第20話 監禁される以外の仕事を下さい
「わあ、本当だ! 文字が見える!!!」
セツの黒縁メガネをかけて見ると、ただの白い紙だと思っていた物に文字が見えた。……何が書いてあるかは全く読めないけど……。
(今思ったんだけど――言葉は通じてるのに、文字は読めないんだね、私。この間街に行った時は違和感無かったのになあ……)
セツの仕事部屋に招き入れられた私は、彼にこの特殊なメガネの説明を受けていた。
セツの部屋は畳で、十六畳ほどの広さ。機能性を重視しているのか、仕事机の周りに調度品が揃っている(もしかしたら、ただ単に動くのが億劫なだけかもしれないが)。机の上のペン立てには様々な種類のペンが入れられており、時々カタカタと音を立てている(なんでペンが動くの!? 不気味すぎるでしょうが!?)。後ろに設置された背の高い二つの本棚には分厚い書物(なんて書いてあるかは謎)が並んでおり、そのうちの何冊かは鎖で厳重に巻かれていた(絶対に何か曰く付きの書物だって!)。
(……部屋の中の色々にツッコミ入れたいところだけど、まあ、気にしないでおこう……うん。ほら、今、一番気になったのはこのメガネだし!)
私は本棚から聞こえた微かな音(?)に冷や汗を流しながら、白い紙に書かれた読めない文字を眺めた。
「特殊な術がかかってるからね。それは魔力を流さなきゃ見えない文字なんだ。俺が扱えるのは妖力だから、そのメガネを使って魔力文字を読み取ってたんだよ」
「へぇ、このメガネって魔力文字が読めるの?」
「魔力文字の他にも妖力文字や霊力文字も読めるよ。このメガネには文字に埋め込まれた術式によって起動する術式が組み込まれていているんだ。ようは、三種類のフィルターが付いてる感じだね」
セツの三種類のフィルターという言葉に、納得する。
(うんうん。魔力文字だけ通すフィルター、妖力文字だけ通すフィルター、霊力文字だけ通すフィルターの三枚重ねで、今ならなんとたったの○○○○円!!! 的なあれだね)
……そんなことを考えてみると、途端に恥ずかしくなった。
(何の宣伝してんのさ、私は)
心の中でセルフツッコミをした後、私はかけていたメガネを外し、私が持ってきた四角い白箱の蓋を開けて中身を見ていたセツへと返した。
「セツ、メガネ貸してくれてありがとう」
「うん。それぐらい、いつでもどうぞ。それよりも、せっかく君が持ってきてくれた甘味を一緒に食べようか」
「え――でも、それはセツの分じゃ……」
「俺一人じゃ、さすがにこれは多いよ。それに、ほら、湯飲み茶碗も二つあることだし」
「あ、本当だ」
丸い盆の上にあった四角い白箱を上から見ると、白い大福みたいなものが六つに、白い湯飲み茶わんが二つ入っていた。……明らかに物理法則を無視した箱の中身だったが(だって、四角い箱って手のひらサイズだよ? まるでそのぐらいのサイズの穴から大福(?)達を見下ろしてる感じだよ?)、セツが指をパチンと鳴らした瞬間、箱は花が咲くかのようにふわりと開き、中に見えていた大福(?)と湯飲み茶わんが現れた。先ほどの箱は、白い風呂敷のようになっており、赤くて丸い盆によく栄える色彩になっていた。
「蒼は優秀な部下だからね。こういうところは抜かりないよ。まあ、少々癇に障るところがあるけど――ね」
(……目が笑ってませんよ、セツ様?)
思わず引きつった笑みになってしまったが、セツの仕事部屋に備え付けてある給湯器でお湯を沸かす。……なんというか、前々から思ってはいたけど、地球といろいろ似通った器具が多い。ただ、電気ではなく、妖力、魔力、霊力がエネルギー源であることやテレビができる前の器具が多いという点では、私が住んでいた世界・時代とは少々――いや、前者にしては大分違ってはいるが、それでも……
(妙な親近感を覚えずにはいられないんだよねぇ……料理もほとんど遜色なかったし)
「緑茶で良いかい?」
「あ、うん……って、私やるよ! さっきから邪魔しちゃってるけど、セツは仕事中なんでしょ?」
「ああ、気にしないで。どうせ朝からずっとで、そろそろ休憩にしようと思ってたところだからね」
「う…………ごめんなさい」
思わず、何もせず日が高くなるまでずっとゴロゴロしていた自分が恥ずかしくなり、居た堪れなくなる。
「? 君が謝る必要なんてどこにもないよ? いきなりどうしたの?」
「いや……うん、自分が情けなくてね」
「?」
(まあ、監禁されてて動けないって言えばそれまでなんだけど――ね。ここにしばらくいるってことは決定しちゃってるんだから、いつまでもゴロゴロ怠けてるだけじゃダメだよね……それに、このままだと幽閉ENDまっしぐら――)
私は行きついてしまった結論に思わず頭を抱えたくなり、それとなく小首をかしげるセツから目をそらした。その時、ふいに机の左横にある箱が目に留まった。そこには、青く淡い光を発した印が付いた書類の束が箱から溢れ出さんばかりに入れられていた。多分、それらの全てが完了済みの書類だろう。
え? なんで完了済みか分かるのか、だって?
それは、書類に付いている印が、私の左手の甲に付いている雪のような印と同じものだったっていうのと、机の右横にある同じような箱に、今現在もすごいスピードで書類が放り込まれているから――だ。もちろん、誰かが書類を届けに来ているわけではない。何故か、何もない空中に書類が出現し、勝手に箱の中に入っていくのだ。
(なんというか、今、改めてここがファンタジーの世界だって認識した気がする……)
多忙なセツとニートな私……そんな私は、意を決してセツを見据え、頭を下げた。
「セツ――私に仕事をください」
「え――仕事?」
「うん。なんでもいいんだけど……あ、いや、私に出来る範囲でだよ! この屋敷にいるんなら仕事が欲しいんだ」
「君は…………何もしなくていいよ。ただ、そこにいてくれるだけでいいんだ。あ、もしかして、何か欲しいものでもあるのかい? それなら、なんでも買ってあげるよ?」
ほら、なんでも言って、というようにセツはニッコリと笑った。
「いや、そうじゃなくって――私、地球に居た頃はいつも何かしら勉強やアルバイトしてたから、どうしても一日何もないのは嫌で――」
「ああ、そっか……それじゃあ、今度、何か遊べそうなものを買ってくるよ。このところバタバタしてるせいで、君に退屈な思いをさせてしまって悪かったね」
「だーかーらー違うって! そうじゃないの! 何か意味のある仕事をしたいの!」
「仕事って退屈なだけだよ? 同じ時間でも、遊びの方が断然楽しいだろう? ああ、もちろん、お金の心配ならしなくていいよ。俺がいくらでも出してあげるから。君が稼ぐ必要なんてどこにもない」
セツはニッコリと微笑んだままだったが、目が笑ってない……。先ほどの和やかな雰囲気から一変し、セツからは研ぎ澄まされた冷気を感じる。君は俺に口答えするのかい? というセツの心の声が聞こえてきそうだった。
私は服の裾をギュッと握りしめ、声が震えないよう注意しながら言葉を発した。
「セツ――私は一人でできる遊びをしたいんじゃないの。誰かのためになる仕事をしたいんだよ」
「一人でできる遊びだとダメかい? でも、俺としては君と誰かが一緒に遊ぶなんて考えただけで――」
「セツ」
少し強めに彼の名を呼ぶと、彼は渋々といった感じで困った笑みを浮かべた。
「……分かったよ。君はどうしても仕事がしたいんだね」
その言葉に、コクコクと首を上下に振る。
「はあ…………でも、ここから逃げるためにそんなことをしようなんて思ってるんなら――」
「違うって! ええと、なんていうかさ、その逆っていうか……」
完全に笑顔が消え失せ、鋭い眼光でこちらを見据えてきたセツに怯むまいと思い、強く否定したが、その後の言葉が上手く出てこず、どんどん尻すぼみの声になってしまう。
「逆?」
「うん。私が仕事したいのはさ、居場所が欲しいから――なんだと思う……多分」
「ッ――」
少々自信なさげの語尾になってしまったが、多分、それは本当の気持ち。
そう、私は地球にいる時、いつも居場所を求めていた。私が居ても良い場所……もちろん、お兄ちゃんの傍はそれに該当していたけど、お兄ちゃんと私の年齢差は大きく、いつも置いていかれてばかりだった。
だから、私は他の場で自身の居場所を得るために一生懸命だった。無償で与えられる居場所――それは、確かに良いものなのかもしれない。でも、私にとってはただの不安要素。だって、私はいつも、皆から必要とされるように、皆から見捨てられないように……何かをしていたいのだから。
「とにかく、ここから逃げようなんて考えてないから、仕事をくれませんかね? ということなんだけど、何か私にもできそうな仕事ってあるかな?」
暗い気持ちを振り払おうと元気な声を出して顔を上げると、ポカンとした顔のセツとバッチリと目があった。いつの間にか、セツが発していた冷気もキレイさっぱりなくなっていた。
「……セツ、なんでそんな顔してるの?」
「あ、ああ、その……ええと、仕事ね。仕事。うん、何か探してみるよ」
「? えっと――うん。とりあえず、ありがとう」
セツが妙に挙動不審なのが気になったが、とりあえずは何か仕事がもらえそうなので安心した。
「じゃあ、話もひと段落したことだし甘味でも食べようか」
セツが少々顔を赤らめながら大福(?)を手に取るのに合わせ、私も柔らかいそれを潰してしまわないようにそっと持ち上げる。
「ふふ、そんなに慎重にならなくても大丈夫だよ? もしかして、これを食べるのは初めてかい?」
「えっと……こんな感じなの、見たことはあるよ? でも、ケーキとかドーナツとかしか食べたことないし――なんだかこれ、フニャフニャしてて……って、笑うなあ!」
「ああ、いや、ごめん。やっぱり、君ってば面白いね。とりあえず食べてみたら? 変なものは入ってないよ?」
「う……あんまり見ないでよ。食べにくいじゃん」
「ふふ、君は恥ずかしがり屋さんなんだね」
ニッコリと色気たっぷりに微笑むセツ……でも、その金色の瞳を私から逸らしてくれる気はないらしい。
「ああ、もう良いよ。いただきます!」
少しやけになりながらも、セツが見守る中、私は目の前の大福(?)に一口かぶりついたのだった。
(……というか、さっきまであたふたしてたセツはどこにいったんだよ! 今じゃ私の方があたふたしてんじゃんかあ!)




