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4.失礼なルームメイト

*2013年12月26日誤字脱字訂正しました*

 しがない居候に拒否権などあるはずもなく。半ば引きずられるように、医務室を後にした。

 初めて船内を歩きまわったが、思ったよりも広くて清潔だ。商船と言っていたが、荷類などは目に付かない。きっとどこかにまとめて保管されているのだろう。

 白い壁で埋め尽くされていた医務室と同様に、船内の通路も明るいアイボリーで統一されている。甲板には出ていないが、なかなか立派な船ではないだろうか。

 ルナは歩きながら2人の美形兄妹をちらりと眺める。ロゼリア王国の貴族関係には疎いが、レイマン家も実は貴族かそれに相応する家柄なのかもしれない。


 (こんな服まで普段着として貸してくれる位だしね……)


 貴族の娘と息子と言われても、納得出来るほど気品がある。

 ルナだとて整った顔立ちをしているのだが、漆黒の髪や強い光を放つ瞳、醸し出す雰囲気がどこか浮世離れしていて、近寄りがたい印象を与えてしまう。彼女のころころ変わる表情や感情豊かな所が人間味を出している為、それらの印象を軽減しているのだが、そうとは知らないルナは、自分の事にはとんと疎い。


 医務室の真下の階が船員達の居住区になっている。その一番奥にある扉をザイラスが慣れた手つきで鍵を回した。

 促されて入った室内は殺風景で必要最低限の物しかなかったが、思ったよりも広い。左右両端にベッドがあり、中央には丸いテーブルが置かれている。正面には窓があり、外の陽光が室内を明るく照らしていた。ドアの隣にクローゼット、そして右奥には浴室が。寝台の周りは一応カーテンで囲めるようになっていて、プライバシーも確保できるらしい。

 多少一人の時間が出来る事にルナは少し安堵した。ずっと見られているのは流石に神経を使う。


 「俺は右側を使っているから、君は左の寝台を好きに使ってくれていい」


 (ここまで来ておいて何だけど、やっぱり同室なのね) 


 美形で無愛想な男と短期間とはいえ、四六時中一緒に居るのはごめんこうむりたい。むしろ隣の美少女と同室になった方がよからぬ噂をたてられないで済むし、平穏に過ごせそうだ。

 一応年頃の男女が同じ部屋で寝泊りするのは、あれだ。何か間違いが……

 いや、それ以上考えるのはやめておこう。間違いなど起こる予定も作る気もないのだから。 

 しかめっ面をしながら苦々しく頷くルナを見て、トーリは助け舟を出した。


 「ね、お兄様。ルナは私と一緒じゃダメ? ちょっと狭いけど、私の寝台なら2人で寝られるし。隣の部屋だから何かあってもすぐに行けるでしょ?」

 

 なんていい子なんだ、トーリは!

 かわいくお願いしている図が何とも絵になる。

 可憐な笑顔が天使の微笑みに見えた。まあ、天使なんて見たこともなければ信じてもいないが。

 しかしルナの期待の眼差しをキレイに無視し、ザイラスは告げる。


 「リア。お前はこの船に医療の助手として乗っているのを忘れたか。夜間に急患が運ばれるケースを想定して、今日から3日間は夜の勤務につく予定だろう。交代制で事前に決まっていた事を、今更突然現れた遭難者ごときの所為で変更するのはよくない」


 不審者から遭難者に昇格したが、ごときがつきましたよ。

 それは喜んでいいのか、けなされているのか。無論、後者だと思う。

 微妙に顔がひきつり気味になりながら、2人の会話に耳をかたむける。

 明らかに、今思い出したと思われる顔をしたトーリは、軽く眉をよせて思案顔になった。困ったとうなり声が聞こえてきそうだ。

 ちなみに美少女はどんな顔をしても崩れないんだな……とどうでもいい事を考えていたルナは、勢いよくトーリに謝られ逆に狼狽した。


 「ルナ、ごめんね! やっぱり同じ部屋は難しいかも。すっかり忘れてたけど、今日から夜に看護士の仕事しなくちゃいけなくて、昼夜逆転しちゃうからルナがゆっくり休めないと思うの。他の部屋はあいにく空いていなくて、でもお兄様の所なら私も遊びに来れるし安心だわ!」


 両手を握り上下に振りながらトーリは謝罪した。その勢いにルナは押されてしまう。


 「え? いや、うん。大丈夫だよ、私なら。まあ、噂になるかもだけど、その場合被害を被るのは私じゃないし?」


 ちらりとザイラスを見て軽く意地悪く微笑んだ。ぴくりとザイラスの眉が微かに動く。

 

 「君に関しては船長に一任されている。周りも承知の上だ。それに、子供に手を出すほど飢えていない」 


 不機嫌極まりない顔で告げられた。

 なに、子供だと?


 「子供って失礼ね。そりゃ背は低いけど、見た目で全てを判断しようだなん視野が狭いんじゃないの?」


 ちらりと上から下までルナを見つめたザイラスは、小馬鹿にしたような冷笑を浮かべた。

 

 「どう見たってまだ成人前の子供だろう。口だけは達者なようだが、未成年の子供は保護者の同伴か、身分証明書を常に持ち歩くよう義務付けられている。そのどちらも持たないお前はただの海に落ちてきた遭難者に加え、法律違反で軍に一時預かりになるが?」

 「んなっ!? 冗談じゃないわよ!」


 ちゃんと成人してる! と反論しかけて、はたと気づく。セレナディアでは16歳が成人年齢だ。だがロゼリア王国を含めたアルメリア大陸では、19歳で成人する。

 ルナの外見年齢はどう見ても16歳前後。実年齢はもっと上なのだが、セレナディアンはある程度成長するとそれからの老化がひどく緩やかになる。それは魔力の高さに影響される。強い魔力を持つ者ほど老化も遅く、寿命も長い。一般的な微力の魔力を持つセレナディアンはそれでも普通の人間の倍以上生きられる。


 (言えない。不老ではないが不老に近い長命だなんて……)


 白い肌を紅潮させていたかと思えば急に青くなったり、悩み始めたり、と忙しなく顔色を変えていたルナに、ザイラスは質問を投げつけた。


 「ならば君は一体いくつだ?」

 「レ、レディに歳を訊ねるなんて随分失礼じゃない。紳士道に反するわよ」

 「誰がレディだ。君は鳥に襲われて海に落ちたバカな遭難者だろう。この船のクルーに助けられ、そしてこの船はうちの物だ。身分証明書を持たない不審者に歳を訊くのは当然の権利だ」


 ぐうの音も出ない。正論すぎて腹だたしい。自分より年下の男に言い負かされるのはプライドが許さないが。


 「1、19よ」

 「嘘をつくな。どう見たって16、7の小娘だろう」

 「もう自分の中で決まってるなら訊かなくていいじゃない!」

 「バカか? 必要なのは憶測じゃない確証だ。それで、このままアイリス港に着いたら軍に送り届けられたいか? ロゼリア国民じゃない者が法律を無視している事が露見されれば、素性を徹底的に洗われて他国の間諜じゃないとわかるまで軍で拘留されるだろうな」

 「ぎゃー! あんた、性格悪いわよ!? とっくに気づいてたけど!」

 「当たり前の事を言っただけだろう。だが何でも俺の言うとおりにするなら見逃してやらないこともないが」

 「え、うそいいの? それは助かるけど」

 「お世話になりますザイラス様。と頭を下げて懇願するなら、な。だが視野の狭い男に下げる頭はないんじゃないのか?」


 こいつ、根にもっていやがったな。

 だがここで意地を張っても解決しない。普段なら意地っ張りと言われる位意地を張るが、ここは折れるべきだろう。かなり屈辱的だが。


 「お、お世話に、なりま、す。ザ、ザイラスさ、ま……」


 たっぷり時間をかけてようやく言い切ったルナは拳を小刻みに震わせ、内心どこかで仕返ししてやる、と心に誓った。

 満足気味な微笑を浮かべ、一拍後にはいつもの顔に切り替えたザイラスは、「俺の言う事には従ってもらう」と告げてソファに深く腰掛けた。その時浮かべた微笑を、ルナは頭をさげていて見ていなかった。


 ☆ ☆ ☆ 


 実に珍しい物を見た。


 一部始終目の前で繰り広げられていた兄とルナのやり取りに、トーリは圧倒されて口を挟めずにいた。

 何しろ、あの兄がこうも地を初対面相手に出すのは珍しい。常に冷静沈着・容姿端麗で頭脳明晰。ポーカーフェイスを崩さず、人当たりのよい笑みを浮かべる事はあっても全て作り物だ。

 他人に深入りせずいつも冷静に振舞うザイラスが、ルナに対してはどうも少し違うらしい。皮肉を言ったり、ましてや感情を表に出すなど自分の前以外じゃ見たことがなかった。ほんの微かにだが、だてに18年間一緒に居るわけじゃない。その位の変化はすぐに気づく。

 しかも同室にしてまで四六時中監視名目で一緒にいるなんて。トーリにとってもザイラスの行動は驚きの連続だ。


 (お兄様、ルナの事がよっぽど気にかかるのね。不審者だのバカな遭難者だの言ってるけど、あんな微笑を浮かべる位だもの。私以外に向けるのをはじめて見たわ)


 ザイラスの発言は正しいが、すこし強引ではある。相手が女の子ならもう少し優しく接してあげるべきだろう。いきなり初対面の男の部屋で過ごせと言われて狼狽しない女の子はいない。年齢を聞きだしたいのはわかったが、子供相手に手出しはしないだなんて発言で怒らせちゃだめではないか。


 (何もしないから緊張するなって意味だったんだろうけど、そんな言い方じゃあね。伝わりにくい優しさだなぁ、もう)


 トーリは苦笑した。

 2人の会話はテンポがとてもいい。ザイラスの正論と皮肉に抵抗して歯向かうルナは、まるで黒い子猫が毛を逆立てているようだ。ころころと、人形のように愛らしい顔の表情が変わり、感情を露にするルナは見ていて飽きない。

 ザイラスが提案した条件にしぶしぶ従ったようだ。屈辱とでも言いたげな顔を見て、兄が満足気な微笑を浮かべる。


 (兄様、嬉しそうね。散々歯向かう相手をやっと思い通りにできて)


 呆れ気味の顔で内心呟いた。

 兄が少し危ない性癖に目覚めてしまわないか心配だが、とりあえず微笑ましいやり取りが一段落着いた所でトーリはお茶を淹れるべくその場を離れたのだった。














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