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29  作者: 葵 しずく
最終章 卒業
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第25話 途切れた想い

 間宮が意識を取り戻して三日が過ぎた夕方。


「ほんまに一人で大丈夫なんか?」

「大丈夫やって! 検査結果も異常無くて順調に回復してるって言ってたやろ?」


 検査結果も問題はなく、後は暫くリハビリをして退院するだけとなった。

 その上、明日から優希が全国ツアーの為に東京を離れる事になっている為、涼子が茜の部屋に一人で寝泊まりをする事になってしまうタイミングで、間宮が涼子に大阪に帰るように促したのだ。


「でもなぁ……」

「俺はもう心配ないよ。それより、家事が一切出来へん親父があの家に一人でおる事を心配した方がええよ」

「想像したら、余計に帰りたくなくなったわ」


 明るい笑い声が病室に響く。

 こんなに笑い合える事が、間宮が順調に回復している事を表している。


「お母さん、迎えに来たで」


 そこにドアがノックされて、病室に茜と優希が入ってきた。


「なんや、えらい早かったんやな。もう仕事終わったんか?」

「まぁね! と言っても明日からのツアーに向けて決起集会があるから、それまでには戻らんとあかんねんけどね」

 そう話した茜は、涼子から手荷物を預かった。

 涼子を茜が東京駅まで送る事になっていたからだ。


「良兄! 今度会うのは何年後になるんやろな」

「どうやろな。まぁ、俺は優香の命日に東京に戻る事になったから、タイミングが合えば会おうや」


「そういえば、お父さん達との関係を修復出来たんだってね」


 間宮と茜の会話に、優希が割り込んできた。


「あぁ! おかげ様でな」


 ニッコリと嬉しそうな笑顔を見せると、優希も笑顔でピースサインを送った。


「優希はまだ話す事があるでしょ? 私達は先に車で待ってるから」


 茜と涼子は病室の入口付近で、優希にそう告げた。

「え? でも」

「いいよ。今度いつ会えるのか分からないんだからさ! それじゃまたね! 良兄!」

「あぁ! 色々とありがとう! またな!茜」


 茜に続いて、涼子も手を軽く上げた


「ほな、ウチも帰るわ。向こうで待ってるで」

「うん! 気を付けてな」


 術後の検査結果を聞いた後に、退院しても暫くは安静にという指示がでていた。

 しかし、間宮のマンションは既に引き払ってしまっている為、退院したその足で新潟へ向かうつもりだったのだが、涼子がその傷で一人暮らしはまだ心配だからと一旦大阪の実家に帰ってくるようにと言い出したのだ。


 断わろうとはしたのだが、今回の事でかなり心配をかけてしまった負い目もあり、最終的に従う事にした。


 茜と涼子が病室を出ていき、間宮と優希が2人きりになった。


「あ、あはは! 何だろ……今までこんなの何度もあったのに、妙に照れるね」

「そうだな。本当ならもう会う事なかったはずだったからかもな」

「かもね」


 二人の間に沈黙が訪れる。

 だが、全然嫌な感じはしない。

 それは短い間だったが、付き合っている時からずっと感じてきた事だ。


 今、目の前にいる彼女は、明日からのツアーを終えたらアメリカに旅立つ。

 向こうで彼女の才能が更に開花すれば、本物のスーパースターの仲間入りを果たす事になる。

 そんな女性が目の前に立っている。

 未だに不思議な感じがする。


 彼女に好きだと告げられた時は、嬉しかったし光栄とさえ思った。

 結局その想いに応える事が出来なかったが、やはり一人の人間として強い憧れを抱かずにはいられない。


 もう会う事がなかったとしてもずっと応援したいし、憧れ続けたいと心から思うから、間宮は無言のまま右手を優希に差し出した。


 間宮の気持ちを察したのか、優希も無言で間宮の手を握った。


 握手を交わした2人は、穏やかな目で見つめ合う。


「元気でな。アメリカでの成功を祈ってるよ」

「ありがと。良ちゃんもこんな無茶はもうしないで、元気でね!……ところで……さ」

「ん?」

「その……志乃とはどうなったの?」


 やはり、2人で会ったというのは本当のようだ。

 優希と瑞樹の関係は、特殊なものに思える。


 自分が似たような立場にいたら、優希達のようにお互いの事を名前で呼び合うようになれるだろうか。


「どうって別に……な」

「そっか、そっか!」


 優希の声が僅かに緊張が混じったように聞こえたと思った時、優希と握手を交わしていた腕を引っ張られる。


 その引かれる力にデジャブを感じていると、間宮の頬に温かくて柔らかい感触があった。


「なっ!?」

「まだなんだったら、お別れの挨拶にこれくらいいいよね! 向こうじゃ挨拶みたいなものなんだしさ!」

「……お前な」


 悪戯をした子供のように笑う優希に、苦笑いを浮かべたが迷惑だとは思わなかった。


 彼女はもう一つの未来だと感じた。

 彼女の手を握って、共に生きていく未来だってあったはずで、優希の好意を受け入れなかったのに色々な理由を述べたが、本当はそんな大した話じゃない。


 優希より先に瑞樹が自分の中にいたから……ただ、それだけなんだ。


 間宮は意識がない夢の中で、優香と会っていた事を優希に話そうとしたが、口を開いただけで話すのを止めた。

 何だかこの話を優希にするのは違う気がしたからだ。


「茜から聞いたかもしれないけど、いつかまた会おう」

「うん! 約束だよ!」


「それじゃ」と告げた優希は、病室のドアを開けて間宮に背中を向けながら口を開く。


「良ちゃん」

「ん?」

「志乃の事よろしくね。あの子危なっかしいから」

「……あぁ、分かってるよ」


 間宮がそう返すと、背を向けている優希は、そのまま手を小さく振ってドアを閉めた。


 彼女のヒールの音だけが、間宮の耳を刺激する。

 その音が段々小さくなり、やがて聞こえなくなった。


 間宮はお守りの様に側に置いてあったキーホルダーを握りしめて、優希のアメリカでの成功と無事を心から祈った。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 母親の涼子が大阪に帰ってから、数日が過ぎた。


 間宮は精力的にリハビリに取り組み、傷の具合も順調に回復している。

 日に日に動ける距離が伸びてきて、今では病院の敷地内を歩いて、最後は間宮が入院している棟の一階から階段で上り屋上で風にあたって休憩をとり、また階段を下りて自分の病室まで戻る距離を歩けるようになっていた。


 今日も自分で作ったメニューを消化して、病室へ戻ってきた。

 意識が戻ってからそれなりの時間が経ったからか、この病室が妙に落ち着く場所になっている。

 とはいえ、新天地での再スタートを遅らせてしまって迷惑をかけている関係者の事を思うと、申し訳ない気持ちになり溜息が漏れる。


 そんな気分でベッドに横になっていると、病室のドアをノックする音が聞こえた。

 あの日から松崎がここに顔を出すようになったが、その時間にはまだ早過ぎる。


 もしかして……胸の奥が少しざわつきだした。


 意識が戻った日、無理矢理自宅に帰らせてから、一度も顔を見ていない瑞樹の姿が頭の中を支配した。


「ど、どうぞ」


 声に緊張が混じっているのは自覚している。

 だが、隠そうとは思わない。


「こんにちわ! 間宮さん」

「……岸田君か」


 ゆっくりとドアが開き病室へ入って来たのは、瑞樹ではなく岸田だった。


 瑞樹ではなかった事への動揺を必死に隠そうと努力したが、果たして上手く隠せただろうか……


「お見舞い遅くなってすみません。あの食事制限とかまだあったりします?」

「え? あぁ、いやもう殆どないかな。まぁ、酒は当分飲むなって言われてるけどね」


 間宮がそう言うと、岸田はスイーツの人気店で売られているゼリーの詰め合わせを手渡した。


「ありがとう。気を使わなくてよかったのに」

「いえいえ! てか個室の病室っていいですね! ソファーとかもあるし、殆ど自宅みたいじゃないですか」

「ははは! うん、最近ここが家みたいに感じてるよ」


 そんな他愛もない会話をしていると、自然と話題があの事件の事になった。


「そういえば、間宮さんが神楽優希と知り合いだったなんてビックリしましたよ! そのうえ、妹さんがマネージャーだったなんて」

「あ、あぁ、その事なんだけどさ」

 少し困った表情で、間宮が口を開くと、岸田は間宮と神楽優希の関係は誰にも話していないし、これからも話すつもりはないから安心して欲しいと述べた。

「そうか、ありがとう。それとあの時、駆けつけてくれて助かったよ」

「いえ! 俺は本当に駆け付けただけで、何も出来ませんでしたから」

「十分だよ! 岸田君が来てくれなかったら、意識を保つことが出来たか、かなり怪しかったからな」


 本当に助かったと思う。

 彼が俺に言われて素直に帰っていたら、瑞樹を守りきれたか自信がない。

 平田が逃げた後も瑞樹がパニックに陥った時に、冷静に行動してくれて俺も助けられたと聞いた。


 だがその後、岸田が発した言葉に思考が停止する事になる。


「全然ですよ! それに……自分の彼女を守るのは当然の事ですからね」


「はは! そうだな……えっ?」


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 目立つことを嫌う彼女に、こんな場所で再度告白するのは間違っていたかもしれない。

 でも、今、この時を逃したら絶対に後悔すると思った。

 さっきから周りの客達が俺達に視線を向けている事は分かっている。

 これで断られたら、公開処刑のようなものだ。


 俺の気持ちを嬉しいと言ってくれた後の、彼女の反応は今までとは違う。

 駅のホームで気持ちを使えた時は、申し訳なさそうな表情でサラッと断られたっけ。

 でも、今の彼女は視線を落として、少し頬を赤らめてくれている気がする。

 気がすると言ったのは、俺もまともに彼女の顔を見れないでいるからだ。


 どのくらい時間が経過しただろう。

 5分位だろうか。

 その時間が俺には1時間位に思える程、長く長く感じた。


 やがて彼女が俯いたまま口を開く。


「いい……のかな」

「え!?」


 よく気持ちは嬉しいと言った後で、「でも」と続けられて断られるのがパターンだと聞く。

 だから、それ以外の言葉を期待はしていたが、本当に違う言葉が返ってきた。


「こんな気持ちのままで……いいのかなって」


 こんな気持ち。

 それは彼女の中にある間宮への気持ちを指しているのだろう。

 勿論、そんな事は覚悟の上だ。


「それって間宮さんの事だよね。あの人への気持ちは知っているつもりだよ」

「……でも」

「あの人の事は百も承知しているから、瑞樹さんが気にする必要はない」


 今の自分の気持ちを全部伝えた。

 嘘は言っていない。

 あの人の事はすぐには無理だろうけど、これからゆっくりと時間をかけていけばいいと思っているから。


 それからまた沈黙が訪れる。

 目の前にいる彼女から、僅かな光が見えたり、消えたりを繰り返しているように見える。

 膝の上に乗せていた両手の手汗が凄い事になっている。

 凄く息苦しい。


 中学生の時、転校する前に彼女を映画に誘った時の比ではない緊張感が続いている。

 大学生になろうとしている男が情けないとは思うが、ずっと好きで離れてしまって何度も諦めないといけないと思えば思う程、彼女への気持ちが強くなってしまっていた。

 そんな未練たらしい俺の事を好きだと言ってくれた女子もいたが、彼女の気持ちをどうしても受け入れる事が出来なかった。

 気持ちを伝えてくれた彼女には申し訳ない気持ちはあったが、後悔した事はない。


「私って面倒くさい女だよ」


 長い沈黙が流れている中、珈琲を一口飲んでふぅとゆっくりと息を吐いた瑞樹が、そう岸田に話しかけた。


「そ、そんな事……」

「あるよ。それに今はあの人の事もあって、もっと面倒くさくなってると思う」


 面倒くさい女だと言う瑞樹の言葉を否定しようとしたが、言い切る前に彼女に遮られてしまった。


 初めての反応だ。

 この後、断られてしまうかもしれないが、即答ではなくしっかりと考えてくれたし、もしかして迷ってくれたのかもしれない。

 もしそうなら、フラれてしまっても後悔しなくて済みそうだ。


 話しの流れでフラれる事を覚悟した岸田だったが、次に瑞樹が発した言葉に思考が止まる事になる。


「私なんかで、本当にいいの?」


 夢の中や、妄想の中での彼女からなら、何度も聞いた事があるような台詞が、自分の鼓膜を刺激した。


 視線を落としていた岸田は、慌てて顔を上げて瑞樹と目を合わせる。

 岸田は信じられないという表情を浮かべて、目の前にいる瑞樹は申し訳なさそうな表情をしている。


 2人のやり取りに、隣の席に座っていた客がゴクリと唾を呑む音が聞こえる。

 そんな音が聞こえてしまう程、店内が静まり返っていた。


「い、いい……いいに決まってるよ!」


 震える声を何とか絞りだして、岸田は目を見開きながらそう答えると、瑞樹は頬を赤らめて小さく頷く。


「そ、それじゃ……こんな私で良かったら……その、宜しくお願いします」


 最後の「お願いします」という言葉を聞き取った瞬間、岸田は勢いよく席から立ち上がって両手で作った握りこぶしを天井に突き上げて「いよっしゃーー!!」と歓喜の声を上げた。


 その声に驚いてビクッと体を震わした瑞樹を他所に、周りの客達も喜びを爆発させている岸田に、大きな拍手が送られた。


 その拍手に瑞樹は更に驚いて、もうどうしていいのか分からなくなったのか、慌ててテーブルに置かれていた伝票を手に取り、もう片方の手で岸田の手を握って店を出ようと手を引く。

 オロオロとした瑞樹に気が付いて我に返った岸田は、周りの客に会釈しながら2人で店を出る。


 会計を済ませる時に、女性のスタッフからおめでとうございますと声をかけられた瑞樹の顔が更に赤く染まるのを見て、こんな可愛い女の子が自分の彼女になってくれてんだと実感して、思わず泣きそうになった。


 店から出ると、「もう! 恥ずかしいよ」と叱る瑞樹はパタパタと手で自分の顔を煽っている。


 そんな瑞樹の立ち位置が変わっているのに、岸田はすぐに気が付いた。


 再開を果たしてから、今日この店に入る時まで確かにあった物理的な距離が縮まっている。

 僅かに体を動かしただけで、彼女の手や体に触れてしまう程の距離に立っている瑞樹を見て、岸田はずっと存在していた壁の様な物が取り払われた事を実感した。


「ん? どうしたの?」

「い、いや! そのごめん。嬉し過ぎてつい」

「もういいよ」


 少し恥ずかしそうに微笑む彼女と付き合える事になった。

 諦めないで本当に良かった。


 このままどこか遊びに行きたくて、午後からの練習をサボるからと話すと、胸元に人差し指を当てて「私は岸田君の邪魔は絶対にしたくないから」とちゃんと練習に参加するようにと怒られた。


 仕方なく彼女を自宅まで送ってから、寮に戻る最中小躍りしたい気持ちを抑えるのに必死だった。


 勿論、練習はこれまで以上に張り切った事は言うまでもない。


 瑞樹 志乃が俺の彼女……。

 どうしよう……本当に泣きそうだ……。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 目を見開き固まっている間宮に、改めて岸田が報告をする。


「間宮さん。俺、瑞樹さんと付き合うことになりました」


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