第3話 story magic
さてと!合宿初日の初回講義はっと・・・3年生からか。スケジュール表をタブレットで確認しながら移動する。
自室を出て、ロビーを横切り宿泊施設から反対側の会議施設に向かう。
会議施設に入った辺りから、急に物音が消えていく。
空気がピンと張り詰める。
ここから先は遊びじゃないと空間が訴えかけてきてる様に感じる。
施設内に入り自分が講義を行う会議室へ向かう通路を両腕を頭の上で組んで、その腕を思い切り上へ上げて、上半身の筋肉を伸ばしながら歩く。
通路に入ってすぐ左手に多目的ルームがある。
ここは今回講師の待機又は休憩スペースとして使用する事になっている。
何故待機する必要があるのか。それは各学年、各クラス、施設の会議室数の関係で一斉に同じ時間に講義が始める事が出来ない為、
それぞれの講師の誰かが1時間後から開始する場合が発生するので、その間ここで休んで講義に備える為に用意されている部屋だそうだ。
表向きはそうゆう面目なのだが、本当は主に観察に使う部屋らしい。
観察と言うと聞こえが悪いが、要するにフリーの講師はここで自分のタブレットから、他の講義を見られるようになっているのだ。
会議室の後ろ側にカメラが設置されており、講義の様子をライブ中継されている為、他の講師がどんな感じで講義を行っているか、
容易に掴める為、自分はやった事がない講義方法を取り入れ、自分の講義レベルを上げる事が出来るようにした結果が、
このライブ中継なのである。
その待機室を通過しようとした時、部屋の入口付近から、声をかけられた。
「間宮先生。お疲れさまです」
藤崎が多目的ルームのドアにもたれ掛かりながら挨拶する。
「あっ、藤崎先生。お疲れさまです。初回は待機なんですか?」
「そうなんですよ。なのでじっくり間宮先生の講義勉強させてもらいますね。」
少し鋭い目つきで言う。
「はは!僕の講義で藤崎先生の参考になるような事があればいいのですけれど」
「いえいえ!間宮先生は天谷社長の推薦だと伺っています!
お互い良い勝負をしましょうね!」
間宮に握手を求めてきた。
「・・・・・勝負・・ですか・・」
「なにか?」
「いえ・・・なんでもありません。」
と返事をして求められた握手を交わし、すぐに会議室へ入った。
会議室へ入ると10分前だったが、すでに生徒は全員席に着いていた。
教壇の代わりに前面の脇に設置されているプレゼン用の小さな机の前に立って
周りを見渡してから挨拶をする。
「え~!皆さんお疲れさまです。改めまして英語Cクラスを担当する間宮です。宜しくお願いします。」
「宜しくお願いします。」と生徒全員が挨拶をする。
「講義を始める前に出席をとらせて頂きます。これから8日間、共に頑張っていく仲間の名前と顔が一致しないようでは困りますので。」
と間宮は自分のタブレットから参加メンバーリストを立ち上げた。
「きた!」
瑞樹は覚悟を決めたように呟いた。
自分の名前を呼ばれ、返事をしたら顔をしっかり見られるだろう。
そこで私があの時の女だと気付くはず。
でもこれから講義を始める場で私情を挟む様な事をする人とは思えないから、他の生徒に迷惑はかからないだろう。
講義が終わった後呼び出されるだろうが、その時はその時に考えよう。
今はあなたが怒っている相手がここにいる事を知ってもらう事が狙いなのだ。
「それでは順に名前を読み上げますので、座ったままで結構ですから、返事だけお願いします。」
「有本 一志君」
「はい!」
「加藤 愛菜さん」
「はい!」
・・・・・・・・・
間宮が出席を取り始めた。
瑞樹は覚悟を決めたとはいえ、やはり落ち着かない。
「松本 弥生さん」
「はい!」
(次だ・・・)
「瑞樹 志乃さん」
瑞樹は立ち上がって通路側へ立ち神妙な面持ちで返事をした。
「はい。」
座ったままで返事をする流れだったのに、瑞樹は立ち上がって返事をしたものだから、周りが瑞樹を見て少し驚いていた。
間宮も立ち上がって通路へ移動した瑞樹を見つめていたが、すぐに
「はい。わざわざ立ってしっかり顔を見せてくれてありがとうございます。おかげで一番に瑞樹さんの名前と顔を覚える事が出来ました。」
と瑞樹に向かってやわらかい笑顔を向けた。
「それでは次は、水野 亜由美さん」
すると瑞樹に続けとばかりに勢いよく立ち上がり、両手を思い切り振り回しながら
「はい!は~い!私が水野です!先生!私もしっかり覚えて下さいね!」
そのリアクションに会場に笑いがおきた。
「ははは!わかりました。しっかり覚えましたよ」
と間宮も苦笑いして答えた。
そのまま出席確認は続いた。
・・・・・・・・あれ?・・・・なんで??
瑞樹は困惑しながら席に着いた。
何で反応がなかったの?これだけハッキリ顔を見せて気付かないわけないと思うんだけど・・・・
もしかして気付かないふりをしてるだけ?それとも本当に気付いてない?どっちなのよ・・・
私は頭を抱えて考え込んだ。
間宮先生があの時の人で間違いないよね?と間宮の顔をしっかり見てみる。
やっぱりあの人で間違いない!でもちょっと雰囲気が前と違うような・・・
「あ!」眼鏡だ!あの時眼鏡なんてしてなかったはず!
でもコンタクトしてただろうし、気付かった事に関係ないか・・・
駄目だ!ここで考え込んでも答えなんて出ない!
よくわからないけど気付かれなかった。はい!おしまい!
自分にそう言い聞かせて講義に集中する事にした。
しかし集中しようとしたが、間もなく呆気にとられる事になる。
いや瑞樹だけではなく、講義を受けていた生徒全員がそうであった。
出席を取り終えて、間宮は講義を始める前に受講者に話し出した。
「え~と!ここに集まってる皆さんはCクラスとゆう事で、英語が得意ではない方々です。
これは僕の持論なのですが、苦手にしている方々は、大抵ここでハマるってポイントがあるんです。
そのポイントは大きく分けて3つあり、ゼミで事前に受けてもらったクラス振り分けテストの皆さんの解答データを
見せて頂きました。
その結果やはり例に漏れずこの3つのポイントでハマっている事が確認できました。
それを踏まえて僕から言える事は・・・」
そこで言葉を切り受講者の顔を見渡した。
皆不安な顔をしてこちらを見ている。
その顔を見てやわらかくニッコリと微笑みながらこう言った。
「安心して下さい。この合宿が終わる頃には苦手意識は改善されていますよ。」
「本当ですか!?」受講者の一人が身を乗り出すように反応する。
「えぇ!このポイントを崩すのはそう難しい事ではありません。
それに夏休みを潰して、この合宿へ参加している皆さんがやる気がないわけありませんよね?。」
そう言うと今日講義をする内容の説明を始めた。
「それでは講義を始めます。今日取り組む範囲はタブレットにインストールさせているテキストのNo3、No5、No8の内容を進めていきますので
今から15分各自でその範囲に目を通してください。」
そう言うと間宮は脇にある椅子へ座り、脚を組みタブレットとは別に持ち込んだノートPCに何やら打ち込みを始めた。
「はい!15分経ちましたね!」
生徒はその合図でタブレットから目を離し間宮の方を見た。
「それではタブレットは落として下さい。」
「えっ?落とすんですか?」
生徒達はお互いに目を合わせる。
「はい。タブレットはもう終盤まで必要ありませんので」
困惑しながらも指示に従い全員タブレットを閉じた。
「それではこれから僕の話を聴いてもらいます。ちょっとした作り話なのですが、ポイント、ポイントであなたならどうするか、
質問しますので、皆さんの考えを教えてください。」
そう説明を終えると、間宮は基本日本語ベースで要所、要所で英語を織り交ぜた、オリジナルの物語を語りだした。
最初のうちは何が始まったか理解出来ない感じの生徒達も、いつの間にか物語に引き込まれだし、ランダムで指定される質問にも、真剣に考え答えて、この物語をいい方向に完結させようとしていた。
これを見て一番呆気にとられたのは、別室でこの講義をモニターしていた藤崎達だろう。
「なにこれ?これが英語の講義?こんな事やって結果がついてくるわけないじゃない!何考えてるの?あの人は・・」
藤崎はそう呟いていると、一緒にモニターしていた英語のBクラス担当の村田も同意する。
「まったくですね!正規社員になる事を諦めてふざけているとしか思えませんね。それとも生徒の人気取りをしてアンケートの票集めかもしれません。」
と鼻で笑って馬鹿にした口調で罵った。
それから1時間物語が続き、ハッピーエンドで幕を閉じた。
生徒は講義中だとゆうのをすっかり忘れてしまっていて、拍手が起こり、物語の終わり方の余韻に浸っていた。
どこからどう見ても受験対策の講義をしていた様には見えない。
ここで両手を合わせて「パン!」と叩いた間宮。
「はい!聞き入ってくれたのは嬉しいのですが、今は講義中ですよ?」
「八ッ!?」っと皆が我に返った。
「それでは僕の講義もあと30分程になったので、ここで僕が作った小テストを行いたいと思います。」
すると生徒達が驚いて
「えっ!?何も教えてもらっていないのに、テストですか?」
「ん?物語を話したじゃないですか。」と間宮はニッコリと笑う。
「いや・・・だって・・それは初めての講義だから、英語を使ったコミュニケーションをとる為じゃなかったんですか?」
「いえいえ!そんな時間の余裕が皆さんにあるんですか?これが僕の講義ですよ。」
「えぇ!?」
生徒から驚きの声があがる。
「このテストには最初に話した皆さんがハマるってしまっているポイントを盛り込んだ内容になっています。」
「この講義でテストとか無理過ぎじゃない?間宮先生ってドS?」
愛菜が机に塞ぎ込む様に上半身を寝かせて志乃に訴えかける
「そうだね・・何がしたいんだろ、あの先生・・・」
2人共頭の中は??だらけだった。
間宮はそんな周りの反応なんて全く気にしない様子で、淡々とタブレットの画面をタップしている。
タブレットの操作が終わると、生徒の方を向いて
「今小テストの問題と解答欄のデータを皆さんのタブレットに配信しましたので、テストの準備をして下さい。」
そう指示されると生徒達は渋々手持ちのタブレットを起ち上げた。
「それでは今からテストを始めます。時間は30分です。」
全員が準備が出来たのを確認してから、
「テストはじめ!」
と開始の合図を告げると一斉にテスト問題に向き合った。
開始直後は「シーン」と静まり返ったのだが、30秒程すると異変が起こった。
テストを受けている生徒達から思わず声が漏れる。
「え?」
「うそ!なんで?」
「マジか!?これ解けるぞ」
生徒達の驚きの声が大きくなる。
それは瑞樹や加藤も同様で
「うっそ!何で?」
加藤が驚く
「これってさっきの物語のせいなの?」
瑞樹も驚きと動揺が隠せない。
その異変をモニターしていた藤崎達が目を見開く
「な、なに?どうしたってのよ!」
と手持ちのタブレットの画面を切り替える
講師専用のタブレットからは、生徒達の解答欄を閲覧できるようになっている。
その解答を見て唖然とする。
「な、解けてるじゃない!何でよ!?あんな馬鹿な講義で何でこうなるのよ!」
藤崎が動揺を隠せない。
「こんなのありか!?何故あの講義でCクラスの連中がこうも解ける!?
問題を見る限り、決して簡単な問題じゃないぞ!」
村田が頭を抱えてうなだれる。
「パン!パン!パン!」
間宮が手を大きく叩く!
「いまテスト中ですよ!テスト中に私語は厳禁なんて小学生でも知っているはずですが?」
と生徒に注意を促す。
すると生徒達が一斉に「すみません!」と綺麗にハモったから、間宮は思わず吹き出しそうになった。
それからは静かにテストに集中して30分が経過したところで「はい!そこまで!」と間宮が合図した。
テストを終えた生徒達の目が輝いていて、手応え十分とゆう感じだ。
生徒達が回答データを間宮のタブレットへ送ろうとした時、間宮は待ったをかけた。
「回答データを僕に送る必要はありませんよ!」
「えっ?どうしてですか?」
生徒が不思議がった。
「皆さんの顔を見ていれば容易に結果がわかるからです。そのテストの採点は不要です。」
生徒にニッコリを笑いかけながら、そう言い切ったのだ。
そういわれた生徒達の顔は嬉しそうだった。
「では!本日の講義を終わります。」
そう間宮が締めると
誰が打ち合わせた訳でもないのに、全員席から立ち上がり間宮に向かってお辞儀をして一斉に
「ありがとうございました!」と大きな声で礼を述べた。
間宮はそれを受けて一瞬目を大きく見開いて驚いたが
「皆さんお疲れさまでした」とすぐにいつもの笑顔で返して、会議室から退出した。
間宮が退室した後の会議室はまるで受験に受かったようにはしゃいで賑やかだったのに対し
講師の待機室は静まり返っていた。
意味が解らない講義で馬鹿にしていた講師達も声がでない・・・
そして無言のまま藤崎達は各自分の講義がある会議室へ向かう。
藤崎達が待機室を出たところで間宮が戻ってきた。
藤崎達とすれ違い様に
「お疲れさまでした。」
とだけ挨拶をして、待機室へ入って行く。
藤崎達も負けるわけにはいかないと気合いを入れて講義に挑んだ。
だが、あのインパクト絶大で結果も見事に満点の講義と比べてしまうと、どうしても見劣りするのが現実であった。
続いて休憩を挟んで1年のクラスを担当したが、3年の時同様の講義で絶大な結果を残した。
17時に今日の講義日程は終了して、皆宿泊施設の方へ帰る。
その生徒達の表情を見れば、誰が間宮の講義を受けたかすぐに解る程に生徒達の顔が自信に満ち溢れていた。
間宮の講義の噂は、凄い勢いで受講者、講師、スタッフに至るまで広まっていった。
誰が言い出したのかは不明だが、間宮の独特な講義にこんな名称が付いた。
「story magic」と。