第1話
同時連載中『high school symphony 』に登場する己嶋 要の物語ですが、『high school symphony 』とは、また別物として読んで貰えたら嬉しいです。
4月中旬。
高校生生活最後の1年を迎え、己嶋 要は受験シーズンを控えていた。
しかし、灰色の受験勉強に追われているかと言えば、そうでもなくて、要は友人グループ9人と自宅で、のんびりした日曜日を迎えていたりする。
己嶋家は、1階が母親の経営する『己嶋設計事務所』になっており、2階と3階が自宅だ。
部屋が基本、広い造りをしているので、要の部屋に余裕で9人が集まれる。
「かなー。今日、部活はー? 」
要を『かな』とあだ名で呼んだ女の子。
黄土色に染めた腰までの長い髪を緩めに束ね、肩開きのニットワンピを着た彼女は白鳥 鳳音。
見た目も中身も姉御肌な彼女は、要と絶賛交際中である。
座る要の足の間に入り、彼の身体に背中を預けて座っているぐらいの、ラブラブぶりだ。
「ん、今日はない。タカは? 」
「あたしも休みー」
鳳音の問いに答えたのは、長めに伸ばした緋色の髪を、襟足で束ね、少し目付きが鋭い男の子。
己嶋 要。
剣術を習っていて、その実力は確かなもので、界隈では『斬撃の悪魔』と称されている。
右頬には刀傷が残っており、その為、少し恐持てに見えてしまう。
「今日は久しぶりに、全員が部活も休みですし、ゆっくり出来ますね」
そう要と鳳音の会話に入ってきたのは、しなやかな、背中までの長い髪に、女性と見間違う長い睫毛と愁いのある瞳が人目を惹く、美人な環 皆守。
春物のセーターに、ロングスカートを着こなしているが、要の従兄弟で、歴とした男性だ。
要と同じく剣術を習っており、要と肩を並べる実力派。
物腰や性格から『剣撃の貴公子』と言う二つ名を持っている。
現在は、妹と共に、己嶋家に居候していた。
「じゃあさ、どっか行こうよ。お兄ちゃん!」
皆守と瓜二つの女の子が、天真爛漫な笑顔を浮かべて口を開く。
彼の双子の妹の環 哀。
皆守と同じ背中までの髪を一つに束ね、少年のような服装をしている。
そんな哀の話に食いついた鳳音が、身を乗り出して声を上げた。
「良いね、哀!行こうよ、遊びに!ね、円も良いでしょう!? 」
「そうね。天気も良いのに、こんな所に引き込もってても仕方ないし、別に良いわよ」
鳳音に話を振られたのは、皆守の隣に座っていた烏の濡れ羽色の黒髪を、腰近くまで伸ばしたクールな雰囲気の白石 円。
皆守とは恋人同士だ。
そんな円の『こんな所』発言に、要が思わず眉を寄せてしまうが、はしゃいだ鳳音と哀が彼を誘う。
「良いだろ、かなー? 遊びに行こうぜ?」
「行こうよ、かなちゃん!! 」
「あーもう、うっさい。2人とも落ち着け。たくっ」
はしゃぐ彼女たちを宥めた要が、4人がけのソファに座っていた友人たちに話しかけた。
「剛たちはどうする? 」
「どーするって、確かに、こんな所で惰眠貪ってても仕方ないしな」
欠伸まじりに応えたのは、短髪を跳ねさせた粗野な印象の高矢 剛。
ソファで居眠りしていた身体を起こした彼は、友人たちの中ではムードメーカーな存在で、要の親友である。
「だから、こんな所って言うな」
「いで!! 」
またしても、『こんな所』発言された要が、八つ当たりまぎれに剛の頭をど突く。
そんな彼らのやり取りに、剛の隣に座っていた女の子が、朗らかに笑い、会話に交ざる。
「じゃあさ、あそこ行かない? 先月オープンしたテーマパーク!剛とも、行こうって話してた」
「ああ、グリーンモールな。確か、いろんな店出てんだよな」
女の子の提案に、察した剛が頷き応える。
鳳音と同じくらい長い髪を、緩く編み込んだ彼女は芳河 礼乃。
剛の彼女で、唯一の2年生。
鳳音と服の趣味などが似ていて、活発な性格も何処か共通しており、2人が並ぶと、まるで姉妹のようだ。
「そういえば、私、クーポン券持ってたかも!」
「歓奈は、よくクーポン券とか持ってるよね。こないだも、ファミレスの割り引きクーポンたくさん持ってたし」
「うちのお客さんの中に、そうゆう場所の広報部の人が何人かいて、よくくれるんだ」
剛と礼乃が座る反対側のソファーに座っていた、2人の男女がそんな会話をしている。
花柄のトートバッグの中を漁るツインテールの彼女は、赤城 歓奈。
タレ目気味で、のんびりしたイメージを持たれやすいが、どちらかと言うと積極的で明るい少女。
そして、そんな彼女に応えたのは、さらさらの黒髪に眼鏡、そして白いシャツと言う、見るからに知的な雰囲気の水無川 透輪。
要、剛、そして歓奈とは、中学生時代からの付き合いで、もはや腐れ縁だろう。
「いいねぇ、行ってみようぜ!」
話に乗った剛が、勢いよくソファから立ち上がる。
この親友は、こうゆう時いちばん決断が早い。
「もうすぐ昼だし、今日の昼飯は、そこでしようよ!良いでしょ、要 ?! 」
「そうだなぁ……。今日は日曜だからなぁ」
剛の次に、話に乗った鳳音が話を振ってくるが、要は曖昧に言葉を濁す。
「恐らく、人凄いだろうな。あまり、人ゴミは好かないんだが……」
「たくっ、仕方ないなぁ。安心しろ、要!! お前がもし人ゴミに酔って倒れたら、あたしがお姫様抱っこしてやる!! 」
「なんで、お前は無駄に男前なんだ、タカ」
目を輝かせた鳳音が、どや顔で言い切った為、要は特大の溜め息を漏らしてしまう。
そんな彼らの会話に吹き出した剛が、笑いを堪えながら促す。
「まぁまぁ、要。せっかくの日曜なんだ、とりあえず行ってみて、人多かったら、別の所に移動すりゃ良いだろ」
それにと、得意気に笑った剛が言葉を続けた。
「こんな天気が良いんだ。出かけないなんて、損だぜ、損っ!! 」
「ついさっきまで、ソファで惰眠を貪っていた手前が言うか」
ついつい剛に突っ込んでしまう要の背後から、哀が飛び付いてきて、満面の笑みで彼を誘う。
「行こうよ、かなちゃん!! お兄ちゃんや皆と一緒に、久しぶりに遊ぼう!! あたし、グリーンモールに入ってるカレー屋行きたい!! 」
「ああ、あの本番仕込みのコックがいて、数千種のカレーメニューがあるって、先週TVで放送していた所ですね」
哀の言葉に頷いた皆守が、先週、地元番組で取材されていた店を思い出し、隣にいた円も話に加わる。
「……確か、リポーターが食べていた『ムール貝とブラックタイガー乗せホワイトカレー』が気になっていたのよね、哀は」
「うん!! しかもブラックタイガーは天然ものだって言ってたよ。いつもコックさんが、市場に買いに行ってるってTVで言ってた!」
「あれ、でもブラックタイガーって、分布域の北限で、個体数が少なくなっているから、確か日本産や天然ものは、市場に出回る事は、まずなかったはず……」
哀の話に首を傾げたのは、一番の博識、透輪である。
「あはは……。まぁ、TVとかで話を大きくするのは、お約束だしね……」
「て言うか、あたしの友達が行ったら、超ハイテンションの店長が、カレー運んで来たらしい」
歓奈、礼乃が、苦笑まじりに言った為、思わず要は一抹の不安を感じてしまう。
「な、なんか、胡散臭い店だな。哀、そのカレー屋はやめておけ……」
「えー!! ムール貝とブラックタイガー食べたかったよー!! 」
お預けをされた犬のように、項垂れた哀だったが、すぐに次の提案を思い付く。
「あ、じゃあ、じゃあ。そのカレー屋さんの隣にオープンしたレストランにしよう!! 」
その彼女の提案に、今度は鳳音がご褒美を見付けた犬のように、目を輝かせ、ハイテンションで話に食いついた。
「行く、行くっ!! その店のウェイトレス、スッゴイ可愛い子ばかりだし、制服もエロ可愛いーの!! 」
「出た、タカ先輩の可愛い女の子好き病」
「タカは本当に、可愛い女の子に目がないもんね」
そう口々に礼乃と歓奈が言い、透輪と皆守が更に続く。
「確か、この前は1年の弓道部員を掴まえて、離さなかったよね。あの子、新入生だったのに、大丈夫だったかな……」
「あははは、面白いくらい撫で回して、揉みくちゃにしてましたからね。彼女、解放される頃には目を回していましたよ」
不安顔な透輪とは逆に、皆守は凄い楽しそうに言っている。
そして、彼の更に上を行く腹黒女王・円が、ほくそ笑みながら、要に話を振った。
「あの時、要も面白いくらいに慌てていたわよね……」
「慌てるに決まってるだろっ。何も知らない新入生が、毒牙にかかりそうだったんだから」
我が彼女ながら、鳳音の女の子好きはとんでもない。
好みの女の子を見付ければ、発情馬もびっくりの勢いで飛び付き、とにかく撫で回して愛でまくる。
「おい、タカ。言っておくが、そんな危ない店には行かないからな!ウェイトレスが危け……」
「行くんだよ」
皆まで言わさず制した鳳音が、低~い声で凄んで来る。
もはやその眼は、腹を空かせた虎が、獲物を見つけて興奮しているかの如く、血走っていた。
「そんな素晴らしい店に行かずに、何処に行くと言うんだ、お前は!! つーか、行くんだよ、四の五の言わずに、今すぐ行くんだよっ!! 」
「ふざけるな、馬鹿タカ!毎回、毎回、お前を止める身にもなってみろ!! 」
「ぁあっ?! 誰も止めてくれなんて、言ってねーし。てか、要は毎回、毎回、言い所で邪魔してんじゃねーよ!」
「しなきゃ、相手が危ないだろうがぁぁーーっ!! 」
なにやら、痴話喧嘩らしきものが勃発してしまったが、歓奈や剛は、いつもの事と、呆れている。
「あーあ、タカがすっかり暴走しちゃってるよ……」
「口調がヤンキーになってっし、ありゃ、もうすぐ実力行使に出るな」
そう、肩を竦めて言った歓奈と剛に、礼乃が実力行使?と、首を傾げるが、応えたのは皆守だった。
「見ていれば解りますよ。ほら、そろそろですね」
指差した皆守に促され、礼乃が視線を向けた先では、ヒートアップした要と鳳音が、激しい火花を散らしている最中だ。
「とにかく、駄目ったら駄目だっ!! モールには行くが、その店には近付かん!」
「なっ!! この頑固者ぉぉ~~っ!! 」
ガルル~っと唸った鳳音が、次の瞬間、彼の襟首を掴む。
「こうなりゃあぁ、実力行使じゃあぁぁぁぁっ!! んだらっしゃあぁぁぁぁっ!」
「んなっ?! なんで、そうなるんだぁぁぁぁぁっ!! 」
雄叫びを上げた鳳音は、もはや重力など無視で、猛ダッシュで要を引き摺って、部屋を飛び出して行く。
「こら、離せ!! 離せ、馬鹿タカ!てか、なんて馬鹿力してんだぁあぁあぁああぁっ!! 」
明らかに、男の自分の方が力が強いはずなのに、こうゆう時の馬鹿力は一体、どこから出てくるのだろうか。
しかし彼女は構う事なく、要を引き摺ったまま階段を降りて、玄関に向かう。
そんなカップルの日常的光景を見送りつつ、剛たちも後に続いて、部屋を出た。
「まったく、あいつらも毎度飽きねぇなぁ。見てる俺たちは、いつでも、ご馳走さまだぜ」
「はは、それを言うなら、剛くんと礼乃さんも、ご馳走さまですよ」
おどけた剛に、皆守が肩を竦めながら言った為、礼乃が少し照れくさそうに頬を染める。
更に、最後尾を歩いていた歓奈が、苦笑を浮かべながら、会話に交ざった。
「もっと言うなら、円ちゃんと皆守くんもだけどね。まったく、みーんな、カップルになっちゃって、目のやり場に困るよ~」
「歓奈先輩だって、透輪先輩がいるじゃないですか。もういい加減、付き合っちゃえば良いのに」
「「えっ!! 」」
礼乃の何気ない一言に、歓奈と透輪が声を揃えて驚く。
この2人、とても仲が良いので、よく付き合っていると思われるが、実は未だにお馴染みの関係である。
「わ、私と透輪が付き合うなんて、そんな。と、透輪には、もっと綺麗な人がお似合いだし!」
「そうだよ。歓奈には、もっとしっかりした男性がお似合いだし、僕じゃ役不足だよ」
そう言葉では否定するが、2人の表情は満更でもないらしく、視線が合うなり、顔を赤らめている。
そんな初々しい彼らのやり取りに、剛たちは顔を見合わせ合い、苦笑を浮かべてしまう。
一方、会話に交ざらなかった哀が、恋ばなに飽きたらしく、両手を大きく振りながら、兄たちを急かす。
「うーっ!! 早く行こうよー!! あたしもう、お腹空いたーっ!! 」
「そーだな。おい、要、タカ!行くなら、早く行くぞ。じゃねーと、腹空かした哀に喰われる」
空腹が限界に近い哀の様子に、苦笑した剛が、未だに玄関扉の前で言い争っていた2人を促す。
「それに、今日は日曜だろ。そろそろ、あいつらも来るんじゃねぇ?」
「……っ!! 」
剛の告げた言葉に、言い争っていた要の動きが、ピタリと止まる。
だが、その間に鳳音は、玄関扉を勢いよく開け放つ。
しかし、扉を開けた先にいた人物を視界に留めた瞬間、要はとてつもない速さで、再び玄関扉を締めた。
一先ず序章ですね。
まだ、物語の本題に入ってませんので、ウォーミングアップみたいな感じで、ゆるりと入ってください。
少しづつ、物語を進めて行こうと思います。