第11話 マジックショー
「さあ、ここに取り出しました帽子」
バンダナ男が大きな箱の中から黒いシルクハットを出し、くるくると回す。彼を囲むように見物客が周囲を取り囲んでいる。
(てか、この江戸風の街にシルクハットって――なんていうか、バンダナ男の格好からしてもずいぶんとミスマッチすぎるんだけど?)
おもわずそんなことを思いながらも、バンダナ男の次の動きから目がそらせない。
「この帽子の中には何も入っていません。けれども、これは魔法の帽子です。そうですねぇ――よし、そこの可愛いお嬢さん、少し手伝ってくれますか?」
バンダナ男とばっちり目が合う。
「……」
「ええと……そこの可愛いお嬢さん、良かったら手伝ってもらえませんか?」
再度声をかけられ、ハッとする。
「あ――え! 私!?」
「はい、あなたです。先程は彼氏さんに手伝ってもらいましたからね。いかがでしょうか?」
その言葉に思わずセツの方を見てしまう。セツにはニコリと微笑まれ、私の顔に熱が集まってきたのが分かった。
(彼氏? この美形が彼氏? いやいやいや、てか、誘拐犯ですよこの人! あ、いや、人じゃなく鬼か――)
彼氏いない歴=年齢の私が軽くパニックを起こしていると、バンダナ男が困ったように笑った。
「それでお嬢さん、お手伝い願えますか?」
「あ、はい! よろこんで!」
私は彼氏云々に対する否定の言葉を飲み込み、慌ててバンダナ男のもとへと駆け寄った。
「いやあ、助かります。この帽子、どうも可愛い女の子じゃないと働いてくれないみたいなんですよ。あと、とっても気まぐれでしてね。それじゃあ、手を出してくれますか?」
男のホッとした表情を見て、少し申し訳ない気持ちになった。
(ほんと、困らせちゃってごめんなさい!)
とりあえず心の中で謝りながらも、言われた通りに手を出す。
「はい、ではこの帽子をどうぞ」
「は、はい」
「帽子の中に何もないことを確認してください」
ひっくり返して振ってみたが、妙な音もなく、何も落ちてこなかった。
「何もないみたいですね」
私の言葉に、バンダナの男が二カリと笑う。
「確認できたようですね。それでは、そのまま帽子を持っていてください。今から奇跡を起こします」
男はいつの間にか取り出していた黒いステッキの持ち手の部分についた赤い石でシルクハットのふちを二回叩いた。
「さあ、帽子よ。目の前にいる可愛いお嬢さんにご挨拶を」
(帽子が挨拶って――?)
「それではお嬢さん、シルクハットの中に手を入れて下さい」
「え? はい――」
恐る恐る暗くて底が見えないシルクハットの中に手を入れる。
「!?」
手に何かが触れ、カサッと音が鳴る。
(? 紙――?)
触れた紙状の何かを掴み、外へと出す。取り出した白い紙には、黒い字で『おはよう、可愛いお嬢さん。あなたのように可愛らしい方にお会いできて嬉しいです』と書かれていた。
「わあ――」
思わず嬉しくなってニコニコしてしまう。
(どんな仕掛けなんだろう?)
ドキドキとしながらシルクハットを抱えていると、何やら手の中でコトリという音が鳴った。
(?)
「おや、今の音は――なるほど、どうやら今回は何か贈り物があるようです。お嬢さん、もう一度帽子の中に手を入れて下さい」
言われるままに手を入れると、何か硬質な物に触れた。とりあえず、先程と同じように外へと出すと、可愛らしいキーホルダーだった。
(なんか柴犬っぽい。あ、でも、これは黒い翼――? それにしても……)
「可愛い」
思わず心の声が漏れてしまう。
「どうぞ、それはもうお嬢さんの物です」
「え? い、いえ、もらえないですよ!」
「それは協力してもらったお礼です。それに――」
バンダナ男が再びシルクハットのふちを三回ステッキで叩いた。その途端、ポンッという音と共にシルクハット内から色とりどりの紙テープが飛び出し、一枚の白い紙が舞い上がった。バンダナ男はその紙めがけパッと飛び上がり、空中でひらひらと舞うそれをキャッチした。
(……てか、驚きのあまりシルクハットを落とさなかった自分を称賛したい。うむ、それにしても、すごい動体視力とジャンプ力――うん、このバンダナ男なら普通にマジック以外でも食べていけそう。ヒップホップ系のダンスとかきっと極められるよ)
驚きの後、心の中でその見事な運動神経に拍手を送っていると、バンダナ男が二カリと笑った。
「こいつもこう言っていることですし」
「?」
バンダナ男の手元にある紙には『可愛いお嬢さんに出会えた記念に、どうぞもらってください』と書かれていた。
私はその言葉に、思わずクスクスと笑ってしまう。
「じゃあ、ありがたく貰い受けます」
❅ ❅ ❅
その後もバンダナ男の数々のショーを見終わり、私は満足して大きな拍手を送った。そして、やっぱりバンダナ男はジャグリング系も得意だった。
(運動神経良いんだろうなあ。でも、私以外のウケがあんまり良くなかったから早々に止めちゃったんだよね)
ナイフのジャグリングはドキドキものだったが、周りにはあくびをしている客や帰ってしまう客ばかりで何とも言えなかった。
(やっぱり、この世界ではあんなのはできて当たり前なのかな?)
そんなことを考えていると、セツがスッと私の手を引いた。
「さっきもらったキーホルダー、少し貸してもらえないかな?」
「あ、うん、良いけど……」
セツにキーホルダーを渡すと、彼はじいっと難しい顔でそれを見つめていた。心なしか、金色の瞳の動向が細く縦に伸びているような気がした……。
「えっと……ユキ?」
「あ、うん、ごめんね。これは君に害をなしたりはしないみたいだね」
「はい?」
「うん、魔力も妖力も霊力も感じないってことだよ。これは普通のキーホルダーみたいだから、身につけてても大丈夫だよ」
「魔力に妖力に霊力?」
ザ☆ファンタジー的な言葉に頭がついていかず、返されたキーホルダーを手に乗せたままぽかんとしてしまう。
「ああ、そう言えば説明していなかったね……この世界では魔族が使う力の素を魔力、妖怪が使う力の素を妖力、精霊族が使う力の素を霊力って言うんだ」
「……それ、全部同じじゃダメだったの?」
「似てはいるけど違う性質の力だからね」
「そ、そうなんだ……」
セツの言葉に、思わず乾いた笑みが漏れる。
「そう。そして普通、その力は一つしか使えない。だからあの妖怪は妖力検知器を使用したんだ」
「あ、そういうことだったんだ――って、あれ? でも、この世界の住人は、さっきユキがやったみたいにその力を感知することができるんだよね? それじゃあ、検知器って意味なくない?」
「いや、感じ取れるのは一部の力ある者だけだよ。だからこそ検知器なんてものができたんだ。身の危険は誰でも回避したいだろうからね」
セツの言葉に、私は一つの結論に至った。
「じゃあ……さ。さっきのマジックは別に協力者がいて、そいつが魔族とか精霊族だったから検知器が鳴らずに奇跡が起きたっていう感じなの?」
「そういうこと。多分、魔族だね。うっすらとあの帽子から魔力が感じられたから……。だから奇跡でもなんでもない。もし君が騙されたって思うんなら、俺が――」
「ふふ、そっかあ――そんな仕掛けだったんだあ」
セツが何か言いかけたが、思わず笑いが漏れてしまった。聞いてしまえば何でもないことだった。タネも仕掛けも単純な物。でも、私は――
「……楽しかった?」
「うん!」
セツの言葉に、私は満面の笑みで答え、ギュッとキーホルダーを握った。久々にあんなにわくわくした。最近はいろんな意味でドキドキだったり、不安だったりだったから、今回のはいい息抜きになった。
(うん。このキーホルダー、大事にしよう!)
ルンルン気分の私の横でセツが寂しそうに笑っていたことに、この時の私は気付きもしなかった……。




