第4話 ホームシック
「はあ――そして、また閉じ込められる……と?」
私は、可愛らしい内装の『私の部屋』(セツいわく)で、再び軟禁生活を送っていた。
地球ではないこの世界――いわゆる異世界なるものに来たのは昨日。すでに一夜明けていた。
(これが悪い夢なら早く覚めてほしい……)
私は、私に似合わないピンク色のフリフリベッドの上で寝返りを打ちながら、深いため息をついた。
(それにしても……お兄ちゃん、どうしてるかな? いつもみたいに無理してなきゃいいけど……)
大きめの白い枕をギュッと抱きしめながら、私は唯一の家族の事を思い浮かべた。
私達兄妹には両親がいない。そのため、兄が私の学費やら衣食住やらのために必死になって働いてくれていた。
明らかに無理をしているというのに、兄はいつもそれが何でもないことの様に振る舞ってて……本当にいくら感謝してもし足りない。
(私がお兄ちゃんの負担になってるのは知ってる。だけど……高校を卒業したら、兄孝行できるはず――)
私はそう信じて今まで頑張ってきた。そして、この世界に来たからといってそれを放棄しようとは考えていない。
それに、何より――私自身が兄と離れたくない。
(そのためには、帰らなきゃ……いや――)
「帰りたい……」
思いのほか弱々しく響いた自身の声に、情けない気持ちでいっぱいになる。
(でも、ここは異世界なんでしょ? 帰るっていったってどうやって帰るの?)
一瞬、ここへ連れてきた張本人であるセツの顔が思い浮かんだが、緩く首を振り、頭の端に追いやる。
(セツは…………きっと帰してくれない)
セツの私に対する執着ぶりは、軽く怖い。下手をすれば兄にまで何かするかもしれない……
私は仰向けになって眼を瞑った。
兄の優しげな瞳と、私の頭を撫でる温かい手を思い出し、胸が苦しくなる。
(お兄ちゃん……もう、会えないの?)
ずっと部屋に籠っていたせいで、余計に塞ぎがちになっていたらしい。目を開けると、私の視界は潤んでいた。
(私って、なんて無力で……情けない――)
「おやおや、どうしたんだい、晴菜?」
「!?」
突然、耳元で男の声が聞こえ、私は反射的にベッドから飛び起きた。
「フフ、良い反応だね」
「そ、その声はコクウ!? てか、また声だけ?」
先ほどとは反対側から声が聞こえ、キョロキョロと声の主を探すが、やはり見つける事ができない。
「僕はシャイだからね」
「……」
「ああ、その……無言でこっちを睨まないでくれるかな?君、僕のこと見えてないはずだよね? なのになんでそういう時だけピンポイントで僕の方見てくるかなあ……」
「野性の勘かな? こう、第六感が囁く――的な?」
「え、何それ中二病? てか、野性の勘って……」
コクウのクスクスという笑い声が、心地よく耳に響く。
「ねぇ、もう少し他に言い方なかったの? 例えば、愛の力で居場所が分かったの――とか?」
「いや、そもそも愛の力が作用するくらいコクウとの接点ないでしょ?」
「……」
「コクウ?」
先ほどまでの笑い声がやみ、静かになった部屋。
不安になり、私はコクウがいるであろう辺りに向けて、声をかけてみた。
「……いや、予想以上に傷ついたかなあって」
「え?」
「うん、僕のガラスのハートがブロークン☆――ってね」
「……」
「いや、だから的確にこっちを睨まないでってば! てか、晴菜、君から言ったんだよ? 僕の事は信用できるって――」
「信頼関係と愛の力は少しズレが大きすぎると思うんだけど?」
「ああ、良いよ。良いですよーだ。もう……」
「フフ」
コクウの不貞腐れた言い方に、思わず笑いが漏れる。
「ああ、ようやく笑ったね」
「へ?」
温かく響くコクウの声に、驚きが隠せなかった。
「うん、やっぱり君は笑ってた方が可愛いよ」
「ほ、褒めても何も出さないけど!?」
「フフ、照れない照れない」
「うう……」
(コクウといると、調子狂う……)
「ねぇ、僕はさ。晴菜、君が望むなら――元の世界への帰り方を教えてあげられるよ」
「え?」
思わぬ申し出に、思わずぽかんとしてしまう。
「私…………帰れるの?」
「うん、帰れるよ」
コクウの優しい囁きに、ゆるゆると頬が緩んでいく。
「帰れるんだ――」
「でも、僕一人じゃ無理なんだ」
「それ……どういうこと?」
コクウの含みある言葉に、私は眉根を寄せながら聞き返した。
「この世界の協力者が必要なんだ」
「協力者――具体的にはどんな人が必要なの?」
「力ある者……だね」
「はあ?」
随分と抽象的な言い方に、首をひねってしまう。
(――権力者ってこと?)
ふと、セツの顔が思い浮かび、苦い顔になってしまった。
(セツは――さっきも思ってた通り、元の世界に帰る協力はしてくれなそうだな……)
「フフ、前にも言ったでしょ? たくさんの魂に触れ、君が何を欲し、何を求めるかを見つけなさいって……。君が進むべき扉の鍵はね、この世界――いや、この世界の住人と向き合うことで見つけることができるんだよ?」
元の世界に帰れるという希望は見えた――だが、同時にしばらくの間はこの世界での生活を送らなくてはいけないらしいということも分かった。
私は、協力者も見つかるかどうか怪しい現状況を楽観的に見ることができず、苦い顔のままコクウの話を聞いていた。
「だからよく考えてね。君がどうしたいかを――僕はいくつかの選択肢を君に与える事ができる。でも、それを選ぶのは君自身なんだから……」
コクウは一呼吸おいて優しい声で続けた。
「今日はもうアイツが来るから、とりあえずの話はここまでかな?」
「あ、コクウ……また、会いに来てくれる?」
自然と口に出してしまった言葉。意外にも、か細く響いてしまったその言葉に、自分でも驚く。
「……うん、僕はいつでも――」
「てか、会いに来てくれないとその選択肢とやらも聞けないわけだけどね」
私は恥ずかしさのあまり、コクウの言葉を遮ってまで言い訳を述べていた。
「……」
「あ、ごめん、僕はいつでも――何だった?」
「いや――僕はいつでも暇だから、寂しくなったら呼んでねって言うつもりだっただけだよ。それじゃあ、またね」
「あ――」
コクウは行ってしまったようだ。
(いつでも暇って……ニート? てか、コクウって何者? この部屋にも簡単に入ってこれちゃってるけど……)
私はコクウが残していった謎、希望――そして、久しぶりに触れた私自身への温かい気遣いに、胸が熱くなるのを感じていた。