1.ウルセィ鳥の襲撃
*2013年12月13日誤字脱字訂正&文章修正しました*
星空がキレイな夜。
爛々と瞬く星と満月の月明かりを頼りに、磁石で方角を調べる。目指すは北西に位置する、西大陸アルメリア一の大国、ロゼリア王国。
ひやりと肌をなでる冷たい風をきりながら、澄み渡る空気の中を矢のごとく翔る少女が一人。文字通り、弓矢に乗って。
日が暮れる前まで滞在していた東の小さな島国で、厄除けなどの縁起物として一般的に売られていた破魔矢を購入し、空を飛ぶ道具に加工していた。神職に就くものからしたら罰当たり以外の何物でもないだろう。
だが、物の持つ先天的な能力を利用しない手はない。この場合、破魔矢は厄除けの結界代わり。それと矢本来の速さ。その矢にとある地域でのみ採れる希少な鉱物、"飛空石"を、人一人支えられるよう改良して取り付ければ、即席の空を駆ける乗り物、になった。
なんて素晴らしい移動手段を作り上げたのだろう。
移動時間の大幅短縮に加え、夜盗の心配もなく、女性が一人で夜を移動できるなんて。まさに旅人の必需品の一つに加えるべきだ。少しお尻は痛いのが難点と言えば難点だが。出来ればクッションも加えたい。
それでもほくほく顔で満足気に空を飛んでいる少女の名は、ルビアンナ・M・セレス。
黒のケープをまとい、頭をフードで覆る。どこにいても目立つ事のないよう地味な色合いで旅装し、肩掛けバッグにもなるリュックをケープの下に背負っている。
月明かりを頼りに指針を読み、目的地まで海上から300mほど上を飛んでいた。
夏の終わりでも夜は冷える。まして深夜に上空を移動するのだから、防寒対策も完ぺきに施さなければ。どこにでもあるような黒のフード付きケープは、外気を一切通さない特別仕様。気に入った物は自分好みに改良するのが彼女の拘りだった。
「さーて、この調子だと夜明けまでにはアルメリア大陸が見えそうね」
通常の移動手段である船を使えば、滞在していた島国から西のアルメリア大陸にあるロゼリア王国まで、早くて10日ほどかかる。が、空を移動するのなら1日とかからず辿り着ける。もちろん、風の気流に乗った場合だが。
「ふふふ、この夜を待ってたのよ! 風の流れも速く、月明かりも抜群。普通の人は空を鳥以外が飛ぶなんて思わないからバレにくいし航空規制もなし。高度がそんなに高くなくても見つかるわけないし、このまま風に乗れば勝手に夜明けまでには着くわね」
一人旅をするようになってから、ひとり言が増えた気がする。
上機嫌で快適な空の旅を続けていたルビアンナは、目の前に迫りつつある物体を見て驚愕した。
明るい月夜の下でも見えにくい暗藍色の羽。
嘴だけは明るい黄色をしている渡り鳥だが、圧倒的に数がやばい。10羽とかではない。大群まではいかなくても、100羽以上はいるだろう。
何故渡り鳥である彼らがこんな深夜に海を渡っているのだ。
そもそも渡り鳥は風に乗って移動する生き物ではなかったのか。風に逆走しながら飛んで来るなどありえない。しかも、猛スピードで。
「ちょ、ちょっと! 嘘でしょ!? 何でウルセィ鳥達の群れが風に逆らって飛んで来るのよ! あんた達は春に移動するんでしょーが! 今はもう初秋よ? 季節ボケにしても寝すぎだってばー!」
ウルセィ鳥達は名の如く、「ウルセー」と鳴きながら、無慈悲にもルビアンナが飛ぶ方角に真っ直ぐ飛んで来る。1対100。どちらが避けるべきかなんて問われなくてもわかる。正面衝突をさければいいのだ。高度を上げて上へ避けるか、左右どっちかにずれるか。
頭でわかっていても、こちらは風の流れにまかせている身だ。矢の耐久を数倍以上に強化して飛行石を取り付けても、本来矢とは真っ直ぐに飛ぶもの。軌道を急にズラすなど、ちょっと厳しい。
「とにかく、上に行くしかないわね!」
徐々に矢の先端を上へ持ち上げ、風の流れと石の浮力で高度を上げる。鳥達は我が物顔で迫ってくる。20mほど上げればとりあえずは大丈夫だろう。そう考えた矢先、ウルセィ鳥達も合わせて高度を上げた。
「はー!? 何であんた達までこっち来るのよ!」
嫌がらせとしか思えない。
流石に鳥の群れに突っ込めば大怪我どころではすまないだろう。万が一矢から落ちたら海面に叩きつけられる。そのまま溺れ死ぬ事だって考えられるのだ。
背筋に冷や汗がつたった。
(溺死は嫌だ。絶対。でも鳥に突付かれて死ぬのはもっと嫌だ!)
両手を矢先に握り、意を決したように前を見据える。全て避けきってやるのだ。
ムカつく事に、何故か先頭の鳥が示し合わせたように高度をと方角を合わせるのだから逃げられない。
風を斬る音が鼓膜に響く。先頭の鳥に接触する20m前で、ルビアンナは一気に高度を10m以上下げた。鳥が頭上を通り過ぎる羽音が聞こえる。が、すぐに後方の鳥達が彼女を襲った。
一羽、二羽、猛スピードで避けて逃げて潜り抜けた先に視界が開けた。
抜けた!と安堵した束の間。
最後尾の鳥が、真横の死角から彼女を狙い、体当たりをした。
ウルセーと泣く声が急速に遠のいていく。
しまった! と心の中で呟いた直後。バランスが崩れ、急速に海面までの距離を狭めていった。
風を斬る音と共に、意識が遠のく。
落下するルビアンナを真紅の光が包に込んだ刹那。
光は弾けて、消えた。