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その六歩

 驚いたように見開かれる柘榴石(ガーネット)色の瞳を、直視できない。

 泣いたってどうにもならない事くらい、イオリだって分かってはいるのだ。

 分かってはいても、胸が苦しくて、込み上げる気持ちが涙を生み出し、次々にイオリの頬を伝い手元へ落ちてゆく。


「イオリ」

「いっ、いたたたた、目にゴミが入って滅茶苦茶痛い!ちょっと洗ってくる!」


 今は、リヴェンツェルの慰めも聞きたくは無かった。

 だからイオリは空々しい嘘を早口に並べ立てると、子犬姿のアンクノウンを床へと降ろして誰の顔も見ないように深く俯いて、逃げるように広間から廊下へと出た。

 そのまま道も分からない侭に勢い良く駆け出した。警備にあたっているらしい数人から、驚いたような声を掛けられたが、知った事では無いのだ。




●●●●●




「アンクノウン、イオリを」


 静かながらに、触れれば切れるような鋭利さを宿した声が子犬へと注がれると、"形無し"と呼ばれる"六柱"は子犬の姿のまま、音も無くフッと掻き消えた。


「……腹立だしいね」


 一見しては、声質声色共に先程と全く変わらない。

 ゆったりとした仕草でリヴェンツェルは足を組み、話し方も明日の天気を話すような気軽さだ。

 だが、広間に集う"六柱"の残り四人と、警備兵達は皆一様に表情を強張らせた。

 

 其処に居るのは紛れも無く《魔王》。

 全ての魔を統べる者――。




 彼に出会ったら、深く(こうべ)を垂れよ。

 彼の目を見ることなかれ。名を呼ぶことなかれ。

 彼の逆鱗に触れてはならぬ。




 もしも、それを破ったなら。



「人間は脆いから、必要ないと思っていたけど――いっその事、帝国の人間全て殺して、滅ぼしてしまおうかな」



 《魔王》は《勇者》が昨日傷を付けた片手へ、包帯の上から愛おしげに唇を触れさせて。

 酷く、美しく、酷く、艶やかに微笑んだ。




●●●●●




「……迷った……」

 

 イオリは、周囲の景色をぐるりと眺めた後に、深く溜息を吐き出した。


 迷った。完全に迷った。

 大体、一度もイオリは外に出た記憶が無いというのに、目の前に広がる庭園は一体何なのだろう。いや、決して迷子スキルなどという傍迷惑なものが自分にあるとは認めない。

 そもそもこの城が悪いのだ!真っ直ぐ歩いているつもりなのに、何時の間にか道はクネクネと曲がったり上がったりするし、上に行っているつもりが気が付くと階段を下りている始末。

 恐らくは侵入者除けの為だとは思うが、如何せん城の内部を知らないイオリには致命的であった。


「まあいっか……あそこに居るよりは、落ち着くし」


 美しく刈り込まれた芝生に、薔薇の生垣。

 瑞々しく咲き誇る花々はイオリの知っているものもあるし、この世界で初めて見たものもあるが、どれも季節を問わずに美しい花弁を広げている。一体どういう育て方をしたらこうなるのだろう?ううむ、謎だ。


 少し息を吸い込むだけで、緑に溢れた香りが荒んだ心を少し落ち着かせてくれる。

 もしかすると、誰かが自分を探しに来るかもしれない。だが、連れ戻されても、どんな顔をして皆と会えば良いのかイオリには分からず、自然と隠れるようにして薔薇の生垣が作る奥へと足を進めた。


 薔薇の生垣が作る奥には、白亜の噴水が滾々(こんこん)と清流を生み出していた。

 周囲の緑と、白と赤が入り混じって咲く薔薇に水。幻想的な光景に、思わずイオリは感嘆の溜息を吐き出してうっとりと景色を眺めて居たが、思わぬ先客の姿に目を丸くした。


「……あ!」

「――お前……なっ、お前その顔!」


 緑に映える、紅蓮の髪。"六柱"の一人、"炎帝"ヒュール。

 噴水の縁に座って軽く目を瞑っていたヒュールが、イオリの声で鬱陶しそうな視線を寄越した後、ぎょっとしたように目を見開いた。


 はて?あなたにちんちくりんと呼ばれた顔ですが、何か?

 何やかんやで根に持っています。最早やけくそ気味にイオリは笑顔を作ると、噴水の縁に座るヒュールへ近付いていく。

 それにしても。先程広間で相対した時は、随分攻撃的な印象だったのだが……こうやって見ている限り、何やら酷く狼狽しているからなのか、どうにも気が削がれてしまう。


「ちんちくりんとは言ったが、……泣いてるのか」

「……喧嘩売ってるのか、心配するのかどっちかにして欲しいんですけど」


 視線が剣呑なものになる。その侭言い争いになるかと思ったが、意外や意外、紅色の瞳が戸惑ったように揺らぐとソワソワと落ち着き無く彷徨い始めた。

 ううむ、何やらおかしい。

 本当にこのヒュールは、先程広間で啖呵を切ったヒュールと同一人物なのであろうか。


「いや……その、俺が……泣かせたのか」

「はい?……ああ、なるほどー」


 態度が妙におかしいと思っていたが、どうやらイオリが泣いていた理由を、「ちんちくりん」発言に傷付いてだと誤解しているらしい。

 何だ、結構に良い人ではないか。いわゆるツンデレという部類?

 オタクだった友人が見たら、狂喜乱舞しそうである。


 ヒュールから半身程離れた場所に腰掛けると、赤くなった目元を隠すように何度か強く擦り、イオリは気恥ずかしさを隠すようにして、はにかんで見せた。


「違うよ……何というか、元の世界に戻れないなんて今更気付くとか……自分の馬鹿さっぷりに情けなくなったというか……うん、本当に馬鹿だよなーって」


 あ、まずい。思い出すと目頭がじんわりと熱くなってくる。

 本当は、かなり前から薄々ではあるが、感付いていたのだ。だけど、自分がそれを認めてしまうと、日本との繋がりや思い出が全部嘘になってしまう気がして――見ないフリをして、目を背けて、耳を塞いでいた。

 それがリヴェンツェルの言葉で急速に現実味を帯びて、イオリの中で目を逸らせない程に大きくなってしまった。最早認めざるを得ない。


 二年も此方で過ごしている為か、不思議と怒りはない。

 ただ、自分の両親と友人に二度と会えなくて。

 日本に戻れない――それが、悲しい。


 噴水の縁に器用に体育座りの要領で膝を抱え、膝頭に顎を乗せてイオリは緩く溜息を吐き出した。皆の前であんな態度を取って、今更ながらに恥ずかしいぞ、私。


「……二度と、戻れぬを認めるは苦痛だ。 それがお前の望んだ結果でないのなら、尚更」


 ぼふり、と頭に落ちる重みと低い声に頭を撫でられているとイオリが気付いたのは、随分経ってからだった。わしわしとイオリの髪を掻き乱す手はちょっと乱暴だが、今はその手が何だか心地良い。

 隣へ視線を向けたら、フイッと視線を逸らされた。あ、でも耳が赤い。照れてる。


「泣くな。 お前が泣くと王が悲しむ」

「何ですかそれ……」


 最初は最悪な感じだったが、良い人だ。

 不器用だけど、優しい。思わずイオリは小さく声に出して笑った。

 紅の瞳が少しだけ柔らかく細められる。うん、そうしてると貴方も格好良いぞ。


「そうだ、笑っている方が良い。 不本意だが、お前は王に"真名(まな)"を与えられた存在だからな」


 ………………。

 

 ……?


「――まな?」

 なんじゃそりゃ。


「知らずに呼んでいたのか。 ある意味強者(つわもの)だな」



 わ、悪かったですね!





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