犯罪ではない
ちょっと頭が追いつかない。
拾えって、自分のことを言っているのか?
そして、警察も救急もダメと言われた。
それってワケありなのか?
関わると面倒そうだ。
うーん。
拾うっ…拾うって、拾う?
少女にじっと見つめられる。
俺の反応を見ているのか?
あ、
この目には見覚えがある。
うちの猫を拾った時と同じ目。
『拾え。さもなくば呪われん』って目だ。
なんだか、この子には言いようのない凄みと魅力がある。
なぜか逆らいがたい。
俺はつい言う通りに動いてしまいそうになった。
この子を拾って家に連れて帰る。
いやいや、ないないない!
正気の沙汰じゃない。
常識的に、冷静に考えたらありえない行動だ。
犯罪だ、犯罪。
俺にメリットはあるか?
いやない。むしろデメリットしかない。
警察か消防を呼ぶのが妥当だろ絶対。
俺は仕事柄、しっかりと人に会う機会が少ないので、髭は剃ってないし髪はボサボサ。
さらにここ最近、仕事すら無かったのコミュ障になっている事がさっき分かった。
さてここで、そんな男とゴミ捨て場の傷だらけの少女という状況。
俺が傍観者の立場だったら絶対に通報する。
平日の早朝で、人通りの多い場所じゃないはずだが、こんなところを人に見られたら勘違いされるに決まっている。
すごく不安になってきた。
昨日見たあれがいけない。木曜の8時くらいからやってるあれだ。
紹介されていたのは誘拐犯に間違われた男で、冤罪で30年牢屋に入っていた。
現在俺は24歳。
30足したら54歳だ。
冗談じゃない。
決断するなら今だ。
どうする?
と、少女の目線が俺から外れているのに気付いた。
表情は焦っているように見える。
視線を追うと、その先には人がいた。
全く気付かなかった。
気配をまったく感じさせないその人物は杖を持つ手がプルプルしている。
隣にはビーグル犬。
近所のおじいちゃんがあらわれた!
たっぷり5秒ぐらいおいて、
「おい!あんた!」
あ、終わった俺の人生30年ぐらい。
「そんなでっかいカラス拾ってどうすんだい!?」
…訂正、まだ終わってなかった。
このおじいちゃん、目が悪いうえにボケている。
普通の人はカラスとか拾わない。
あとこんなに大きなカラスはいない。
咄嗟に、ない頭をフル回転させる。
「あ、ぁの、怪我、をして、てるんで、家で手ぁ、手当しよお、う、かって」
嘘はついていない。
あと電話越しじゃないと症状が悪化する。
「へー。あんたぁ偉いね。でも野生のカラスは凶暴だから気をつけなよ。」
ビーグル犬は少女をクンクンしている。
やっぱ臭うんだろうか。
「行くぞピクルス」
そう言うとおじいちゃんは散歩の続きに戻った。
「あっ、ハイ」
遅れて返事をするがおじいちゃんは聞いていないだろう。
なんか道草食ってるし。文字通り。
ピクルスも、何度かこっちを振り向きながら行ってしまった。
…まったくもって生きた心地がしない。
おたおたしているとまた人が来る。
次はヒステリックなマダムとかかもしれないし。
それだったら一発アウトだった。
運が良かったと考えよう。
「早く。5分以内なら誰も来ない。じきに雨も降ってくる」
「いや、お、お前、な、に言ってる、だ?」
薄々というか見つけた時から思ってるけどこの子ちょっと変だ。
いやかなり変だ。
さっきもまるでおじいちゃんか来るのを知っていたみたいな感じだったし。
何者だよ。
そしてやたらずうずうしい。
ここは一言言ってやらないと。
というか本当に拾って貰えると思ってるのかこの子は。
「お、お前、、け、けいさつ、に連r」
「うるさいコミュ障、さっさと拾え、叫ぶぞ」
「あ、それはやめて」
クソ!完全に主導権を握られてしまった。
俺の心を読んでるのか!?
さっさと掛け直しておくべきだった。
「早くしないとまた人が来る」
早く早くってうるさいよ。
コイツもそうかもしれないが俺だってこんな状況人に見られたくない。
これといってやりたい事があるわけじゃないが、こんな所で犯罪者になっている場合でもない。
いや、この子を拾っても犯罪者じゃね?
ああそうだ、やっぱりもう1度110番チャレンジをしよう。
今なら間に合う。
本当の事を話せばいいのだ。
と思った。が。
めっちゃ睨んでる。
殺気さえ感じる。
この少女、本当に叫びかねない。
なんてったってワケありで自分を拾えと言うぐらいだから相当に切羽詰まっているのだろう。
叫ばれたら否応無しに犯罪者だ。
早朝とはいえ誰も気が付かないということはないだろう。
こんな社会不適合な感じの奴に世間は味方してくれない。
折れた。
というか折られた。
「わか、った。今、は、言うと、おり、にしてやる」
今はこの少女の言う通りにしておいてやる。
言う通りにすれば今すぐ犯罪者になることは無いはずだ。
さっき少女の言った通り空模様も怪しい。
とりあえずうちで保護ってことにすれば、と自分を納得させる。
この子が気になるというのもある。
慣れない非日常に混乱しているのかもしれない。
きっとこれは正常な判断じゃない。
動悸が激しい。
ゴミ袋と少女を交換する。
なんだよこの状況。
「…行く、ぞ」
「…」
「…もしかして、立てない?」
「…背負って」
「やっ、ぱり、救急を」
「背負って」
ムスッとした顔でそう言うコイツはちょっとかわいいと思った。
誰かを呼ぶのはどうしてもダメらしい。
少女の手を引いて起こし、背負う。
「あ、それ拾って」
そういう彼女の指差す方には肩掛けカバンのようなものがあった。
この子の持ち物だろうか。
傷だらけの少女を拾ったらこんなものお安い御用だ。
頰に冷たいものが当たった。
俺を急がせるための文句かと思ったが、本当に雨が降ってきた。
地面の色がまだら模様に変わっていき、コンクリートの湿っていく匂いが鼻をつく。
「人が来る方向は教える」
やっぱり変だなコイツ。
聞きたいことが山ほどある。
改めて思う。
何でこんなことになってしまったんだ?
突然の非日常に動揺し、高揚している自分がいる。
変な気分だ。
雨足が強くなってきた。
妙に高い少女の体温を背中に感じながら家路を急ぐ。
後のことは家に着いてから考えよう。