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7.食堂室での休息

 少し遅めの昼食を取りに、ルナは食堂へ案内された。

 食堂は医務室の並びにある。時刻は昼の2時過ぎだが、まだ談笑している他の船員の姿もちらほら窺えた。

 ここでも全体的に、清潔感が漂うアイボリーとクリーム色が基調にされている。4人掛けのテーブルが15ほど。カウンターには本日の日替わりメニューが立てかけられており、好きなサラダを選べるバーとドリンクが並んでいた。


 トーリに手を引かれて入った食堂は、香ばしい匂いが充満しており、知らず食欲が刺激される。そういえば最後に食事をとったのはいつだったか。忙しさにかまけて、食事をおろそかにしてしまう傾向がルナにはあり、一口飲めば必要な栄養分が摂れて空腹も満たされるお手製の丸薬を、彼女は2日に1回は愛用してしまうのだ。

 よくよく考えてみれば、固形物を口にするのは約2日ぶりだった。ザイラスやトーリにならって、お皿にサラダを盛り合わせる。瑞々しい生の野菜や糖蜜漬けの花などを乗せて、カウンターにいる店員にメインのアントレーを注文する。本日のメニューは、トマトと魚介のパスタに具沢山のスープ、デザートにコーヒーゼリーだ。


 「ここのパスタはおいしいのよ!」


 にっこりと微笑みながら、トーリが席まで案内した。ルナはトレイに飲み物を置いてトーリについて行く。が、一歩進むごとに、船員達からの視線を感じてしまう。遭難者が拾われた話は行き渡っているようだが、随分と好奇に満ちた視線が突き刺さる。物珍しそうに眺められるのは、非常に居たたまれない。


 気にせず席について水を飲んだ。目の前に座ったザイラスは、軽く左手の甲で頬杖をしながらルナを眺めている。ここでも居心地の悪さを感じさせられた。

 隣に座るトーリは既にサラダを食べ始めている。おいしそうに食べるトーリを見ると、ルナもフォークに手を伸ばしたいのだが、ザイラスの視線が気になり何故かお預けをくらっているペットの気分になった。


 「あの、言いたい事があるなら言ってもらわないと、ずっと見られるのって落ち着かないんだけど」


 目線だけ上げて目の前に座る美形を軽く睨む。少し微笑めば女の子は一瞬で恋に落ちるであろう程の端整な顔なのに、何故こうも無表情で嫌味しか言わないのか。


 「見事な黒髪だと思っただけだ。ロゼリアでは珍しいからな」


 まさか髪を褒められると思わなかったルナは、目を瞬いた。


 「……怖くないの? こんなに真っ黒で。光さえ弾かないのよ」


 胡乱げな眼差しで問いかける。今まで髪を褒められた事は数え切れないが、お世辞や恐れじゃなく純粋に褒めた人間は、過去に身内を除いて一人しかいなかった。


 「何故だ? 髪や瞳の色が変わっているからといって、怖がる必要などないだろう。年下の少女相手に怖気づくなど笑えない」


 意外な言葉にルナは目を丸くした。セレナディアを出てから見た目で判断される事は減ったが、それでも黒髪が珍しい地域はある。大して珍しくない地域でも、一目ルナを見た者は、どこか緊張していたように感じていたから尚更。

 率直なザイラスの言葉は思いのほかルナの心を軽くした。言い方はちょっとあれだが、案外優しいのかもしれない。


 「私もきれいだと思うわ。初めて見たとき、お人形さんみたいって思ったのよ」


 サラダをキレイに食べ終わったトーリが会話に加わった。


 (いや、お人形って、こっちの台詞なんだけど……)


 誰が見ても美少女という呼び名が相応しい少女から褒められるのは、照れると同時に気恥ずかしい。

 内心苦笑して、一言「ありがとう」とお礼を言った。

 緊張が解れたところで頂きますと呟いてからサラダを口にする。新鮮な葉はシャキシャキして歯ごたえがいい。ゆっくり味わいながら咀嚼した。

 メインのパスタをキレイに平らげて、デザートのコーヒーゼリーを口にしていた所で、食堂のドアが勢いよく開いた。


 「いたー! たい、じゃなかった。ザイラス様、捜しましたよ~」


 元気よく近づいてくる声の持ち主は、まだ15~6歳程度の少年だ。炎のような赤髪にアンバー色の瞳が印象的で、明るく人懐っこい。動きやすい白のシャツにハーフパンツを纏い、首からよく磨かれた何かの牙のペンダントをぶら下げていた。

 その後ろから苦笑しながら現れたのは、長めの栗色の髪にタイガーアイの瞳が温和そうな青年。こちらはザイラスと同年代だろう。2人ともタイプは違うが、女性受けしそうな容姿の持ち主だ。


 (ここは容姿端麗じゃなきゃ乗れないって、見た目重視の基準があったりして?)


 んなバカな、と思いつつもそう感じてしまうほど、出会う人間は皆容姿が端麗すぎる。ロゼリア人に整った顔つきが多いのかもしれないが。

 ルナはついコーヒーゼリーを食べる手を止めて、思わず2人を凝視してしまった。


 「騒々しいぞ。何のようだジン、ルーカス」


 隣の空いてる席に腰かけて、ジンと呼ばれた赤髪の少年は少しふて腐れた顔をした。


 「ひどいじゃないですか~目を覚ましたら教えてってあれほど言ったのに。気づいたら医務室はもぬけの殻だし、何かちゃっかり同室にしちゃってるし!」

 「まあまあ、仕方がないですよ。早く来ないと食堂閉まっちゃいますしね」


 苦笑いしつつ宥めるのはルーカスと呼ばれた青年だ。柔らかい雰囲気が、どこなく母国の宰相を思い出させた。


 (ああ、元気かな、ヒューゴ様……)


 少し俯いて懐かしんでいたら、いつの間にか誰かに手をにぎられてギョッとする。

 見上げた先には、子犬を彷彿させる人懐っこい笑顔の少年ジンが、にこやかな表情を向けていた。


 「よかった、目覚ましたんだね! 僕はジン。君が落っこちてくるのを発見したんだ。ま、助けたのはルーカスだけど」

 「心配しましたけど、顔色もよいですしもう安心ですね。私はルーカスです。何か困った事がありましたらいつでも仰って下さい」


 優しく微笑んだルーカスは、線が細身で繊細なイメージを与える。白のシャツが白い肌に溶け込んでしまいそうだ。


 「え、あ、助けてくれてありがとう。ルナです。よろしく……って、あの、そろそろ手、離してもらえない?」


 未だ握り締められたままの手を見て少々困惑する。何だか握られているだけではなく、指の腹で感触を確かめられていないか。成長途中の少年の手だが、剣でも握っているのか随分と硬さがあって、剣ダコもあるような……


 「う~ん、惜しい。あと5~6年もすれば僕好みの美人さんになりそうなのに。そんなに小っちゃいと実年齢より幼く見えそうだよね」


 ぴきっと固まる。なかなか失礼な少年だった。

 身長が低いのはルナのコンプレックスの一つだ。150cmちょっとしかなく、肉体の老化の変化が現れるには数十年必要だろう。ある意味鋭い指摘をしていたが。


 「大きなお世話よ。別に君好みになりたいなんて思ってないし」


 つんと横を向いて反論すると、苦笑する声が聞こえてきた。


 「意外と気が強いなんてかわいいですね。まるで毛を逆立ててる子猫みたいだ」


 さらりとかわいいなんて言葉が出るルーカスに、ルナは唖然とし、みるみる顔を赤らめた。年下の子供相手につい反論した自分が若干恥ずかしい。


 「何で猫」


 ツッコミどころはそこじゃないけど、聞き返したらもっと言われそう。


 「ジン。他に用がなければ仕事に戻れ」


 じろりとザイラスが睨み、さっとルナの手を離した。助かったが、何だかジンは少し慌てている。


 「いや、一応第一発見者だし気になっちゃって。それと荷物を届けに来たんだ。海に浸かったから一応乾かしたんだけど。何も取ってないから後で見てみて」


 後ろから差し出したのは、ルナが所持していた愛用のリュックだ。差し出されて受け取ったルナは、素直にお礼を告げた。軽い発言をするが、気のいい少年なのだろう。


 「お礼ならほっぺにキスとかがいいなあ~」


 ……前言撤回。やはりお調子者の性格らしい。にこにこしながら冗談めいた事をさらりと言われる。

 だが、数秒逡巡したルナは一度頷くと、ジンの右頬に軽いキスを落とした。


 「えっ」


 唖然とし、右頬を押さえるジンは、顔を赤く染める。ルナの突然の行動に、ルーカスはおろかトーリまでもが硬直して、自分を見ていた。

 きょとんとして「何かまずかった?」と尋ねるルナに、ルーカスは困った笑いを浮かべるのみで、ザイラスは無表情のまま。周りの気温は何故だか少し下がった気がするのは、気のせいだろうか。


 「ほらだって、一応命の恩人だし? 別にほっぺにキスくらいでお礼になるならするべきかと……」


 唇にしろといわれたわけじゃないし。流石にそれは躊躇するが、頬になら親愛の証だ。母国での文化では、頬へのキスは日常的に行われていた為、特別な意味はない。


 「ルナさん。たぶん知らないと思いますけど、ロゼリアで右頬に口づける行為は、一種の伝統的な求愛なのですよ」


 そう、にこやかに笑ったルーカスに教えられ、ルナは耳を疑がった。今何て言った。


 「求愛? って、告白? あ、ごめんなさい。じゃ今のなしで」


 がたん、と椅子から立ち上がったザイラスは、ルナの腰をさらい荷物のように小脇に抱えてその場を離れる。


 「そろそろ仕事に戻る時間だ」


 すたすたと出入り口まで歩いていくザイラスに、ルナは慌てて声をかけた。


 「ちょ、苦しっ……って、ザイラス!? いきなり何なのよまだコーヒーゼリーが食べかけっ……、じゃなかった。レディを荷物のように運ぶなー! ちょっと降ろしなさいよ!」

 「誰に向かって命令している?」


 絶対零度の低い声音と鋭い眼差しで見下ろされ、逆らっちゃまずいとルナの本能が告げた。


 「お、降ろしてください……自分で歩けるので」


 先ほどよりは幾分か遠慮がちに言うが、ささやかな抵抗もザイラスはさらりと無視する。


 「じっとしてろ」

 「いや、重いから迷惑だし、食後にこれはきつい!」

 「2度言わせるか?」


 (く~何か悔しい!)


 それ以上の問答は無意味だと判断したルナは、大人しく子猫のようにじっとしていることしか出来なかった。


 







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