第6話 選択肢
私は……これからどうするべきなんだろう――
ベッドに寝転がり、ぼんやりと天井を見る。
暗い部屋の中を、青い光を放つ綺麗な蝶が数匹ひらひらと優雅に舞い、室内を明るくしている。
この青い光を発する蝶は、セツが妖力で生み出した幻影。
ふと、目の前を通過した蝶に手を伸ばしてみるが、蝶は私の手をするりと通り抜けてしまった。
(目の前にあるはずなのに、つかめない……)
そう、まるで、セツ自身のように――
蝶を掴めなかった手をぎゅっと握り、思いを巡らせる。
「これから……どうなるんだろう――」
ふと零した情けない自分の小さな声に、より一層不安が広がる。
私は……いつからこんなに弱くなってしまったんだろう――
「やあやあ、お困りのようだね? 可愛いお嬢さん」
「コクウ……」
明るい声の主の名を呼ぶと、何故か涙腺が緩んだ。
「おやおや、相当参ってるようだね……。この世界の事を聞いて、どうしていいか分からなくなった?」
「……」
私は、コクウの言葉に唇を噛み締めた。
自分のことなのに、どうしたら良いのか分からない。
私は一生、セツに過去のワタシの身代わりとして愛されるの?
そんなの……そんなの……私――山瀬晴菜が死んだも同然じゃない。
じゃあ、ここから外に出る? そして――魔族にでも殺されるの?
セツが言ってた魔族との契約――これが上手くいけば……なんて考えもあったけど、明らかに私が死ぬ確率の方が高い。
私には死という選択肢しかないの?
そんなの……そんなの嫌――だって、ワタシはまだ――
そこで、ハッとする。ワタシはまだ――何?
また、心の奥の何かがうずく……。
私じゃないワタシが叫ぶ。
「晴菜」
「!?」
コクウの声が、優しく頭に響いた。
「晴菜、随分お困りのような君に、僕がささやかながらも選択肢を上げるよ」
「選択……肢?」
まだ放心状態の頭が鈍く痛む。
「そう、選択肢。ありがたーいだろう?」
「まあ、内容によるかな?」
コクウの得意そうな言い方に、私は思わず苦笑した。
「じゃあ、さっそく……選択肢一つ目! ジャジャン!! ここに残る!」
「……」
無駄に高いテンションでそんなことを言うコクウに思わず白けた反応をしてしまう。
そもそも、ここに残るのは自殺行為だ。
ここに残れば、きっと……私という個は消滅してしまう――
「フフ、まあ、これは賭けだけどね」
「?」
「セツに今の君を見てもらえるように頑張らなきゃいけない。それが失敗すれば……一生幽閉END」
「それ、すごく難しいんだけど……」
「でも、君の頑張りで何とかなるかもしれない」
「はあ……コクウは簡単に言うけど、それってさ、下手すりゃセツに殺されるんじゃない? 私……」
「……」
「コクウ、そこで無言にならないでよ!」
「いや、うん、アハハ、ごめん」
「謝らないでっ! さっきの内容が信憑性増してきちゃうから!!」
「じゃあ、次の選択肢だけど……」
「え、スルー!?」
「うん、スルー“する”よ。スルーだけにね!!」
「……」
コクウの言葉に、異様に寒い空気が駆け巡る。
(私、こんなふざけた奴を信じて大丈夫なのか?)
私の冷めた空気を感じたらしいコクウが、わざとらしく咳払いをした。
「……次の選択肢はここから出る」
「まあ、それしかない……か。でも、どこに行けば良いの?」
真面目に話し出したコクウに合わせ、私も真面目な事を考えることにした。
「僕のおススメは魔族が住む大陸、ヘル・ヘイムに行く事だよ」
「え、そこって一番危険なんじゃ……」
「まあね」
「じゃあ、なんで――」
それこそ自殺行為だ。今度は主に身体的な意味で。
「クロウっていただろう?」
「あ、うん……」
「アイツに守ってもらえるかもしれない」
「へ?」
「アイツは訳あってヘル・ヘイムの端っこに住んでるんだよ。強いし、守ってもらえれば――」
「いやいや、アイツ、私のところ敵視してたよ?」
私はコクウの言葉を全力で否定した。
「確かにね、でも、すぐには殺さないはずだよ。彼には目的があるから……ね」
「目的?」
「まあ、それは本人に聞いた方が良いよ。そのうち来るだろうし」
「?」
「とりあえず、大きな選択肢は二つ……かな?」
① セツのもとに残り、自身を見てもらえるよう画策する
② ここから出る
「まあ、外に出るためには同じ方法を使うわけだから、今は外に出るかここに残るかだけを決めてほしいってところかな? 行き先は今後の状況を見て決めればいいわけだし……ね」
コクウが列挙した選択肢を頭の中で繰り返した私はふとした疑問が浮かび、コクウへと問いかけた。
「ところで、元の世界に帰るには具体的に何をすれば良いの?」
「ん? だから、力ある者と仲良くすればいいんだよ」
「はあ……コクウ、私はねぇ――仲良くなってどうしたら良いのか聞いてるんだけど?」
「仲良くなればおのずと道は開けるよ」
「それって、まだ教えられないってこと?」
「君は力ある者のそばにさえいれば、それでいいってことだよ」
多分、コクウの姿が見えていたならば、ニッコリと笑っていただろう。少し思うところはあるものの、私には他に頼れる者もいない……
「まあ、良いや。ちゃんと帰れるんなら、やってやろうじゃん」
そう、もう覚悟を決めるしかないのだ。
「フフ、君のそういうところ――好きだよ」
「はいはい、ありがとう」
「あ、その反応、本気にしてないね?」
「私はそういうのじゃなくて帰り方を教えてほしいだけだからね」
「まったくつれないなあ――まあ、そんなところも可愛いんだけどね。それで……君はどうしたい? 多分、この機会を逃せばここを出れないだろうから、慎重に選んでね」
「え? いつでも出れるわけじゃないの?」
「長くいれば長くいた分だけ、きっと君はここから出ていきづらくなるよ。だって……だって、君は――」
――優しいから――
「!?」
突然、コクウに耳元で囁かれ、片耳を抑え、身構える。
「フフ、きっとね、君は優しいから抜けだせない。だからね、今しかないんだ……。君は、どうしたい? 君自身が幸せになれる最良の道を選んで――」
コクウの言葉が頭の中で優しく響く。
(最良の道――私は……)