第10話 バンダナ男
「はあ……今日も今日とて暇――」
てか、普通、異世界転移なるものはチート能力なんかがつくはずだよね? こう、魔法が使えるようになったり、一見弱そうに見えても最強だったり……うん、王道ラインはそうなるはずだ。なのに、今の私はどう? なんも変わってないんだけど? 絶世の美女に生まれ変わってたとかもないし、ゲームの中の住人になっていたとかでもないし――あれ? ちょっと待てよ……私、そもそもの前提条件間違ってる?
うん、これって転移っていうか、拉致されただけ――なのか? それじゃあ、別段変わったことがあるわけは……いや、変わったことはあった。あったじゃん。前世の存在なんてもの、地球にいた時は意識したことなんてなかった。これが私の能力?
いやいやいや、前世の記憶だけじゃ何ができるって言うの? そもそも、しっかり覚えてるわけじゃないし――
「百面相してる君も可愛いけど、そろそろ俺に気づいてくれてもいいんじゃないかい?」
「って、わあ! セツ、いつの間に部屋の中に!?」
思いのほか近くでセツの香りを感じ、私はベッドの端の方まで一気に移動した。
「さっきから何度も声をかけたんだけど返事がなかったから、勝手に入らせてもらったよ」
(声をかけた……ねぇ――)
「どうせまた、名前を呼んでくれなかったんでしょ? 私の名前は晴菜。ほら復唱して、は・る・な!」
「今日は街の方に出かけようと思うんだ。可愛いお店を見つけたからね。君もきっと気に入るよ」
「だから、私は晴菜だって! ちゃんと呼んでくれなきゃ返事しなからね!」
「そう、外には出かけたくないんだね」
セツがそう言い、部屋の外に出ていこうと身を翻す。
私はとっさにその手を掴んだ。
「どうしたの? 外、行きたくないんだよね?」
「ック――」
「ん? 何かな?」
セツが楽しげに目を細める。思いっきりその顔を殴り飛ばしてやりたくなったが、私はグッとこらえ、セツを睨みつけながら答えた。
「行きたい……です」
「うん、そう言ってくれると思ったよ」
とろけるように甘い笑顔を向けるセツが非常に腹立たしかったが、暇で暇でしょうがない私は、外へのお出かけという魅力的な餌には勝てませんでした。はい。
「それじゃあ、はい、これ」
「え――?」
セツがおもむろにゴスロリチックな和服――地球でいう和ゴスを渡してくる。
「まさか――これを私に着ろ……と?」
思わず、口の端がひきつけを起こしたようにピクピクと動くのが分かる。
セツが持っている服は、薄い黄色を基調とし、小さくて可愛い桜色と赤色の花が存分にあしらわれたものだった。着物の合わせ部分とパニエで膨らませたスカートには白いフリルが付いており、帯風の赤いコルセットの中央は×型の交差が縦に列を作るように桜色の紐で結ぶ仕様になっている。バックにも大きな赤いリボンを背負うようになっていて――明らかに私に似合わない。
正直言って、服に着られるを体現しているようになるのは言うまでもない。
「大丈夫、可愛いよ」
「この服が……ね」
セツの手を服ごと押し返すが、グッと逆に押し付け返される。
「あと、着付けも俺がやるから安心して」
「どこに安心要素があるんでしょうかねぇ?」
服の押収が続く。
「それに、その格好だと外で目立つし、良いから俺に任せてよ。……ね?」
「!?」
(完璧な笑顔で圧力かけるとか怖いんですけど!?)
思わず、ビビッて服を受け取ってしまった私は、可愛らしいその服をじぃって見つめて考えた。
(郷に入っては郷に従えっていうし、この世界に友達がいるわけじゃないし…………うん、結論――長いものには巻かれろ)
というわけで、着替えました。もちろん、一人でね!
❅ ❅ ❅
「わあ――」
(人外がいっぱい)
思わず心の中でそんな言葉が出た。
街は江戸風だった。まあ、セツの屋敷が日本風だったこともあって想像はしていた。まるで時代劇の中のような建物が立ち並ぶ中、洋装の角あり男や和ゴスの猫耳女が闊歩している。
(なんというか、外見が人間に近い分、ただただみんながコスプレしてるようにしか見えないのですが?)
思わず、某テーマパークに来たノリで写真をお願いしますと言いたくなってしまう。だって、みんな総じて美形なんですよ? まったく、なんなんですかここは? やっぱり夢の国ですか?
「ふふ、やっぱりその服を選んで正解だった。可愛いよ」
「……」
私の隣を歩くセツがニッコリと笑う。
私は何とも言えない微妙な表情だ。服に合うように黒いブーツを履き、髪も蒼が綺麗に結い上げてくれた……が、やはり似合ってはないと思う。でも、セツの上機嫌さを見ると、こんなのも悪くないのかな? なんて思ってしまう。
(うん、非常に痛い人だって、今の自分。考え直せ)
そんなツッコミを一人で入れてる時、ふと、アニメや漫画なんかに登場する妖しの類は人間を惑わすため美形という設定があったなあと思い出した。
「それにしても……初めての外出、喜んでもらえたようで良かった。でも、俺のそばを離れちゃダメだからね?」
突然手を引かれ、向かいから走ってきた二人組の少年達(鬼の子供かな?)との衝突をまぬがれる。
「あ、ありがとう、セツ」
「どういたしまして。でも、今はセツって呼んじゃダメだよ? お忍びなんだから、ユキって呼ばなくちゃ――」
セツ――いや、今はユキか……は、私の唇に自身の人差し指をあて、妖艶に微笑んだ。
(妖しの類は人間を惑わす――あながち間違っちゃいない)
セツは今、妖力を使って銀髪を長くし、後ろで緩く束ね、細身のフレームの黒縁メガネをかけている。そう、メガネ――この世界にメガネがあったことに私は心底驚いた。まあ、お忍びってことで変装しているんだそうだ。美形はどんな格好をしても似合うんですね。分かりました。だから、変にドキッとするシチュエーションはやめてください。心臓に悪いです。
私はパシッと私の唇に触れていた手を払った。
「そうだったね、ユキ。じゃあ、私も名前で呼んでよ。前世の私の名前とは違うんでしょ?」
私がニッコリと笑って言うと、目の前の彼は驚いた表情で固まった。
(?)
「君は――」
「ささ、寄ってらっしゃい見てらしゃい!」
セツの言葉を遮り、大通りの方では赤いバンダナを巻いた旅芸人風の青年が、大きな箱の前で手を叩いていた。
「え、なになに? マジックか何か?」
私はワクワクしながらそちらを見つめた。
こういったノリは大好きだ。ドキドキ、ハラハラ、私達観客をアッと言わせる展開――一度だけ兄に連れて行ってもらったマジックショーを思い出し、テンションが上がる。
「マジック……それが何かは分からないけど、興味があるなら見ていこうか?」
「え、良いの?」
「もちろん、君が楽しめなきゃ意味がないからね」
「セ――じゃなかった。ユキ、ありがとう」
私は高揚した気持ちを抑えきれず、セツの手を握ってブンブン上下に振った。セツのかけてたメガネがその反動でずり落ちてしまっていたが、そんなの気にしてられない。
私はそのままセツの手を握り、走り出した。
「それじゃあ、客が集まる前によく見える位置を確保しなくちゃね!」
❅ ❅ ❅
「ここにありますのは、皆さんお馴染みの妖力検出器です。このように、妖力を使用すると――」
ピィ――
「音が鳴ります」
旅芸人風の青年の言葉に、なるほどと頷く。この世界では妖力という、地球では考えられない力が存在する。いわゆる魔法みたいな感じだ。ようは、何でもアリの世界――そんな世界でマジックをやったところで、当たり前なのだ。面白みもなんにもない。
「そのため、今後妖力を使用した際にはこの妖力検知器が鳴ってしまいます。そうですねぇ、念のためにこの妖力検知器に故障がないか、誰かに試してもらいましょうか――それでは、そこの銀髪が綺麗なお兄さん、これに妖力を注いではくれませんか?」
(え? 銀髪が綺麗な――)
「って、セ――じゃなかった、ユキじゃん!」
「ああ、俺だね」
妖力検知器を渡されたセツが旅芸人風の――って、いちいち言うの面倒だから、バンダナ男でいいや。他にも茶髪にブラウンの瞳っていう特徴はあるけど、赤いバンダナが特徴的だし、なんの種族かも分からないし、とりあえずバンダナ男で。
セツはそのバンダナ男から妖力検知器を渡され――何故か不敵な笑みを浮かべていた。目がスッと細められ、バンダナ男を見据える。
(これ……は――殺気?)
「ちょ、何してんの? こういうのは観客交えてやるんだから喜んで協力しなきゃダメでしょ!?」
慌てて小声でセツに訴えかける。
「そう、君が楽しいなら、それでいいか……」
セツは放出されかけてた殺気をスッと収め、妖力検知器に妖力を込めたのだった。
無事に音が鳴り、バンダナ男は首にそれをかけ、再び箱の前へと戻っていった。
「ご協力ありがとうございました。それではこれより皆様には、奇跡の数々をお見せしていきたいと思います」
バンダナ男が恭しくお辞儀をし、二カリと人懐っこい笑みを浮かべた。




