第7話 最良の道? ①
「私は――」
ここから出たい――そう思ってたはずなのに、セツの切なげな顔が浮かび、言葉に詰まってしまう。
「晴菜――君は君の心に素直になるべきだ」
「え?」
「ここに残りたいと思うのなら、そうした方が良いってことだよ」
「いや、別に残りたいわけじゃ……」
(ないよね?)
自分でも本心が分からなくなり、言葉が尻すぼみになってしまう。
「じゃあ、さっき言葉に詰まったのはなんで?」
「うぅ、分かったからそれ以上言わないで。なんとなくだけど……セツを――放っておけなくて」
「そっか……。彼が気になるんだね?」
「まあ、色々とね。でも、なんだかセツはヤンデレ属性っぽいから、どう転んだとしても命の危険を伴うような気がするんだけどね」
「うん、否定はしないよ」
「……嘘でもそこは否定して欲しかったよ」
「まあまあ、僕もできる限り君の力になるからさ。そう気を落とさないで。それに――もう、決めたんでしょ?」
「うん。私――ここに残る」
「……それが、君の出した答えなんだね」
「うん、そうみたい」
私はコクウの問いかけに、にっこりと笑って答えた。
パキン――
「?」
奇妙な音――いや、感覚というべきだろうか……が、頭の中に響き、私は咄嗟に障子の方を振り向いた。それと同時に、辺りを舞っていた青い蝶達が消え、障子に月明かりに照らされた影が映っているのがハッキリと見えた。
「おい、山瀬晴菜」
ガラッと障子が開き、ぶっきらぼうな男の声が聞こえた。
「……クロウ?」
(どうしてここに?)
「チッ、奴が来やがったか」
「奴って――」
質問を投げかけようとした瞬間、クロウの手がジュッと焼けた。
「は!? アイツ、この中にまで結界張ってるのかよ!? たく……どれだけ厳重――」
「だ、大丈夫!?」
私は悪態をつくクロウに、駆け寄ろうと――
『晴菜、近寄っちゃダメだよ』
……したのだが、頭の中に響いたコクウの声で、一瞬だけ、動きが止まる。
「はあ? こんぐれぇの怪我、すぐに治るに決まってんだろ。ばあーか」
「あ、そうなの? でも、痛いんでしょ?」
クロウの言葉に安心はしたが、思わず顔をしかめてしまう。
(……というか、やっぱり人間とは回復能力が違うんだ)
「そんなに心配してくれるんなら、こっちに出てきてくれればいいだけの話なんだが――」
ヒュッ――
風を切る音と共に、クロウがさっきまでいた場所に別の影が躍り出た。
「あっぶねぇなあ」
廊下の手すりへと飛び乗ったクロウは、口角をつり上げながら刀を持った影へと視線を向けている。
「彼女に手を出すなんて何を考えているんだい、クロウ? 君はもっと賢い奴だと思っていたんだけどね」
黒色に金の刺繍が施された和服姿の彼――セツの姿が、月明かりの中、綺麗に浮かぶ。
「ハハ、お褒めに預かり光栄です」
「クロウ、殺されたいのかい?」
おどけるクロウに、セツが氷のように冷たく鋭い視線を投げかける。セツの身に纏う空気自体がまるで日本刀のように鋭く、背筋が凍った。
(これが、殺気っていうのかな?)
「俺は君の暗殺者としての腕は知っているつもりだ。だけど、真正面から俺に挑んで勝てると思ってるのかい?」
「いいや、本気のセツ様のお相手は流石に御免被りたいね。それに、俺は勝てない勝負はしない主義だ。今回は色々と情報不足――いや、準備不足が妥当か? とにかく、やめておく」
「クロウ、俺が君達一族の居場所、動向を把握していないと思っているのかい?」
「へぇ、もう掴んでるって言いたいのか?」
クロウが面白そうに、目を細めた。
「もちろん、全てとは言えないけどね。何せ、俺もそう暇じゃない。でも――彼女が関わるなら話は別だ」
「で、俺達にそいつに関わるなと言いたいのか」
「話が早くて助かるよ。彼女に害するものは、誰であろうと――消す」
セツの纏う冷えた空気、鋭く光る金色の瞳、殺気のこもった言葉――その全てに、私のほうが恐怖を覚えた。
「今度は一族全て根絶やしにしてやるよ」
「前と同じ鉄は踏めないってか?」
「ああ、今度は君達のように仇討ちを考えるような生き残りなんて作らせないさ」
「まあ、俺は別に敵討ちってわけでもねぇがな。そもそも、俺は一族なんて心底どうでもいい」
「命令を遂行するだけ――だっけ? ま、君とは話が通じるから、その点については感謝してるよ」
「そりゃ、どーも」
「だからさ、君達の族長に伝えといてよ。これ以上彼女に妙な真似をするなら――」
「一族全滅させるぞってか?」
「ああ」
「たく、俺は使いっぱしりじゃねーんだがなあ……まあ、伝えとくさ。俺だって、てめぇのような面倒な奴の相手はごめんだ」
クロウはそう言った後、チラッと私の方へと視線を送り、音もなく闇の中へと姿を消した。
「ッ――」
私は知らず詰めていた息を吐き出した。
「ごめん、怖い思いをさせたね」
私の様子に気づいたらしいセツが刀を収め、部屋の中へと入ってきた。月明かりがセツを綺麗に彩る。
「でも、この部屋から出ないでいてくれて良かった……。俺だってお仕置きはしたくないからね」
スッと伸びてきた手が優しく頬をなでた。セツの冷たい手が触れた部分からどんどん熱が抜けていくような気がした。
「それは……私にとっても良かったです。はい……」
(…………セツ様? お仕置きってなんでしょうか!?)
冷静になりきれない頭の中でとりあえずツッコミは入れておいた。もちろん、私の顔は今、引きつった笑みを浮かべていることだろう。
「うん、君は隙が多いみたいだし、これからはもう少し配慮すべきだね……。とりあえず、君が無事で良かったよ」
セツは名残惜しそうに私から手を離すと、パチンと指を鳴らした。再び暗闇の中から青い光を放つ蝶達が現れ、ひらひらと舞い始める。
「それじゃあ、おやすみ。良い夢を――」
セツは幻想的に光る青い光の中、綺麗に甘い笑顔でワタシへと微笑んだ。私はそれをなんとなく寂しいと思いながらも、高鳴る胸の鼓動を止めることはできなかった……。
これは、ワタシの気持ち? それとも私の――?
そして、私は……最良の道とやらを選べたのだろうか――?