一話
おはようございます。すっかり昨日の状態の森になりました。木漏れ日が眩しいです。
けれど相も変わらず私は何も変わっていません。
今日は森を探検します。あ、ちゃんと此処に帰ってこれるように道順もつけますから大丈夫です。
この右腕を包むように出てくる水の手君を使えば道を開いて行けるはずだから。
それをたどればこの水の溜まっている洗面台にたどり着くはず。
探検の準備と言いつつも、持っている物なんて何もないから準備のしようがないや。
まぁ一つ心に決めているとすれば、もし男を見つけたら速攻で引き返す。
いや、この状態で「助けてください~」なんて言ってみてよ。多分「助けてやるから代わりにお前を…」ってなるよ間違いなく。
あぁでも好みじゃなかったら殺されるかも。どっちにしろ逃げるに越したことはないね。
それと整理するために言い直すと、私は間違いなく生前は男だった…はず。
なんか鉄の塊が走ってたり、馬鹿でかい建造物があった記憶もあるんだけど、名前が思い出せない。
だから諦めた!思い出せなくてもいい!今が大事なのだよ!フッフッフッ…。
別に自分の事を「私」と言ってもなんも思わないし、自分の裸体を見た所でどうとも思わないし。
大事なのは今生きているこの瞬間だと思うのね。
さて、心の整理も終わったし、本題である森の探検にいこう。
うーん何も見つからない……。昨日食べた木の実の樹を辿ってきたけど、一行に森が開けないね。
なんかずっと同じ場所を見ている感じがする。
でも見ていて飽きないや。だって全部が綺麗だから。
木々の間から漏れる光と、サワサワと揺れ動く木々達。もっと耳を澄ませば、遠くの方から滝の流れる音が聞こえてくるし。
記憶におぼろげながら残っている景色と違って、本当の景色って言うのはこういう事を言うんじゃないのだろうか。
その場に立っているだけで心が洗われていく感じがする。とても気持ちが良い…。
これで鳥でもいたら完璧だったのになぁ。いやいるのかもしれないけど、此処に居ないだけかもしれない。いや、そうに違いない。絶対そうだよ。
誰でもいいから人、いないかなぁ。あ、男は抜きでよろしくお願いします。
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「まぁアンちゃん。今日も生がでるねぇ。いつも配達ありがとうねぇ。貴方のお陰で、この辺鄙な所にあるこの村に荷物が届くのだから有り難い事よねぇ。健康に気を付けてねぇ。」
「大丈夫ですよ!それが私の仕事なので!。辺鄙とは言いますけど、此処の村の近くには伝説の森があるじゃないですか。偶に冒険者の方がその森の伝説を暴こうと此処に寄りますし、しかもここの土地は水が綺麗で土地も肥えていますから色々な作物が育ちます。全然辺鄙じゃないですよ!」
「嬉しい事を言ってくれるねぇ。わたしゃ涙が出そうだよ。確かにアンちゃんが言う通り、この土地は立地さえ悪くなかったら大いに発展しただろうねぇ。でも伝説のある森が大きすぎて、此処まで来るのに苦労しちまうからねぇ。この村以外の者はあまり来ないさね。でもそのお陰でこの場所が綺麗でいられるのかもねぇ。」
「私」が森を彷徨っている頃、森の外にある村ではその様な話をしていた。
その話の中で出てきた森とはまさに今「私」が彷徨っている森の事である。
「私」は気付いていないかも知れないが、この森は相当深い。なんせ森に入ったらどんな手段を取ろうとも必ず三日以上かけないと森の外には出られないのだ。そしてこの森にはある伝説がある。
それは森に住む絶世の美女の水伝説だ。伝説の内容はこうだ。
昔々、まだこの大陸が今よりももっと荒れていた時、同時に人々の心も荒れていった。
些細な事ですら簡単に人の命を奪うほど心が荒んでいた。
だが人々は争いを止める所か、火に油を注ぐかの如くどんどん争いが大きくなっていった。
心に安らぎを求める為に争ったとも言っていい。金・名誉・土地そんなものに心の安らぎを人々は心の安らぎを求め争いあった。血で血を拭う程、一時は魔法文明が0(ぜろ)になってしまう危機があった。
そんな中、そんな争いを山から見ていたある美女が自らの水魔法で争いを続ける人々に安らぎを与えようと決心した。初めはその美女を見るや否や欲望にまみれた男たちが襲ってきたのだが、その美女が操る水魔法の前には手も足も出なかったという。そして美女はその男たちに自らの水魔法で作った水を飲ませたのだ。
すると心が破綻しかけていた男たちの心は川で泥を落とすかの如く浄化されていった。
そんな事を美女はずっと続けた。争いが無くなるまで。
そして遂に美女の水が人々の争いを徐々に収めて行った。美女が出す水を飲むと、例え極悪人であろうがその心を浄化させ、善人に生まれ変わらせるほど。
そんな事を続けていると、争いの元であった国の王や貴族が、その美女を我が物にせんと再び争いを始めた。皮肉にも争いをなくそうとする美女が争いの原因になってしまったのだ。
美女は絶望した。自分が争いを無くすためにしてきた行為が新たな争いの火種となってしまった事に。
そして美女は自分を求め争う人々にこう告げた。
「私はもう二度と貴方達の前に姿を現しません。しかしもし平穏が訪れた時には、私に代わる誰かがまた山から下りてきて貴方達の前に現れるでしょう。」
そういうと美女は忽然と山に中に姿を消した。
人々は悲しんだ。己が抱いた欲望のせいで二度と手に入らない物を失ったから。
それ以降人々の争いは徐々に鎮火され、今や小競り合い程度に収まった。という訳だ。
アンちゃんと呼ばれた少女は森の方に顔を向けて一人老婆の隣で呟いた。
「また、降りてくるでしょうか。森の女神様は、また私達の前に姿を現してくれるでしょうか?」
「さぁねぇ。山の女神様の話もかれこれ500年以上前の話だからねぇ。500年経った今でも国と国が小さいながらも争っているのだから、もう降りて来ないかもねぇ…。」
「私…一度でもいいから、童話に出てくる女神様じゃなくて、本物の女神様に会いたいな…。」
「アンちゃんがそう願っていたら、女神様もアンちゃんの前に現れるかもしれないねぇ。それよりいいのかい?次の配達があるんじゃないのかぇ?」
「あッ!!忘れてました!!!それじゃあお婆ちゃん!また配達に来るね!」
「気を付けて行くんだよ~。いくら火魔法が得意だからって、速く行っちゃだめよ~。」
「分かってま~す!!それじゃ~!!」
そういうと少女は空中に浮きながら猛スピードで飛んで行った。
「もう。注意した傍から速くいっちゃってぇ…。」
そう言いながら苦笑いをする老婆はよちよちと自分の家へ帰って行った。