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29  作者: 葵 しずく
最終章 卒業
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第8話 卒業旅行 act 4 ~どう思っていますか?~

 部屋を出ていった瑞樹を追いかけていた間宮が、エレベーター前まで辿り着いた時、壁に凭れかかっている瑞樹を見つけた。

 どうやら思っていた以上に酔いが回って、足がふらついたようだ。


「待てよ、瑞樹!」

「うるさいな! 放っておいてよ!」


 瑞樹に声をかけると、怒った様子で間宮を拒否した。


「放っておけるわけないだろ。調子に乗って酒なんか飲むからふらついたんだろ? ホラ、部屋に戻るぞ」


 間宮は瑞樹の手首を軽く握って、部屋へ戻るように促した。

 だが丁度待っていたエレベーターが到着して、ドアが開いたのを確認した瑞樹は、握られた間宮の手を振り払ってエレベーターに乗り込んだ。

 手を振り払われた間宮は、少し驚いた顔を見せたが、すぐに瑞樹が乗り込んだエレベーターに間宮も乗り込む。


 これ以上部屋に戻らせようとしても、今は何も言う事を聞いてくれないだろうと諦めた間宮は、瑞樹に付き添う事にした。


 エレベーターに乗り込んでからは、2人共無言を貫いた。

 それはエレベーターから降りた今も同様で、瑞樹が歩く一歩後ろを間宮は黙ってついていく。


 やがて瑞樹は旅館の中庭に出た。

 その中庭は夜間に地面に埋め込まれた照明が点灯して、手入れが行届いている木や花を幻想的に浮かび上がらせていた。

 そんな光景の一部となった浴衣姿の瑞樹も、綺麗な花々に負けないくらい美しく、また儚い表情の彼女と淡い光のコントラストが絶妙で、間宮の心をかき乱すには十分だった。


「前にさ、O駅で神楽優希と間宮さんが一緒にいたのを、偶然見かけたんだよね」


 言葉を失う程に瑞樹の姿に見惚れていた間宮を、瑞樹の一言が一気に現実に引き戻した。


 やっぱり瑞樹にも見られていた。

 神楽優希との関係は確かに隠していた。

 だがそれは、優希の立場を考慮したもので、決して自分の為ではないと思っていた。

 だから、もし優希との関係を知られる事があっても、気にする事はないはずだった。

 なのに瑞樹の口から見かけたと言われただけで、動悸が激しくなり後ろめたい気持ちになる。

 


「何も言ってくれないんだね」

「……ごめん」


 本当は神楽優希本人から事情は聞いていた為、現状の2人の関係は理解していた。

 でもあくまで神楽優希から聞いた話だから、もしかしたら間宮の認識は違っているのかもしれないと、確認の意味を含めた質問だった。


 だから返答を拒否されると不安が募り、胸がギュッと痛んだ。


「……そっか。分かった……もう聞かないよ」

「……」


 間宮に背中を見せた状態で話をしていて会話がそこで途切れてしまい、誰もいない少し肌寒い中庭に静寂が訪れる。

 背中越しにチラリと間宮の様子を窺うと、視線を少し泳がせて何か言わないとと懸命に思考を働かせているように、瑞樹にはそう見えた。


 そんな間宮の様子を見て、瑞樹はある決心を固めた。


「それじゃ、質問を変えていい? 一応これは罰ゲームなんだし」

「え? お、おぅ! そうだよな」


 質問を変えると告げた瑞樹は、軽く深呼吸をしてからクルリと体を反転させて、間宮と正面から向かい合った。


「ま、間宮さんは、私の事どう思っていますか?」


 ずっと、本当にずっと聞きたかった事だった。

 今まで聞けなかったのは、色々な言い訳が出来るのだが、結局は聞く勇気がなかっただけだ。

 この場で聞けたのは完全に酒の力を借りただけで、酔っていなければ聞く事は出来なかっただろう。


 質問をしてから、体中の血液の流れが速くなった。

 動悸が激しくなり、心臓の動きが早くなったのが分かる。

 みるみる顔が赤くなったが、薄暗いライトアップされただけの中庭では、その様子を間宮に気付かれる事はないだろうから、下手に隠す事をしなかった。


 心臓が暴れて落ち着かない。

 でも口に出した以上、目線だけは落とさずに真っ直ぐに間宮を見つめた。

 目の前にいる間宮は少し目を見開いた後、暫く目線を泳がせている。

 ここまでは大人しく待っていられたのだが、眉間に皺を作った瞬間に背筋から冷たい汗が流れ落ちるような感覚にとらわれて、全身がゾッと身震いした。


「お、俺は……その」


 間宮の眉間の皺がより一層深くなる。


「あー! やっぱり返事はいいよ」

「え?」

 間宮の重々しい口が開いたと同時に、質問をした張本人である瑞樹がその口を再び閉じさせた。


「変な事聞いてごめんね。困らせるつもりじゃなかったんだ」

「いや、困ってるわけじゃ……」

「無理しなくていいいよ。寒いからそろそろ戻ろ」

 話しを完全に切って中庭から立ち去った瑞樹を、間宮は呼び止める事が出来なかった。

 いや、それどころかホッとしている自分に溜息が漏れた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「快調に呆けてるね。結衣」

「な、何言ってるのよ!」


 瑞樹達が泊まる所謂、女子部屋に戻ってきた加藤が、枕を誰かさんに似たてて愛おしそうに抱きしめて、目の前に可愛くラッピングされた紙袋を眺めて物思いに耽っている神山に、そう声をかけた。

 神山本人は否定していたが、誰が見ても分かるほどに乙女の顔を隠せていない。


「その様子だと、佐竹と仲直り出来たみたいだね」

「う、うん。ご迷惑をお掛けしました」

「それってバレンタインのお返し?」

「うん! さっき貰ったんだ」

 軽く会釈しながらそう告げる神山に、加藤が追い打ちをかける。


「それで勢い余って、キスまで済ませてきたと」

「ウエッ!? な、何で分かるの!?」

 図星を突かれて、隠すつもりだった事をわざわざ露呈していまい、慌てて口を手で押さえたが、時すでに遅しだ。


「何でって、誰が見ても分かるってば」

「うう……は、恥ずかしい」


 ニヤニヤと勝ち誇った加藤の顔が、癇に障ったのか神山も反撃にでる。

「愛菜だって手に持ってるのってそうなんでしょ?」

 加藤も丁寧にラッピングされた、大人っぽいデザインの袋を手に持っている。

「まぁホワイトデーだしね」

 涼しい表情のまま、当然と言いたげにサラッと返す。


「愛菜はあれから向こうの部屋で、松崎さんと二人きりだったんでしょ?」

「残念でした! あれから松崎さんのお母さんが来て、三人で楽しくお喋りしてただけだもん」


 その質問が飛んでくるのを予想していた加藤は、相変わらず涼しげな顔を崩さずに、そう話して鼻を鳴らした。

 だが、神山の反撃はここからが本番だと言いたげな顔を見せる。


「その後だよ!」

「ん? 何の事?」

「その後、2人で部屋を出てどこへ行ってたのかな?」

「え?」


 神山はこの部屋へ戻ってくる時、佐竹と二人で加藤と松崎が部屋を出ていき、この部屋と反対側の通路に消えていくのを目撃したのだ。

 その後部屋へ戻った神山は、旅館の見取り図を調べて加藤達の足取りを追っていた。


「愛菜達が向かった方向って、展望ロッジへ上がるエレベーターしかないよね? 京都の夜景が見れる場所に2人きりで行って何してたのかなぁ?」

「み、見てたの?」


 ついさっきまで勝ち誇っていた加藤の表情が、一気に動揺を隠せない引きつった表情に変わる。


「志乃達の事を話してたんだよ。心配だったから……」

「うん。愛菜の性格を考えると、そこは嘘じゃないと思うんだけど、それだけじゃないよね?」


 完全に形勢が逆転した。

 まだまだ玉は残っていると言いたげな神山を見て、加藤は素直に白旗を振り降参する。


「分かったよ。参りました! そうだよ、私達も……その……ね」


 降参して歯切れ悪く白状した加藤と神山は、お互い顔を合わせて思い出したように、顔を赤らめてニヤニヤしながら枕を抱きしめた。



「……2人共、幸せそうでいいね」


 ピンク色のほんわかとした空気が流れていた部屋に、突然ピンと糸を張ったような空気が流れる。


 声がした方に2人が振り向くと、そこには浮かない顔をした瑞樹が立っていた。


「お、おかえり。志乃」

「だ、大丈夫だった?」


 加藤と神山が、一瞬で夢見心地の世界から現実に引き戻され、引きつった表情で立っている瑞樹を見上げる。


「心配かけてごめんね」


 気まずい空気が部屋中を支配した。

 まさに天と地、月とすっぽん、猫に小判な状況の差がでていた。


 加藤は初めて自分が言い出した事に、後悔の気持ちが生まれる。

 だがそれは決して、好きな人との事で周りに遠慮しないといけないと言う事ではない。

 間宮と瑞樹の関係がどうなるか分からないのに、安易に間宮を誘ったりしたら、こんな事になる可能性だって十分に考えられたはずだ。

 瑞樹が他人の幸せを妬むような、小さな人間ではない事は分かっている。

 だから今の瑞樹のリアクションだって、本気で言っていない。

 でも、心の中で寂しい思いをしているのを、表に出さないように我慢しているのだろう。

 後悔の原因はそこにある。

 瑞樹に我慢させている事が、最大の失敗だった。


 松崎には何もするなと言われていたが、話を聞いたり相談にのる事は悪い事ではないはずだ。


「ねぇ! 今から三人で部屋の露天風呂に入らない?」

「おぉ! いいね! 入ろう! 入ろう!」

 加藤の提案に神山が即答で答える。

「私はいいよ。何だか疲れたから先に休むね」

「駄目! 折角こんなにいい部屋に泊まれたんだから、満喫しないと勿体ないって!」

 瑞樹は寝るからと断ったが、加藤は強引に瑞樹を引き連れて、室内に設置されている露天風呂に向かった。


「ふぅ……これは贅沢だね」

「ホント! ホント! 松崎さんに感謝だよ」


 湯船に浸かった加藤と神山が、この部屋を用意してくれた松崎に感謝していると、後から瑞樹がオズオズと脱衣所から風呂場へ入ってきた。


「志乃の体って、やっぱり綺麗だよね」

「へ?な、何? 突然」

「だよね! 顔も神クラスでスタイルも良くてさ! モテる要素しかないって感じだよね」

 加藤と神山が小さなタオル一枚で、体を隠して現れた瑞樹を眺めて、惚れ惚れするような眼差しを向けてそう言うと、瑞樹は恥ずかしそうに慌ててお湯に浸かった。

「それでいて努力家で、性格も思いやりがあって優しいし、勉強だってk大現役で受かる程に優秀だし」


「何だかそこまで褒め殺されると、逆に褒められてる気がしないんだけど」

 お湯に口元まで浸かって、ブクブクと泡を立てながら唇を尖らせた。


「本心だよ。だから自信持ちなって!」

 加藤にそう言われた瑞樹は、ブクッと泡を止めて顔を上げた。


「さっき間宮さんに、私の事どう思ってるのかって聞いちゃったんだ」


 突然の瑞樹からの告白に、加藤と神山は驚いて瑞樹の方に身を乗り出した。


「マ、マジ!?」

「……うん」

「で? 間宮さんは何て言ったの!?」


 更に瑞樹に詰め寄った加藤達の目は、何故か輝いて見えた。

 少し苦笑いを浮かべた瑞樹は、返事を暫く待っていたら間宮の顔が辛そうに見えて、口を開く前に返事を聞くのが怖くなり、誤魔化して逃げてきたと話した。


「ばっか! 何でそこまで聞けたのに、逃げちゃうかなぁ」

 加藤がズッコケそうになって、呆れたような口調でそう話した。

「……だって、いい返事が貰える気がしなかったんだもん」

「そんなの分かんないじゃん!」

 そんな言い訳をすると、今度は神山が溜息交じりにそう言う。

「間宮さんのあの顔を見れば、分かっちゃうよ」

 瑞樹は自分の両膝をギュッと抱きしめて、肩を少し震わせている。

 加藤にはその姿が、何かに怯えている様に見えた。


「志乃がそうやって怯えている原因に、神楽優希が関わっているんだね」


 加藤が瑞樹に告げると、首をゆっくりと縦にコクリと振った。


「そろそろ私達にも話してくれてもいいんじゃない?」

 加藤がそう告げると、神山も何度も顔を縦に振って同意した。


「……優希さんは、間宮さんの亡くなった婚約者の妹で、私と同じように間宮さんの事が好きな人なんだよ」

「神楽優希が間宮さんを!?」


 瑞樹が神楽と間宮の関係を話すと、神山が目の色を変えて湯船から勢いよく立ち上がり、驚きの声を上げた。


 加藤がネットに流出した画像や、神楽のライブでのMCで間宮との関係に気が付いて、神山も神楽は間宮と繋がりがあるのは知ってはいた。

 だが、あくまで元婚約者の妹というだけの関係だと思っていた神山は、瑞樹の告白に驚くのは当然だ。

 しかも、神山は神楽優希の熱狂的なファンだった為、そんな雲の上の存在が身近な知り合いの事が好きだと知らされれば尚更だろう。


 それから、間宮と神楽の詳細な関係を瑞樹が知っている限りを、加藤と神山に話した。

 話しを聞けば聞くほど、神山の驚きの声が風呂中に響き渡る中、加藤は極めて冷静に最後まで黙って聞いていた。


「なるほど! ライバルがいるのは何となく分かっていたけど、ライバルの正体は神楽優希だったか」

「……うん」

「ちょ、ちょっと待ってよ! 神楽優希と二人でドライブしておまけに二人きりでお茶したの!? 美人ってもはや何でもありなの!?」

「結衣! うるさいよ! 今はそんな事どうでもいいでしょ!」

「いやいや! どうでもよくないでしょ! サラッと話したけど物凄い事じゃん!」

「ホントに黙ってて! 黙れないならもう寝な!」


 加藤が珍しく声を荒げて、一人で騒いでいる神山に釘を刺した。


 加藤に怒られて大人しくなった神山を確認してから、加藤はお湯の表面をジッと見つめている瑞樹の肩にそっと手を置いた。


「それでも自信をもっていいと思うよ」

「何で? 相手はカリスマアーティストなんだよ」

「そんな肩書なんて、恋愛には何も役にたたないでしょ」

「……でも」

「ライブの時に神楽優希も言ってたじゃん。ステージを降りたら私達と同じ普通の女だって! それにさ」

「それに?」

「心に迷いがあるから、付き合い始めたばかりの神楽優希と別れたんだしね」

「それは違うって! 本当の優希さんを見たいから一旦距離を置いたんだって話したじゃない」

「その話、本当にそれだけだと思ってるの?」

「それだけって?」


 こうも鈍感な美少女が存在していいのかと、加藤は溜息をついた。


「いい! 志乃! これは私の考えだけど確信があるから話すね」

「う、うん」

「間宮さんは志乃の事が好きなんだよ。確かに別れた原因に嘘は言ってないかもだけど、絶対にそれだけじゃない!」

「ま、まま、間宮さんが、わ、私の事を……す、好き!?」

「多分、神楽優希を付き合う事になって、初めてその事を自覚したんだと思う」


 瑞樹にとっていい流れが来ているのは確かだ。

 でも、その事を本人が自覚しないと折角のチャンスが台無しになりかねない。

 加藤は松崎の忠告を守らずに、また2人の事に首を突っ込んでしまった事に気が付いた。

 だがこれが私なんだ、親友を助けられる事があったら手を貸したいと思うのは、間違っているとは思わない。


 加藤は最後にもう一度この言葉を、瑞樹に告げる。


「志乃……もっと自分に自信をもって」

「……うん。ありがとう」


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「帰ってこないっすね。間宮さん」

「だな、瑞樹ちゃんは部屋に戻ってきたっぽいんだけどな」


 松崎と佐竹は2人でババ抜きをして、間宮の帰りを待っていた。

「……あの、間宮さんと神楽優希ってどんな関係なんですか?」

「ノーコメント! 佐竹君はそんな事気にしてないで、彼女の事だけ考えていたらいいの」

「はい……すみません」


 ったく!高校生に心配かけてんじゃねぇよ!あの馬鹿!


 松崎が心の中でそう文句を言っている時、その間宮は中庭への出入口付近にあった木製のベンチに座り、一人で缶ビールを飲んでいた。

 正直、瑞樹にあんな顔をさせてしまって、ヘラヘラと部屋に戻れる気がしない。


 三本目の缶を開けた時、頭の中に優香の姿が過る。


 ―――俺は……まだ駄目なのかな……優香。 


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