第9話 優しさという仮面
私は――どうしても、セツの行為が許せなかった。
「セツ、私はそんなことしてほしくない」
「どうして?」
セツが楽しげに目を細めながら笑った。
「簡単に手折っていい生命なんて一つもない。私は懸命に生きている花が好きなの」
強い風が吹き、花々が揺れる。私は髪が乱れることを気にも止めず、その花を受け取り、セツを睨んだ。
「手折ってしまった花はもう戻らない。そして、意味もなく手折られてしまった花は余計に虚しい……だから、この花はもらうよ? けどね――今度からはやめて。簡単に生命を摘むのは――」
セツが驚きに目を見開く。
「君は……」
そこまで呟いた後、セツはクスクスと笑い始めた。
「うん、分かった。今度からは簡単に生命を奪ったりしない。でも……君は面白いね」
「?」
「その花、受け取ってくれるんだ」
「さっきも言ったでしょ。意味もなく生命を摘むのはそれ以上に嫌なの。元に戻らないなら……最後の瞬間まで意味を持たせてあげたい」
私は手の中に収まった小さなピンク色の花を大事に抱えた。
(意味……か。そういえば、花には一つずつ意味があったっけ――)
私はふとそんな想いに辿り着き、じいっとピンクのカスミソウを見つめた。
(この花の花言葉って――なんだろう? はあ、ここにインターネットという概念があれば楽だったのに……)
とりあえず、私は言い忘れていた言葉があることを思い出し、セツの顔をしっかりと見つめた。
「セツ、ありがとう」
「え? でも……」
「気持ちは嬉しかったの。先に怒っちゃったけど……ありがとう。今度は普通にお礼が言えるようなことをしてよね」
「……」
「セツ?」
「いや、ううん、君って――変わってるね」
「いやいやいや、セツには負けるって」
「へぇ、それってどういう意味?」
「え? ちょ、ちょっと、いきなりどす黒いオーラ出すのやめてくれない」
「ああ、ごめん、つい――だって君が変なこと言うんだもの」
「先に言ったのはそっちでしょ!? それから、セツ――私の名前は山瀬晴菜。『君』じゃないから。私にはちゃんと、晴菜って名前があるの」
セツは一瞬だけ表情をこわばらせた後、再び優しい顔へと戻った。先程までのじゃれあうような雰囲気は、もうなくなっていた。
「風も強くなってきたし、そろそろ部屋に戻ろうか」
セツにそっと手を引かれる。
ああ、彼は――優しい表情の下で見ないようにしてるんだ。私を――晴菜という存在を――
そして、私を通して過去のワタシを見ようとしてる。
(こりゃ、骨が折れそうだ……でも――)
私は隣を歩くセツの綺麗な横顔をそっと盗み見た。
(さっき見せたあの自然な表情――あれが素のセツなんだよね?)
私は少しの希望を見つけ、頑張っていこうと決意した。
(そう、今は頑張るしかない。ここに残るって決めたんなら、認めさせなきゃ。私という存在がここにいることを――)
☆ ☆ ☆
「へぇ、今回はそっちを選んだんだな」
ふかふかのソファーにゆったりと座りながら、男がつぶやいた。その手元には男に不釣り合いの可愛らしい小さな花が握られていた。
「ピンクのカスミソウの花言葉は『切なる願い』だったな……。お前は今回――何を願うんだろうなあ」
男は桃色の花を手元でくるくると回し、口を歪めて笑った。
「いいぜぇ、どんな末路を辿ったとしても、この俺様がちゃーんと見とどけてやる。だから、せいぜい楽しませてくれよ?」
☆ ☆ ☆