第17話 語り合う夜
元旦の夜
間宮との初詣から帰宅して、家族との時間を過ごして自室へ戻って来た。その時、ベッドに置いてあったスマホから着信が届く。
電話に出ると、妙に神妙な声色で話す加藤からだった。
「もしも~し!あけおめだね」
「そんな事は後……志乃!大変なんだよ……助けて」
「え?ど、どうしたの!?」
「じ、じつは……ね」
「う、うん……」
「ま、松崎さんの事……マジっぽいんだよね」
電話に出てまず新年の挨拶をしたのだが、加藤はそれすらすっ飛ばして用件を話しだした。
加藤はとても明るくて、周りを楽しませる事が得意な女の子だ。
そんな加藤だから、皆とのコミュニケーションをしっかりとる為に、大切にしているのが普段からの挨拶である。
その加藤が新年の挨拶を飛ばしてしまう程、テンパってしまっている。
その事を良く知っている瑞樹は、加藤が話し出した内容に真剣に耳を傾ける。
すると、今まで否定していた松崎の事を、本気で好きになったと激白してきた。
否定はしていても、恐らく松崎の事が気になっているのは分かっていた瑞樹だったが、電話でとはいえ素直に松崎への気持ちを話した事に驚きを隠せなかった。
「そっか、松崎さんの事を好きになる愛菜の気持ちは分かる気がする」
「あ、あれ?笑わないの?」
「え?何で?松崎さんを好きになる事が、可笑しい事なの?」
「……だって、チンチクリンな私が、大人の松崎さんをだよ?つり合い取れてないじゃん」
「何言ってんのよ!そんな事思ってないよ」
「……そっか……ありがと志乃」
電話の向こうの加藤が安堵した声に変わったのが分かる。
余程、松崎の事を好きになった自分に自信を持てなかったのだろう。
「それにしてもいきなり、私にそんな話をしてくるなんて、何かあった?」
そう加藤に質問すると、今日2人で初詣に出かけてそこであった事を全部瑞樹に話して聞かせた。
その話を聞いただけで、加藤がどれだけ松崎に気持ちを寄せているかよく分かる。
松崎も満更でもない事も伺える。
とゆうより、松崎の方から誘ったのだから、この言い回しは妥当ではない。
だが、加藤が聞かせてくれた話の端々から迷いがあるのを感じ取れた。
「そっか!最高の初詣だったんだね!……でも」
そこで話を切ったが、加藤からは何も言ってこない。
恐らく、次に何を言われるのか見当がついているようだった。
「……迷ってるんだね」
「……」
「だから、私に電話してきたんでしょ?違う?」
「……違わない」
加藤が認めた迷いの原因は、瑞樹にも心当たりがある。
加藤の気持ちが移った事を責めるつもりは毛頭ない。
だが、合宿で話してくれた相手の顔が思い浮かんでしまう。
「答えにくいかもだけど、佐竹君の事はどうするの?」
加藤は佐竹に気持ちを寄せていたはずだ。
時間の経過と共に、気持ちが移る事だってあるとは思う。
でも、ただの友達とゆう関係ではない佐竹の存在を、このままにしておくわけにもいかない。
「あいつはもういいの……あいつはまだ、志乃を見てるから」
「そんな事!」
「あるよ!見ていたら分かるもん。でもね!あいつが無理だから松崎さんへってわけじゃいから!絶対に違うから!」
「ん、それは分かってるよ。愛菜はそんな器用な事出来ない事くらい」
いい加減な気持ちで松崎を好きになったわけではないと、強く言い切った加藤の気持ちを、瑞樹は無条件で彼女の気持ちを肯定した。
加藤の心の中に松崎がいるようになってから、彼女も色々と葛藤があったのだろう。
決して人を好きになる事に対して、答えは一つではない。
それぞれに物語が存在して、人々はその物語を一つずつ選択して進んでいく。
だから、答えなんて十人十色なのだと思う。
「志乃だったら こうゆう場合どうする?」
そう言われて瑞樹は少し考えてみた。
まず複数の男の人の間で迷った経験がない瑞樹は、深く心の中に意識を向けて更に考えてみる。
すると、自然と頭の中に岸田の笑顔が思い浮かんだ。
「違う!私はそんな目で見ているわけじゃないから!」
思わず、頭の中で考えている事を声に出して否定してしまった。
「え?何が?見てるって何を?」
驚いた声で少し困惑気味にそう問いかけてくる加藤を、何でもないから気にしないでと話すにとどめた。
「私にはその経験がないから、偉そうな事は言えないんだけど、佐竹君と松崎さん、どちらを選んでもいつか後悔する時が来るんじゃないかと思う。でも、でも、それが駄目なんじゃなくて後悔しない選択ってないんだと思うんだ」
「後悔しない選択はない……か」
あまり聞き慣れない言葉かもしれない。
よく映画やドラマなどでは、後悔したくない!とか、後悔なんてしないとか。
そんな言葉ならよく聞くが、後悔しない選択をしたいのに、どちらも後悔する事になるのなら、どうすればいいのだろう。
「言いたくなかったらいいんだけど、志乃はどうしてそう思えるの?」
当然の疑問だろう。
そう言える根拠が今の加藤には必要なのだから。
瑞樹がその説明をする題材に、中学時代の平田との事を選んだ。
あの告白を断わった事が原因で、あんな酷い目に合わされた事を知った時、本音を言うと少し後悔した事がある。
もし、あの告白を受け入れてさえいれば、虐めを受ける事なく生活出来たはずだから。
でも、虐めを受けなかった方を選んでも、好きでもない人の恋人になって果たして後悔しなかったのかと聞かれたら、考えるまでもなくNOと応えるはずだ。
それに、受け入れた方を選択していたら、こうして加藤達と知り合える事もなかった。
まして今、こんなに大切な存在になっている間宮に出会う事も、好きになる事もなかったのだ。
……だがらと瑞樹は話を続ける。
「だから、後悔しない方を選ぶんじゃなくて、後悔してもその選んだ結果に、目を逸らさない事が大切なんじゃないかな」
「結果に目を逸らさない事か」
加藤はそう言ってから暫く何も話さなかった。
瑞樹もその沈黙の間、何も話さずに加藤の考えが纏まるのを待った。
「……うん!わかったよ!」
暫くしていつもの元気な加藤の声が、電話越しに届いた。
「私!松崎さんが好きだ!どんな結果になっても目を逸らさないと思える位にね!」
「そっか!愛菜がそう選んだ事なら、私は何も言う事ないよ。頑張ってね!応援してる!」
「うん!ありがとう!お正月からこんな話聞かせてごめんね」
「何言ってんの!私も色々と聞いてもらってきたんだから」
スッキリしたような声で、久しぶりに受験の事を忘れて、遅くまで電話で話し合った。
ずっと恋愛から逃げて、友達には神経を使ってきた頃を考えると、こんな話で加藤と長時間話している今が、信じられないとさえ思う。
機嫌をとるとか、同調しているふりをしているとかでは決してない。
親友の加藤が選んだ先に、幸せがある事を本気で願っている。
だって、こんなに一生懸命なのだから。
おやすみと挨拶をして電話を切った親友に、良い結果が訪れる事を心から祈りながら瑞樹は静かに眠りについた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
瑞樹と加藤が恋バナに花を咲かせていた同時刻頃、
もう1人の悩める青年?が間宮のマンションを訪れていた。
「お前も飲むだろ?ほいっ!」
松崎が勝手知ったる他人の冷蔵庫と言わんばかりに、勝手に冷蔵庫から缶ビールを二本取り出して、その一本を間宮に投げ渡した。
「何でお前のビールみたいになってんだよ!」
「まぁ!まぁ!俺とお前の仲じゃん!固い事言うなって!んじゃ、あけおめ!!」
カンッ!
松崎がそう音頭をとり、缶ビールを突き合わせてから、松崎は一気に喉にビールを流し込んだ。
炭酸とホップの香りが体を駆け巡り、後からアルコールがゆっくりを染み渡ってくる。
「クゥゥ!!!やっぱビールは一口目が最高だよな!」
「まぁな、んで?何がヤバいって?」
「そう背化すなよ!もうちょい酔わないと、恥ずかしくて間宮にでも話にくいんだから……察しろよ」
何でいきなり強引に間宮のマンションに訪れて、自分の家のように我が物顔で寛いでいる奴の事を察しないといけないんだ。
そう文句の一つでも言いたかったが、間宮は何も言わずに缶ビールのプルタブを開けて、松崎と同様にビールを一気に流し込んだ。
暫く話し出す気はないと察した間宮は、飲みかけのビールを片手にキッチンに立ち、冷蔵庫にある物で適当にツマミを作り始めた。
キッチンからいい香りが漂ってくる。
一人でここへ向かう途中のコンビニで、適当に買ってきたスナック菓子を食べるのを中断して、間宮の背後に向かった。
「おぉ!めっちゃいい匂いするじゃん!何作ってくれてるんだ?」
「ニンニクと唐辛子とパスタがあったから、ペペロンチーノでも作ろうと思ってな」
そう言って、間宮はフライパンで適度に火を入れたニンニクをベースにした素をパスタと絶妙に絡めだした。
さっきから松崎を引き付けていた匂いは、焦がしたニンニクの香りだ。
間宮も松崎も初詣に訪れた神社の出店で適当に食べただけで、まだ今日はまともな食事をしていなかった。
だから、いつもよりこの香りが嗅覚を刺激して食欲をそそった。
「ほい!おまちどうさん!」
用意していた二枚の皿に適当に盛り付けたパスタが、リビングのテーブルに運ばれてきた。
その皿に松崎の目は子供の様にキラキラと輝いている。
現金な奴だと苦笑いをした間宮もテーブルの前に座り、新しく冷蔵庫から出してきたビールで改めて乾杯をしてパスタを口に運んだ。
「うっま!マジで美味い!間宮、俺と結婚する気ないか!?」
「バーカ!お前と結婚なんてしたら、死ぬまで苦労させられるのが目に見えてるっての!」
「あらま!即フラれたか!」
「……あぁ、だから……その役は加藤に任せるわ」
間宮が不意打ちに加藤の名前を出すと、パスタを夢中で食べていた松崎のフォークがピタリと止まった。
その後、一瞬の沈黙が部屋を支配するが、嫌な雰囲気は感じられない。
「気が付いてたのか?」
「まぁな。ここ最近のお前を見ていたら分かるって」
自分から加藤の話をする前に、間宮からその話を振られて少し悔しそうな表情をした。
松崎は、静かにフォークをパスタが乗っている皿の上に置いて、食事を中断した。
話す事に勢いをつけるように、飲みかけだった缶ビールを一気に最後まで飲み切って、勢いよくテーブルに置く。
その際にカンッ!と音が部屋に響き渡ると、さっきまで見せていたいつもの雰囲気を消し去った松崎は、真剣な顔で間宮の目を見て口を開きだした。
「……俺さ、愛菜ちゃんの事が好きになったかもしれないんだ」
予想通りではあったが、改めて松崎の口からそう告げられると、何だか心が熱くなるのを感じた。
熱くなったのには理由がある。
松崎も間宮とは違う理由で、特定の人を好きになる事を避けているのを知っていたからだ。
だから、松崎と一番近い存在の間宮には、その変化は他人事には聞こえなかった。
「そうか」
「……あぁ」
お互い短い言葉で綴った。
その短い言葉に色々な気持ちが込められているのを、お互い知っているから、味気ない受け答えだったが、それだけで十分だった。
2人はそれから缶ビールを追加して、また一気に喉に流し込んだ。
「でさ!どう思う?」
「何が?」
「俺みたいな三十路前の男が、女子高生を好きになるって事だよ……一応お前は先輩だし」
「は?先輩ってなんでだよ!」
「いや、お前は瑞樹ちゃんに惚れてんだろ?」
「い、いや!それは……まだ、よく分からないから」
間宮のハッキリしない反応に、松崎は以前から気になっていた事を聞く事にした。
「あのさ!お前って神楽優希と何かあるのか?」
そう 以前ネットで出回った神楽優希の画像を見て、松崎も一緒に写っているのは間宮だと気が付いていたのだ。
だが、本人から何も話してこない為、あまり触れられたくない事なのかもと、今まで一言もその事には触れてこなかった。
でも、瑞樹との関係を聞いて、こんな返答が返ってくると聞かないわけにはいかないと、意を決してついにその事に触れたのだ。
実際、その事を話した直後、間宮の表情が強張り持っていた缶ビールに力が入り、ペコッと缶が凹む音が聞こえた。
「何で?」
「いや あの画像をお前に近い人間が見れば、誰にだって一緒に写っているのは間宮だって気が付くだろ。実際、他の誰かにも言われたんじゃないか?」
「いや 直接には誰からも言われてない。ただ、その画像が原因で優香の存在が瑞樹達にバレているのは知ってる」
「は?何で神楽優希の画像が原因で、優香ちゃんの名前が出てくるんだよ!」
松崎の中では、香坂優香の事を知っている近しい人間は、昔からの知り合いであるごく一部の人間だけだと思っていた。
その為、瑞樹達が優香の存在を知っているはずがないと考えるのは当然だ。
だから、頭の中で間宮の言葉を理解しようとしても出来ないのは無理もない事だ。
もう松崎に優希の存在を隠す理由なんて無くなっていた為、何故、彼女の事で優香の存在がバレてしまったのか説明する事にした。
「神楽優希は、優香の実の妹なんだよ。」
「……へ?」
あまりの衝撃的な事実に、松崎の思考が停止して間抜けな声が漏れた。
それから間宮は、神楽優希の本名が香坂優希である事。
彼女と出会ってからどんな事があったのか、その画像の事とXmasliveの時の優希のMCが原因で、優香の存在が瑞樹達にバレてしまった事。
自分と優希の現在までの関係を、なるべく詳しく松崎に話して聞かせた。
その話が終わる頃には、更に缶ビール2本が空になっていた。
話を聞き終えて、驚きを隠せない。
だが、その話で状況が全て繋がり妙に納得していた。
いや、全部繋がったのは嘘だ。
一つだけ理解出来ない事があった。
「大体の状況は分かった、でも、一つだけ繋がらない事があるんだが」
「何だ?」
「瑞樹ちゃんに優香ちゃんの事を話した人って何者なんだ?何でお前の部屋を出入りしてるんだよ」
「あぁ、そこ気になるか……別に隠してたわけじゃないんだけど、彼女は俺の妹で神楽優希のマネージャーでもあるんだよ」
「……は?はあぁぁぁぁ!?!?!」
優香と優希の話より、妹の茜が神楽優希のマネージャーだった事に、一番驚いていた。
やはり、こいつのツボはよく分からんと苦笑いを浮かべて、目を見開いている驚愕する松崎を見ながら、新しい缶ビールのプルタブを開けた。
「そんな偶然あんのか!?世間狭いってレベルじゃないだろ!」
「まぁ、俺もその事知った時は驚いたけど、そんな事もあるかなってさ」
「いや!ないからな!」
そんなやり取りをしているしている間に、少し落ち着きを取り戻した松崎が少し深呼吸をして、改めて話を元に戻した。
「それで?気が付いた連中に優香ちゃんの事を話をしたのか?」
「いや、さっきも言ったけど 誰にも直接優香の事を聞かれたわけじゃないから、話してはいないな」
「う~ん……それってどうなんだ?」
「どうって言われてもな」
そういえば加藤も気が付いているうちの一人だろうに、俺にも一言もそんな事話さなかったな。
あいつの性格からすると、瑞樹ちゃんが行動に移すまで見守るってパターンなのかもしれない。
間宮は松崎の相談にのっていたはずなのに、いつの間にか優希の話に移行してしまっている現状に、少し戸惑いを隠せずに缶ビールの缶の淵を指でクルクルと撫でている。
「まぁ、それはいいとして、実際どうなんだ?その神楽優希が優香ちゃんの妹だってのは分かったけど その関係だけじゃあの画像の説明にはならないよな?」
松崎が何を聞きたがっているのかは分かっている。
ただの元婚約者の妹に、路上で引っ叩かれるなんて考えにくい事だから。
「実は、優希に好きだって言われて……その」
「もしかして、付き合ってるのか!?あの神楽優希と!?」
そこまで追求されてから、間宮は自分のミスに気付く。
いくら信頼している友人にとはいえ、芸能人にとってスキャンダルは死活問題に直結してしまう。
そんなネタにしかならない事を安易に話してしまった自分に苛立った。
「とにかく 俺の話はいいから!今日はお前の相談の為に来てるんだろ?」
「いや!でもな!」
「もういいだろ!あと、今聞いた事は忘れてくれ」
「そんな事言っても」
「頼む!!」
間宮と優希の関係について 打ち切ろうとした間宮だったが、食い下がろうとした松崎に、少し睨みながら一言で優希の話を打ち切らせた。
僅かだが言い合いになってしまい、部屋の空気が重くなる。
2人は黙り込んでしまって、BGM代わりにかけていた音楽の音だけが部屋に響く。
間宮は冷静になろうと試みたが、口から発せられた言葉はそんな気持ちに反した言葉だった。
「加藤を好きになったのは分かったけど、それなら加藤にあの事を話すんだよな?隠して付き合うのは、両方の友達としては賛成できないぞ!」
そう聞かされた松崎の表情が一気に曇った。
胡坐をかいて、膝の上に添えていた手を力いっぱい握りしめる音が間宮の耳にまで届いて、ハッと我に返える。
「す、すまん!別にお前を責めるつもりで言ったんじゃないんだ」
苛立たされた本人に、八つ当たりした形になってしまった自分の発言を、慌てて否定した。
「いや、いい!事実なんだしな」
「……すまん」
「だからいいって!それに愛菜ちゃんに気持ち伝える事があったら、その時にちゃんと話すつもりだ」
松崎は覚悟を決めたような顔つきでそう話した。
その顔だけで、決して軽い気持ちで好きになったわけじゃない事が分かる。
「でも、もう恋愛はしないって言ってたお前に好きな子が出来て、素直に嬉しいよ」
「それは間宮の影響かもな」
そう言った松崎の顔は、柔らかい顔つきになっていた。
「俺の?」
「あぁ 春先からのお前を見てて、恋愛ってやっぱりいいかもなって思えたんだよ」
春先からの間宮と言えば、当然、瑞樹と出会ってからの事を言っているのだろう。
自分では自覚していなかったが、その辺りから俺はゆっくりとではあるが、変わっていったらしい。
ずっと近くで見てきた松崎が言うのだから、そうなのだろう。
そういえば、ここのところ優香の夢を見る回数が減ってきた気がする。
単純に夢自体を見ていないと思っていたが、もしかしたら本当に減ったのかもしれない。
恐らく、それはいい事なのだろう。
だが、、優香に対して罪悪感がないといえば嘘になる。
しかし、今回の事は絶対に逃げないと決めたんだ。
優香を理由にしないで、しっかり考えて答えをだすんだ。
これが最初で最後のチャンスかもしれないから。
「ずっと拒否してきたけど、恋愛ってやっぱりいいものかもしれないな」
無言になってそんな事を考えていると、松崎が少し照れ臭そうにそう小声で呟いた。
意識が自分の中にあった間宮だったが、松崎のその言葉はずっと待っていた言葉だった。
だから、しっかりと聞き逃さずに聞き取る事が出来た。
「……なんか、俺もそう思う事が多くなった気がするよ」
間宮も松崎と同様に照れ臭そうに目線を落として、呟く様にそう言った。
目線を落としていた間宮の視界の端に、少し影が映り込んでいるような気がした。
目線を元の位置に戻すと、松崎が缶ビールを間宮の目の前に差し出している。
その行動で松崎が何をしたいのか察した間宮は、自分の缶を手に持ち、差し出されていた缶に軽く当てた。
結局それから明け方まで、2人で飲んで語り明かした。
まさかこの年になって、恋バナに花を咲かせて語り合う事になるなんて考えた事もなかった。
こんな話で盛り上がるなんていつ以来だろう。
すっかり冷え切っていたと思っていた心は、意外にもタフだったらしい。
話し合っている最中、ずっとドキドキしていた事はあいつには内緒だ。
年齢を考えないで、明け方まで子供の頃のように恋バナについて語り合う正月も、悪くないなと心の中でそう呟いて2019年が始まった。