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29  作者: 葵 しずく
2章 導かれて
13/155

第6話 エール

 3日目 朝 食堂にて


 合宿3日目 食堂で朝食をとっている生徒達の様子がいつもと違う。

 食事をしている最中なのに皆タブレットやテキストをまとめたファイルから目が離せないようだ。


 食堂がまるで試験会場のようにピリピリした空気で充満していた。


 それは加藤達も同じだった。

「ね!志乃!ここなんだけど、これってこの公式を使うので合ってる?」

「そだね。でもこの公式も合わせて使ったほうがいいよ。」

「あ!そっか!それ使ったらこっちの数字もだせるからか!なるほど!」

「うん!でも説明しなくても理由がすぐ出せるのはいい感じだね。」

「えへへ!講義がいい感じだったのもあるけど、何より志乃が色々教えてくれたおかげだよ!」

「ううん!愛菜が頑張ったからだよ!これだと今日のテスト楽しみだね!」

「うん!初日に志乃が言ってくれた、最終的に上がってればいいって言葉が私のモチベーションなんだ!お互い頑張ろうね!」

「そっか!頑張ろ!愛菜!」


 そう。今日は一日かけて中間テストを行う。

 そのテストの結果を踏まえてクラスの再編成を行い、またそれと同時に講師達も担当クラスの変更を行う事になっている。

 つまり生徒だけではなく、講師もまたテストを受ける様なものだった。


 そんな空気の食堂に間宮と藤崎が現れた。


「ん?なんだか凄い雰囲気ですね。」

「それはそうですよ。今日はクラス再編成のテストですからね。」

「あぁ!そういえばそうでしたね。」

「フフフフ。そういう所、間宮先生らしいですね。」

「では今日の日中は我々はどうしたらいいんでしょう。」

「試験官はスタッフの方が行うそうなので、私達は基本的には待機室で待機ですって。」

「そうですか。それは退屈ですね。」

 藤崎はプッと吹き出した。

「退屈と感じているのは恐らく間宮先生だけだと思いますよ。

 他の講師の方々は生徒と同様に昨日からピリピリしてましたから。」

 そう言って藤崎は笑った。



 その笑い声に気付いた生徒達が一斉に二人に詰め寄った。

「先生!ここなんですけど、教えて下さい!」

「ここってこれで合ってますか?」

「テスト範囲はここまでなんですよね?」


 二人は取り囲まれるて質問責めにあった。

 そこで間宮が大きく手を3回叩く。

 パンパンパン!!


「皆さん落ち着いて下さい!テスト直前で焦っても仕方がありません!

 少しでもって気持ちは分かりますが、今はしっかり食事をして体調を万全にする事が大事です!

 そうしないと頭の回転が鈍ってしまいますよ!」


 間宮が生徒達にそう諭した。

 すぐに生徒達は納得したのか席へ戻り食事をとりだした。


「おぉ!間宮先生が言うと説得力があるね」

「そう?単に講師の中で一番年配だからじゃないの?」

「あはは!それ酷くない?志乃。」

「だって本当の事だし。」

 瑞樹は当たり前の事を言っただけだと主張した。

 すると志乃の真後ろから声がした。


「年寄りですみませんねぇ。」


 ギクッ!!

 その声を聞いて瑞樹の身体は固まった。

「ははははは……」

 笑って誤魔化す。

「この席いいですか?」

 加藤の隣で、瑞樹の向かいの席の前に立った。


「もちろん!どうぞです!」

 加藤が答えた。

「お邪魔します。」

 にっこりと微笑みながら席に着いた。


 すぐ向かいに間宮がいる。

 あんな事があってから、初めて嫌われたくないと思った人がいる。

 どうしていいのか分からず黙って俯くしか出来ない。顔が赤くなっているのが自分でもわかる。

 まだ本当の事を話すか隠し通すか決め兼ねている時に、この状況はあまりに急過ぎる。


 チラリと向かいを見ると間宮は加藤と談笑している。

 愛菜はやっぱり凄いな……本当に分け隔てなく誰にでも楽しそうに話せる事が羨ましくてしょうがなかった。

 自分なんてもう食事が喉を通らなくなっているというのに……



「瑞樹さん。瑞樹さん……?」

 ん?誰か私を呼んでる?顔を上げると

「瑞樹さん?」

 何度呼びかけても返事がない為、間宮が瑞樹の顔を覗き込むようにして、再度呼びかけた。


「!!ひ、ひゃい!!」


 やらかした……。


 プッ!加藤が瑞樹の返答に吹き出した。

「あはははは!志乃どうしたの?ひゃいって」

 あはははははは!同室のメンバー達も笑っていた。

 あぁ……穴があったら入りたいって気持ちが初めてわかった気がする。

 恥ずかしくて顔は真っ赤になり、若干変な汗まで出てきた。


「瑞樹さん?気分でも優れませんか?朝食が進んでいないようですが……」

 誰のせいだよ!って言いたかったが、それをグッと飲み込み、

「大丈夫です。朝はいつもこんな感じなので」

 瑞樹は極力平静を装って話した。

「そうですか。それならいいのですが……」

 間宮が言うと瑞樹のトレイをジっと見ていた。

「な、なんですか?」

「いえ、食パンのミミは食べないんだなと思いまして。」

「えっ?」


 すると加藤が突っ込んできた。

「そうなんですよ!間宮先生!私も気になって毎朝志乃に言ってるんですけど、嫌いだって食べてくれなんですよね!」

「う、うるさいな!嫌いなんだからしょうがないじゃん!別に食べないと栄養的に問題があるわけじゃないんだし!」

 瑞樹は加藤に恥ずかしながらも、そう主張した。


「そうですか。トーストしてある食パンのミミは香ばしくて美味しいと思うんですけどね。勿体無い……」


 ムッ!?ちょっと馬鹿にされたような気がした。

「じ、じゃあ!そんなに好きなら私のもよかったらどうぞ!」

 と勢いよくミミだけ残した皿を間宮の前に差し出した。

「えっ?いや……でも……」

 間宮が慌てている。その時は間宮の反応がよく解らなかった。

「きゃー!志乃ってばマジか!?」

 加藤がテンション高くはしゃぎだした。

「えっ?」

「だって!その食パンってミミをちぎって食べたんじゃないよね?

 てことは間接キスって事じゃん!」


 !!!!!!!!!!!!!!!!!


「あっ!!!!!!!!」


 顔からとゆうより首から顔全体にかけて「ボン!」っと音がしそうな感じで真っ赤になった。

「じ、冗談に決まってるじゃないですか……」

 瑞樹はおずおずと差し出した皿を引っ込めた。

「あ、あははは……」

 間宮は人差し指で頬をポリポリかきながら苦笑い。


 そんな間宮に瑞樹狙いの男達の視線が刺さる。

 講師としては絶大な信頼を得ているが、それとこれとは別問題なのだろう。


「あの~凄く視線が痛いのでお先に失礼します。」

「あはは!志乃信者は怖いですからね!」

 加藤が悪戯っぽく言う。

「な、何言ってんの!そんなのいないから!」

 瑞樹は慌てて訂正した。

 でも相変わらず真っ赤で肩が少し震えている。


「瑞樹さん。そんなに硬くなっていたら実力を発揮出来ませんよ?」

 と声をかけられたから顔を上げると、

 柔らかい優しい笑顔を自分に向けられていた。


 その笑顔を見ていると不思議と肩の力が抜けて、表情は引き締まった。

「はい!」

 瑞樹は間宮の目をしっかり見て、胸を張って力強く言った。

 それを見て加藤が拗ねるように言う。

「あれ~?志乃にだけエールとかズルくないですか?」

 すると加藤の頭にポンと間宮の手が乗った。

「もちろん加藤さんもですよ。」

 そう言った後、二人に手招きをして3人は顔を合わせた。

「瑞樹さんと加藤さんだけではなく、僕の講義を受けた生徒の全員がCクラスを卒業する事を願っています。

 そうクラスの皆さんに伝えて下さい!」

 間宮は力強い表情で二人に言った。

「はい!頑張ります!」二人は同時に返事をして、お互いの目を見て頷きあった。



「それでは失礼します。」間宮はそのまま食堂を後にした。


 その後瑞樹と加藤はCクラス全員に間宮の伝言を伝え、それを伝え聞いた生徒達は気を引き締めてテストに臨んだ。



 テストはその後9時から行われた。

 開始と同時に講師達は待機室に集まった。

 待機中講師の殆どが、手持ちのタブレットから担当クラスの答案画像のチェックに余念がない。

 しかし間宮はタブレットすら立ち上げずに、持ち込んだ本を読んでいた。

 その様子を他の講師達が横目で見ている中、もう1人タブレットを開いていない講師が間宮の前に立って話しかけた。


「何と言いますか、間宮先生っぽいって感じですね。」

 声をかけたのは藤崎だった。

「僕がタブレットを見たら生徒の点数が上がるのであれば、そうしますけどね。

 僕がしてあげられる事はやったつもりです、あとは生徒達の頑張り次第なのでテスト中に僕が出来る事はありませんよ。」

「そうですよね。以前の私ならモニターを必死で見てたんでしょうけど、今なら私もそう思えます。

 私も私なりに精一杯やったつもりですから、後は生徒達の頑張り次第ですもんね。」

「ええ。」


 その二人の会話を聞いて、1人、また1人とタブレットを閉じていく。


 周りのその行動に気付いた間宮はここにいる全員に提案した。

「皆さん!ここで待機していても仕方がありませんから、宜しければテラスの方に出てお茶でもご一緒しませんか?」


 これには流石に藤崎を含めた全員が驚いた。


 確かにテストが終わるまで特にやる事はなかったが、会社の指示でここに待機しているのに、勝手に出ていこうと言いだしたのだから無理もなかった。


 間宮がそう言い出した直後

「あら!それはいい提案だわね。」

 と待機室の入口から声がした。全員振り向くとそこには天谷が立っていた。

 室内の空気が一瞬で張り詰めた。講師達全員表情が固くなる。

 間宮を除いては……。


 間宮は動じずに話しかけた。

「天谷社長。どうしてこちらに?」

「このテストの後にあなた達を含めたクラス再編成の会議に出席する為よ。

 予定が空いたから早めに現地に入ったのだけれど、時間を持て余していたから、そのお茶会に私も参加させてもらえないかしら?」

「えぇ!それはもちろんですよ。」

 間宮は笑顔で歓迎したが、他の講師は心底驚いていた。



 場所をテラスへ移して天谷社長含め全員席に着いたのを確認して、間宮はそれぞれの注文を聞いて回りだした。

 それを見て落ち着かない藤崎も手伝い始めた。


 注文を集めて2人でカウンターへ注文を伝えて待っていると藤崎がたまらず話しかける。

「ちょっと間宮先生!」

「はい?」

「こんな事して大丈夫なんですか?天谷社長まで参加させてしまってますし……」

「えっ?でも参加したいって言いだしたのは社長ですし問題はないと思いますけど。」


 正規雇用を希望している会社に元々指示されてないお茶会を勝手に始めようとして、

 そのうえそのお茶会に会社のトップを参加させておいて、問題ないと言い切る間宮の神経を疑わずにはいられない藤崎だった。


 注文した飲み物を受け取り二人で各テーブルへ配った。

 配り終えた2人は席に着き、飲み物で喉を潤してホっと一息ついていると、天谷が口を開く。

「で?間宮先生?」

「なんでしょうか?」

「わざわざ指示された事に従わず、本当にお茶を飲む為だけに皆さんを誘ったわけではないんでしょ?」

 天谷が少し目つきを変えて間宮に問う。

「う~ん……本当に皆さんでお茶しようと思っただけなんですけど……駄目でしたか?」

 間宮はポリポリと頭を掻きながらそう答えた。


 この返答には全員呆気にとられた。皆てっきり何か目的があって誘ったんだとばかり思っていたからだ。


 プッ!天谷は予想外の返答に吹き出した。

「あはははは!まさか本当に何も狙いがあったわけではなかったのね。」

「はい。強いて言えば講師同士の親睦が目的ですかね。」

 間宮は講師達を見渡しながら言った。

「そう。確かにこの合宿は皆さんの正規雇用へのテストを兼ねているけれど、それはあくまで講義の出来や結果であって、

 それ以外は敵対視する必要は全くないものね。そういった空気は生徒にも伝わってしまって講義の質が落ちてしまう恐れもある。

 でもこの場でそんな空気を一掃出来るのなら、このお茶会は大歓迎よ!

 そんな集まりに私も参加出来たのなら光栄だわ。」

 天谷はそう言って、間宮のような柔らかい笑顔で講師達を見渡した。


 講師達は一瞬視線を落としたが、すぐに顔を上げて

「はい!天谷社長のお言葉を聞いて私達も心が洗われた気分です。

 我々は生徒の今後の大事な人生の分岐点に関わっている事を、解っている気になっていただけかもしれません。」

 講師の1人が清々しい表情で天谷にそう話した。

「そう!そう言って貰えると、私も嬉しいわ。明日からの講義期待していますね。」

「はい!」

 天谷の言葉に講師達は声を揃えてそう返事した。


 その後すぐに違う講師が間宮に声をかけた。

「間宮先生」

「はい。」

「このお茶会に誘って頂いてありがとうございました。この貴重な時間を講師達で明日からの講義について話し合いたと思うのですが、

 間宮先生が仕切って頂きませんか?」

「僕がですか?そうですね。僕が言い出した事ですし、無責任な事は出来ませんね。わかりました!

 僕でよければ喜んでやらせて頂きます。」


 間宮がそう答えると、講師達が間宮の周りに集まりだして様々な話し合いが行われ始めた。

 その様子をジッと見つめていた藤崎は天谷の元へ向かい口を開いた。


「天谷社長。少しよろしいですか?」

「ええ。もちろんです。」

「以前から気になっていた事なのですが、何故英語のAクラス担当が私だったのでしょうか?

 講義内容や結果を見れば、誰がどう見ても私より間宮先生が適任だと思うのですが……」

「そうね!そう考えるのは無理もないでしょうね。先に結論から言わせてもらうと、間宮先生は最初からCクラスと決まっていたのよ。

 そう契約しているの。」

「えっ?どうしてですか?」

「藤崎先生も間宮先生の独特な講義をみたでしょ?あれは英語が苦手な生徒達の学力の土台を全体的に一気に押し上げる事が目的なのよ。

 逆に言えば苦手な学力は押し上げられるけれど、そこから個々のレベルを上げようとしたら、間宮先生のやり方では効率が悪い。

 だからそこからは、あなた達が上がってきた生徒達、個人、個人のレベルを上げて貰おうと考えていたの。」


「それは適材適所って捉え方でよろしいですか?」

「ええ!それでいいわ。それとついでに言うと、私のこの考えを聞いたらもう気付いてるかもしれないけど、最終的にAクラスを担当している講師が

 正規雇用者に決まるわけではないわよ。我々が見てるのはあくまで生徒達の学力アップと、合宿の間にどれだけ意識改善がなされたかどうかを見ています。

 クラスを分けたのもあくまで生徒達が効率よく学べる環境を与える為に行ったに過ぎません。だから藤崎先生も今後クラス自体にこだわる必要はないから、好きなようにやるといいわ。」


「はい!ありがとうございます!ご期待に添えるよう精一杯努力致します!」


 藤崎は表情を引き締めて答えた。


 その後、誰ひとりこの場を離れる事もなく皆で昼食を取り密度の濃い話し合いは続き、気が付けばテストが終わる15時になっていた。

 ここで天谷は会議の為に離れ、それを機に講師達の討論会は解散の流れになった。

 テストが終わり結果が出るのが17時予定の為、生徒達は一斉に各会議室を退室した。



 ≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡


 瑞樹達も疲れた体を引きずる様に会議室から出て、外の空気を吸いながらお茶しようとテラスへ移動していた。

「おつかれ~志乃~」

「あはは!お疲れ様!愛菜!ほんとに疲れきってるね」

「できれば今日は勉強したくないって位に頑張ったもん!」

「それわかる!今朝言われたけど、本当に体調管理って大事だなって思った。」

「だね!だから志乃も明日から食パンはミミも食べるんだよ!」

「え~!?それ関係ないじゃん!」

 あははははは!


 テラスへ到着すると間宮の周りに瑞樹達と同じ英語Cクラスの生徒達が集まっていた。

 集まってる皆は笑顔が絶えない。余程良い出来だったのだろう。


 加藤は飲み物をカウンターで受け取ると、一目散に間宮の元へ急いだ。


「間宮せんせ~~~い!!」

 間宮は人混みの中からヒョコっと顔を出して呼ばれた方を見てから

「加藤さん、瑞樹さん、テストお疲れ様でした。」

「ほんとにマジ疲れでしたよ!」

「お、お疲れ様でした。」

 加藤と瑞樹は対象的な返答を返すした。

「あはは!それでお二人はテストの出来はどうでしたか?」

 間宮はいつもの柔らかい笑顔で2人にテストの手応えを聞いた。


「もう!バッチリっすよ!一番苦手な英語が手応え最強だったから、余裕が出来たせいか、他の教科も手応えがありました!」

「わ、私も英語が一番良い出来だったと思います。」

 加藤は大きなピースサインで答え

 瑞樹は俯いて照れくさそうに答えた。


 二人の反応を見て間宮はニコリと微笑んで

「そうですか。それは何よりでしたね。」


「はい!もう間宮先生のおかげですよ!」

 加藤が満面の笑顔でそう言うと

「おかげで英語に自信が持てました。ありがとうございます。」

 瑞樹は小さいお辞儀をして感謝の気持ちを伝えた。


「いえいえ。お二人が頑張った結果ですよ。僕は大した事はしていません。」


 二人にそう伝えて間宮は立ち上がった。

「皆さんは時間まで休んでいて下さい。結果発表は17時から中央ホールで行うので遅れないようにお願いします。」

「はい!」ほぼ周りに居た生徒達が同時に返事した。

 その返事を聞いて間宮はテラスを離れようとするが、それに加藤が気付いて

「あれ?間宮先生はどこへ行くんですか?皆で時間までここにいましょうよ!」


 そう言われて間宮は振り返って

「すみません。そうしたいのですが、今晩の自主学待機講師の当番なので、その準備をしないとなので一旦失礼しますね。」

 そう言い残して建物の中へ消えていった。


「そっか!今晩の当番は間宮先生だったのか……」

 両手を組み右手の指で顎を触りながら、加藤はブツブツと考え込みだした。


 その加藤の顔を覗き込みながら瑞樹は声をかける

「どうしたの?」

「うん。今日はテストで疲れたから自主学は休もうかと思ってたんだけど、待機講師が間宮先生ならやっぱり自主学しようか悩んでるの」

「なにそれ?珍しく真剣な顔してるかと思えば、そんな事考えてたんだ。」

「珍しくは余計だよ!」

「あはは!ごめん!ごめん!」

「志乃はどうするの?」

「私?私は元々今日も自主学はするつもりだったよ?今日のテスト問題を完全に自分の物にしておきたいから、問題の復習をするつもり。」

 そう言って瑞樹は手に持っていたタブレットを「トントン」と軽く叩いた。

「そっか~!やっぱり志乃は頑張るんだね~、よし!んじゃ私も頑張ろうかな!」

「ん!わかった。でも無理しちゃ駄目だからね!」

「うん!わかってる」


 それからCクラスの皆でテストの事とか再編成の話で談笑して休んでいると、集合の時間が迫ってきたので、

 指示されていた中央ホールへ向かった。



 17時になり全員が中央ホールへ集合した事を確認すると、進行スタッフが壇上で挨拶を始めた。

「皆さん中間テストお疲れ様でした。このテスト結果を踏まえて役員会議を行い、講師を含めた再編成の結果がまとまりましたので、

 これから正面のスクリーンにて発表します。」

 そうスタッフが告げると生徒はもちろん、講師達もスクリーンに注目した。


 スタッフがタブレットをタップすると、スクリーンに再編成のクラス分け一覧表と講師の担当クラスが映し出された。


 映し出された時、一瞬だけ静まり返ったが、その後会場内は歓喜の声や悲鳴に似た声、興奮した叫び声、それに泣き声まで……

 まるで大学入試の結果発表が行われている様な雰囲気が会場を支配していた。

 瑞樹も自分の結果をチェックしていたら、後ろから誰かに抱きつかれた。

「きゃーー!!!私!英語Aランクに上がってる!他の科目もCクラスだったのが、全部Bクラスになってた!」

「えっ?」抱きつかれた驚いていた瑞樹は加藤の結果に目をやった。

「ほんとだ!やったじゃん!愛菜!おめでとう!」

「ありがとう!これも志乃のおかげだよ!ほんと嬉しいよ!志乃!」

「うん!私も英語Aクラスになったから同じ講義受けられるね!」

「そうだね!他のCクラスだった皆も殆どが上がったみたいだし、当然間宮先生もAクラス担当になるから、またstory magicで一緒に勉強できる……ね……あれ?」


 その直後に全体がどんどんざわめきだした。


 あちこちから声がする。

「え?なんで?」

「いや!これはおかしいだろ」

「え~なんで?絶対また同じクラスだと思ったのに!」


 皆がざわめいたのは講師の再編成の結果だった。

 通常受け持ったクラスの生徒がこのテスト結果でどこまで伸びたかで、講師の評価が出されて、再編成されるものだ。

 勿論その結果通りの再編成がされていた。

 ただ一人を除いて……



 あちらこちらから同じ内容の言葉が聞こえる。


「何故、間宮先生がCクラスのままなんですか!?」


 この結果には皆困惑の声があがった。

 間宮はCクラスの生徒達を2名はCクラスのままだったが、Aクラスへ飛び越えた生徒が10名、のこりの生徒はBクラスへ上がった。

 この結果なら当然Aクラスの担当は藤崎から間宮へ交代するはずなのだから、困惑するのは無理もなかった。


 この経緯を知っている天谷と藤崎は平静を保っていたが、藤崎はやはり複雑な表情を浮かべていた。


 その隣に立っていた間宮に周りの視線が集まったが、間宮本人は苦笑いを浮かべるだけだった。


「その再編成されたクラスで明日から講義を行いますので間違えないように!」とだけスタッフが述べて

 再編成発表は終了した。


 その後の夕食では間宮は物凄い質問や説明を求められたのは言うまでもなかったが、当番の間宮にはあまり時間がなかったので、

 質問などは後日ちゃんと説明すると言っただけに留めて食堂を後にした。


 夕食が終わり各自自由時間になり、瑞樹と加藤は予定通り自主学室へ向かい勉強を始めた。


 まだ加藤は落ち着かない様子で

「あ~あ……折角私もAクラスになったから、また間宮先生の講義受けれると思ったのにな……」

 とブツブツ呟くのを聞いて

「ほら!いつまでもそんな事言ってたら藤崎先生に悪いよ!」

 瑞樹は加藤に注意した。

「ん~それはそうなんだけど……」

 まだ切り替えられないようなので、瑞樹は自分の勉強を始めた。

 勉強を始めて少ししてから、隣でぼやいていた加藤が静かになったのに気付き隣を見てみると

 す~す~す~……やはり相当集中してテストに臨んで疲れたのか、加藤は居眠りをしてしまっていた。


 そんな加藤を見てクスリと笑い

「ほら!愛菜!もう今日はこの辺にして部屋に戻って休んだほうがいいよ。」

 と加藤を起こしながらそう言うと

「そうだね……やっぱり今日は無理っぽいから先に部屋に戻って休んでるね。」

 加藤は寝ぼけながら言って、道具をまとめて部屋へ向かおうとした。

「うん。それがいいよ。また明日もあるんだしね」

「ん!ごめんね志乃。お先に~」

「全然気にしないで。お疲れ様。おやすみ愛菜。」

「おやすみ……」

 加藤は眠そうに部屋へ戻っていった。


 瑞樹はその後も自主学室が閉まる15分前まで勉強をして、そろそろ部屋へ戻ろうと出口を出たところで足が止まった。

 正面に間宮が待機する部屋がある。

 ついさっきまでは人気の間宮が待機講師だった為、かなりの行列になっていたが、もう終了間近だったからか

 誰も間宮の部屋に入っている気配はなかった。


 瑞樹の足は自然と間宮の待機している部屋へ向かいドアの前で止まった。


「コンコン!」

 瑞樹がドアをノックする。

「どうぞ。」

 間宮の返事が返ってきた。


ゆっくり深呼吸をしてから


 ガチャ!


「失礼します。」






















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