第3話 金色の瞳の先
コクウと別れてから、私は長い長い廊下を走り続けていた。
(どこまで続くの、この廊下!)
ようやく曲がり角に差し掛かりくるりと左に曲がると、月光の中、黒づくめの男が空から降りてきた。男は自身の背にあるカラスのように黒く大きな翼をはためかせ、静かに廊下へと降り立ち、鋭い視線をこちらへと向けてきた。
「おい、貴様何者だ」
「いや、あなたこそどちら様でしょうか?」
(明らかにあなたの方が不審者ですが? というか、背中の翼は何でしょうか? 異世界だからでしょうか!?)
「チッ……おい、テンカ、お前の情報にこんなのいなかったんだけど?」
『え? あれ? おっかしいなあ……どちらさんでしょうか?』
男の持っていたインカムから漏れ聞こえた男の声から察するに、これは予期せぬ事態だったらしい。
「ええと……私、何も見なかったので――」
そう言って、その場からそそくさと逃げようとした。
(うん、関わらない方が良い)
「おい、待て!? その痣――」
「え!?」
いきなり手首を引っ張られ、されるがままに男の方へと引き寄せられる。
先ほどセツに口づけられた方と逆側、右手の甲を凝視していた男は信じられないモノを見たという感じで私の瞳を見据えてきた。
「お前は――」
「は、離して!?」
まただ――また、私の中の何かがざわめく。
男に握られた右手が熱い……
私は反射的に右手をかばい、男から距離を置いた。
「その三日月型の痣――」
私が生まれ落ちてからずっと右手の甲にある三日月型の紅い痣――彼がその痣を認識してから私へと向けた瞳には、困惑と……憎悪が宿っていた。
私はただただ怖かった――この男が……
ワタシの胸の内を震わせる目の前の人物が……
男が私から目をそらすことなく動いた。
廊下の軋む音がやけに響いて聞こえた。
当の私はというと、身体が小刻みに震えていた。
自分でも情けないくらいに……
それなのに、私は……ワタシは――
この人から目を離すことが出来ない――
月明かりに照らされた男のアクアマリン色の瞳が、わずかに揺れた。
「どうしてお前はそう――」
ヒュッ!!
「!?」
「何をしているのかな?」
急に後ろから引っ張られ、刀が目の前の男へと振られる。男はひらりと身をかわし、廊下の手すりに飛び乗った。
「へぇ、セツ様自らお出ましとは……ね」
「クロウ、御託は良いよ。早く消えてくれない?」
「はいはい、俺だってお前とやり合うのは得策じゃない事は分かってるって」
クロウと呼ばれた男はちらりと私へと視線を向けた。
「ところで、そいつはなんだ? セツ」
「俺の大切な存在だよ」
「!? そいつが――はあ……これは何の因果か……おい、お前、名は?」
クロウに問いかけられた瞬間、自然と口が開いていた。
「山瀬晴菜」
「そうか…………まあ、せいぜいセツに飼い殺されない様に気を付けな」
クロウはそれだけ言うと、大きな翼を広げ、闇にまぎれるように飛び去っていったのだった。
クロウ……あなたは――
「ところで、君はどうしてここにいるのかな?」
「え」
突然、話の矛先がこちらへと向き、呆けてしまった。
「どうしてここにいるのかな?」
「あ、えっと、その……あはは……なんででしょう」
セツの笑顔が怖い。
「あの部屋から出ないでって言ったよね?」
「そ、そんな事もあったような……?」
(てか、あなたから逃げようとしたんです。すみません)
「まったく、君は昔っから元気が良すぎて困るなあ……いっそのこと、首輪でもつけようか?」
「え、遠慮しておきます」
「じゃあ、部屋に戻ろうか」
優しく手を引かれながら私は思った。
――『昔から』とはいつからのことなのかと――
そして、もう一つ決定的な事。
セツは……セツは、私を名前で呼ばない――
何となく感じていた違和感。
そう、多分セツは
―現世の私ではなく、私を通して前世の私を見ている―