プロローグ
僕が転生し、生まれたのは騎士の家だった。
まだ少し肌寒い、春になったばかりの頃。スーツを着て会社に向かう途中に僕は車に跳ねられ、そこで意識を失った。
そして気づけばどこかもわからぬ食卓でシチューを口に入れていた。
最初は呆然とした。口の端しから咀嚼途中のシチューがぼたぼたと流れ出るのも全く気にならない程に。
隣の椅子に座る金髪の女性がそれに気づき、僕の肩を掴んで揺すって声をかけてくる。しかしそれは全く聞き覚えがなく、意味のわからない言語だった。
触覚・嗅覚・視覚・味覚・聴覚、五感の全てがこれが現実だと僕に伝えているのに、僕の記憶がそれを否定し、その現実感をどこか空想めいた感覚にさせた。
女性を無視して周りを見渡す。長テーブルの上にあるシチューとパンと果物、暖炉と燭台、壁に掛けられた剣に絵画、前に座る小学校高学年くらいの金髪の少年とその隣の幼い、同じく金髪の少女。長テーブルの上座には壮年の金髪の男性。
それらを見回し、記憶が戻る。
その記憶が僕の記憶と混ざり、溶け合い、溢れ出す。その感覚に酔い、気分が悪い。
「どうしたの⁉︎ねぇ聞いてるルド⁉︎」
肩を揺する女性。金髪碧眼、長い髪を後ろで結い、少し垂れ気味の優しげで、今は心配そうに歪んだ青い瞳の美人。
母のルルシアだ。
「大丈夫です、母様。何か急に気分が悪くなりましたがもう治りました」
安心させるように笑顔を作り、今世の母の顔を見て告げる。
ホッとしたように一息吐いて、本当に大丈夫なの?と確認してくる母に頷き、視線を前に戻す。
先程の母のように心配げな兄と姉。金髪碧眼、髪は少し長く、母譲りの優しげなタレ目の男の子より女の子と言われた方が納得してしまいそうな兄、ウォレス。同じく金髪碧眼、母を真似て結った髪に、父に似た切れ長の瞳がどこか勝気な雰囲気を見せる姉のコレット。
安心させるように大丈夫だよと告げ、笑顔を見せる。
母と同じようにホッと一息吐く兄と姉の姿に少し笑う。
「どのように気分が悪くなったのだ?」
上座の壮年の男性。金髪緑眼、短く刈った髪に、切れ長の鋭い瞳。それが他の皆とは違い、少し期待に弾んだように見開かれ、低く通りの良い威厳の滲み出た声が少し弾んでいる。父のダンだ。
疑問に思いながらも、記憶の部分はボカし、何かが自分の中で溢れるようだったと話す。
フゥム、と少し思案した様に顎髭を指で撫でる。
「もしかしたら魔法の才覚があるやもしれぬ」
そうボソッと呟いた。
魔法。
この世界には魔法がある、そう僕の中の僕の記憶。ルドヴィカ・アルバの記憶が告げている。
5歳になると人それぞれの兆候が出るらしく、2日眠り続けた者や、水を飲もうとして何故か熱湯になった者。木から落ちたと思ったらフワリと浮いて屋根の上に移動した者など様々だ。
僕のは記憶が混ざったからであるし、他の者よりどこかショボく感じて、違うと思うけどと不安そうに父に言うとまあ調べるだけ調べてみようと苦笑して僕の頭を撫でた。