第7話 二人だけの秘密
「失礼します。」
瑞樹は気が付いたら、そう言って間宮の待機室へ入っていた。
あれ?なんで?部屋に帰ろうとしてたよね・・私・・
自分で自分の行動に困惑して部屋のドア付近で固まってしまっていた。
「こんばんわ。瑞樹さん。」
「こ、こんばんわ。」
「どうかしましたか?」
「えっ?いや・・大丈夫で・・・ん?」
何故か甘い匂いがする。これは・・・
「甘い匂い・・この匂いってメロンパン?」
ギクッ!?
間宮が慌てて口を開いた。
「あはは!すみません。やっぱり匂いましたか?
夕食を殆ど食べれなかったので、ここへ向かう途中に買っておいたんですけど、さっき生徒の流れが切れたから、
時間的にもう誰も来ないと思ったものですから・・」
そういえば夕食の時は再編成の結果の事で、生徒達に囲まれて質問攻めにあってたもんね。
あんな状況じゃ食事どころではなかったよね。
「い、いえ!気にしないで下さい。あれじゃお腹が減って当たり前ですから。」
それを聞いて間宮が安心して机に隠していた物をだして
「そう言って貰えると助かります。あのもう少しで食べ終わるので、食べ切ってもいいですか?」
と食べかけのメロンパンを瑞樹に見せた。
よく見ると間宮の口元にパンクズが付いているのに気付き、
それがまた可笑しくて完全にツボってしまった。
「あはははは!ご、ごめんなさい!間宮先生とメロンパンってどうしてもイメージが合わなくて・・つい・・
あ!大丈夫ですよ。待ってますから食べて下さい。・・・プッ!クククク・・クスクスクス・・」
「あぁ!それですね!よく言われるんですよ。僕メロンパンとアンパンが好きなんですけど、これを言っただけでも
笑われたりするんですよね。何故なんでしょう・・」
「ククク・・もうこれ以上笑わせないで下さい・・」
「笑いをとろうとしてないんですけどね・・」
間宮は少し膨れながらメロンパンを食べだした。
間宮の向かいにある椅子に座って食べ終わるのを待つことにした。
ングッ!!
急に間宮が苦しみだして、ドンドンと胸を叩く。
「えっ!?まさかパンが詰まった!?」
慌てて間宮が飲んでいた缶コーヒーを手渡す。
「はい!これ飲んで先生!」
コーヒーを受け取り慌てて口に運んだが
ズ、ズズズ~~・・ズ・・空だった。
「えっ!?うそ!?他に飲み物は・・・ないか・・もう少し頑張って!」
大急ぎで自販機まで走ろうとした時、ふと思い出して足が止まった。
確かカバンの中に飲みかけのペットボトルの水があったな!
これを飲ませれば!・・・・い、いや!そんな事したらまた・・・
間宮を見たらやっぱりまだパンが詰まって苦しそうだ。
・・・・・
「あぁ!もう!わかったわよ!」
瑞樹は自分の鞄から飲みかけのペットボトルを取り出して間宮に渡した。
「はい!先生!これ飲んで!」
間宮は勢いよく受け取りキャップを外し、もの凄い勢いで全部飲み干した。
「ぶは!ゲホゲホ!はぁ、はぁ・・た、助かった・・」
・・・・・・!!!!!!!!
「バッカじゃないの!?そんな昭和の漫画みたいな事リアルでやる大人とか始めて見たわよ!」
瑞樹の中で何かが壊れた!
「バ!はぁ!?死ぬかと思った奴に第一声がバカはないだろ!!」
釣られて間宮も壊れた・・・
「バカ以外何も思いつかなかったわ!私がどれだけ焦ったと思ってるのよ!」
「知るかっ!俺だって好きで詰まらせたわけじゃない!待たせたら悪いから急いだんだぞ!」
「何!?その恩着せがましい言い回し!大丈夫!待ってるって言ったじゃない!」
「だからってそれでも普通は・・・・・・・あっ!」
「何よ!?途中で話切らないでくれ・・・・・あっ!」
二人は睨み合った状態で我に帰った。
空気が重い・・・室内は静まり返り、時計の秒針が動く音だけが耳に入る。
慌てて間宮は天井を、瑞樹は床に視線を移した。
10秒程だろうか・・この状況に居た堪れなくなった2人はお互いの方へ視線を向けた。
それが同時に向けた為バッチリ目が合った。そのタイミングの良さと、お互いの顔が真っ赤になっているのを見て
「プッ!クククク・・・・あはははははははははは!!!」
急に可笑しくなって、2人で大笑いした。
少し落ち着いてきたところで
「いや!本当に助かった!ありがとうな!」
「ほんとよ!自販機に買いに行ってたらヤバかったんじゃない?」
「そうかも!今度からメロンパンは食べ終わるまで飲み物必須!って覚えとく!」
「あははははは!」
また2人で笑った。
「さてと!本題に入りましょうか。解らなかったところの質問を受け付けますので教えて下さい。」
間宮はスイッチをキッチリと入れて、いつもの間宮先生に戻った。
「えっ?あ!は、はい。ここのところがイマイチ掴みきれなくて・・」
瑞樹は急に元に戻った間宮に呆気にとられたが、慌てて質問したかった箇所の説明をした。
でも正直質問するほどではなかった。時間をかければ自力で完全に解けると判断した箇所だったが、
質問する為に来た事になっているから、とりあえず取り上げただけだった。
「なるほど。テストの時に若干意味の捉え方がズレてて、完全な正解に出来なかったところですね。
間宮は自分のタブレットで瑞樹の回答データを見ながらそう言った。
「ここはですね。まずここの和訳がす・・・こ・・・し・・・」
元々理解出来かけている為か、間宮の説明が頭に入って来ない。
いや、違う。本当に解らない所の説明を受けていたとしても、頭には入って来なかっただろう。
今の瑞樹の頭の中はさっきのパンを喉に詰まらせた後からの、別人かと思える程の子供っぽい間宮の事で一杯だった。
楽しかった。僅かな時間だったが、間宮と話してて楽しかった。
男の人と話してて楽しいって思えたのっていつ以来だろう・・
チリン・・
頭の中で綺麗な鈴の音が響く。
そっか。岸田君と最後に話した時以来だ。
楽しかったから間宮が先生モードに戻って寂しかった。
もちろん戻った先生も嫌ではない。嫌われたくないと思ったのだから当然だ。
でも、さっきの間宮の前だと自然体の自分に戻れた。
それが瑞樹にとって嬉しかった。
自分の前だけでは間宮先生ではなく、間宮良介でいて欲しいって望むのはワガママだろうか・・・・
「瑞樹さん?」
「えっ?は、はい!」
「この説明で解りましたか?」
「は、はい!大丈夫です。ありがとうございます。」
「本当ですか?何か上の空って感じでしたけど?」
ギクッ!
「そ、そんな事ありません。」
やっぱりバレてるっぽいなと焦る。
「まぁ、解ってもらえたのならいいんですけどね。
他に解らないところはありませんか?」
「いえ、大丈夫です。」
「そうですか。それじゃ今日はここまでにしましょう。」
間宮はそう言うと席を立った。
「あ、あの!」
「はい?なんでしょう」
立ち上がった間宮を見て、少し考えてから、聞きたかったけど怖くて聞けなかった事を思い切って聞いてみた
「勉強の事ではないんですが、間宮先生は普段からずっと眼鏡をかけてるんですか?」
「眼鏡?どうしてです?」
「いや、その、私も眼鏡にしようか迷ってて・・」
かなり苦しい嘘だとは思ったが、それ以外に言い訳が思い浮かばなかったから押し切った。
「そうなんですか。ん~・・いつもではないですよ。仕事中は眼鏡が多いですけど、基本的にはコンタクトだし、裸眼の時もありますね。」
「裸眼?外出先でですか?」
「はい。元々眼鏡やコンタクトに頼らないと見えないって程視力は悪くないんですよ。
ただこれ以上視力が落ちるのを予防する為に使っているんです。」
「じゃあ裸眼でも私生活には困らないって事ですか?」
「ええ。基本的には問題ありません。でも日中では全く問題ないんですが、夜や薄暗い場所だとピントが合うまで
少し時間がかかるんです。少し見たいものをジッと見つめる必要があるんですよ。
そうしないとボケてしまって認識出来ない場合があるんでね。」
やっぱり!あの薄暗い駐輪場では私の事を少し見つめないと顔がボヤけてて、
あんな睨みつけてる様な女を見つめたりしたら、何言われるかわかったもんじゃなかったから、最後までボヤけたままだったんだ。
「そんな事何かに役に立つんですか?」
「え、えぇ。私もそこまで視力が悪いわけではないので、迷ってたので凄く参考になりました。」
「そうですか。それならよかったです。では出ましょうか。」
そう言ってドアを開けて二人は部屋を出た。
講師達の部屋とコテージは途中まで同じ通路だったので、そのまま二人は並んで歩いた。
瑞樹は何か話しかけたかったが、気の利いた話題が出てこない。
すると間宮の方から話しかけてきた。
「そういえば、さっきタブレットで瑞樹さんのプロフ見たんですが、
今回のテストで全教科Aクラスになったんですね。すごいじゃないですか!おめでとうございます。」
そう言っていつもの柔らかい笑顔で瑞樹の微笑みかける。
「あ、ありがとうございます。間宮先生のおかげです。」
瑞樹は照れて俯きながら礼を言った。
「いえいえ。全て瑞樹さんの努力した結果ですよ!」
なんだろう・・先生に褒められると素直に嬉しい。
瑞樹の顔から自然と笑みが零れる。
続けて間宮が話題を振ってきた。
「瑞樹さんって来月誕生日なんですね。」
「あ、はい。そうです。」
「来月で18歳ですか。当たり前ですけど、若いですねぇ。
僕と1周り違いですもんね。」
「はい・・・」
この年齢差の話はあまり聞きたくない。
なんだか子供なんだから、俺に近づくなと言われてる気がするからだ。
「そんな事・・先生だって全然若いじゃないですか。周りの皆は実年齢より遥かに若く見えるって言ってましたよ?私もそう思います。」
「ははは。そうですか。それは褒め言葉として受け取らせて頂きますね。」
それから暫く歩いていると、自動販売機が設置してある部屋の前で壁に背を当ててもたれ、足を組んで立っている女性がいた。
「あ!間宮先生!待機当番お疲れ様でした。」
その女性はそう言って間宮に笑顔を向けた。
藤崎だった。
「藤崎先生お疲れ様です。こんな所でどうされたんですか?」
「はい!これどうぞ!」と手に持っていた缶ビールを手渡した。
「中庭で講師の皆さんがお待ちですよ。昼間の続きがしたいそうです。今度はお酒を飲みながら討論会をしようって事になったので
間宮先生も是非参加して欲しいって待ってたんですよ。」
「ははは。そうなんですか。それは参加しないとですね。」
「そうこなくちゃです!」
藤崎は間宮の横に立っていた瑞樹に軽くウインクをして中庭へ向かいだした。
瑞樹はそんな藤崎を見て面白くなくてムスっとした表情になった。
間宮はその後を追いかける様に藤崎の向かう方へ身体を向けてから動きを止めて、顔だけ瑞樹へ向けて
「それじゃお疲れ様でした。明日も朝から講義ですから、早く寝て下さいね。」
「はい・・・ありがとうございました。」
瑞樹は子供のようにむくれた表情で返事をした。
そんな瑞樹の表情に気付いていない間宮は話を続ける。
「それと・・さっきの事なんですが・・」
「はい。」
さっきの事とは、あの先生モードが切れた状態の間宮の事だろう。
「合宿が終わるまでは他の皆さんには秘密にしてもらえませんか?」
「えっ?あぁ!はい!分かりました!誰にも言いません!」
そう瑞樹は真剣に答えると、間宮は優しく微笑み少し小声で
「サンキュ!約束な。おやすみ。」
「うん!!おやすみなさい!」
瑞樹は嬉しそうにそう返事した。
間宮はそれから中庭へ向かって行った。
瑞樹もコテージへ向かう通路を歩き出した。
タブレットや勉強道具を自分の胸のあたりで両腕でギュッ!と抱きしめた。
何だか二人だけの秘密みたいで、凄く嬉しかった。
自然と小走りになっていく。施設にある備え付けのスリッパの音が「パタパタ」と響く。
顔は赤くなったがそれ以上に顔の筋肉が緩みまくって嬉しくて仕方がないって表情になっていた。
「えへへ!」
この秘密は合宿中には誰にも知られたくない!
誰にも教えない!
二人だけの秘密なんだから!