5.王子、出国。
時は少し遡る。
ブランカ島とアルメリア大陸の丁度中間地点で、真紅の魔力の波動を捕らえた。その光はこの8年間、ずっと捜し求めていた手がかりになった。
何一つ痕跡や足取りを掴ませない、慎重なセレナディアの黒の魔女が放つ光と同じ、真紅の波動。
魔力の発動と共に生じる光の色は、個人の本質が反映され一生変わる事がない。よって、今回偶然自国以外で捕らえたその光は、十中八九黒の魔女が放った物だと推測できる。
(俺は全く運がいい――)
上機嫌で、夜空を大型のモーターバイクで駆け抜ける青年は、つい先ほど垣間見た光景を思い出していた。
たまたま用事があり立ち寄った王城の星の間。
本来なら星読み博士や弟子以外立ち入り禁止。たとえ王太子でさえも立ち入るのに許可がいるその場所に、自ら赴いて書簡を渡して帰る途中での出来事だった。
ふと壁一面に掛けられた一枚の世界地図に目が留まる。それはセレナディア王国を含めた、本来のこの世界の正しい地図だ。
強い力の発動や不審な魔力の働きを瞬時に感知し、異常が速攻で現れるように造られた特殊な地図。
そこに現れた一際輝く真紅の光。紅色の発光をした光はほんの一瞬、わずか一秒ほどで消えてしまったが、聡明な王太子はそれだけで察した。
――彼女だ。愛してやまない少女がこの場所にいる。
この八年間、捜索の手は一向に休めなかった。だがいくら捜査しても何一つ足取りを掴めないでいた。
苛立ちと焦燥感。絶望にも似た空虚な心に、一滴の雫が落ちて波紋する。
何が起こったのかはわからないが、これは好機だ。この手がかりをやすやす見逃すほど甘くない。
すぐに踵を返し、星の間を去ろうとした。が、その場にいた他の三名に拘束されそうになり、動きを咄嗟に魔法で封じてしまう。
父王の息にかかった騎士団の部下達が全力で留めようと邪魔をしたが、怪我人を増やしただけに終わった。一応被害は最低限の留める努力はしたが、暫くは動けないだろう。
島を覆っている結界外に出る許可を奪い取り、簡単な旅装姿で愛用のモーターバイクに跨る。それは魔力を糧にし、持ち主の魔力に比例したスピードを出せる便利な空飛ぶ乗り物だ。
夜空よりも濃い漆黒の髪が風になびく。右目がかくれそうなほど長くのびた前髪は右に流し、反対の髪は短く整えられているアシメトリーの髪型。それは似合う人を選び、どこか挑発的にも見えた。青年がもつ野性味を引き立ている。
端整な顔立ちに、サファイアブルーの鋭い眼光。すっと通った鼻梁に少し薄めの唇。耳にはチェーンでつなげられたイヤーカフとサファイアピアスをはめている。鋭い眼光に、精悍さと高貴な美貌をあわせ持つ青年は、優美な獣を彷彿とさせた。
日が昇り始めた空を見つめ、アクセルを踏みいっそう早く翔る。
口角を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべた。目元を細め、危うい色香を撒き散らしながら、思いを馳せる少女に向けて呟く。
「待っていろ、ルナ……次は決して逃がさない」
愛しい少女の名を呟く青年は、セレナディア王国第三王子であり王太子である、ヴィルハルト・クロード・ザリアン。
ルナが国を去った原因の張本人である。