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3.素性

説明の回、です。


 急に尋問が始った。

 一瞬背筋に寒気を感じたが、不審者を乗せる訳には行かない相手の立場もわかる為、答えられる所は答えようではないか。

 立ち話はなんだからと、トーリは丸いイスを2脚だして、ルビアンナにベッドに腰掛けるように薦めた。

 元のベッドに戻り、2人に向き合う。軽く息を吸い込み、まずは自分の名前を告げた。


 「私はルナ。ルナ・セレス。出身地は遠い東の海にある、地図にも載っていない島国で、今は旅人として各地を転々としている。行き先はロゼリア王国で、しばらく観光でもしようかなって思ってるわ」


 嘘は言っていない。

 ルナはルビアンナの愛称の一つで、彼女がもっとも気に入ってる物だ。たった一人を除いて彼女をそう呼ぶ者はいないので、つい旅先で名乗る時はルナを使っている。


 「ではルナ。君は忽然と空から落ちてきた所を、たまたま甲板で見回りしていたクルーに助けられた。周りに他の船が一つもなかったそうだが、一体どうやって移動していたんだ?」


 ぐっと思わず喉が鳴る。確かに疑問に思うだろう。普通(ここ)の常識で考えたら、空から人が降ってくるなどありえない。

 だがルナは普通ではない。

 彼女は人間ではなく魔女だ。


 東に位置する魔法王国、セレナディア出身の、生粋の魔女。

 深い闇色の黒髪が、彼女の魔力の高さを物語っている。地図には存在しないセレナディア王国は建国から三千年、特殊な結界と荒波で外海から守られ続けており、他国に気付かれないよう強固な守りを作って来た。

 魔法と科学が同時に発展し、完全に鎖国されているこの国の文明は、他国に比べおよそ三百年ほど先を進んでいる。

 近未来的な文明は常に最新の技術を編み出し、魔法とうまく融合された不可思議な便利道具を作り出していた。セレナディアの常識は、恐らく他国では受け入れられないだろう。

 無論、魔法を使えるのはセレナディアンだけ。魔法が認知されているのも、今のところ自国だけだ。

 建国の魔女がその地に降り立った時、古の精霊王と契約を交わした。その為、魔力はその地でより強く発動する。強い魔力の持ち主は外海でも魔法を操れるが、かなり体力や気力を消耗する為、危険を伴う。


 果たして、これらの事情をどう説明するべきか。


 国を出てから早八年。他国を渡り歩いてきた。文化や人種の違いを間近で見て、経験を積み、得られた物は大きい。

 人間は時に、排他的だ。周囲とは異なる者を拒絶し、排除する。自分を守る為に不安要素を切り捨てることを、正義と主張する。培った常識を覆すのは容易ではないのだ。


 説明に困ったルナは、ありえない現象を、ありえる要因を使い納得してもらう策に出た。全てが嘘ではなく、真実を交え、納得できる理屈をくっつければいい。

 小さく呼吸を整えたルナは、まっすぐ自分を見据えるエメラルドの瞳を見つめ返す。


 「飛行石って知ってる?」

 

 その問いに、ザイラスは数秒思案した。


 「聞いた事はある。物質の重力を軽減し、微量の浮力を持つ稀な鉱石だったか」

 

 ある秘境の地域でのみ採れる鉱物だが、ザイラスはなかなか博識らしい。それならば話は早い。


 「その石を加工して、浮力を数十倍にさせて、人を運べるようにしたの。追い風を利用して海を渡っていたって訳」


 静かに驚愕したトーリとザイラスは、先を促した。そんな事が可能なのか。


 「一応順調に飛んでいたんだけど、ウルセィ鳥の群れに襲われるって災害に見舞われてしまって。何故か向かい風の中を飛んできては、まるで嫌がらせのように衝突してきたのよね。まぁ正面からは逃れたけれど、最後油断して落ちちゃったみたい」


 記憶を辿っていて少し自分が情けなくなった。そんな顔に呆れたのか、ザイラスの無表情が明らかに嘲笑している……気がする。


 「ちょっとやめてよ、そのかわいそうな子を見る目は。付くならもっとマシな嘘をつけって出てるわよ」

 「よく分かってるじゃないか。信じがたいほど君はバカなのか。第一、その渡り鳥は春に移動するし、追い風ならともかく向かい風の中は飛んでこない」

 「そんなの知ってるわよ。だから、訳わかんないんじゃないの」

 「大体飛行石を加工って可能なのか。聞いた事もないぞ」

 「私が開発したのよ。一般的に出回ってなくて当たり前じゃない」

 「証拠は?」

 「人の私物を調べたのはそっちでしょ。私が今持っているはずないし、それに多分とっくに海に落ちているんじゃないの?」


 段々目が据わって来る。真正面から否定されると、どうやら腹が立つらしい。

 トーリは2人の会話を大人しく聞いて、立ち上がったかと思いきや部屋を出た。数分後、何やら手に布を抱えて帰ってきた。


 「とりあえず、ルナ。そろそろ着替えたら? お昼の時間も過ぎてるしお腹減ったでしょ? ルナの服はまだちゃんと乾いていないから、私の服を持ってきたんだけど、ちょっと大きいかな?」


 一度袖を通しちゃっててごめんね、と謝った彼女に渡されたのは、上質な生地で作られたシンプルなワンピースだった。やはり彼女は生粋のお嬢様なのだろう。言葉遣いは普通の女の子と変わらないが、気遣いが上流階級出者の人間のものだ。


 ピンクのワンピースは縦縞模様で、上にビスチェのようなベストを羽織るようになっている。ルナにしてみればお出かけ着と大差ないが、トーリの普段着らしい。合わせてみたら若干裾が長めで丁度ひざ小僧が微妙に隠れる程度だが、横は何とか問題ない。


 「ありがとう。わざわざごめんね。汚さないように気をつけるわ」


 トーリの気遣いが嬉しくて、はにかんだ笑顔を向けた。やわらかく微笑んだ彼女は、兄のザイラスを連れて外で待っていてくれる。

 急いで着替えて、前のボタンを閉めて胸元にレースをあしらった黒のベストを羽織った。ウエストがきゅっと細く見えるタイプで、どれもルナの体型にぴったり合った。

 声をかけて戻ってきた2人は、軽く目を見張る。先ほどまでのボサボサ頭の少女は、まるで現実味のない人形のように整った容貌をしていた。頬や腕に見える擦り傷が唯一現実感を出している。

 

 「やっぱりそれ似合うと思った! ちょっと長いけど、ぴったりでよかったわ」


 手を叩きながら喜んでくれるトーリは、無邪気に笑顔を振りまく。褒められて悪い気はしないルナだが、横から聞こえた発言に目をぎょっとさせた。


 「ルナ。君にこの船の滞在許可を与える代わりに、これから俺の監視下に置く」

 「え、お兄様?」

 

 不審そうにトーリが問いかける。そんな視線を受け流し、ザイラスは淡々とした声音で続けた。


 「現時点で君の身元を証明するものはない。旅人で各地を巡り、空の移動を可能にする技術を持ち、季節外れの渡り鳥に襲われるなど、不審な点が多い。その歳で旅人と言うのも怪しい」


 ザイラスは一旦言葉を切り、ドアに背をもたれかかる。軽く腕を組みルナを見据えた。

 

 「帝国からの間者の可能性も考えられる」

 「にいさま!?」


 トーリが非難めいた声を上げた。


 ロゼリア王国を海で隔てた東大陸、マグノレア。大陸を制圧した女帝率いる帝国は、アルメリア大陸を次に狙っている。ロゼリアとは休戦状態だが、戦争が始まってからすでに六十年が経過していた。


 「なるほど、私が諜報活動をしているのかと疑っているわけね」


 ルナは真っ直ぐにザイラスを見つめると、軽く嘆息した。その可能性を疑われるのは、考えていなかった。


 「ったく、興味ないわ。国だの戦争だの。私は自分の目的の為に旅をしているの。欲しいものが、探しものがあるからそれを見つけたいだけ。間者なんか窮屈な手駒に成り下がるなんて、冗談じゃない」

 「たとえそれが君の本音でも、怪しい事に変わりはない。この船は四日後にはアイリス港に辿りつくが、それまでは、俺と共に過ごしてもらうか」


 ぽかん、とあいた口が塞がらない。

 何か、さらりと大事な事を言われたたような。


 「お兄さま、それってずっとルナのそばに居るわけですの?」

 「何か問題でも?」

 「えっと……、ではルナは、どこで寝起きされる予定なの?」

 「そんなの決まっているだろう」


 いやな汗が流れるようだ。何か、聞きたくない。

 先手必勝と心の中で叫び、先にこの医務室を利用したい口を開くよりも早く、あっさり告げられた。


 「もちろん、俺の部屋だが。監視下におくなら徹底的だ」


 「空いている寝台がもう一台あるしな」とクールな顔のまま、端整な美貌の持ち主に告げられたが、頬が引きつっていたルナの頭にさっぱり入ってこなかった。











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