなくて、俺は彼女以外に2人で出掛ける事はしません」

「そんな事言っても、彼女の方は遊んでるかもよ?」

「彼女の周りにいる昔からの仲間の事を言ってるのなら、それは会うなって言う気はありません」


 相変わらず岸田にアプローチを仕掛けている津田が、急に目つきを変えてニヤリと笑みを浮かべた。


「ふ~ん。でも、そのお仲間さん達の中に、本当に好きな男がいたとしても?」

「は? な、何言ってんすか」

「へぇ……やっぱりそんな男がいるんだね」


 岸田の様子を伺いながら、鎌をかけた津田が確信を得て満足気に笑った。


「やっぱりって、どういう意味っすか?」

「ん~? 前から君と彼女が一緒にいるとこを見ててさ、思ってたんだよね」

「何を?」

「きっと彼女は他の誰かが好きなんだろうなって」

「は!?」

「だから彼女に頼んだんだよね。岸田君と別れてくれないかって」


 津田が勝ち誇った顔でそう告げた時、岸田は手に持っていたスポーツドリングが入ったペットボトルを床に力いっぱい叩きつけた。


 かなり大きな音が2人がいる部室に響き、津田の肩が跳ねる。


「本当にそんな事を、あいつに言ったんです!?」

「え、ええ! 言ったよ! だって、他に好きな男がいるんだから問題ないじゃない!」


「志乃の事を分かった風に言ってんじゃねえよ!!」


 岸田は珍しく感情を爆発させて、津田を睨みつけながら大きな声で怒鳴った。

「……」


 初めて見る岸田の姿に、流石の津田も何も言えなくなっていた。


「帰ります。お疲れ様でした」


 岸田は部室のドアを激しく叩きつけるように閉めて、足早に部室を後にした。


 他の誰かを見てる? 他の誰かが好き!?

 そんな事言われなくたって、知ってるよ!!

 その事を百も承知で、告ったんだからな!!

 俺なら、中学からずっと好きだった俺なら、そんな彼女の気持ち丸ごと包み込む自信があったからな!!


 それなのに……なんて事しやがるんだよ……。

 今のあいつにそんな事を言ったら、きっと罪悪感が増してしまって揺れだしてしまうかもしれないのに……。

 あの人の事は気にしていないのに!!


「……俺は……本当に気にしていないのか?」


 そんな弱音を呟いた時、ポケットに入れていたスマホが震えて、Lineが届いた事を知らせる。


 Lineをチェックすると、瑞樹からのメッセでまだ練習中?と表示されていたのを確認した岸田は、すぐに今終わったところだと返信した。


 彼女からLineが届いてすぐに返信したから、またすぐに折り返してくるだろうと待っていると、瑞樹から着信が届く。


「も、もしもし?」

「あ、岸田君。今日はいつもより遅かったんだね」

「あ、ああ。ちょっと練習メニューの打ち合わせが合ってさ」


 嘘だ。大嘘だ。

 でも、遅くなった本当の理由を話せば、きっと彼女は凄く気にしてしまうだろう。

 それに本当の事を話してしまうと、俺はずっと聞くのを怖くて我慢していた事を聞いてしまいそうな気がしたんだ。


 まだ俺より間宮さんの事が好きなのかって……。


「そうなんだ! お疲れ様。疲れている時に電話なんてしてごめんね」

「いや! 瑞樹さんの声が聞けて、疲れがとれて行く気がするよ」

「ふふ! ホントにぃ? そんな事聞いた事ないよ」

「ホ、ホントだって! それよりさ、今日の午前中にさ……」

「うん?」

「……い、いや、なんでもない。ごめん」

「そう? ううん、別にいいよ。それじゃ、また明日ね」

「うん、また明日! おやすみ」


 岸田は電話を切って、どんよりした夜空を見上げる。

 津田先輩の事を聞いて、俺はどうするつもりだったんだ?

 そんな事をしたら、俺にとって絶対に望まない事態になるというのに。


 それからしばらくの間、いつもの平和な日々が訪れる。

 相変わらず忙しい日々の中でも、努力して時間を作りマメに2人は会っていた。

 だが、あの日から岸田の心の中は、ずっとざわつきが収まらなかった。

 津田はあの日以来、特に気になる行動は起こしていないし、彼女もニコニコと笑顔を絶やす事なく、俺の傍にいてくれている。

 何も不満や心配なんてないはずなのに……。


 そんなある日、久しぶりに長い時間を2人で過ごせる事になった。

 彼女が都心の方へ出掛けたいと話していた事を思い出した岸田は、今日のデートは都心へ向かい、2人でウインドウショッピングを楽しむ事にした。


 2人で楽しい時間を過ごして、帰宅しようとA駅まで戻ってきた。

 この後今まで岸田の中にあったざわつきの正体が姿を現す事を、岸田はまだ知らない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ