私は世界を創っているらしい
彼らは、どんな気持ちで生きているのだろうか。
自分の創り出し、生み出した世界で生きる彼らは、物語の中の住人であり、役者だ。
感情があるのかと問われれば、それは私自身が作り上げたものでしかなくて、そんなものあるはずがない、と言われてしまうのだろう。
まぁ、結局のところどうしたって彼らは、私と同じような細胞を持った体を持つことはなくて、私の目の前で何かを語ってみせることもないのだ。
つまり、私の言う彼らは、私の創り出す作品の中の人物であり、架空のものであり、現実のものではない。
彼らにとって私は紛れもない創造主であり、絶対的な存在であり、私がいなければ彼らは死んでしまう。
生み出されることはなかった存在なのだ。
私の思考一つで、彼らは簡単に死んでしまう。
いや、私含め三次元的に見る人間という奴は、皆揃って同じくらいに強い癖に脆くて、簡単に死んでしまうのだけれど。
彼らは全てを創造主に握られているのだ。
それが私達人間と彼らの違い。
「彼らは、私を恨まないのだろうか」
手渡した四百字詰めの原稿用紙を捲っていた友人が、私の声に反応して顔を上げる。
大きな二重の瞳を、ぱちぱち、閉じたり開いたり。
それから何が、と言うようにゆっくりと首を傾ける。
コキリ、骨の鳴る音がした。
「彼らは私の手で創られた存在であって、私の手で創り上げた物語の上を歩く。それを恨まないのだろうか、いつも、そう、思うわ」
「彼らって、彼ら?」
語尾がしゅるしゅると萎んでいって、私が唇を横に引き結ぶと、目の前の友人が原稿用紙を指差す。
まだ半分も読み終わっていないそれは、重力に負けてくたりと歪む。
私は友人の目を見つめたまま、こくり、頷く。
今回私が指し示しているのは、今現在友人が読んでいる初稿の新作小説の登場人物だけではないのだが、それも含めて、ともう一度だけ頷いた。
私の創り出し生み出した、全ての作品に出て来る登場人物を言っているのだ。
名前のない彼らから、名前のある彼らまで、全て、全部、全員。
「……そういう感情を持ってる前提で、この話は進むの?」
友人が原稿用紙を整える。
トントン、と小気味の良い音を聞きながら、私はテーブルの隅に追いやられていた硝子のコップを持つ。
水滴が浮かんでいるコップを、両の手の平で拭いながら「うん」とか細く答えてあげた。
それに返ってきたのは、同じくらい小さな溜息。
ざわざわと賑やかになってきたファミレスでは、スーツ姿のサラリーマンやOLが昼食を取りに来ていた。
お昼時、と思いながらも腹の虫は鳴かない。
友人はテーブルの上に原稿用紙を置いて、私と同じようにコップを持つ。
「個人的な、私の思いを話させてもらえるならば、君の言う彼らには、そんなもの、無いと思うよ」
友人は静かに目を細めた。
その隙間から溢れる鋭い光を見ながら、私はそっか、と唇の端を引き上げる。
ミルクもガムシロップも入れていないアイスコーヒーを見下ろしながら、小さな舌打ち一つ。
「結局は物語の登場人物で、作者のための仕掛けに過ぎない、と私は思うよ」
分離しつつあるアイスコーヒーを一口飲んで、不味っ、と失礼なことを言う友人。
どう考えても、分離するまで放置していた本人が悪いのだが、私も私で目の前のオレンジジュースは、水と分離している。
カラコロ、ストローで中身を掻き回す。
勢い良く喉へと流し込めば、薄まったオレンジジュースが胃まで一直線に落ちる。
お腹の辺りがひんやりする感覚に、頬が引き攣った。
「その仕掛けであることは、彼らが望んだことなのかな」
「前提が可笑しい」
友人がやっぱり吐き捨てるように言って、中身が半分位になったコップをテーブルの端に寄せる。
前髪がサラサラと靡くのを見ていると、子供達の笑い声が聞こえた。
ファミレスらしく、ファミリーで来ているようだ。
原稿用紙はまた友人の手の中に戻り、ぱらりぺらりと捲られていく。
私の癖のある文字を、上から下、右から左へと流していく友人の目を見た。
黒々とした瞳は綺麗だけれど、どこか硝子玉みたいに物事全てを反射しているようにも見える。
「彼らは、どんな想いだろうね」
友人の目が私に向けられる。
いい加減原稿を読ませろよ、とでも言いたげな目をしていて、私は苦笑した。
眉を八の字にして目を細める。
オレンジジュースも良いけど、オムライス、食べたいな。
「私は彼らの創造主だけれど、私と同じにはしてあげられないから」
だから、と息を吐く。
肺いっぱいに溜まっていたそれを、全てゆっくりと吐き出してから、吸い込む。
室内だと、新鮮な空気という感じはしない。
「だから、私は彼らを同じように見るの。だって、彼らは私の中で生きてるから」
彼らは彼らであって、個として人として、私と同じように成り立つことはない。
彼らが何を思っているのかは私には分からず、他者からしたらその考えすら可笑しいのだ。
「彼らに恨まれて死ぬのなら、きっと、名誉なことね」
小さく笑ってメニュー表に手を伸ばす。
友人がアイスコーヒー、と言うのでついでに注文することにした。
創造主は創造したものに目もくれないのだろうか。
そうすれば創造したものは死ぬのだろう。
発展することはないのだろうか。
唇を舌先で舐めて呼び出しボタンを押した。
私は、彼らの創造主だけれど、彼らが私のために死ぬよりも、私が彼らのために死にたい。
彼らと共に、死にたいなぁ。