底辺貴族の手紙
拝啓,ロリエ男爵(第4地区自治局長),
久しぶりだね,元気にしているかな.私は...
私は,書き出しでいきなり詰まってしまった.そもそも,手紙など普段書かない上に,事情が事情なのである.めっきり弱ってしまった.そもそもの始まりは,ある日の午後のことだった.
0:悩みの種
地球が丸いということをはじめに言ったのは誰だったろうか.私たちが知る「世界」は,地球儀で表される小さな天体.地軸の傾きまで再現して,ご苦労なことだ.でも,私にはそれはにわかには信じられない.地球が丸いなんて.私の知る,「世界」というものは,女王より与えられた,この小さな村だけだ.
「辺境伯」これが私のもつ称号.現在では,侯爵と同じ爵位だと思われているが,そうではない.いや,一般にはそうなのだが,私の場合,本当に辺境の地に飛ばされたから,馬鹿にする意味を込めてこう呼ばれているのだ.第一,私の5代前までは本物の侯爵だったのに,あれよあれよと不祥事が重なり,位が下がっていった.父の代で,これ以上降格させると悪いということで数百年ぶりに「辺境伯」の地位を復活させ,その爵位を拝命した.辺境に飛ばされる,「窓際族」として.
当然,女王のサロンに呼ばれたこともないし,第一宮廷から馬車を乗り継いで6時間もかかるのだから,午後のサロンどころではない.私の一族がこの土地に来たのは父がまだ20代の頃だから,60年近くもこの小さな村をおさめていることになる.村には,100人ばかりの住民がいるばかりで,そのうち20人が私の一族か,私の家に使えている.残りの80人は何をしているかというと...
「先生,入ります」
そういって,若い学生が部屋に入ってきた.彼は,この村唯一にして,この地域でも唯一の王立大学,第14大学の学生だ.名前をフレデリック・ロイターボーンという.彼が先生と言ったのは,私のこと.私はこの村の領主であるばかりでなく,この王立大学で講師も務めている.この村の残りの80人は,この大学の関係者だ.つまり,領主の仕事なんか何もないのである.さらに,私は専門は科学技術史であるが,学生は彼ひとりだけ.貴族界でものけ者なら,本職のはずの学問の世界でものけ者にされているのが自分のことながらおかしくて仕方ない.
「やあフレッド,どうしたの」
私は,彼のもってきた書類を見ながら,だいたいの見当をつけながら尋ねる.私は,彼の名前,とくに名字がうまく発音できず,彼の友人と同じようにくだけた呼び方をしている.
「論文を見ていただきたくて.14ページです.投稿先は,王立科学会誌」
「うん,わかった.明日まででいいかな?」
彼の要領の良い伝達に気を良くしながら,さてと机に向かう.彼の「もちろんです」という声を聞き流しながら,要旨から読み始める.なかなかいい論文だな,と思うと同時に大きな問題点を発見する.
「フレッド,投稿料はいくらなの?あと,旅費はどれくらい?」
ええと,と言いにくそうにしながら彼が私に告げた金額は,それからしばらくの私の悩みの種になった.
1:底辺貴族のお仕事.
通常,貴族というものは優雅な暮らしをしている.そうでないものもいるが,それでもたいていの貴族はなんとか食っていける.革命が起こると,貧乏貴族の中では,爵位を売り払うものもいると聞くが,もう200年も革命の起きていないこの小さな国で,そんなことを気にしても仕方がない.実際,この国では貴族には7種類(5爵+2卿)の貴族がいるが,上の方の5爵なら,まず金には不自由しない.私のような「窓際族」を除けばだ.
私の自由に使える金は少ない.そもそも独身だから国からの手当が少ない上に,妹ばかりが多くて出費ばかりがかさむ.家柄も落ちぶれているので,嫁いでいく様子もない.そうすると,いきおい学生の旅費や学会費なんかを工面するにも困窮するのだ.
フレッドは優秀な学生で,あと2本論文を出せば,博士号も申請できるだろうし,将来にも希望がある.なにより,こんな片田舎の大学でくすぶらせる訳にもいかない.学生に金の心配をさせたくないという変なプライドがあるから,なんとか金くらい用意したいものであるが,王立科学会が開催されるのは第5地区.私たちの住む第14地区からは2日がかりでいく距離であり,滞在費も含めればかなりの金額になってしまう.
そんな訳があって,学生時代の友人に宛てて,私は今手紙を書いている.ロリエという男で,爵位は男爵と(形式上)私より低いが,都会でしっかりと家を守っている現代型の立派な貴族だ.
「金を貸してくれ」
この一言を書くために,かつての友人に羊皮紙1巻もの回りくどい文章をしたためてから,私は「自分は貴族に向いていないな」と再確認し,筆を置いた.
底辺貴族らしい一日の終わりである.
こういった,うだつの上がらない貴族の,のんびりとした物語を書きたいと思って,その導入部分と登場人物を少しだけ出したショートショートにして見ました.
私の書きたい世界観・空気感だけでも感じていただければと思います.
やっつけなので,もう少ししっかり推敲してから,この世界観でお話を書ければと思います.感想,コメント等頂けましたら幸いです.