表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/21

その五歩

今話は少しシリアス気味です、ギャグに期待されていた方はごめんなさい…!

 焔に焼かれて肉の焼ける独特な匂いが、まだ鼻腔に残っている。

 包帯からは、消毒薬の匂い。夢じゃない。

 ……夢じゃない。


 私は、ずっと騙されていた?


 こんなに夢であって欲しい、と思ったのは、この世界に召喚された頃以来かもしれない。

 彼と、リヴェンツェルと出会って、打ち解けるまで……ずっと、私にとってこの世界は、恐怖以外の何物でもなかったのだから。


「……どうして?」


 どうして、騙したの?

 どうして、殺さなかったの?

 どうして、好きなんていうの?

 どうして、……あなたはまだ、笑ってくれるの。

 

 沢山のどうして、が胸の中で渦巻いて苦しい。

 昨日イオリが傷付けた彼の手に触れようと伸ばした手を、恐れるようにして強張らせると、イオリは深く俯いた。

 二年も一緒に、ずっと一緒に居たのに、彼が分からない。


「イオリ」


 少しだけリヴェンツェルはイオリから身体を離すと、恐れたように触れる事を止めてしまったイオリの手へ自分から手を重ねた。

 びくり、と身体を揺らすイオリに構わず柘榴石(ガーネット)色の瞳が真摯に《勇者》へ注がれた。


「確かに俺はイオリを騙してた。 でも、"真人類帝国"の領域で言う訳にはいかなかったんだ――イオリは、狙われてたから」

「……え?狙われ……?」


 狙われている?

 確かにイオリは《勇者》として行動する以上、旅の合間には何度も魔物の奇襲を受ける事も多かった。だが、それにしても狙われるという程の事でもないし、今一ピンとこない。


「イオリ。 君が召喚された理由は何?」

「ま、《魔王》を倒す為」

「それは、何故?」

「《魔王》が世界を壊そうとしてて……」

「うん。 そう教えられたんだろうけど、そこから間違ってるんだよね」


 なんですと?イオリは思わず重なっている手から、リヴェンツェルへと視線を持ち上げた。

 石榴石(ガーネット)色の瞳に嘘を感じられず、益々混乱する。

 召喚された時から、認識が間違っているというのだろうか。

 混乱を拭いきれぬ侭、イオリはその時の事を思い起こした。

 



●●●●●




 イオリがこの《ガイアス》と呼ばれる世界に召喚されたのは、二年前。

 学校帰りに、友達とゲーセンで遊んだ帰り道。角を曲がった瞬間に眩い光に包まれた。


 激しい耳鳴りと、眩しさに眩暈がする中で、漸く目を開けたイオリの目に飛び込んできたのは、足元に描かれた巨大な魔法陣と、沢山の真っ白な服を着た神官達。

 そして、狂喜乱舞する一人の男だった。

 

 訳も分からない侭目を白黒させるイオリを他所に、真っ赤で派手なマントとちょっと悪趣味な宝石に身を包んだ男は自分が"真人類帝国"の皇帝であると明かして、イオリに告げた。



「この国は今、《魔王》からの侵攻を受けて危機に瀕している。民は怯え、魔物がはこびり、このままではこの世界は滅びてしまうだろう。 我々では最早手に負えぬのだ……異界からの《勇者》よ、どうかその類稀なる力でこの世界を救ってくれないだろうか」



 だろうか?なんて言っておいて、拒否権なんてなくて。

 だって、自分の状況だって上手く理解できていないのに、目の前には魔王軍に襲われたという民が何十人も集められ、切々と涙ながらに自分達の境遇だとか、これからの暮らしだとか、イオリが《魔王》を倒した後の平和だとか、そういった事を何時間も訴えられたのだ。

 しかも、《魔王》を倒してくれた暁には、イオリが地球――日本へ戻れるように準備を進めておく、とまで言われたなら、疲労困憊していたイオリは縋るように頷くしか無かった。


 お決まりのチートで、知らない言葉を話したり書けたりしても、呪文なんて唱えずイメージだけで魔法を使えても、握ったこともない剣を師範代も真っ青なくらい使いこなせても、精霊とか神様とか、そんなのから愛し子と言われて祝福とか貰っても。


 イオリは、自分で日本に戻る方法を知らないのだから。


 城に居たのはたったの数日だった。

 リヴェンツェルと顔合わせをした翌日には、まるで早く行けと追い出されるように、城の裏門からイオリはひっそりと旅立った。

 この世界の事を何一つ知らずに戸惑うイオリへ、リヴェンツェルは世界を教え、一緒に学びながら国を知る為に旅をして。時には魔物の討伐をしたりして。


「綺麗だね、この世界は」


 あの一言が、唯一イオリと行動を共にしてくれている人の言葉が決め手。

 国のためじゃない。あの王のためじゃない。

 友人で、兄で、パートナーのこの人が好きだという世界を、守りたい。



 だから。




●●●●●




「だいたいさぁ、先に手を出してきたのは人間(そっち)だぜー?」


 エストの憤慨したような声に、イオリはハッと我に返った。

 先程食器を破壊した"雷獣"は、どうも虫の居所が悪いらしく、腕を組んで不機嫌そうに眉を寄せると、忽ちエストの周囲にパチパチとした雷光が閃く。


「……今まで何もなかったのに、急に魔王軍が帝国に攻めてきて……自分達には、どうしようもないって……」

「はあ?魔族ってのは、自分よりも弱いヤツを力でねじ伏せたりはしねーんだぜ。 弱いヤツ苛めて何が楽しいんだよ?」


 フンッと鼻息荒いエストに、唖然とするしかない。

 イオリの様子を見兼ねて、オルトゥースが控え目な咳をすると、エストの言葉を続けた。


「イオリ様は何か誤解をしていらっしゃるようですが……先に戦を仕掛けたのは帝国なのです。 先代の皇帝は賢君で知られており、長い間に渡って友好関係が続いていましたが……今代になってからあの有様で。 "魔国"の肥沃な大地を求め、欲にかられたのでしょう」

「さすがに、戦争を仕掛けられてニコニコしていられる程、私達だって優しくはないの。 売られた喧嘩くらい、買うのよ」


 ちょっとだけ言いにくそうに、それでもきっぱりと言い切るミルカへ向けた視線を先程から抱きしめているもふもふの黒い子犬、もとい、アンクノウンへと落とすと、イオリは強く目を閉じた。

 この世界の事を知らないイオリに、嘘を吹き込んで、体の良い駒とか手先とか、そういったものにあの皇帝はしたのだ。あわよくば、愚かな《勇者》が《魔王》を倒してくれると。


「"禁忌"にまで手を染めて、どんな異界人を喚んだのかと最初は興味本位で近付いた。 だけど、イオを初めて見た時――あのタヌキジジイから、イオを奪ってやろうと、思った」

「……え?」


 愕然として、そして言い知れない苦しみが溢れ出るのを抑えて居たイオリは、隣から聞こえてきたリヴェンツェルの声に、隣へ顔を向けた。

 空色の瞳に映ったのは、宝石のように綺麗な赤。

 ただ、穏やかな色ではなくて、何処か奥のほうで揺らめく炎は……怒り、だろうか。


「でも、あのタヌキも結構巧妙でね。 《勇者》が真実に気付く素振りを見せたら直ぐに殺せと……間者(スパイ)が沢山帝国内には居たんだ。 イオが負けるなんてことはないと思うけど、ジジイの息が掛かっているヤツがイオに近付くだけでも不快だからね……イオは何も知らないまま、"魔国"の領域へ入る必要があった」

「……過保護」

「煩いよ、アンデルベリ。 用意周到って言ってくれるかな」


 黙然とやりとりを見ていたアンデルベリの、単語ながらも的確なツッコミに《魔王》は微笑を湛えて、けれど何処か抑揚のない声を上げた。


「大体、自分達の尻拭いが出来なくなったから、異界から呼び出してまで片付けさせようなんて――イオは、元の世界に戻れないのに」

「……え?」


 情けないほどに自分の声が震えている。

 皇帝の言葉が全て嘘だったというのなら、あの時の約束も嘘かもしれない……そう、思ってはいても、見ないように蓋をして目を逸らしていた事が、心の準備もない侭急に現実へ叩きつけられるのは恐ろしい。

 イオリは肩を揺らして、隣の《魔王》を泣き出しそうな顔で見上げた。


 切なげに、悲しげに、《魔王》の瞳が揺れる。

 おねがいだから、いわないで。

 そう言いたいのに、唇にチャックをされたように、口が開かない。


「……異世界の者を召喚するのは、最大の"禁忌"であり、邪の行い。 そしてこの魔法は、一方通行……誰も、イオを元の世界には戻せない」


 方法が無いんだ。

 囁くように、それでもはっきりと告げる《魔王》を丸々と見開いた空色の、イオリの目が凝視して。


 ぼろり。

 大粒の涙が、零れ落ちた。


 ああ、泣かないって、決めたのに。

 昨日から私の決意は崩壊しっぱなしだ。まったくもう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ