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人外だらけのデンジャラス異世界に拉致られました  作者: 雪音鈴
雪鬼は甘く冷たい 第1章
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第21話 セツの家族


「!?」


 モチモチとした柔らかい生地に包まれた中身――それは、冷たくて甘いバニラのようなアイス。そして、その甘さを絶妙にサポートする上品なシロップの味……蜜のような舌触りのシロップは、アイスが舌の上で溶けた後もその味と融合し、余韻を残す。


「これ、すっごくおいしい!!!」


「ふふ、気に入ってもらえて良かったよ。良かったら、俺の分も食べるかい?」


 セツが満面の笑みで私の頭を撫でる。

 その言葉、その仕草は、私に昔を思い出させた。いや、所々の動作や言動は思い出した人物とは全くといいほどかけ離れてはいるが、その奥に見える優しさに、懐かしい面影を見つけた気がして、ポロリと言葉がこぼれた。


「セツってば、なんだかうちのお兄ちゃんみたい」


 その瞬間、私の頭を愛おしげに撫でていたセツの手がピタリと止まる。


「兄? 君の――?」


「あ、ご、ごめんね。なんだかうちのお兄ちゃんと同じようなこと言うから、つい……」


「君は――いや、なんでもない」


 セツは私の頭から手を退け、不貞腐れたように目を逸らし、反対の手に持っていた甘味を口にした。


 セツが言いかけた言葉――それはもしかしたら、その兄の元に帰りたいのかという問いかけだったのかもしれないし、もう、帰れないんだから諦めなよという言葉だったのかもしれない。でも、セツはその全てを飲み込み、むすっとした顔をしたのだ。子供のように……。


 最近、少しわかってきたことがある。セツは、変なところで子供っぽい。鬼の頂点に立つ者であり、恐怖だって感じる対象なのに、そんなところが妙に可愛いと思えるそんな奴――そう、いわゆるギャップ萌えというやつなのかもしれない。


 権力者、強者が己にだけ見せる気を許した顔。


(……おい、自分、心を強く持て。いくらそれにイケメンだっていうのを加えたって、自分は『胸キュンッ』なんてする柄じゃないだろ?)


 私は赤らんだ顔を隠すようにセツから目をそらし、気まずくなった沈黙を破るべく、言葉を発する。


「と、ところでセツの家族ってどんななの?」


「俺の家族――?」


 セツが一瞬だけ、難しい顔をする。


「あ、うん……」


(もしかして、聞いちゃダメだったかな……)


 私がグルグルと考えをめぐらしているうちに、彼は完璧な笑みをこちらに向けた。


「奴らなら死んだよ」


「奴――ら?」


(家族なのに――奴ら?)


 顔に集まっていた熱は瞬時に引き、思わずセツの顔を凝視してしまう。


「そう、奴ら」


 セツは手についた白い粉を舌で軽く舐め取る。普通ならば行儀が悪いと思うところなのだろうが、その妖艶な動作に、逆に魅入ってしまう。


「ああ、そっか――死んだっていうのには語弊があるのかな?」


 セツはニッコリと笑った。


「俺が全員殺したんだ」


 その言葉は、まるで今日のご飯のメニューでも言うように軽かった。そのことが、より現実味をなくす。


「え――」


「色々と煩かったからね」


 セツの軽い言葉に、ようやく痺れた頭が回転し始める。


「なん……で?」


 声が震えてしまう。今までの殺気による恐怖とは違うジワジワと背後から忍び込むような恐怖に、息が浅くなってしまう。


「ああ……大丈夫。君が嫌いな【意味のない殺し】はしていないよ」


 意味がない殺し――つまりは、花壇での一件を言っているのであろうその言葉に、思わず息をのむ。


 私は色々と勘違いをしていたのだ。

 この人――いや、この鬼は、命の重みを理解して私の言葉を聞き入れたのではなかったのだ。


(セツは――殺すことをなんとも思ってない?)


 その考えに辿り着いた瞬間、まるで風邪で熱が上がった時のようにゾクゾクとした寒さを感じ、ブルッと体が震えた。そんな奴を先程までなんとなく可愛いなあなどと思ってしまっていた自分が怖い。


(だって、それほどまでに毒されてるってことでしょ? 目の前の鬼に――)


 私はセツに動揺を悟らせないよう、薄緑色のお茶を喉へと流し込んだ。味は緊張のせいかよく分からなかったが、なんだか懐かしい味のような気がした。湯飲み茶碗をお盆の上に置くと、もともと白色だったそれに綺麗な青い蝶の模様が浮かび上がっていた。お茶を注いだ後、その熱か何かで模様が浮かび上がるような仕掛けになっていたのだろう。


 いつもの私ならすぐに食いついたであろう品物だが、今はその余裕がない。

 私は軽く息を吐き、目の前に座る銀髪の鬼を見据える。


「じゃあ、具体的な理由は? ただ煩かったから――じゃ、【意味のない殺し】と一緒だからね」


「煩かったっていうのも充分理由足り得ると思うんだけど――そうだね、今回は他にも理由があったからなあ」


「もし、セツが嫌じゃなかったら……聞かせてもらえる?」


 人には他人に踏み込まれて欲しくない領域がある。だから、あくまでも下手に出ようとは思うのだが、私は――


(この話を聞かなくちゃいけない気がする……)


 何故か、そんな焦燥感が巡る。


「別に面白い話ではないけど、君が望むなら」


 その言葉に、私はコクリと頷いた。

 セツは少しの間考えを巡らすように目を閉じた後、フッと微笑んで話し出した。


「……もともと、俺は妾の子だったんだ。鬼の頭領ともなれば、妾なんて結構いたからね、別に珍しくなんかない。どの妾の子も強い鬼の頭領の血を受け継いだ次の頭領候補。それはそれは手厚く祀り上げられていたよ。俺を除いて……ね」


 セツはその長くて綺麗な指で、湯飲みの縁を滑るようになぞった。


(妾が何人も――)


 複雑な家庭環境なのに、セツがまるでどこかの誰かの物語のように話すから、セツの過去話のだという実感が薄れる。


「他の妾の子との違い――君は何だったと思う?」


「……身分の違い――とか?」


 私はセツの優しい声に誘われるようにしびれた頭で応えた。


「身分か……あながち外れてはいないかな? 俺の母親は奴隷だったから。でも、ちょっと外れ。奴隷で妾というのは他にもいたけど、手厚く歓迎されていたからね」


 彼は湯飲みを片手で持ち、妖艶に微笑む。


(奴隷って……)


 セツは何でもない事のように話すが、奴隷と言うのはなかなか穏やかな話じゃない。


「そうだなあ、たぶん君は知らないだろうから、ざっくり説明しておくね」


 綺麗な笑みを絶やさない彼に、何故か胸がチクチクと痛む。

 私はギュッと自身の痛む胸に手を当てながら、それでもなお、彼の金の瞳からは目をそらさずに話を聞き続ける。


「強い鬼の子は、母体の中で暴れまわり母体を傷つける場合が多いんだ。だから、必然的に母体の女鬼も強くなくてはならない。まあ、これは俺が生まれた当時――つまりは、昔の風習なんだけどね。今は開発された妖術で何とでもなるから……ともかく、強い鬼の子は産まれにくいから、強い子を産める女はどんな身分、種族であっても優遇されていたんだ。ある種族を除いては……」


 セツは冷めてしまったお茶を一気に飲み干した。

 喉ぼとけが上下に動く様子が見え、なんとなく恥ずかしくなったが、私はセツの言う冷遇されていた種族が何なのかを聞き漏らすまいと、身を固くしながら待つ。


「ある種族……そう、俺の母親はね、その種族――人族だったんだ」


「え――」


 その答えに、一瞬頭が真っ白になる。そんな中、セツが湯飲みをお盆に置いた音だけがやけに鮮明に頭へと響いた。


(人族? つまり、セツのお母さんは私と同じ――人間?)


「そ、それじゃあ……セツは――半妖ってこと?」


 ゴチャゴチャになっている頭で何とか紡ぎだした言葉に、彼は楽しげに金の目を細めた。


「半妖……うん、そうだね。それも半分人族の血が流れた弱小鬼っていうのが、俺の幼少期の評価だったよ。まあ、あくまでも、昔の評価――だけど」


「昔の評価ってことは、今は違うってこと?」


 ようやく頭の中が落ち着いてきた私は、セツの含みある言い方に問いかけを送る。


「うん、そう。今はそんなことを言う馬鹿はいないよ」


 やはり楽しそうに笑う彼に、胸がどうしようもなく痛んだ。

 正直、セツの子供時代っていうのは、良いものじゃなかったんだと思う。だからって、たくさんの命を奪っていい理由にはならないけど……それでも、その嫌だった子供時代のことを目の前の彼は笑って話してる。


 過去のことなんてとうの昔に乗り越えたのか……本当に何も感じてないのか……それとも……


(心を凍らせてしまったのか……)


 一瞬、彼が言った雪鬼せっきという言葉が頭をよぎる。


「まあ、もともと人族は弱小で、他の種族はそんな人族との間に子をもうけようなんて気はさらさらなかったから、この時点で弱小と思われるのは仕方がなかったことなんだけどね」


 彼の言葉に、考えを巡らしかけていた意識が引き戻される。


「でも、俺と言う例外が生まれて、その俺は結果的に鬼族の中でずば抜けた力を持つ最強の鬼になったんだ」


 一瞬、まぶたを閉じた彼は笑みを強め、鋭い金の瞳を私へと向ける。

 その視線を受けた私は、無意識に背筋がピンと伸びてしまう。


「……晴菜、君にとっても重要なことだからしっかり覚えておいてね。これから話す内容は、俺が生まれた後、研究結果から分かったことだから」


 セツの金色の目が怪しくきらめき、思わずゴクリと喉が鳴る。



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