第18話 身体検査はほどほどに
「呪いに詳しいのは妖狐一族だけど、君にそんな危険を冒させるなんてできるわけがない。だから、地道に情報を集めて君が持つ印と同じ印を見つけなくちゃいけないのは分かるね?」
セツがニコニコしながら私を壁際に追いつめてゆく。
「うん、それは分かってるよ?」
「じゃあ、印が何個あってどこにあるのか、ちゃんと俺に見せてくれないかな?」
「断固拒否します!!!」
私は自身をギュッと抱きしめながら、一歩一歩後ろに下がっていく。セツも笑顔のまま、じりじりとにじり寄ってくる。
呪いを受けた夜が明け、蒼が持ってきた朝食を食べた後、私はセツと謎の攻防を繰り広げていた……。
(セツに私の貧相な身体見せられるわけないでしょうが!!!)
昨夜は不可抗力で一糸まとわぬ上半身を見られてしまったが、セツは今、呪いの状態を見るために全身くまなく見るつもりだ。
(私の身体を…………)
そう考えると、余計に顔へと熱が集まってくる。
(ムリ――絶対ムリ!!!)
やましい気持ちではないにしろ、自慢できるような体付きではない私が、こんなイケメンの前で裸体をさらけ出せるはずがない。
ついに背中が壁に触れた。私が逃げられる限界への到達に、心臓がドクドクと嫌な音を立て続けている。セツが逃がさないよ? とでも言うように、黒い笑みをたたえながら、私を閉じ込めるようにその両手を壁へと――
(――って、この状況なんですか!? 壁ドンってやつですか!? めっちゃ、ソフトでドンって音しなかったですけど、壁ドンってやつなんですか!?)
混乱して顔が真っ赤になってるであろう私に、セツはトドメだと言わんばかりに耳元で囁く。
「ねぇ――見せてくれるよね? 俺だけに――」
セツの甘い香りと低くかすれた声に、頭はクラクラ。背筋は何故かゾクゾク――ってあれ?
(あのう、セツ様……いつの間にか殺気出してませんか? 脱がなきゃどうなるか分かってるんだろうな? 的な……)
「せ、セツ――その、物事には順序というものがありまして」
私はなんとかググゥッとセツの胸を両手で押し返す。
(なんとかこの状況を打破しなければ!)
「うん、そうだね。君は呪いを受けた。その呪いを解くために呪いの状況を確認するという順序が今――ということになるかな?」
「……」
(どうしよう、正論だけに何も言い返せない! うぅ……そもそも、朝食を片付けに行った蒼は何処に! 蒼、頼むからセツを――この暴走鬼を止めてぇ!!!)
私が悲痛な想いを連ねていると、リーン――という綺麗な鈴の音と共に待ち望んだ声が降ってきた。
「セツ様。差し出がましいようですが、無理強いはよくないかと」
「あ、蒼ぅ――」
(私の救世主様!!!)
私の反応のせいか、セツが不機嫌さをマックスにし、蒼へと鋭い眼光を向けた。
(あのう、セツ様。殺気を出すなら――いや、出さなくても、とりあえず離れてください!)
私はビクビクしながらも、セツを押す手に力を込めた。まあ、セツはまったく気にしてなかったけど……うん。
「蒼。そうは言うが、このままじゃ呪いの宿主を探し出せないのはお前も知っているだろう。そもそも、なんでお前がここにいる」
「はい。晴菜様に呼ばれましたので」
「?」
(私――朝食の後約束でもしてたっけ?)
「お忘れですか、晴菜様? 前にお渡しした鈴のことを――」
「あ!」
思わず服に付けていた蒼いリボンの付いた鈴に手で触れる。
(そっか! さっきの鈴の音――私、いつの間にか蒼を呼んでたんだ……)
そうだよ? とでもいうように、再び鈴が短く綺麗な音を出した。
「ありがとうございます、晴菜様」
蒼が恭しくお辞儀をする。その動作があまりにも綺麗で思わず見惚れてしまったが――
(むしろ、私の方がお礼を言うべきじゃないの? わざわざセツの機嫌を損ないそうな現場に来てもらっちゃったわけだし……)
そんなふうな考えに至り、逆に申し訳なく思っていると、蒼が天使のような微笑みを浮かべ、爆弾発言をしてくれた。
「そして、とても嬉しく感じております。窮地に陥った時、他の誰でもなく、この私の名を呼んでくださったことを」
「!?」
蒼の心底嬉しそうな表情から目がそらせない。だって――
(現在私に壁ドン的なものをしている目の前の鬼が恐しすぎてそっちを見れないですから!!!)
ピシッ――
「ヒッ――」
いきなりあがった不穏な音に、ひきつった声が出た。
(ちょ、ちょ、ちょっと、セツ様!? あなたが手をついている壁から、ありえない音がしたのですが!?)
「蒼――」
「はい、なんでしょうか? セツ様」
低く押し殺した声で話すセツに、蒼はニッコリと笑いながら応えた。
「貴様、わざとやっているだろう」
「何のことでしょうか」
「この――」
「ッ――」
セツが蒼に向かって不穏な動きをしようとした瞬間、思わずセツを押しやっていた手で彼の着物を掴む。その時、思ったよりも強く自身の方に引っ張ってしまったことに慌て、セツの方を見やると――驚いた表情の彼と至近距離で見つめ合う形に!?
「どわあぁ!」
反射的にその端正な顔を両手で上へと押しのける。
「ウッ――」
完全に油断していたのか、短く呻いたセツが後ろによろめく。
「うわわあぁ! ご、ご、ごめん!」
「いや、うん。別にいいよ、気にしないで。それよりも、蒼――肩を震わせて笑うな」
「ああ、すみませんでした。私としたことが――先にお体の心配をするべきでしたね。首は大丈夫そうですか? セツ様」
「はあ……まったく、笑いながら言うな。それに、これぐらい大丈夫に決まってるだろう?」
「ご、ごめんね。セツ――あ、で、でも、セツだって悪いんだからね!」
(そう、もともと私を壁際なんかに追い詰めなければこんなことには――いや、むしろ、そもそもの原因は、呪いの状態確認をセツ自身がやろうなんてしなければこんなことには!!!)
思い出してしまった原因に顔を真っ赤にしながら言うと、セツはフッと笑った。
「まあ、そうだね。うん……分かった。無理強いはしないよ。でも、呪いの個数と位置だけは教えてくれるかな?」
「う――」
それを教える=その数だけセツに上書きという名で舐められる……という連鎖に至り、思わず躊躇してしまう。
「そうか。じゃあ、やっぱり脱――」
「言います! 言わせてください!!!」
そんなこんなで私は、呪いの位置が両肩、両足、背中、お腹、額にあることをセツ達に話したのだった。
(頬の呪いは蒼が解呪してくれたからね。あと――七つ……)
❅ ❅ ❅
~セツ視点~
彼女から呪いのことを聞いた後、俺は仕事部屋で書類仕事をしていた。正直、イライラしてしょうがなかったが、仕事は仕事。きちんとこなす。まあ、多少文字が荒くなってしまっているのには目を瞑ってほしい。
そんな時、ふと廊下に慣れた気配が近づく。
「蒼か――」
「はい」
「入れ」
音を立てず、蒼が洗練された所作で新しい書類を差し出す。それに軽く目を通しつつ、俺は先ほど蒼に聞きそびれた疑問を投げかける。
「額の呪いのこと――彼女に教えたか?」
「いえ」
「チッ――」
思わず持っていた書類を乱暴に机の上に置く。
「妙な気配が彼女に付き纏ってる気がしたが、杞憂ではないようだな……やはり、寝室にも何か監視の策を――」
「セツ様。それだとさすがに晴菜様が落ち着かないかと……」
「彼女にばれなければ問題ないだろう。それに、これも彼女のためを思えばの処置だ。それよりも蒼――呪いの件、頼んだぞ。俺は表の情報網からそれとなく探すが――」
「裏の方はお任せ下さい」
「もちろん、彼女のことを勘付かれないようにしろ。特に野狐共には――」
「むろん、承知しております」
蒼が頷き、部屋から出ていった後、俺は再び目の前の書類に目を留めた。
「この間起きた魔力爆発と境界に一時的に開いた穴について――か。どちらもヘル・ヘイムなのが気になるところだな……。まったく、面倒事にならなければ良いが」
~セツ視点(終)~
✽ ✽ ✽
~蒼視点~
セツ様の仕事部屋から充分離れた位置でふと立ち止まる。遠巻きにその部屋を見つめるが、中から終始ピリピリした空気が漏れ出ているのがこの位置からでも分かった。
「少々、からかいすぎましたかね……」
数十年ぶりに見る主の感情豊かな反応に、ついつい度が過ぎてしまったようだ。
(私としたことが、ダメですね)
思わずセツ様を振り回している元凶である晴菜様の顔が頭をよぎり、クスリと笑いが漏れてしまう。
「本当に、ダメですねぇ」
彼女が来てから、セツ様は以前のように戻った。いや――以前よりも一層やわらかくなったかもしれない。
(まあ、晴菜様にまとわりつく妙な気配のせいもあって、心の乱れは凄まじいようですが――)
「まったく、あいも変わらず素直じゃないというか、鈍いというか――」
私は懐かしい日々を思い出して、クスクスと笑った。
(そうですね。少しはご機嫌取りでもいたしましょうか。忠実な下僕らしく、我が主様のために……)
さっそく、その目的を果たすべく、廊下を歩く。もちろん、目指すのはあの方の部屋――
~蒼視点(終)~




