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29  作者: 葵 しずく
最終章 卒業
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第12話 卒業旅行 act 8 ~本音〜

「きたよ! USJ!!」


 間宮一行は、雅紀が用意してくれたパスがある為、ゆっくりと早紀が焼いたパンを堪能してから、余裕をもって現地に到着した。


「ウゲッ! マジか!? 俺が高校生の頃はここまでじゃなかったぞ」


 入場門からすでに行列が出来ていて、その光景に間宮達から溜息が漏れていた。


「ホントに間宮パパさんから、このパス貰ってなかったら、敷地に入るだけでかなり時間盗られてたね」

「康介の話じゃ、酷い時は一つのアトラクションに4時間とか5時間待ちとか、珍しくないらしい」

「マジで!? 整理券とかなしでそんなに待たされたら、何にも出来ないじゃん!」


 入場パスと一緒にエクスプレスパスを貰えたのは、本当に幸運だった。

 このパスがあれば、殆どのアトラクションで通常の通路ではなく、特別通路から入れる為、比較的短い待ち時間で楽しめるからだ。


 瑞樹達は改めて、このパスをプレゼントしてくれた雅紀に感謝して、入場ゲートを通り、USJ独特の雰囲気を肌で感じた。


 同じテーマパークであるTDLとは違い、世界観に入り込む感じは箕臼なのだが、その分アトラクションは派手で、絶叫系やVR系のものが軒並みを揃えている。

 瑞樹達は早速お目当てのアトラクションから始まり、それから目に付く順番で回り始めた。


 瑞樹達高校生は、本当に楽しそうに満面の笑顔で楽しんでいる。

 そんな彼女達を見て、雅紀の提案を受けて一日滞在期間を延ばして本当に良かったと、間宮と松崎はお互いの目を見合わせて笑った。


「次はハリポタ行こうよ!」


 加藤がそう言いだして、瑞樹達は目を輝かせながらCMでしか見た事がない、ハリーポッターの世界観を再現したエリアへ足を踏み入れた。


 このメンバーの中で原作になってる小説を読んだ事があるのは間宮だけだったが、他のメンバーも映画やDVD等で見ていた為、その再現度に感動しテンションが上がり過ぎてしまい、勢いで高校生達は更にこの世界観を楽しむ為にとローブと杖を購入した。


 瑞樹達は早速ローブを纏い,杖を使ってポーズを決めてあちらこちらで撮影会が始まった。


「はは、あの子は何でも着こなすよな」


 松崎がしみじみと、ローブ姿になった瑞樹を眺めながらそう呟く。

 松崎の意見は間宮も同感だった。

 はしゃぐ瑞樹達の周りには、沢山の似たような恰好をしている客達がいる。

 だが、瑞樹以上に似合っている女の子は全く見当たらない。

 その証拠に、周りの視線が瑞樹に集まっている。

 それは男だけではなく、同性も惚れ惚れする眼差しを送っている事で証明していた。


 ハリーポッターのアトラクションも、短時間の待ち時間で乗れたところでお目当てのアトラクションをコンプリート出来た。


「さぁ! ちょっと遅くなっちゃったけど、お昼ご飯食べて二周目いくぞ!」


 加藤がそう号令をかけると、瑞樹達が「おー!」と賛同する。

 どうやら二周目に突入するのは確定しているらしい。


 レストランで昼食をとっていたが、高校生軍団の意識はすでに二周目のアトラクションに向いていて、まるで子供が遊園地で遊んでいるようにしか見えなず、間宮は苦笑いを浮かべていた。


「よし! じゃあ、どこから行こうか!」

 手早く食事を済ませて、神山が席から立ち上がってテーブルに広げていたマップを眺めていると、松崎の様子が少しおかしい事に加藤が気が付いた。


「貴彦さん、どうかしたの?」

「ん? あぁ、悪いんだけど、ちょっと疲れたから俺は後から合流していいか?」

 松崎は皆に言っていなかったが、どうやら絶叫系のアトラクションは苦手で、少し体調を崩してしまったようだった。


「……でも」

「俺が松崎についてるから、加藤達は遊んでこいよ。こいつが復活したらすぐ合流するからさ!」


 ついさっきまで元気いっぱいだった加藤の顔が、不安な表情に変わり松崎の側から離れようとしない為、間宮が看病を買って出る事にした。

 それでも不安の色は消えなかったが、この旅行は加藤達受験生の卒業旅行だ。

 だから楽しむ時は四人全員揃ってないと意味がないと、加藤にそう言い聞かせて高校生達を送り出してから、間宮達もレストランを出てベンチが設置されている場所まで移動した。


「ほら! 水でいいだろ?」

「サンキュ! わるいな」

 間宮から受け取った水を一気に喉に流し込み、ようやく一息つけて顔色が少し戻った。

「たく! 苦手なら最初からそう言えよな。彼女に余計な心配かけてんじゃねえよ!」

「ははは……面目ない」

 間宮に怒られた松崎は苦笑いを浮かべ、素直に非を認めてまた水を口に含んでゆっくりと息を吐いた。


「こんな感じでお前といるのも、もうないかもしれないな」

「バーカ! 出発前に一回は絶対に飲みに行くから逃げんなよ!」

「はは! 別に逃げたりなんかしないっての!」


 東京を離れる日まで、もう数える程の日数しかない。

 業務引継ぎはすでに完了して、開発部門とのやり取りも間接的にだが、すでに始まっている状態だった。


「今更聞く事じゃないんだろうけど、本当に行くのか?」

「本当に今更だな。……あぁ、行くよ」


 遠くで野外のアトラクションを楽しむ歓声が聞こえる。

 周りを見渡すと、複数のベンチが設置されているこの場所では、施設内で販売されている飲食物を囲んでいる人達が、楽しそうに話す声や弾けるような笑い声が聞こえてくる。

 そんな楽しさが溢れ出るような場所で、間宮だけは少し寂しそうな笑みを浮かべている。

 新潟へ移り住む事には迷いはない。

 だが、この数か月の間に得た、間宮を取り巻く人間関係を失ってしまう事は、素直に寂しさを感じている。


「なぁ、間宮。ちょっと聞いていいか?」

「ん?」

「瑞樹ちゃんに新潟行きの事話したのか?」

「いや、まだだけど」

「そうか。京都でお前と瑞樹ちゃんがギクシャクしてたから、話をしたのかと思ってたんだけどな」

「別に俺がいなくなる事を知ったって、たいして変わらんだろ」

「お前、それ本気で言ってないよな?」


 松崎に刺すような視線を向けられて、間宮は何も返す事が出来なかった。


「わるいな。折角の旅行なんだし、こんな事聞くつもりはなかったんだけど」

「……いや」


 松崎は持っていたペットボトルに入っていた水を、一気に飲み干して何かを決意した顔付きになる。


「お節介ついでに、もう一つ聞かせてくれ」

「なんだよ」

「答えはでたのか?」


 松崎が何の事を聞いているのかは、すぐに理解出来た。

 瑞樹志乃と香坂優希の気持ちに対しての、間宮自身の答えを求められている。

 本当にお節介だと溜息をつく。


「……ノーコメント」


 間宮が松崎から目線を外してそう答えると、松崎はクスりと笑う。


「分からないとは言わないんだな。OK! それで十分だよ」


 間宮はポリポリと口を尖らせながら、頬を掻いている。

 松崎の受け取り方を否定しなかった事で、間宮の最大の悩みに出口が見えた事を表していると悟った。


「俺なんかの事考えれるのなら、もう大丈夫だな。あいつらと合流して加藤を安心させてやれ」


 間宮はベンチから立ち上がり松崎にそう告げる。

「あぁ、そうだな」

 携帯で瑞樹に連絡をとりながら歩き出す間宮の背中を見つめて、松崎は間宮がどんな答えを出しても、悩みに悩んで出した結果なら誰かを気付けてしまう事になったとしても、親友として支持しようと心に決めた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 間宮と松崎は瑞樹達と合流して、今度は適度な休憩を挟みつつ、USJを心行くまで楽しみ、気が付けばすっかり日も落ちていた。

 その時メインストリートに人がドンドン集まりだしている。

 集まりだした人達のお目当てがパレードだと知り、ナイトパレードを見て帰る流れになり、加藤達が率先してパレードが通過するメインストリートの一角を陣取った。

 派手なLEDで武装したUSJを代表するキャラクター達が、大きな音楽と共にパレードが始まった時、間宮は携帯が震えている事に気が付いてスマホを手に取る。

 着信の相手は間宮の会社の同僚からだった。

 わざわざ日曜日に電話なんてしてくる程だから、急用かもしれないと仕方なくパレードを待っている人混みから外れた場所まで移動して、同僚からの電話に対応した。


 少し長くかかってしまった電話を切って、皆がいる場所へ戻ろうとしたが、パレードがもう目の前まで近づいていた為、戻れるようなスペースが無くなってしまっていた。

 間宮は諦めて、一番後方から僅かに見えるパレードを眺めていると、ローブ姿でフードを深被りした人物に、いきなり腕を強く引っ張られた。

 完全に想定外な事だった為、間宮はその力に抵抗する間もなく、よろける様な足取りで、皆がいるメインストリートから少し外れた路地へ連れてこられてしまった。

 ローブ姿でフードを被っている上に、日が落ちて暗くなっていた為、誰なのかは分からなかったが、背格好で女性だという事は分かる。

 引っ張られる力が消えて間宮が足を止めると、ここまで引っ張ってきたローブ姿の女が被っていたフードを降ろして、間宮に顔を見せた。


「瑞樹?」


 間宮を無言でここまで引っ張ってきたのは、加藤達とパレードを見ているはずの瑞樹だった。


 フードを降ろした瑞樹の表情は、ついさっきまでパレードが来るのを待っていた時の笑顔とは違って、視線が定まらずにオロオロとした様子に見えた。


「えっと、いつの間にか間宮さんがいなくなってたから、探しに行ったんだけど、私も戻れなくなっちゃって」

「俺は仕事の電話がかかってきたから、外れただけだって」

「そうなんだ。それでね、間宮さんも戻れなくなってたみたいだったから、それなら連れて行って欲しいところがあってさ……いいかな」


 瑞樹は両手に持った杖をモジモジと絡めながら、消えそうな声でそう間宮に告げて、上目遣いで返事を待った。

 ローブ姿の瑞樹はいつもよりか細く見えて、そのうえ更に上目遣いでそんな事頼まれたら、間宮には断る術を持たない。


 間宮は何も返答せずに、スマホを取り出して何かを書き込むと、瑞樹のスマホから通知音が聞こえた。


 通知音を聞いて瑞樹も自分のスマホを立ち上げると、ゼミ仲間だけのグループラインの掲示板に、皆の所に戻れなくなったから、瑞樹と少し散歩して来ると間宮が書き込んでいた。


 自分から誘った事だが、こうして他の人間の目に触れる場所に、自分の行動を書き込まれると、急に逃げ出したくなる程の、恥ずかしさが体中を駆け巡り、顔が急激に熱を持つ。


「ほら! あまり時間ないぞ! どこへ行きたいんだ?」

「あ、えっとね、こっち!」


 瑞樹は間宮の手を引いて、目的地へ向かって歩き出した。

 顔が真っ赤になっている事を悟らせない為に、間宮の前を歩き後ろを振り向く事なく目的地に到着すると、間宮は周りの景色に目を奪われる。

 そこは昼間に来たハリーポッターの世界を再現したエリアだったが、暗くなったこの時間になると、映画の世界観がより感じられるような演出が細部まで施されていた。


 その建物から漏れる柔らかい明かりに照らされるローブ姿の瑞樹の姿に、まるで本当にハリーポッターの世界に入り込んだような錯覚を覚える。

 それだけ今の瑞樹の姿が、コスプレ感を感じさせずに、この世界に溶け込んでいた。


 突然ここへ行きたがったのは、今朝康介にナイトパレードが始まると、大半の客がパレードに集まるから、その時に普段人が多い場所が穴場になるとアドバイスを貰っていたらしい。

 事実、今この場所には間宮達の他に僅か数名いるだけになっていて、その人の少なさが世界観をより一層感じる事が出来た。


「えへへ! 付き合ってくれてありがとう! 間宮さん」


 杖を小気味よく振って、間宮に無防備な笑顔を見せる瑞樹の姿に、間宮はおもわず言葉を失う。

 もうすぐこの笑顔が見れなくなる。

 そう考えると、間宮の気持ちがグラグラと揺れる。


 認めよう。

 今まで異動の事を話さなかったのは瑞樹が受験で、余計な事を考えさせない為だと言い聞かせてきた。

 でも、本当は違う。

 本当は俺が瑞樹の笑顔が見れなくなるのが嫌で、ずっと話す事を先延ばしにしていた事を。


 でも、もう引き延ばす言い訳もできない。


 ――限界だ。


「なぁ、瑞樹……聞いて欲しい話があるんだけど」

「え? な、なに?」


 ご機嫌で鼻歌を歌いながら、忠実に再現された建物を眺めていた瑞樹に、声のトーンを少し下げた間宮の声が届く。

 間宮の表情が、いつになく真剣なものに変わっているのを見て、瑞樹は顔を赤らめて少し乱れた前髪を手櫛で整えながら、間宮の正面に立った。


 少し冷たい大阪湾から流れてくる海風が、2人の間を吹き抜けていく。


 離れた場所から、ナイトパレードがクライマックスを告げるアナウンスと音楽が耳に響いてくる。


 もうすぐパレードに参加している松崎達から、どちらかの携帯に連絡が届くだろう。

 このパレードが終われば、楽しかった旅行の全イベントが終わりを告げる。

 明日東京に帰れば、間宮がギリギリまで先延ばしにしていた現実を、確実に動かさなければならない。


 顔を赤らめて少し俯いている瑞樹だったが、目はしっかりと間宮から逸らさずに見つめている。


 そんな彼女が何を期待しているのかなんて、鈍い間宮でもさすがに分かっている。

 本音はその期待している言葉を彼女に伝えたい。

 そんな思いを押し殺してた時、パレードが終わりを告げて一瞬の静寂が生まれた。


 間宮は眉間に皺を寄せ、重い口を開く。


「俺、春から東京を離れるんだ」


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