第13話 卒業旅行 act 9 ~迷走〜
「あっ! 志乃みっけ!」
ハリーポッターのエリアから松崎達がパレードを見学していた場所まで、戻る途中に加藤が間宮達を見つけて駆け寄ってきた。
「もう! いきなり間宮さんと消えちゃうんだもんなぁ!」
「あはは! ごめんね。元の場所に戻れなくなっちゃって」
「……そっか」
瑞樹は懸命に平静を装ったが、やはり加藤には隠し切れなかったようだ。
「よし! 腹も減ったしそろそろ帰ろうか」
間宮と瑞樹の微妙な空気は松崎にも感じ取れたが、この場ではどうしようもないと判断して、夕食は間宮の実家で食べる事になっていた事もあり、車を停めている駐車場に向かう事にした。
向かっている道中や、移動している車内でも、今日一日遊んだUSJの事で盛り上がっていた。
微妙な空気になってしまった間宮と瑞樹も、皆と一緒にワイワイと話に花を咲かせてはいた。
だが、その間に会話をする事はあっても、2人は一度も目を合わせていない事に、松崎と加藤は気付いている。
「ただいまです!」
加藤は元気に玄関を開けて、まるで本当に家族のように雅紀達がいるリビングへ向かっていく。
これが加藤の最大の魅力だろう。
誰に対しても裏表が少なく、持ち前の明るさですぐに周りの人間に溶け込んでいく。
瑞樹と彼氏である松崎の前でだけは弱さを見せているが、間宮達にとって加藤はなくてはならないムードメーカーになっていた。
「おぅ! おかえり! ユニバはどうやった?」
「はい! 間宮パパさんに貰ったパスのおかげで、メチャクチャ楽しめました! ホントにありがとうございました!」
「わっはっは! そうか! 喜んでもらえたみたいでよかったわ」
続々とリビングに入ってきた他のメンバーも、雅紀に感謝の気持ちを伝えていると、インターホンを鳴らさずに早紀もリビングに飛び込んできた。
「ウチもたっだいまー!!」
「おう! おかえり! 店はもうええんか?」
「うん! 早々に完売したから閉めてきてん」
そう話す早紀の顔は充実感に満ち溢れていた。
この仕事が本当に楽しいのだと、誰にでも分かる早紀の表情に間宮は憧れた。
それと同時に、やはり大切な仲間と離れる事になっても、新潟に行きずっとやりたかった仕事を諦める事は出来ないと、改めて強い気持ちを固めた。
あの時、瑞樹に東京を離れると告げた時。
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「え? 離れるって?」
「ずっとやりたかった仕事があってそこに誘われたんだ」
「それが東京を離れる理由?」
「あぁ、開発部門は新潟県にあるから、俺はそこに行く事になったんだ」
「そ、そうなんだ……」
瑞樹は無意識にフードを被り直した。
フードを深く、深く被り間宮からは顎先しか見えなくなった。
「いつから行くの?」
「来週末の土曜日に」
「急なんだね」
「本当はもっと前から決まってたんだけど、何か言い出しにくくて……ごめん」
瑞樹は黙って皆が待っている場所を目指して、ゆっくりと歩き出す。
立ち尽くしていた間宮とすれ違い様に「わかった。頑張ってね」とだけ言い残して。
瑞樹の顔はフードに覆われて殆ど見えなかったが、間宮にはどんな表情だったのか見えるようだった。
瑞樹の顔を想像すると胸に痛みを感じたが、同時にはっきりと瑞樹に話す事によって、ホッとする気持ちも確かに存在していた。
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「ていうか、まんま家族みたいに入ってきたな」
「ええやん! 長い付き合いで家族みたいなもんなんやし」
間宮は呆れ顔でそう話すと、早紀は間宮の肩に手を回して笑顔を向けた。
そんな二人の様子が、瑞樹には本当の仲の良い姉弟の様に見えた。
いいな……兄妹なら離れていても家族なんだもんね。
「よし! ちゃんと晩飯は食べんと帰ってきたか?」
「はい! 間宮家のお好み焼きを楽しみに我慢してきましたよ!」
今朝家を出る時、以前瑞樹が絶賛していた間宮家のお好み焼きが食べたいと、加藤が言い出して松崎達も希望した為、今晩はお好み焼きをする事になっていた。
すでにテーブルにホットプレートが準備されていて、後は間宮家秘伝の出汁を練り込んだ生地を作るだけで、涼子は準備に取り掛かりだした。
「おい、ビールが5本しか入ってへんぞ」
雅紀は先に軽く飲もうと冷蔵庫を開けて、どう考えても足りないビールの本数を涼子に伝えると、買い忘れていたと慌てだした。
「しゃーないな! おい、良介! 近所のコンビニで適当に酒を買ってきてくれ」
「はぁ!? 帰ってきたばっかりなんやから勘弁してくれよ」
「文句言うてないで、これで買ってこい!」
ブツブツ言っている間宮に、雅紀は1万円札を差し出した。
「あ、あの、おつかいなら私が行ってきます」
雅紀と間宮のやり取りを見ていた瑞樹が、買い出しに行くと言い出した。
「いやいや! 買ってきてもらうの酒やから重いし、時間も遅いから女の子やと心配やしな、それに瑞樹ちゃんは未成年やから売ってもらえんかもしれんからなぁ」
「でもお世話になってばかりなので、何かしたいんです」
「ほな! ウチが一緒に行くわ! 車で行ったら安全やし荷物も大丈夫やろ」
食い下がる瑞樹に、早紀が同行するからと間宮が実家に置きっぱなしにしていた車を借りて、2人で買い出しに行く事になった。
「シートベルト締めた?」
「はい」
「ほな! しゅっぱ~つ!!」
間宮の車に乗り込んだ2人は、大きな通りにあるコンビニを目指して出発した。
「あ、あの、私が変な事言い出したから、迷惑かけてしまってすみません」
「ええねん! ええねん! 」
元々セットされていた音楽が心地よく流れる車内に、早紀の笑い声が響き渡る。
目的地のコンビニに到着して、適当に酒類を買い込んで重いビニール袋を2人で車まで運び込み、車内に戻った瑞樹に早紀が缶コーヒーを差し出した。
「ウチの奢り! 飲んでや」
「え?でも……」
「ええから! ええから!」
早紀はそう言いながら、自分の缶コーヒーのプルタブを開けて口に含んだ。
瑞樹も「すみません」と会釈して、缶を開ける。
「ユニバで良ちゃんと何かあったん?」
「えっ!? えっ?」
突然今の瑞樹の心を見透かしたような一言に、動揺して思わず手に持っていた缶を落としそうになる。
「お姉さんをナメんなよ? 瑞樹ちゃんを見てたら分かるで」
フフンと鼻を鳴らすような顔で、助手席で目を丸くしている瑞樹を眺めた。
「……あの……後で少しだけでいいので、話を聞いてもらえませんか?」
不思議な気持ちだった。
今朝出会ったばかりで、しかも登場の仕方が瑞樹にやきもちを焼かせる女性に、悩みごとを打ち明けようとしている事に。
思えば間宮の周りにいる人達は、こんな雰囲気を持った人が多いような気がする。
類は友を呼ぶと言うけれど、彼と関わっていくと本当にそう思う事がある。
「ええよ! じゃあ、後で連絡するからID教えてくれる?」
瑞樹は早紀と連絡先を交換して、後で落ち合う事にした。
自宅へ戻りまた車から2人で袋を持ち合い、リビングへ荷物を運びこむとすでに準備万端と言わんばかりに、お好みソースが焼ける香りが充満していた。
「お! おかえり! 重いのにありがとう」
「いえ、お役にたててよかったです」
「ちょっとおっちゃん! ウチにはお礼ないの!?」
賑やかに笑い全員が揃ったところで、お待ちかねのお好みパーティーが始まった。
「うそ!? ホントに美味しいんだけど!!」
「これは美味い! 金とっていいレベルですよ!」
「そうか? じゃあ、1000円でええで!」
あはははは!
賑やかな食事はやはり楽しい。
いつまでもこんな時間が続けばいいと思うが、楽しい時間であればあるほどそう長くは続いてくれない。
明日になれば東京へ帰らなければいけない。
別に帰るのが嫌なわけではない。
でも、帰ってしまうとすぐに間宮がいなくなってしまう事を知ってしまったから、子供みたいに時間が止まればいいと思ってしまう。
食事が終わり後片付けを手伝った高校生達は、入浴を済ませた順に部屋に戻っていき、残った間宮と松崎は雅紀達と酒盛りを始めた。
「親父、正月に帰った時に話すつもりだったんだけど、実は来週末に東京を離れて新潟に引っ越す事になったんだ」
間宮は、東京を離れる事になった経緯を雅紀に話した。
「そうか。まぁ、好きな事を仕事に出来るなんて幸せな事なんやから、しっかりと頑張ってきたらええわ」
「うん、ありがとう」
酒盛りの席に同席していた早紀は、間宮の引っ越しの話を聞いて瑞樹の様子がおかしい原因に気が付いた。
酒の席は益々盛り上がりだしたが、早紀は明日の仕込みがあるからと席を立つ。
「見送りはええよ。ちょっと瑞樹ちゃん達に挨拶してから帰るから」
「そうか。色々とありがとうな早紀姉」
「久しぶりに良ちゃんに会えて楽しかったわ! 今度は何年も空けんと一年に一回は帰ってきいや!」
「はは、そうやな。気を付けるわ」
早紀は間宮達とリビング前で別れ、瑞樹達がいる二階に向かうフリをしてコッソリと芝生が広がる縁側に向かい瑞樹に連絡をとった。
「お待たせしました」
暫く待っていると、呼び出した縁側にパジャマ姿の瑞樹が現れた。
「おぉ! パジャマ姿も可愛いやん」
「恥ずかしいのでやめて下さい」
「あはは! 褒めてるんやから、恥ずかしがる事ないやん」
縁側に来ると瑞樹の鼻に、この家ではなかった匂いを感じた。
「早紀さんって煙草を吸うんですね」
「あ、煙たい?ごめんな」
早紀は燻らせていた煙草を、携帯灰皿で消化してそのまま吸い殻ごとポケットに突っ込んだ。
「あ、いえ。大丈夫ですよ」
瑞樹は気にしないと告げたのだが、副流煙を吸わせるのは気が引けるからと、煙草の箱を鞄の中に仕舞いこんだ。
瑞樹は早紀の隣に座り空を見上げると、日中の天気と同様によく晴れた空が広がり、綺麗な月が2人を照れしてくれていた。
「瑞樹ちゃんが悩んでた原因が、うちにも分かったわ。良ちゃん仕事で新潟に引っ越すんやってな。さっき聞いたわ」
「……はい」
「それで?」
「USJで初めてその事を聞かされて、やっと大学も受かってこれからって時だったから、どうしていいのか分からなくなってしまって」
「なるほどなぁ」
「ところでさっき買い出し行きたがったのって、ほんまは良ちゃんから離れたかったからやろ」
早紀に指摘された事は、まさに図星だった。
あのまま間宮の姿が見える場所にいると、必死に隠そうとしていた感情が表に出てしまう恐れを感じて、気持ちを押し殺す為に離れる事にしただけだ。
「どうして分かるんですか?」
「まぁ、瑞樹ちゃんより10年以上長く女やってるからかなぁ」
そう話す早紀は、自分の元から離れていく間宮に対して気持ちがブレてしまっている瑞樹を責めるわけでもなく、ただ凄く穏やかな表情を見せた。
「良ちゃんの事好きなんやろ?」
「……はい」
瑞樹の気持ちを確認した早紀は、縁側から立ち上がり瑞樹から離れた所で煙草に火をつける。
大きくフィルターから空気を吸い込み、ゆっくりと煙を吐き出して微かに笑みを浮かべた。
「で! 良ちゃんが遠くに行ってまうから、気持ちにブレーキがかかったと」
「……そうかもしれません」
「別にええんちゃうかな!」
「え?」
「瑞樹ちゃんまだ高校生なんやし、大学で楽しい恋愛してるのが普通で、わざわざしんどい恋愛せんでいいと思うよ」
大学で次の恋愛までは考えていなかった。
ただ、間宮に出会ってから思い知った事がある。
それは思っていた以上に、自分は寂しがり屋だったという事。
「もし仮にですけど、私の気持ちを受け入れてくれたとしても、すぐに我儘を言って困らせてしまうと思うんです」
「あ~あ! いい! いいい! そんなお飾りな綺麗ごとなんて聞いてない」
「え?」
「瑞樹ちゃん個人の本音を聞かせてや!」
吸い終わった煙草を携帯灰皿に仕舞った早紀は、瑞樹の胸を指さしてそう話す。
「……離れたくありません」
キュッと唇を噛む。
間宮がどれだけやりたかった仕事か理解している。
勿論、それが実現するように応援もしていた。
その目標が掴めるチャンスが来たのに、一緒に喜ばないといけないのに……
現実はそのチャンスを捨てて、傍にいて欲しいと思っている。
どれだけ自分が傲慢なのか思い知らされた。
「実はウチもな、高校の時に良ちゃんの事好きやってん」
「えぇ!?」
「あはは! そんな驚かんでも」
「あ、えっと、ごめんなさい」
早紀は高校当時、一つ下の間宮が好きだった。
何度も気持ちを伝えようとしたが、いつもギリギリのところで思いとどまっていたと話す。
とどまっていた理由は、パン職人になる為に海外で修行がしたい気持ちがあったからだ。
「でも、ウチは目標を選んだ」
「後悔しなかったんですか?」
「後悔かぁ……したことはあったけど、多分目標を捨てて良ちゃんの彼女やってても後悔したと思うよ」
どちらを選択しても後悔する。
以前誰かに同じような事を言った気がする。
でも、あの時とは気持ちが真逆だ。
「まぁこれは瑞樹ちゃんにとって凄く大事な分岐やから、無責任な事は言われへんけど、この分岐はどっちが正解でどっちが不正解って選択じゃないから、そんな死にそうな顔する事ないで」
どちらを選んでも、不正解はない……か。
早紀さんは私の気持ちを楽にしようと言ってくれたんだろうけど、私は初めから正しい選択をしようとしていたわけじゃない。
ただ、間宮さんが東京を離れるって聞かされた瞬間に、自分の足元が見えなくなってしまっただけ。
それに気が付いた事がある。
早紀さんも間宮さんと同じで、夢を目標に置き換えて話していた。
恐らく、この目標って言葉の使い方は早紀さんの受け売りだったんだ。
多分間宮さんも、早紀さんに憧れていて、好きだったんだと思う。
昔の間宮さんと早紀さんの関係は、何だか私と間宮さんに似ている。
違う所といえば、当時の早紀さんが間宮さんで、当時の間宮さんが私って事だろう。
そして間宮さんは当時の早紀さんと同じ選択をした。
……なら、私は?
間宮さんは早紀さんがいなくなった後に、好きな人が出来てその人と結婚までしようと考える事が出来た。
私は間宮さんと離れて、他の人を好きになる事が出来るのかな……
「まぁショックやったと思うけど、元気だしてな」
考え込んでいた時、早紀は瑞樹の肩をポンと叩いてそう励ました。
「ウチ朝早いから、ボチボチ帰るな」
「え? あ、はい。ありがとうございました」
「大したアドバイス出来んでごめんやで。仕事があるから見送りは出来へんけど、元気でな!」
「はい! 早紀さんもお元気で。おやすみなさい」
早紀は元気に手を振り、瑞樹に別れを告げて自宅に向かって歩き出した。
ゆっくりと瑞樹と早紀の距離が離れていく。
離れていく距離が、瑞樹には間宮との距離のように感じた。